アナーキー・イン・セイルーン

by キューピー/DIANA

警  告

 この物語は「とことん悲劇」です。そのことをご了承の上お読みください。




その7.罠

 王宮の中でも最も激しく傷んだ部屋に彼は一人で佇んでいた。
 壁には穴があき、柱にも爆風が残した傷跡が無残で、床の瓦礫は片付けられてもいない。
 血生臭いというより裏寂れた雰囲気に溶け込んだ彼の姿はひたすら悲しげで、リナは思わず息を呑んでから声を張り上げた。
 「あらまあ。ガレキの山の王様気取り?」
 呼びかけられてゼルガディスは顔をしかめる。
 「……どうして来た?」
 「……どうして?分からない?」
 「今の俺が昔と目指すところが違うことはそいつから聞いたはずだ」
 ゼルガディスはアメリア姫の方を顎で示した。
 「剣も呪文も通用しないことも聞いただろう。なぜわざわざ死にに来る?気が知れん」
 「死にに来た?冗談じゃないわ。あたしはいつだってケンカする以上は勝つ!そういう気でいるわよ」
 「……そういや、あんたと一緒に魔王と戦った時も、あんた、そう言っていたな……」
 ひたり。
 それまでリナと並んでゆっくりと歩いていたアメリア姫の足が止まる。リナはまっすぐ前を見たまま、歩調を変えずに進んで行く。
 (……ゼルガディスさんが……リナさんと一緒に魔王と戦った?)
 これまで魔王シャブラニグドゥが復活したのは千年前の降魔戦争の時だけだと考えられていたが、二番目の欠片が密かに復活していたのか?
 これまで「四人組」だと思っていた仲間の間で、自分だけが知らない因縁を感じ、アメリア姫は取り残された気がしていた。
 そんなアメリア姫の思いをよそに、リナとゼルガディスの会話が続く。
 「ここまで来るかどうか、迷ったことは認めるわ。敵があなただと知った時には、ね。できればかつての仲間と戦うことはしたくないから。でもね、アメリアをここまで傷つけたあなたを許せないと思ったから、代理で張り倒しに来たのよ」
 ゼルガディスが間の抜けた顔をする。
 「張り倒すって……どうやって?さっき言っただろう?俺には呪文は通用しないぞ。ガウリイの剣だって……ああ、今はもう光の剣はないんだったな。光の剣でさえ、俺を倒すことはできない。ただの剣でどうやって俺を張り倒す?」
 この言葉に、スタスタとゼルガディスに歩み寄るリナ。一瞬、戸惑って身動きの取れない彼に向かって――
 すぱあぁぁぁぁぁんっ!
 「……な……なっ?」
 何をするのかと思いきや、リナはゼルガディスをただのスリッパではたいたのである。まったく意表を突かれ、彼はリアクションに困って立ち尽くす。
 「さあっ!あっさりすっぱり白状してもらいましょうか!」
 「は、白状?」
 「いったいあなたがゼロスとつるんで、何をやろうとしているのか!いっとくけど、『秘密』なんて言ったら、またスリッパでどつくわよっ!」
 「……ぐっ……」
 正直、リナはゼルガディスがスリッパでどつかれることをここまで嫌がるとは思っていなかった。スリッパに嫌な思い出でもあるのだろうか?
 「……ふぅ……どうもあんた相手だとペースが狂うな……
 まあいい。話してやるさ……」
 意外なほど素直なゼルガディスの態度に驚いたのはリナだけではない。アメリア姫は天地がひっくり返るほど驚いていた。
 (わたしが問い質した時には、「俺は昔から何も変わっちゃいない」と突き放す返事だけだったのに……どうしてリナさんには……説明するの?)
 もう傷は癒えているが、彼に折られた腕に無意識に片手を添える。
 ゼルガディスの語る声さえ遠く聞こえた。
 「……今から千十五年ほど前、国同士の戦争が激しくなった。二つの国だけの争いではなく、一つの国が敗れると、別の国が自国の利権を守る、と口実をつけては勝者に戦いを挑む、そんな具合で戦いは次々に飛び火し、滅びの砂漠から魔海までの間で戦禍に見まわれない地域はないほどだった……」
 無言で聞いているリナは、わずかに眉をひそめる。
