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「なんだ、あれは。まるで統率が取れていない、烏合の衆ではないか」 セイルーン軍を率いるクリストファ王子は、聖王国の正規軍を前に右往左往している反乱勢力に呆れ返った。こんな、軍隊とも言えない集団に、どうして沿岸諸国連合は手をこまねいていたのか? その答えは意外に早く判明した。 バリバリバリバリッ! 雨雲もないのに、前衛の一部に網をかけたように雷光が降り注ぐ。 ずずずずっ ずぅぅぅむ! また別の場所で、今度は地面から土が巨大な錐となって立ち上がり、何人もの兵が串刺しになる。 ある部隊は、突然足元の地面が溶岩の吹き溜まりと化し、全滅した。 総崩れになった前衛の後ろの地面が激しく揺れ、亀裂が走り、断層が盛り上がる。分断された戦列を立て直そうと、前進しかかった中堅の部隊が断層から転げ落ちて大量の負傷者を出した。 凄まじい風圧、苛烈な炎、冷酷無比な氷の攻撃が次々とセイルーンの軍に襲いかかる。 ここに反乱勢力が総攻撃をかければ、セイルーンの軍も苦境に陥ったことだろう。しかし、不思議なことに反乱勢力の軍勢は、最初の陣取りから動こうとしない。むしろ、魔法による攻撃の巻き添えにならないように、後退している部隊さえある。 「隊列を立て直せ!完了と同時に右翼は前の敵軍に攻撃!」 クリストファ王子の指示に従い、たちまち陣形が見事に復元する。 先ほどの攻撃でセイルーン軍は三分の一が損害を受けていた。それでも残った四千のうち半分を反乱勢力に差し向けるのは、数では対等に見える敵軍のうち、実際に戦闘で役に立ちそうな兵は五百程度と見たからだ。 「進撃!」 大隊長に率いられた右翼の兵が、秩序を保ちながら素早く前進する。それを見て、反乱勢力は戦うことなく、後退して行く。 深追いを避けた突撃軍が止まり、総大将を含む後続の陣が、そのまま移動して合流すべく移動を始めた。前衛に居て魔法攻撃にさらされた負傷者たちを収容しながら。 前後に分かれていたセイルーン軍が接近した時、その真ん中に、一つの人影が現われる。 それはまさに唐突に、まるで空気から生まれたかのように姿を見せたのだ。 兵士が一斉に槍や弓を構える。だが、総大将が陣の中央から進み出て、その軍勢の戦闘で止まり人影と向かい合うのを見て、警戒は続けるものの、誰も攻撃しようとはしなかった。 「お前は……」 クリストファ王子が驚愕の声を発する。 彼は、目の前に現われた人物に見覚えがあった。 「……やはり俺を覚えていたか」 日光を眩しく反射する銀髪。青黒く硬質な肌。白いマントを身にまとい、その下の服もすべて白。腰にはブロード・ソードを携えている。 以前、セイルーン・シティで魔族がらみの事件が起きた時、アメリア姫と共に解決に一役買った合成獣魔剣士。 しかし、なぜ彼が今ここに? 「なぜお前がここに居る?お前はあの反乱勢力の仲間か?」 クリストファ王子の問いかけに、合成獣魔剣士はゆっくりと後ろを振り返り、また総大将に視線を戻す。 「あの連中は仲間じゃない」 「ほう?するとお前はどうしてここに現われた?討伐隊に加わるとでも?」 銀髪が左右に揺れる。 「あんたたちは勘違いしている――反乱勢力などというがそんなものは存在しない。反乱を起こしているのはたった一人」 「何?」 「その一人についていけば、何が旨みがあるんじゃないか、と、くっついて来たのが、あの腰抜けで役立たずのゴロツキどもだ」 ここで白いマントの男はまたも後ろを振り返る。 「たった一人が反乱を起こしている?それはまさか――」 「そう、ご想像の通り――俺だ」 「撃て!」 総大将の命令一下、矢が一斉に反乱の主に放たれる。そのほとんどが狙いたがわず男に突き刺さったかに見えた―― が。 男は倒れず、腕を大きく広げてマントを一振り、それだけで胸・背中や肩に刺さっていた矢が落ちる。一歩一歩歩きながら、男は腿に刺さった矢をまとめて引き抜いた。 「この程度で俺を殺すことはできない」 「この者は合成獣(キメラ)だ!普通の武器は効かぬ!魔道士を前へ!」 「させぬ!結氷弾(フリーズ・ブリッド)!」 男の放った呪文が、クリストファ王子を守ろうと前に出た兵士たちを氷づけにし、魔道士が前に出る道を阻む。その間に合成獣魔剣士は剣を抜いて一気に間合いを詰めていた。 ――白銀一閃。 果敢にもクリストファ王子の盾になろうとした兵士の首が飛ぶ。 