アナーキー・イン・セイルーン

by キューピー/DIANA

警  告

 この物語は「とことん悲劇」です。そのことをご了承の上お読みください。




その6.闇の刃を抱く者

 「セイルーンからの難民なんて本当に来るのか?」
 エルメキア帝国の国境警備隊が、のんびりと午後を過ごしている。
 「さあな。おエラ方はセイルーンでの騒ぎが飛び火するのを怖がっているんだろう。情報が欲しいのに手に入らないから、難民が来るのを待っているんじゃないのか?」
 「しかし、俺が聞いた話では、王都は陥落したがそこで侵略は止まっているそうだ。通信が途絶えているのは王都だけだぞ」
 「まあ、やっぱりおエライさんはおエライさん同士で、行方が気になるんじゃないか」
 立ち話に明け暮れる小隊の前には、セイルーンからエルメキアへ続く街道が走っている。今、その道の向こうに、ぽつりと白い影が見え、それがだんだん大きくなって来た。
 「……おい?」
 白い影に気づいた兵士が仲間を促す。彼らはすぐに街道の両脇に広がり、近づいて来る者への準備をする。
 その人影は、兵士たちの姿を見ても歩調を変えず、まっすぐに歩いて来た。
 「止まれ!何者だ?」
 「ここは……エルメキアの国境ですか?」
 立ち止まったのは、十七、八歳くらいの少女。どこかへ近くへ用を足しに行くといった軽装の割りに、とても疲れた表情をし、靴も汚れてかなりの道のりを経て来たという風情である。
 「そうだ。お前は何者だ?どこから来て、どこへ行く?」
 「私は……アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンです。侵略者に国を追われ、エルメキアの方に保護を求めてまいりました。どうか、お近くの領主の方にお取次ぎください」
 いきなりセイルーンの王族の名が出て、国境警備隊は対処に戸惑った。普通、王族が避難してくる場合には、お付きの者を連れているし、王族について行けばなんとかなる、と思う国民が群になって同行しているものだ。それがこの少女はたった一人。
 「騙りじゃないだろうな?」
 小声で小隊長が副官に言う。
 「確かに不自然ですが、そんな大嘘をついてもすぐバレますよ」
 「それはそうだな……じゃあ、言われた通り、ロードに取り次ぐか」
 少女の身柄は五人の屈強な兵士に守られる、というよりは監視される格好で、その地のロードの館へと送られた。

 「これは……アメリア姫!なんとおいたわしい!」
 国境の地ガウディのロード・ルーカスは、領地のど真ん中にセイルーンと行き交う街道が通っていることもあり、よく特使としてセイルーン・シティを訪れていたから、追放された王女が現われた時、すぐにその顔を見分けた。
 「どうぞご安心ください。皇帝陛下はセイルーンのことを非常に気にかけておいでで、きっと姫様の保護してくださいます」
 「ありがとうございます……あの、皇帝陛下と直接お話することはできませんでしょうか?」
 ロード・ルーカスは少し迷った。
 皇帝は確かに、セイルーンで何が起きているのか知りたがっている。直接アメリア姫から話を聞ければいいが、もし、その場でセイルーンに援軍を送ることを要請されでもしたら、対応に困る。
 侵略者が非道な方法で王位を簒奪したとの噂が届いているが、もしもそれが本当なら、今、セイルーンの王位は空席も同然。エルメキアがそこへ派兵したら、隣国のゼフィーリアがどう動くか……
 「皇帝陛下に何かお願いなさりたいのでしょうか?なんでしたら私から進言しても……」
 「では、お願いいたします。ゼフィーリア出身の魔道士、リナ=インバースを探し出して欲しいのです」
 「リナ=インバースを?それは別に皇帝陛下にお願いせずとも、ここでもできますが?」
 「ここでも?」
 「この地にも魔道士協会の支部がございます。ゼフィーリアの魔道士協会と連絡を取り、そこで見つからなければ全支部に通達を出すこともできます。一人の魔道士を呼ぶのに、皇帝陛下の許可など必要もありませんし」
 「本当ですか!ならばすぐに、すぐにお願いします!」
 アメリア姫の必死の形相に圧倒され、ロードはハンカチで冷や汗を吹きながら言った。
 「は、はい。それはすぐにも手配いたしましょう。ほかに何かお願いなさりたいことは?」
 しかし、ずっと気に病んで来た問題が解決したことで、アメリア姫は一気に疲れを感じたらしい。椅子に深く沈み込みぼうっとしている。
 「後は……済みません、疲れているので眠りたいのと……起きたら着替えさせてもらいたいです……」
 ロードはふいに、目の前の少女が、まだ十七歳で、親とも引き離されて国を追放された身であり、親族の生死も定かでないことを実感した。王族の責任感か、何か行動しようと思いつめてはいるが、それでも支えが必要な小さな存在なのだ。
 息子しかいないロード・ルーカスは、この隣国の元王女が不憫でたまらなくなった。
 すぐに、彼女が気持ちよく過ごせるように上等の客用の部屋を用意させ、彼女の世話係も定めて、とにかくアメリア姫を休ませることにする。そして、同時に彼女の希望通り、領地の魔道士協会支部を通じて、ゼフィーリアにリナ=インバースの行方を問い合わせたのである。