 「俺がやっているのが同じことだ。こうして俺はセイルーンの王都を落とした。いわばここは主のいない家も同然。国境を接するエルメキア、ゼフィーリア、カルマート、ラルティーグは、今はたがいに牽制しあっているが、そのうち、どこかが俺の討伐を理由に攻め込んでくるだろう。そうなったら残りの国も、このセイルーンの領土をいくらかは併合しようと動く。どこかで折り合いがつけば平和裏にことは解決するだろうが、その見通しは暗い……」
 「……つまり、あなたは……降魔戦争の再現に加担している、というわけ?」
 「そうだ。そのために……」
 いいかけてゼルガディスは口をつぐむ。後を引き継いだのはリナ。
 「そのために『かりそめの不死』を手に入れた……そうね?」
 「……否定はしない……それで、どうする?」
 彼は寸分のスキもない動作でブロード・ソードを引き抜く。
 「あんたらのことだ。俺を捕らえるか倒すか……いずれにせよ、俺を止めるためにわざわざ来たんだろうが、あいにくと俺は止まるわけにはいかない」
 「せっかちねぇ。戦うのは後でいくらでもできるわよ。何せ、あなたはかりそめとは言え不死。時間なんていくらでも有り余っているでしょう」
 「…………」
 さすがにゼルガディスも、敵意を持って挑んで来るのでなければ、襲いかかるのを躊躇するものらしい。
 「まだあなたには聞きたいことがあるわ。あなたと契約した魔族って誰?」
 「馬鹿か?『かりそめの不死』の契約は、契約を結んだ魔族が倒されることで無効になる。こっちにとって命取りになるようなことを教えたりしない」
 「ふうん?アメリアはゼロスじゃないか、って言っていたんだけれど、その割りにアイツ、現われないわね」
 「アイツのことなんぞ知ったことじゃない。戦うのは俺だ」
 「あ、そう。じゃあ、別の質問。フィルさんほか、アメリアの親族はどこ?」
 ゼルガディスは剣を右手に下げたまま、
 「連中は昨日の早朝、勝手に出て行った。無事なら明日の午前中にはカノン・シティに着くころだろう」
 「カノン・シティ!」
 アメリア姫が、部屋に入って初めて声を出した。
 「そっちに行け、と言ったわけじゃないし、彼らがそう言い置いたわけでもない。ただ、連中にはアメリアを国から追放したことは伝えたから、きっと一番近くの通信施設を目指すだろう。行方不明の娘の情報を探し求めて」
 「あ、そう。じゃぁ、アメリア、こっちも急いでカノン・シティに向かいましょうよ。大丈夫、あたしの増幅版翔封界(レイ・ウィング)で行けばひとっ飛びよ」
 言うなり、リナはゼルガディスに背を向けてスタスタと歩き出す。
 「……リナ?」
 「リナさん?」
 ガウリイとアメリア姫は、戸惑ってリナとゼルガディスを交互に見比べていたが、急いでリナの後を追う。振り返ったアメリア姫は、ゼルガディスが剣を鞘に収めている姿を視界の端に捕らえた。
 「リナさん!ゼルガディスさんを止めてくれないんですか!」
 ほとんど抗議の口調で迫るアメリア姫。
 「ゼルがまだ止めるだけの価値を残しているんならやるわよ。でも、もう救いようがないわ。あたし、無駄な労力は使いたくないの」
 「救いようがないって……ここで決着を着けなければ、ゼルガディスさんはもっともっと罪を重ねますよ!」
 「いいんじゃない?彼がやりたくてやっているんだから。あたしはもう彼とは関わりになるつもりないの」
 「……リナ?……なんか、お前らしくないぞ?」
 ガウリイがリナの前に立って彼女を止めた時、三人はもう、傾いた扉の前まで来ていた。
 「確かにゼルのやっていることはひどい。ヤツの振舞いもヤツらしくない。だが、そうなったのにはそれなりの理由があるはずだろう?それを一言も聞いていないのに、今のヤツの振舞いだけで仲間を見捨てるのか?俺はできん」
 「彼はもう仲間じゃないわ……敵なのよ」
 「敵なんだったら、なおさら、今ここで戦わなければ、ずるずると逃げたっていつかきっとまた出会って戦う羽目になる!ヤツは止まらない。だがな、リナ、ヤツは『止まらない』とは言わなかった。『止まるわけにはいかない』と言ったんだぞ!なぜその理由を尋ねないんだ!きっとヤツを止まらせない何かがある!」
 ガウリイが言った瞬間、リナたちは奇妙な感覚が自分たちをすり抜けていくのを感じた。ガウリイが素早く剣を抜き、身構える。が、相手はゼルガディスではない。まわりの空間全体に対して警戒している。
