警 告 |
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セイルーンの市街は混乱していた。 難攻不落と信じていた結界がいとも簡単に崩され、たいした戦闘もないままに無条件降伏が宣言された。軍は武装解除を命じられ、王族は王宮に幽閉され、町には略奪者が溢れている。中には、混乱に乗じて、市民から略奪側に転じるものさえあった。 自分たちはどうなるのか? 救いの手はどこから来るのか? 噂では王位まで侵略者が奪ったと聞く。脱出を図ろうにも、略奪者たちの目が光っている。市民たちは絶望的な気持ちで、誰かが良い知らせを届けてくれるのを待っていた。 ぱたぱたぱたぱた…… 一人の若い女性が人通りの少ない街路を駆け抜けて行く。 「あっ、アメリア様!」 窓から通りを覗いていた若者が叫んで後を追う。たちまち、走って行くアメリア姫の後には走る市民の列ができた。 「シルフィールさんっ!シルフィールさんっ!」 アメリア姫が走り込んだのは、セイルーン・シティの北に位置する魔法医院。 しかし、彼女の呼びかけに答える者はなく、むしろアメリア姫は大勢の市民に取り囲まれて身動きが取れなくなってしまった。 「アメリア様!王様やフィリオネル殿下はご無事なのですか?」 「王位が魔人に奪われたと言うのは本当なのですか?」 「城外の防衛隊は本当に全滅したんですか!」 「王宮の警備兵は皆殺しになったというのは本当なんですか?」 「この都市のどこが今、一番安全なんですか?誰が私たちを守ってくれるんですか!」 口々に質問を浴びせ掛ける市民たちを前に、アメリア姫は何も言えない。 その時。 「アメリアさん?」 二十ニ、三といった印象で、長い黒髪を垂らした美しい女性がそこに居る。 「シルフィールさんっ!」 探し求めた人の姿を見つけ、アメリア姫は彼女に走り寄って抱きつき、泣き出した。 「不死の契約――ですか?」 魔法医院の一室でアメリア姫の話を一通り聞いたシルフィールは、いぶかしげにつぶやいた。 「知りませんか?魔族と契約することで『かりそめの不死』を手に入れることができる、ということを」 「その話は知っています。けれども、ゼルガディスさんがその『かりそめの不死』を手に入れている、というのですか?」 「たぶん、間違いありません。崩霊裂(ラ・ティルト)さえ効かなかったのです。おまけに、彼のそばに魔族が居ます」 「魔族が?」 シルフィールは形の良い眉をひそめた。アメリア姫は深くうなずいた。 「シルフィールさんはほとんど入れ違いで、その魔族とはほとんど面識がないと思いますけれど、フィブリゾの冥王宮に現われた獣神官ゼロスです」 「獣神官!」 「ゼロスの話では、彼はこの正気の沙汰でない動きが始まってから、ずっとゼルガディスさんと一緒だったらしいのです。恐らく、ゼロスがゼルガディスさんを操っている……」 「そのゼルガディスさんは本物なのですか?」 シルフィールは、冥王フィブリゾによって再生させられたサイラーグの人々を知っている。彼らは生前の個性を保ちながら、創造主であるフィブリゾの意思に従うしかなかった。今、セイルーンを蹂躙しているゼルガディスもそのような存在なのでは? 「本物です。彼は……私が渡したブレスレットを持っていたのです」 それに、もし彼が魔族に創り出された存在なら、ゼロスにベッドの相手をさせるはずがない。しかしアメリア姫は、このことをシルフィールには打ち明けられなかった。 「すると、ゼルガディスさんは自分の意志で、その魔族ゼロスと契約を結んで『かりそめの不死』を手に入れた上で、この破滅的な侵略を続けている、ということですか?」 シルフィールは未だに半信半疑と言う面持ちである。彼女もかつてゼルガディスとともに強大な敵と戦った経験がある。その中で垣間見た彼は、とてもそんな狂気じみた所業に手を染めるとは思えない。 「間違いないと思います。私は以前、魔族と契約を交わした魔道士と戦ったことがあるのですが、その時、彼と契約した魔族は必ずその魔道士のそばにいました。ちょうど今のゼロスがゼルガディスさんのそばにいるように……」 「それで……どうしようと言うのですか?リナさんに助けを求めるにも、通信施設は破壊されていますし……」 「リナさんを探している時間はありません。それでシルフィールさん、あなたにお願いしたいのです」 「私に?」 「『かりそめの不死』の契約が無効になる場合が三通りあります」 「はい?」 「一つ。『かりそめの不死』を得た者の魂が封じられているという『契約の石』を壊すこと。 二つ。契約を交わした魔族が滅びること。 三つ。契約を交わした魔族よりも高位の魔族の力が干渉した時」 シルフィールは目を見開いてアメリア姫の瞳を見詰めた。真剣なまなざしがぶつかり合う。 