 「アメリア!」
 「リナさんっ!」
 アメリア姫がエルメキアのロード・ルーカスの居宅に保護されて一週間、ゼフィーリアの王都ゼフィール・シティに居たリナ=インバースは、魔道士協会からの連絡を受け、相棒のガウリイと共に急ぎ駆け付けた。
 「アメリア、着いて早速なんだけれど、いったいセイルーンで何があったの?湾岸諸国の方で、あちこちの国を荒らして回っていた勢力がセイルーンに侵略した、と聞いたけれど、湾岸諸国の小さな国とセイルーンは規模が違うわ。敵は大軍なの?」
 セイルーンを追放されてエルメキアに逃れたアメリア姫が、リナ=インバースを招聘している、という情報は、ゼフィール・シティの魔道士協会から女王に届けられ、女王はリナに、今、あちこちを騒がせている勢力について情報を集めるように指示していた。
 もっとも、リナとガウリイにしてみれば、アメリア姫の苦境を救うのが目的で、質問をしたのも戦うべき相手について知るため。
 「彼らは大軍ではありません。せいぜい……四千から五千の勢力で、しかも統率の取れた軍隊ではありませんでした。実際に戦ったクリス叔父様の話では、戦闘で役立ちそうな兵は二百騎程度だそうです」
 「そんなの相手に、どうしてセイルーンが……その……王都陥落したんだ?」
 珍しくガウリイが話を理解しているが、たぶん、傭兵である彼は軍同士の戦いについてなじみがあるのだろう。
 「王都は軍によって制圧されたのではありません。たった一人の……魔道を使う者の手で結界を破られ、呪文での攻撃に無防備だった市街を破壊されて、無用の流血を避けるために父さんが無条件降伏を申し込んだのです」
 「たった一人?」
 「まるでリナみたいなヤツだな……」
 「ガウリイ!あたしは頼まれたって国相手に呪文をぶっぱなすことはしないわよ!」
 「ほんとかぁ?確か前に、町中で黒竜(ブラック・ドラゴン)に竜破斬(ドラグ・スレイブ)使って、町を壊滅させたじゃないか」
 「あれはもののはずみ!あくまで狙いは黒竜(ブラック・ドラゴン)だったでしょうが!……と、ガウリイのボケにつきあってる場合じゃないわね。
 アメリア、その魔道を使うヤツってどんなヤツだった?」
 覚悟していた質問だったが、アメリア姫はさすがに即答できない。握り締めた拳を見下ろし、唇を噛み締めて涙をこらえ、ようやく答えを搾り出した。
 「……ゼルガディス……さんです」
 「ま……!」
 まさか、と叫びかけたリナは、その言葉を飲み込んだ。アメリア姫がそんな嘘をつくはずはない。偽者、という可能性は否定できないが、少なくとも彼女はセイルーンを制圧したのがゼルガディスだと信じている。アメリア姫のゼルガディスへの想いを知っているリナは、反射的にであれ、今、姫に対して疑うような言葉を発してはならない、と自分を戒めた。
 「アメリア……そのゼルなんだけれど、どこか変わったところ……そうね、たとえば意味不明の雄たけびを上げる、なんてことなかった?」
 「いいえ。どうしてそんなことを?」
 リナはため息をつく。
 「前にね、彼を合成獣(キメラ)にした魔道士が、彼を操ってあたしたちと戦わせたことがあったのよ。多分、彼の身体をあんなにした時に、ついでに細工してあったんだと思うんだけれど……今回も同じかも、と思ったの」
 アメリア姫はまた視線を拳に落とした。
 「いいえ……彼は言っていました、『自分が自分らしくあろうとしている』と」
 「何、それ?」
 眉をひそめるリナの顔を、アメリア姫は救いを求めるように見詰める。
 「彼が言ったんです。『国を征服するのは、その国を手に入れて統治するためじゃない。ただ、自分が通った足跡を残しているだけだ』と」
 「何だって?」
 ガウリイがまなじりを開く。
 「自分の存在をただ知らしめるためだけに、多くの兵士を殺し、罪のない市民を迫害するなんて……わたしは彼を『魔族のようだ』と批判したのです。その時の返事が先ほどの……」
 「……つまり、ゼルがゼルらしくあろうとしている結果が、この今の騒動だ、という言いぐさってわけね……」
 「……よく、分からんが……」
 「あたしだって、分かんないわよ……」
 今度ばかりはガウリイのボケは、三人共通の思いだった。
 「彼は、最後にこう付け加えました。『今までと違うところがあるとすれば、それは方向が違うということだろう』と」
 「人間に戻る方法を探すのを止めて、意味のない殺戮に邁進している、というわけ?確かに、彼のあの熱心さをもってすれば、かなりのレベルで目的は果たせるだろうけれど……それにしても、セイルーンの軍にも魔道士はいたんでしょうに、どうして対抗できなかったのかしら?」
 自分自身に投げかけるように発したリナの問いに、アメリア姫の顔色はいっそう青ざめる。
 「リナさん……ゼルガディスさんには、ほとんどの呪文が通用しないんです……」
 「――は?」
 「わたしの崩霊裂(ラ・ティルト)も!シルフィールさんの竜破斬(ドラグ・スレイブ)も!彼を倒すことができなかったんです!」
 「ちょっと!それじゃ『ほとんど』どころじゃなく、『全部』通用しないってことじゃない?!」
 「後は……リナさんの神滅斬(ラグナ・ブレード)しか……」
