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「以上が、我が軍が直面した戦いの様子です」 クリストファ王子がベッドの上から、兄フィリオネル王子やその側近たちに事情を語り終えた。傷ついた王子は、魔法医の治療によって敗血症などの感染症は避けられたが、失った手を取り戻すことはかなわなかった。 自らの傷よりも、数多くの将兵を犠牲にして生還したという思いが、クリストファ王子を兄よりも年上に見せるほど衰えさせている。 「兄上……あれは、モンスターです。魔物です。軍隊の攻撃も、魔法も、あれを傷つけることさえ出来ませんでした。もはや、あれを倒せるのは……一人しかおりません」 「リナ=インバースか……」 「はい。そうです」 「しかし、彼女は今、セイルーンにはおらぬ。彼女なしで我々は来るべき魔物と戦わねばならぬのだ……それにクリストファ、おぬしは現に一度、ヤツを捕らえ、生き埋めにすることに成功した。同じようにしてヤツを捕らえれば、今度はこのセイルーンの結界により、二度と復活できぬよう封じることもできよう」 「……あれは狡猾です。二度と同じ手が通じるとは……」 「心配するな!既にセイルーン中の網をありったけ集めるよう、通達してある」 「あ、網……ですと?」 「そうじゃ。その魔物が現われたら四方八方から網を投げ、動きを封じるのだ」 「……なるほど……」 しかし、死神の足は速く、セイルーンの準備が整うのを許さなかった。 「敵襲ーーーっ」 セイルーン・シティがようやく見える程度に離れた地点で、王都を守る精鋭部隊は陣を張って来るべき敵に備えていた。そして、その敵と思われる勢がはるか彼方に姿を見せた時、すでに死の翼が彼らの上には訪れていたのである。 見張りの声に応じて最前衛の兵士が一斉に武器を構えた途端、彼らの視界が突然、白熱した輝きに占領される。 ぼむぼむぼむぼむっ! 炸裂したいくつもの光球の後には、灰も残らない。 崩れた陣営を埋めようとしても、地面が沸騰している状態では補充の兵を前に出すこともできない。仕方がなく、セイルーンの軍は一旦後退した地点で陣形を整える。 が―― どわっ! 今度は陣の中央を割って地面が真っ赤に煮えたぎり、幾人もの兵士を飲み込んだ。 「なぜだ!敵の軍勢はあんなに遠くに居るのに!どこから魔法で攻撃しているんだ!」 叫んだ指揮官に答えるように、突然、白い人影がぐつぐつと不気味な音を上げる大地の上に現われた。 反乱の首謀者に魔法や通常の武器は効かない。現われたら周囲から網を投げて取り押さえろ。 そう伝えられていたのだが、この軍にはまだ網が届いていなかった。兵士たちが素手で抑えようにも、相手は溶岩の吹き溜まりの上に浮いている。とても手出しのできる状態ではない。 「お望み通り現われてやったというのに、歓迎はなしか?」 白い死神がセイルーン軍を嘲笑する。 「ならばこちらから挨拶してやる!」 たちまち、数十もの炎の矢が二手に分かたれた部隊の片方に降り注ぐ。何度も、何度も。 「おのれ!臆病者め!そんなこちらの手の届かぬところに居座り、白兵戦は恐ろしいか!」 味方が無慈悲な呪文の攻撃に曝されるのを見て、無視された部隊の将軍が怒鳴る。なんとか相手を、手の届くところに引っ張り出せたら―― 「俺は戦うつもりはない。俺は遊んでいるだけだからな」 死神が冷笑とともに勝ち誇る。 「――!」 「今の冗談はなかなか笑えたぞ。褒美をくれてやる」 灼熱する舞台の上、氷よりも冷たいかと思われる言葉とともに、白い袖が美しく舞う。 「覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)!」 魔族さえも滅ぼす雷(いかづち)が、将軍の身体を焼き尽くした。 「防衛線が突破されました!敵兵が城門に迫りつつあります!」 セイルーンの王宮からもはるか彼方に上がる不吉な黒煙が見えている。報告では防衛部隊は反乱首謀者の呪文で散り散りになったところを、およそ八百の軍勢に蹴散らされたという。 「市民を北側に避難させよ!軍を南の城門に集結させよ!」 フィリオネル王子が命令する。 