さらに銀の輝きが閃くと、総大将は乗っていた馬からどうと横ざまに転げ落ちた。その王子の身体をまたいで仁王立ちになった白ずくめの男が、ブロード・ソードの切っ先を捕虜の鼻先に突き付ける。 「氷の矢(フリーズ・アロー)!」 セイルーン軍の魔道士が呪文を放つ。もちろん、総大将が巻き添えにならないように手加減はされているが、相手の動きを封じるくらいはできるはずだった。 が、氷の呪文は見えない壁にぶつかったようにはじけただけ。これに対し、たった一人の反乱者は手加減なく呪を放った。 「火炎球(ファイアーボール)!」 無慈悲な炎が包囲陣の一角に炸裂する。 このままでは、クリストファ王子を人質に取られたまま、戦力をそがれるだけだ―― 副司令官を任された将軍はほぞを噛み――急に副官に何ごとかを告げる。 槍を構えた一団が、反乱者の背後から突進し、魔剣士が対抗する呪文を唱えた時。 残る三方から一斉に兵士たちが反乱者につかみかかった。 刺すのでも斬るのでもなく、ただ素手で相手の服、腕、足、髪、掴めるところを掴んで引きずり倒す。どんなに強力な魔法を使えたとしても、手足を抑え込んでしまえば身振りを必要とする強力な呪文は放てない。 魔道士が魔法でロープを強化し、それで取り押さえた男の手足を縛り上げる。少しでも呪文を唱えたら命はないぞ、という脅しの意味で兵士が男の首筋に剣を当てた。そうして、ようやくセイルーン軍の総大将は捕らえた反乱者の尋問を開始した。 「お前の名は前にも聞いたことがあるが、改めて確かめる。名乗れ」 「ゼルガディス=グレイワーズ」 「ではゼルガディス=グレイワーズ、この一連の反乱騒ぎを起こしたのはお前だというのは本当か?」 「そんな嘘をつくヤツが居るか?」 「……では、なんのために反乱を起こす?この国に恨みでもあるのか?」 「別に恨みなどない。かといって、誰かに雇われたのでもない。俺自身の意志でやっていることだ」 「お前がそのような意志を持つに至った理由は?お前はその身体を人間に戻す方法を探して諸国を旅している、と聞いていた。なのに、なぜこんな真似を?」 「それは俺の問題だ。あんたらには関係ない」 クリストファ王子は部下に命じてゼルガディスの持ち物を調べさせた。懐から短剣やナイフが出て来たほか、腰のベルトに下げた水筒に、そぐわない青い宝石が取り付けられている。下級兵士たちは知らなかったが、それが二年前、アメリア姫が異国から帰還した際、失ったとされる護符(アミュレット)であることを、彼女の叔父であるクリストファ王子は即座に見破った。 ――この男と、アメリア姫が単なる顔見知り以上の関係であることが分かれば、今度の反乱、セイルーンの差し金と思われるやも知れぬ。 「この男を殺せ」 総大将の命令を兵士たちは忠実に実行しようとした。しかし、剣で斬りつけても槍でついても、棍棒で殴りつけても、彼の身体には傷一つつかない。それでは、と魔道士が火の呪文を放ったが、まるで見えない壁でもあるように、呪文は彼の身体に触れる寸前で消える。ゼルガディスが対抗する呪文を唱えられないよう、猿ぐつわを噛ませているにもかかわらず、である。 「こやつ、魔物か?」 唇を噛むクリストファ王子は、地面に転がされている捕虜の目が笑っているように思え、ついに決断した。 地面に深い穴を掘り、そこにゼルガディスを投げ込んで生き埋めにする。 さらにセイルーンから神官を呼び寄せ、そこに魔封じの結界を張らせる。こうすれば、たとえ不死身の魔物でも再び世に災いを招くことはできまい。 従軍していた魔道士は呪術を使えないため、王子は彼を生めた場所に目印の剣を立て、五名の兵士を見張りに置いて、残った反乱勢力の掃討のために再び軍を進撃させた。 反乱勢力の軍勢はゼルガディスが言ったように、彼について来ただけの連中だったためか、セイルーン軍が動き出すと、それこそクモの子を散らすように逃げ出した。しかし、その中で約二百騎、統率の取れる一団があった。最初見たた時に、まだ使えそうだと見えた五百騎の中心勢力だろう。まともに戦うことをせず、地の利を生かして大軍を細い窪地に誘い込む動きだ。 クリストファ王子は、地形に詳しくない上、夜が近いため、その日の攻撃をあきらめ、窪地の手前、高台の裾野に陣を張った。 異変が生じたのは夜明け前。 どどどどどおおおおぉぉぉっ………… 突然、高台の斜面が地滑りを起こし、セイルーン軍の二百名ほどの兵士が下敷きになる。同僚を助けようと、兵士たちが集まった時。 ごおっ! 