 「待った、アメリア」
 ガウリイが割って入った。
 「シルフィールの竜破斬(ドラグ・スレイブ)が効かなかった、ということは、彼女はゼルと戦ったんだな?彼女はどうなった?」
 「…………」
 こらえていた涙が堰を切ったように溢れ、アメリア姫は答えることができなかった。それを見て、リナとガウリイは顔を見合わせ、何が起きたのかを直感する。
 「……アメリア」
 リナが優しくアメリア姫の肩を抱き、語りかけると、姫は涙を流しながらもはっきりと声を出した。
 「ゼルガディス……は、魔族と契約しています。『かりそめの不死』の契約を――現に、彼にはゼロスがついているんです!」
 「ゼロスが!」
 獣神官ゼロス。
 これまで直接渡り合ったことはない相手だが、魔族の中では魔王の腹心に次ぐ強さを誇る者。千年前の降魔戦争では、竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)で数百匹の黄金竜・黒竜相手に孤軍で立ち向かい、壊滅させたと聞く。
 そいつが今度は敵になる――
 「――え?……と」
 急にリナが考え込む顔になった。ガウリイは心配そうに、アメリア姫は何か道が開けるのでは、と期待して彼女の言葉を待っている。
 「アメリア、確かあなた、今のゼルには竜破斬(ドラグ・スレイブ)が効かなかった、と言ったわよね?」
 「はい」
 「……本当にゼルはゼロスと『かりそめの不死』の契約をしたのかしら?」
 「そんな!契約していなかったら、どうして……」
 「ちっちっち、アメリア。あたしはゼルが契約を結んでいない、と言っているんじゃないわよ」
 「え?」
 「ゼルが契約を結んだ相手が、本当にゼロスか、と言っているのよ」
 「え……」
 そう言えば、ゼルガディスが魔族と契約しているのかどうか、は確かめたわけではない。ただ、彼にどんな魔法も攻撃も効かないこと、ゼロスがそばにいることから、勝手に推測しただけ、である。
 「でも、ほら、前にアトラス・シティで魔族と『かりそめの不死』を契約していた魔道士。彼のそばには契約を結んだ魔族がいたじゃないですか!」
 「ちょっと別の角度から考えてみましょうよ。いい、『かりそめの不死』の契約が無効になる場合について、三つの説があるわ。その中に『契約を結んだ魔族よりも高位の魔族の力が干渉した場合』というのがある。さて、竜破斬(ドラグ・スレイブ)は魔族の王、赤眼の魔王(ルビー・アイ)シャブラニグドゥの力を引き出す呪文。高位も最高位の魔族よ。その魔王の力の干渉を受けてさえ無効にならないような契約を結べる相手って、果たして獣神官クラスかしら?」
 「それは……呪文で引き出せる力が、元々の魔族の力のほんの一部でしかないから……」
 「そうね、それも考えられる。ただね、『より高位の魔族の力が干渉した場合』という説が伝わっているのには、それなりの実証があったと思うのよ。そして、その実証に使われた呪文って竜破斬(ドラグ・スレイブ)だけ、だったのかしら?
 自慢じゃないけれど、世の中、竜破斬を使える魔道士はそれほど多くない。魔王の腹心の呪文なら、まだ使える者が多いわ。思うに、中級魔族クラスが結んだ『かりそめの不死』の契約が、腹心クラスの魔族の呪文……たとえば覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)あたりで無効になった、とかいう現象が確認されたから、説として成り立った可能性の方が高いんじゃないかしら?
 だから、単純に考えれば、竜破斬で直撃されても無効にならないような『かりそめの不死』が契約できるのは、竜破斬に力を提供している魔族自身――魔王、ということになるわ。それともう一つ」
 「もう一つ?」
 「あたしは前に一度、崩霊裂(ラ・ティルト)と竜破斬(ドラグ・スレイブ)をくらって平気だった敵を知っている――ほかでもない、魔王自身よ」
 「…………!」
 アメリア姫が目を見開いた。
 あのゼルガディスが魔王自身?それなら、ゼロスを使い走りにすることもできるだろう。ゼロスがおとなしく彼の要求に応じたのも――
 「……いいえ。彼が魔王自身だ、ということはありません」
 「あたしも同感」
 あっさりと応じるリナに、アメリア姫はきょとんとした。
 「もしも新しい魔王のカケラが覚醒したのだったら、さっさと『北の魔王』を解放しに行くでしょうよ。セイルーンくんだりでノンビリしたりしていないわよ」
 「……それもそうですね」
 「それもそうですね……って、じゃあ、アメリア、あなた、何か別の理由で、ゼルが魔王であるわけがない、と思ったの?どういうことなのかな?」
 「そ、それは……!」
 アメリア姫にはどうしても、自分の目で見た事実――ゼルガディスがゼロスと同衾していたこと――を口に出すことができない。言えば自分の中で何かが壊れてしまいそうだ……大切な何かが――
 「……魔族には……肉欲はないでしょう?」
 ようやっと小さな声を搾り出す。
 一瞬、リナとガウリイが硬直し、リナがいたわるようにアメリア姫の手を取った。そのまま、しばらく無言でアメリア姫を見詰める。
 「セイルーンへ行こう……決着をつけるわ」