「相手はまず、たった一人の者の攻撃呪文でこちらの態勢を崩し、そこを軍勢で叩く手法を繰り返している!しかし、このセイルーンの結界の中では、攻撃呪文の威力は半減する!恐れるな!」 『結界が完全ならば、な』 突然、王宮の広間に設けられた防衛軍本営に恐るべき声が響いた。 「なっ、何者!」 フィリオネル王子の回りに幾人もの近衛兵が集まる。アメリア姫が広間に駆け込んで来た。 「アメリア!お前は逃げよ!」 「いいえ!わたしも父さんと一緒に戦います!」 どおおおおぉぉぉぉぉん…… どおおおおぉぉぉぉぉん…… どおおおおぉぉぉぉぉん…… 遠くで爆発音が連続する。 『セイルーンの結界は六芒星の形に作られた城壁によって支えられている。その六芒星が大きく欠ければ結界そのものはなくならずとも、力は大幅に弱まる。最大の弱点は、結界の外からし掛けられた攻撃には結界力が十分には効かないことだ』 「なにっ!一番外側の城壁は、魔力強化されておるのだぞ!」 『強力な攻撃呪文で、同じ箇所を何回も攻撃されれば、いくら強化しても無駄だ』 ごががががあぁぁぁぁぁ……どどどぉぉぉぉん…… それまでと違う、何か大きな重い物が崩れる轟音が聞こえた。 『強力な結界はかえってその内部の警戒心を薄れさせるものだ。前に来た時に分かったが、この都市の内側では人的な警護は十分だが、魔法での攻撃に対する備えは、攻撃魔法の威力が半減される、という前提のものでしかされていない。ここに本来の威力の呪文を叩き込んだらどうなると思う?』 「やめてっ!ゼルガディスさん!」 アメリア姫がたまらずに叫ぶ。 ぐおっ! 王宮を囲む城壁の向こうに、火の手が上がった。それも町の一画全体が燃えているような規模である。神官たちが慌てて消火に走る。 アメリア姫は怒りに震えた。 「卑怯者!出て来て正々堂々戦いなさいっ!」 『出て行っていいのかな?』 「どこからでも、かかってきなさい!」 宙を指差し、叫ぶアメリア姫。 「では、望み通りに――」 声は姫のすぐ横からした。 相手の姿を確かめることもなく、アメリア姫はとっさに足蹴りをそちらに放つ。 がっ! 「えっ?」 霊王結魔弾(ヴィスファランク)で魔力を込めた蹴りだったのに、相手はまったく動じない。 「はっ!」 今度は拳を繰り出した。が、これも相手の手の平に受け止められる。 この時、アメリア姫は初めて、敵としてあるかつての仲間の姿をはっきりと見た。 青黒い岩の肌。銀色の金属の髪。目の色でさえ、かつて異界の魔王と戦った時のように、冷静でいて闘志に満ちた姿。 (嘘――こんなのって……嘘!) (信じていたのに――あなたはきっと、正義のために戦う人だと――悪に操られていたからこそ、二度と悪にはならないと信じていたのに!) パンチを繰り出しながら、アメリア姫は涙を流していた。冷静な敵は、そんな彼女の動揺に手抜きするような甘さを持ち合わせていない。 「アメリア!」 ぼきん! フィリオネル王子が叫ぶその目の前で、白い悪魔がアメリア姫の腕を捕らえ、へし折った上に床に投げ倒す。彼女の身体が床に落ちる寸前、脇にトドメの蹴りが入りあばら骨を砕いた。 「やめろ!」 倒れた少女に、侵入者が抜き身の剣を突きつけるのに、少女の父親が一喝する。 「おぬしは侵略した国の王族を殺さずに追放して来たのではないのか?ここで矜持を変えるか?」 骨を砕かれた方の脇を下にしてうずくまるアメリア姫の耳に届いたのは、信じられない言葉だった。 「殺すか殺さぬか、はその時の気分次第だ。今まで、王族でこれほど俺に刃向かった者はいない。第一、お前の弟にはこの前、さんざんコケにされたからな。この程度では収まりがつかん」 身体の痛みよりも、さらに突き刺さる心の痛みにアメリア姫は唇を噛み締め―― 「崩霊裂(ラ・ティルト)!」 こおっ! 青い光の柱がゼルガディスを包み込む! しかし―― 光が消え、そこに変わらぬ姿の侵略者。 「……ふむ」 一つ呟くと彼は剣を鞘に収め、すたすたと広間の外を巡る回廊へ歩を進め、そこで振り返り。 「よかろう。ソイツの命は、今は預けてやる。