「……つまり、魔族の王である赤眼の魔王(ルビー・アイ)シャブラニグドゥの力で干渉すれば、腹心の神官であるゼロスとゼルガディスさんが結んだ不死の契約を無効にできる、ということですね?」 アメリア姫はシルフィールから視線を逸らさずにうなずいた。 「わたしが竜破斬(ドラグ・スレイブ)を使えるのなら、わたしの手でやりたい。でも、残念ながら、今、わたしが知っている人で赤眼の魔王(ルビー・アイ)の呪文を使えるのは、シルフィールさん、あなただけなのです……お願いです!」 その悲壮な表情に、年長者はほうっとため息を漏らす。 「……それでいいのですか?」 「どういうことですか?」 「彼を死なせて……いいのですか?」 「ほかに彼を止める方法がありますか?!ここで彼を止めなかったら、彼はもっとほかの国まで侵略します!彼は言ったのですよ、『自分が通った足跡を残しているだけだ』と」 「…………!」 「彼は……狂っています。ほかに救う道はありません」 「止まれ!そいつは何者だ!」 セイルーンの王宮を我が物顔に歩く侵略者の兵士たちが、二人連れの女性の一方を誰何(すいか)する。 「無礼者!この方はわたしの姉です!セイルーン家の者には手出しをしない、と命令されているのではないですか!」 兵士たちにも顔を知られているアメリア姫があたりを一喝する。しかし、兵士たちは下卑た笑いを消さずにまとわりつく。 「その元お姫様二人揃ってどこへお越しで?」 「ゼルガディス……さんのところです」 「へえ?二人で色仕掛けでもしようってのかい?やめときな、ゼルガディスは女にゃ興味はねえんだからよ」 「それよりか、俺たちとつきあわねえか?」 だんっ! 突然、強く床を打ちつける音が響く。兵士たちが振り返ると、一応彼らの指揮官であるラスターが、ブロード・ソードの柄に手をかけていた。 「いい加減にしろ。命令違反だぞ」 「ま……まだ、何もしちゃいませんよ……」 「元王族を迫害してはならない、という命令はいくらでも解釈できる。言動には気をつけろ。ゼルガディスの気分次第では、彼女らの道を横切っただけでも処断されると思え」 兵士たちは慌てて二人の女性から離れた。 「そっちは姉だ、と言っていたが、なぜ、彼女は先刻、王宮に居なかった?」 「姉は長いこと、修行の旅に出ていたのです。今日、帰って来たものの、この騒動で王宮には入れず、市街に居たのを私が見つけたのです」 「……ふむ?」 ラスターはアメリア姫ともう一人の女性を見比べた。顔立ちはさほど似ていないが、髪の色は同じ黒だし、巫女風の服装をしているところは共通である。 「分かった。ゼルガディスのところに案内しよう」 ラスターは二人を広間に連れて行ったが、入り口で待つようにいいつけ、玉座にあるゼルガディスに訪問者のことを告げた。 「何でも、旅に出ていた姉姫が帰って来た、という話ですが……」 「ああ。聞いたことがある。フィリオネルの長女グレイシアはかなり長く国をあけているらしい」 「ご存知でしたか。じゃあ、通してもよろしいですか?」 「別に話すことなどないが……まあ、会いたいというのならいいだろう」 ラスターは広間の入り口に戻り、二人の女性に入室を許した。 彼女たちが広間に足を踏み入れると、そこにいる兵士たちが色めき立つ。新顔の女性の美しさに興奮したものらしい。 艶のある長い黒髪。品のある整った顔立ち。巫女風ながら動きやすくデザインされた服は、女らしい曲線を強調し、神々しさをかもし出す。 そして彼女は歩きながら、舞を舞うように両手を動かしていた。 「シルフィール?」 玉座のゼルガディスが身じろぎする。 「シル……?先ほどの話では、セイルーンの姫の名はグレイシアだと……」 ゼルガディスの横に立ったラスターが、歩み寄って来る女性と魔剣士に交互に視線を走らせた。 「ああ。この女はセイルーンの王女などではない。ただの巫女だ」 目の前の美しい女性が王族でない、と分かって、兵士たちは彼女を捕らえようと走り寄る。しかし、彼女に近づいた者は、皆、見えない壁に阻まれたようにはじかれる。 「呪文障壁?」 ゼルガディスはつぶやいて、ついでシルフィールのすぐ横にいるアメリア姫の、鬼気迫る表情に目を移した。 「竜破斬(ドラグ・スレイブ)!」 シルフィールが差し出した両手から赤い光がまっすぐ玉座に走る! ぐおおぉぉぉぉんんっ! ゼルガディスもろとも、玉座が赤い爆発に包まれる。 爆風は広間全体に及び、風の結界で身を守ったアメリア姫とシルフィール以外の兵士たちは、すべて壁にたたきつけられた。 「……なるほど、そういう策(て)で来たか……」 爆煙の向こうから冷たい声が流れて来る。 「……まさか?」 シルフィールの声が震えた。 「着眼はよかったが、残念ながら、赤眼の魔王(ルビー・アイ)の呪も俺には効かぬ」 「シルフィールさん、逃げて!」 アメリア姫が、薄れ行く黒煙と巫女の間に立ちはだかる。 シルフィールがアメリア姫に背を向けて駆け出し、広間の入り口にたどり着こうとした時。 