彼らの足元が灼熱する! 土砂の下敷きになった兵士と、救助に向かった兵士が突如溶岩と化した地面に飲み込まれる。 「これは?昼間と同じ?まさか!」 「総大将殿!あれを!」 地滑りを起こしたのと別の丘の上に、反乱勢力の軍勢が姿をあらわしていた。その数、およそ五百。その先頭に、昼間生き埋めにしたはずのゼルガディスが居る。 白い悪魔の胸に赤い輝きが見え、彼が両手を振り上げた途端、セイルーン軍を乗せた地面が激しく動いた。 昼間よりも、はるかに多い数の土の錐が下から突き上げる。それでもセイルーン軍は三千強の勢力を保ち、総大将を中心に陣形を整えつつある。 すると、再びゼルガディスの胸で何かが赤く輝き、彼の周囲に数十の火球が生まれる。 「いかん!散れ!」 クリストファ王子の叫びは間に合わなかった。 瞬時に発射された火球が、セイルーン軍の前半分に襲いかかる。 ぼぉむっ! 耳をつんざく轟音と、息さえ自由にならない風圧が静まった時、セイルーン軍の前衛は影もなく消えていた。彼らがいた地面は土がぶすぶすと沸騰している。 「暴爆呪(ブラスト・ボム)?まさか……そんな!」 従軍魔道士が悲鳴に近い声を上げる。 三度、丘の上で赤い輝きが光る。 「全軍、左右に展開!」 クリストファ王子の指示は、即座に軍を動かした。だが、実はこれは早過ぎたのだ。ゼルガディスはセイルーン軍を一発で倒そうとは考えていなかった。ただ、自分に従う五百の軍勢と互角になるまで、分断できればいい。そしてクリストファ王子の命令した軍の動きは、願ったりかなったりだった。 「暴爆呪(ブラスト・ボム)!」 左に広がるセイルーン軍に火の呪文を放つと同時に、ゼルガディスの後ろに控えていた軍勢が右に展開しつつある部隊を横から急襲する。呪文を免れた千を越えるセイルーンの部隊は、ちょうど隊列の真ん中に楔を打たれたように分断され、反乱勢力は先行していた方のセイルーン兵とまっこうの戦闘状態に入る。 後に残された形の部隊が駆けつけようとするより早く、地面から土砂が噴き上がり、援護部隊の足が止まる。 「地霊砲雷陣(アーク・ブラス)!」 突然、力ある言葉が響き、総大将を中心とした部隊全員が電撃を受けた。範囲が広かった分、一人一人の受けたダメージは大きくないが、とても戦闘にはならない。そんな中、空中から白い影が、総大将の前に舞い降りる。 クリストファ王子も、ほかの兵士と同様、地面で痺れる身体にのたうっていた。 「昼間の礼だ」 「――貴様――反乱軍などいない、と言いながら……やはり軍を連れているではないか」 「軍を使う、使わない、は時と場合による。今も、俺一人でやってもよかったのだが、見た目には軍勢が居る方が効果的だと思ったのでな」 言いながらゼルガディスは剣を抜いてクリストファ王子に歩み寄る。側近が麻痺する身体を叱咤して、総大将に這い寄ろうとするが、とても間に合わない。 「俺は腹が立っている。分かるか?」 王子の顔の前で剣をブラブラさせながら、男が冷たい声で言う。 「このセイルーン軍を壊滅したところで、腹の虫は収まらない――だから、俺はこれからセイルーンへ行く」 「な……に?」 ひゅんっ! ゼルガディスのブロード・ソードがうなりを上げ、悲痛な叫びが上がる。 「クリストファ殿下!」 誰かが叫んだ。王子は両腕の肘から先を斬り落とされている。 「セイルーンを守りたいのだったら、今すぐ国に戻って備えを固めることだ。俺はあのゴロツキどもと一緒にセイルーンへ向かう。せいぜい抵抗してみるがいい」 そう言ってゼルガディスは地面に転がっている人間どもには目もくれず、自分で「ゴロツキ」と呼ぶ軍勢とセイルーンの部隊が戦っている現場へと向かう。 総大将の側近たちは、これをクリストファ王子を連れてセイルーンへ撤退しろ、という最後通牒と受け取り、直ちに王子をセイルーンへ運ぶ小隊を編成し出発させる。残りは、戦闘状態にある部隊に撤退を呼びかけ、追撃をなんとか押し返しながら合流しようとした。隊列を整え、今は一刻でもクリストファ王子が祖国へ戻る時間を稼ぐこと。それが彼らの決死の使命だった。 必死の反撃で反乱勢力が退き、深追いを避けてセイルーン軍が立ち止まると、その涙ぐましい努力をあざ笑うように、容赦のない攻撃呪文が叩きつけられる。 夜が明けた時、大地にはセイルーン兵士の死体が累々としていた―― |
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