そこまで立てついた報いに、自分の国が滅ぶ様を、その目で見届けるがいい」 「や……やめて……」 回復の呪文を唱えるのも忘れ、アメリア姫が必死にゼルガディスに近付こうともがく。 が、それより早く、フィリオネル王子がゼルガディスに駆け寄り、跪く。 「もういい!分かった!」 「何が?」 「……無条件降伏する。これ以上の流血は無駄だ。どうか、国民と兵士を犠牲にしないでくれ!」 「では、さっそくその旨、布告するがいい。セイルーンの国民は全員武装を解除すること。そして城門を開け、外に居る連中を王宮に入れろ。すぐにだ!」 一時間の後、セイルーンの王宮に広間にはゼルガディスの腰巾着とも言うべきゴロツキの軍勢、約五十名が到着した。その中のリーダーと思しき者が、ゼルガディスに報告する。 「ほかの連中は、町の方で略奪しています」 「適当なところで召集をかけろ。それよりも……」 ゼルガディスは玉座にあるエルドラン王に視線を向ける。王の左右には第一王位継承者のフィリオネル王子と、既に回復呪文で傷を癒したアメリア王女が居り、更に下の座に傷ついたクリストファ王子が居る。 「現在、セイルーンに居る王位継承権のある王族はこれだけだな?」 ゼルガディスの問いにフィリオネル王子が小さく頷く。 「では、全員で譲位宣言書に署名をしろ。そっちのヤツの分は代筆でいい」 つまりゼルガディスは、セイルーンの王位を正式に譲り受けようとしているのだ。 この悪魔に王位を譲り渡せば、いったい国民はどうなるのか? セイルーン王家の者はみな、胸塞がる思いだったが、少なくとも無垢の市民を呪文の攻撃に曝すことだけは防げる。誰もが震える手で署名をし、手を失ったクリストファの分はアメリア姫が代筆した。 書類を受け取ったゼルガディスは、それを受け取り、確認して。 「よし。これら元王族の者たちはそれぞれの居室に引き取らせろ。彼らとその家族はくれぐれも丁重に扱え。迫害した者は俺自身が思い知らせる、と皆に伝えろ」 自分の取り巻きたちに命じる。 兵士たちに促されて玉座を下りたエルドラン王に代わり、ゼルガディスがその座に就く。 「戴冠の儀式はよいのか?」 皮肉っぽく言ったのはクリストファ。 「どうせ俺は国を統治する気も、俺自身の王室を維持する気もない。儀式など無意味だ」 「王としての責務を担う気がないのに、なぜ、王位を望む?」 「俺が通った足跡を残しているだけだ。……連れて行け」 「分かりました……ほかの者はどうなさいます?」 命じられたリーダーが問うと、ゼルガディスがすっと目を細めて相手を睨む。睨まれた男は思わず一歩あとずさった。 「追い出せ。後は好きにしろ」 殺伐とした言葉の数々に、とうとうアメリア姫は怒りを爆発させた。 「ゼルガディスさん!あなたはどうして変わってしまったのですか!わたしやリナさんたちと一緒に、魔族や魔王と戦ったあなたはどこに行ってしまったのですか!今では、まるであなた自身が魔族のようです!」 彼女の両腕を捕まえていた兵士たちは、冷酷な新王の手前、手荒な真似をするわけにもいかず、立ち尽くしている。ゼルガディスは無表情に、その横に立つ取り巻きのリーダーは興味深そうに、泣き叫ぶ少女を眺めた。 「何とか言ったらどうなんですか!少なくともかつてのあなたには、美学がありました!意地がありました!たとえ分の悪い戦いでも、仲間と一緒に信じるモノのために戦おうとしたし、自分が自分でなくなるのは嫌だ、と言っていました!それが……どうして……」 後の言葉は涙に消える。 「……知りたいか?」 低い声でゼルガディスが問うた。取り巻きたちが一様に驚きの表情を浮かべて、アメリア姫と人ならざる新王を見比べる。 「俺は昔から何も変わっちゃいない。現に、たった一人でセイルーンに戦いを挑み、自分が自分であることを貫こうとしている。そうさ、俺は昔からこういう男だった」 「……嘘……」 「嘘じゃない。昔と今と、違っていることがあるとすれば、それは方向が違う、ということだろう」 ゼルガディスが口をつぐむと、取り巻きのリーダーが合図をし、兵士たちがアメリアを広間から連れ出して行った。 |
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