「無駄だ」 どこを通ったのか、先ほどまで後ろに居たはずの男が、今、彼女の前に居る。 男が手にした剣が銀の弧を描き―― ごとん。 ぶしーっ! 音に気づいたアメリア姫が恐る恐る後ろを振り返ると。 そこには、首を失った女性の身体がゆっくりと倒れて行く光景があった。 「シル……」 がつっ! 突然、後頭部を強打され、アメリア姫は気を失って崩れ落ちる。彼女の後ろに、魔族の神官が立っていた。 ゼルガディスは剣についた血を死体のマントでぬぐい鞘に収めると、ゼロスを一瞥しただけで、印を結び呪文の詠唱を始める。 「塵化滅(アッシャーディスト)!」 シルフィールの遺体が黒いものに包まれ、塵と化して床に広がる。それを見届けもせず、ゼルガディスは倒れているアメリア姫に歩み寄った。 「……コイツを放り出せ」 低い声で黒い魔族に告げる。 「は?」 「町の外に……いや、国境まで連れて行け」 「はあ……」 その時、玉座があった場所と彼らの間で蠢くものがあった。 「た……助けてくれ……」 呪文の衝撃をまともに食らったラスターが、腹に開いた穴から大量の血を流しながらうめいている。 ゼルガディスが近づき見下ろすと、ラスターは手を差し出した。 「……助けて……くれ……」 「俺の手には負えん。ここには回復呪文を使える者もいない。諦めろ」 冷たい言葉に顔をしかめ、ラスターはもう一度懇願した。 「……助からないのなら……一思いに……楽にしてくれ……」 ゼルガディスは横たわるラスターの脇に跪き、彼のダガーを抜く。 「お前が居なくなると不便だろうな」 まるで長年努めていて暇を取ることになった執事か何かを労うような言葉。 不運な兵士が目を閉じると、その心臓にダガーが突き立てられた。 立ち上がったゼルガディスは、ゼロスがいつもの嫌味な笑みさえ浮かべず、自分を凝視しているのに気づく。ただならぬ雰囲気。 「何か不満でもあるか?」 「大有りですね」 「何が不満だ?」 「何もかも、ですよ。シルフィールさんのことといい、ラスターさんのことといい」 ゼロスの声にはいつもの茶化した口調はなく、辛らつな響きを含んでいる。 「どういう意味だ」 「つまりあなたは情が深いってことですよ。優し過ぎる」 ゼルガディスは顔をしかめた。 「俺は二人を殺した。この手で。彼女が呪文を唱えているのに気づいていたのに、この部屋に居た連中に警告することもなく見殺しにした。そのどこが優しいと言う?」 「誤魔化さないでください。あなたがシルフィールさんを殺したのは、彼女が呪文を放った報復に、あのクズたちの仲間の手でなぶり殺しされるのを防ぐためです」 ゼロスは瓦礫だらけの広間を、その錫杖でぐるりと指し示す。ラスターも含めて、部屋に居た人間はみな、爆発の余波で息絶えていた。 「ラスターさんだって、あのまま放っておいてもすぐに死んだものを、苦しみを長引かせないためにとどめを刺しただけです。クズどもに警告を発しなかったのは、元々彼らを嫌っていたからだし、それはあなたが彼らの犠牲者に同情的な気持ちを持っていたからでしょう。甘過ぎますよ、まったく」 「俺は俺のやりたいようにやる。それは前にも言ったはずだ」 「ええ。それは承知しています。しかしですね、今、そんなに甘くて、ガウリイさんと実際にやりあう時、非情になれますか?彼の前では甘さは命取りですよ」 いきなり、ゼルガディスがゼロスの襟首を掴む。 「命取り?よくそんなことが言えるな!」 「言葉の綾ってヤツですよ。とにかく、もう大詰めなんですから、少しは真剣になってもらわないと」 「おいっ!俺がいつ手を抜いた?俺のどこが真剣でないと言う?!」 ゼロスはゼルガディスの剣幕にも動じる気配はなく、この時、ようやくいつもの笑みを取り戻していた。 「他者に情けをかけるということは、それだけ目的以外のところに気持ちが向いている証拠ですよ」 「ぬかせ!俺は殺人機械か?!」 「そうじゃなかったんですか?」 「……!」 一瞬絶句した後、ゼルガディスはゼロスを突き放すが、さほど力はなかったようで、神官はふわりとその場に立つ。 ゼルガディスは床に倒れたアメリア姫をじっと見下ろしていた。それはゼロスを見ないで済むようにしているのか、彼女から目を放せないのか、どちらともつかない。 「彼女をどこへ連れて行きます?国境と言ってもいろいろあります」 「エルメキアでよかろう……彼女の運が良ければ、エルメキアかゼフィーリアに逃げ込むことができる」 「なるほど……」 ゼロスはぐったりしたアメリア姫の身体を抱き上げ、次の瞬間、二人とも姿を消す。 しばらく二人が消えたあたりを見詰めていたゼルガディスは、ふと後ろを振り向いた。壁に開いた穴から吹き込む風が、床に積った塵の最後の一塊を吹き散らすところだった。 |
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