 「ゼロスか?」
 「多分ね」
 「ゼロスが?どうしたんですか?」
 アメリア姫が怯えと怒りの両方を含んだ声で尋ねた。
 「結界よ。あたしたちに、どうあってもここでゼルと決着をつけさせたいようね」
 果たして、リナの言葉通り、ゆっくりとゼルガディスが近づいて来ていた。
 「どうやら、魔族の狙いに勘付いているようだな……ならば話が早い。ここで俺と決着をつけてもらう」
 ガウリイがリナとゼルガディスの間に割って入り、ロング・ソードを構える。
 「何だ?何を言っているんだ、ゼル!説明くらいしろよ!」
 「魔族の狙いは降魔戦争の再現じゃない。ガウリイ、お前とリナさ」
 「俺とリナ?」
 「以前、お前が冥王(ヘルマスター)に殺されそうになった時、リナは決死の思いで重破斬(ギガ・スレイブ)を放った。神託によればあの呪文は虚無の端末をこの世界に引き込み、術者がコントロールを失えば暴走して世界そのものを滅ぼす。神託がある以上、重破斬は必ず世界を滅ぼすはず。もう一度試そう、という腹づもりさ」
 ガウリイが青ざめる。
 「おい。それじゃあ、ここでお前を倒しても、何度でも試される、ってことにならないか?冗談じゃない!」
 「心配するな。魔族としても駒不足でな。わざわざ人間の部類に入る俺を手駒に使うしかない。ほとんど最後の手段だと思えばいい」
 言ったゼルガディスの顔に、悲しげな色が浮かんで消えるのをアメリア姫は見逃さなかった。
 (何?なぜそんなに悲しそうな顔をするの?リナさんやガウリイさんと戦うのが辛いの?わたしと戦った時にはあんな顔をしなかったのに?)
 「今の俺を呪文で倒すなら、金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の呪か赤の竜神(スィーフィード)の呪以外にない。そしてリナ、あんたは金色の魔王の呪を使える……ガウリイを目の前で殺されたくなかったら……覚悟を決めることだ」
 「……本気なの?ゼル」
 両の拳を握り締め、リナが低く問う。
 「冗談でこんなことは言わん」
 「答えろ、ゼル!お前、魔族の計画を知って、その駒になることを自分で決めたのか?」
 ガウリイの顔は怒りで紅潮している。
 「……そうだ」
 「だったらなぜ!罪もない人間を巻き込んだ!貴様がいったい何人の人間を殺し、何人から家を、平穏な暮らしを奪った!最初から、俺たちに挑めばよかっただろうが!」
 「俺が、平和に暮らしているお前らの前に現われて、お前たちは俺の挑戦を受けたか?さっきリナも言った。『できればかつての仲間と戦うことはしたくない』と。俺がここまでやって来たからこそ、リナもお前も、俺と戦う腹を決めた。そうじゃないのか?」
 「あたしたちのせいにしないでよ!あなたは見たの?この城の外!どれほど人々が苦しんでいるのか?それが全部、あたしたちをここまで引っ張り出すため?そんなのの責任取らされる覚え、ないわよ!」
 リナが叫ぶ。
 「別にお前たちのせいじゃない。ただ、あんたらがここから逃げ延びたとしたら、俺は今度は別の国を攻める……あんたらに覚悟ができるまで」
 ギリッとガウリイが歯噛みする音が響く。
 「……分かったよ。要するに、リナが追い詰められないように、俺が頑張って貴様を倒せばいいんだろう」
 ゼルガディスがすっと目を細めた。
 「そうだ……健闘を祈る」
 「ゼル……もう、何がお前をこの戦いに駆り立てたのかは聞かん。ただ、俺はリナを守るために戦う……覚悟はいいか」
 返事の変わりに、ゼルガディスは剣を抜く。
 「ガウリイ!」
 リナの叫びが合図となって、ガウリイとゼルガディスは同時に床を蹴った。
 がしゅっ!
 鈍い音が響いて両者が跳び下がり、再び距離を取って剣を構える。
 「影縛り(シャドウスナップ)!」
 力ある言葉と同時にリナの手元から投げ放たれたナイフが、ゼルガディスの影を床に縫い止めた。急いで呪文を唱えるゼルガディス。だが、ガウリイがそこに飛び込んで来る。
 ざんっ!
 「明かり(ライティング)!」
 明らかにガウリイの斬撃の方が早かったのに、ゼルガディスは光を縫い止められた影の方へ撃ち出し、自由になる。ガウリイはすばやく間合いを取った。