 街は殺伐としていた。
 かつて聖王都とまで呼ばれた栄華の面影すらなく、略奪し尽くされた建物が人っ子一人いない通りの両側に、何かを訴えるように並んでいる。
 「ひどいな……」
 風の結界の中でガウリイがぽつりとつぶやいた。彼の眼下にはセイルーン・シティの町並みが広がって居た。
 『翔封界(レイ・ウィング)』を操っているリナは無言だったが、もちろん、彼女も同じ思いである。
 二人の横を、同じ飛行の術でアメリアが飛んでいる。
 「しかし、反乱軍ってのはどこにいるんだろう?」
 「どうせゼルの金魚のウンチなんでしょうから、王宮なんじゃない?」
 「しかし、四千人はいるんだろう?そんなに入れるか?」
 「王宮ですもの。それぐらい入るわよ」
 「四千人を相手にするのはちょっと骨が折れそうだな……」
 「んなもん、竜破斬(ドラグ・スレイブ)一発おみまいすれば、とっとと尻尾巻いて逃げ出すでしょうよ」
 「そうかもなぁ」
 軽口の裏に緊張する心を隠して、彼らは今、その王宮の上空に差し掛かっていた。

 「爆煙舞(バースト・ロンド)!」
 「のひぃぃぃぃっ!」
 広い通路で出くわした途端、リナの呪文に吹っ飛ばされるゴロツキ数人。
 床でのたうっているのに凄みを効かせてガウリイが問う。
 「ゼルガディスはどこに居る?」
 「ぎょ……玉座の間……」
 「ありがとよ」
 男たちはガウリイの手刀であえなく気絶させられた。
 王宮の敷地に降り立ってからここまで、他の敵には出会わなかった。巨大な建物は不気味なほど人の気配が薄い。
 「ゼルガディスの軍勢はどこにいったのかしら?」
 アメリアの言葉に答えないまま、リナは先へ進む。
 「……リナさん?」
 「大丈夫よ。この先に待ち伏せなんかないことは気配で分かるもの」
 「そうじゃなくて……玉座の間に行く道はそっちじゃありません」
 「…………」
 リナは大またで戻って来て、アメリアの首に腕を絡める。
 「いたぁい!リナさぁん」
 「きりきりと案内しなさい……」
 「ふわぁい」

 玉座の間の入り口は、シルフィールの放った呪文の余波で蝶番(ちょうつがい)が壊れ、扉が傾いていた。
 「リナさん……」
 「ガウリイ。分かってるわね」
 「ああ。俺がゼルの足を止め、お前さんがとどめを刺す、ってわけだろ?」
 リナは小さく、しかしきっぱりとうなずく。
 不安定な扉に目をやったガウリイは、
 「どうやら中には一人だけのようだ」
 「魔族は居なさそう?」
 「今のところ」
 「それじゃ……行くわよ」
 自分自身に活を入れるように、リナは扉を蹴飛ばして決戦の場に一歩を踏み出した。




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