 (ガウリイさんは……リナさんを守るために、命がけで戦っている……)
 本当なら、自分も魔法で援護しなければならないのに、アメリア姫は立ちすくむだけで何もできないでいた。
 (どうして……ゼルガディスさんは、わたしを守るどころか、平気で傷つけたのに……同じ仲間同士だったのに……リナさんはガウリイさんと一緒に戦っているのに……どうしてわたしはゼルガディスさんと敵味方なの?)
 ::: リナさんが羨ましい…… :::
 ::: リナさんがねたましい…… :::
 アメリアの心に声が響く。
 (いやだ、こんなこと考えるなんて。わたし、どうしちゃったのかしら?)
 ::: 人をねたむのは嫌なこと。でも、ゼルガディスさんだって、平穏な暮らしをしている人がねたましいから、その人たちの生活を壊しているんじゃないかしら? :::
 (ねたましいから他人の生活を壊すだなんて……)
 ::: 思い出して。アルフレッドは自分に王位が回って来る可能性が低いから、その可能性の高い父さんやわたしをねたんで、魔族の力を借りてまで父さんを暗殺しようとしたわ。誰だって、嫉妬から他人を傷つけることはあるのよ。:::
 (じゃあ、ゼルガディスさんも……)
 ::: そうよ。彼は魔族の手駒になっている自分、合成獣の身体から解放されない自分と、ごく普通に暮らしている人を比べて、ねたましくて、それで狂ったのよ。:::
 :::だから、今、わたしがリナさんをねたましいと思うのは、自分にない幸せを羨むのは、ゼルガディスさんと同じ思いなのよ。:::
 「ゼルガディスさんと……同じ思い……」
 つぶやいた声は、リナにも戦っているガウリイとゼルガディスにも聞こえない。
 ::: その思いをぶつければいいのよ。いっそリナさんに、好きな人を失うことがどんな思いか、知らせてやれば…… :::

 「炎の矢(フレア・アロー)!」
 「はっ!」
 ゼルガディスが放った炎の矢のすべてを、ガウリイの剣が薙ぎ払う。
 「ほう?そいつは魔力剣か?」
 「ああ――詳しいことは知らないがな」
 「そいつは気の毒だったな!俺が元の身体だったら、その剣でやられていただろうに!」
 ゼルガディスが吠えて斬りかかる。ガウリイは素早く剣を繰り出し、相手に呪文を唱える隙を与えない戦法だ。
 しかし、『かりそめの不死』を得たゼルガディスにとって、この戦法は意味がない。多少剣が当たっても傷つくことはないのだから、適当に受け流しながら落ち着いて呪文を唱えることができる。
 ただ、彼の剣士としての資質が、呪文を使うことをためらわせていた。
 がっ!
 首に鋭い一撃が加えられ、ゼルガディスはバランスを崩しかけるが、勢いのままに床を転がってすばやく立ち上がる。不死身でなければ、今の攻撃で首を飛ばされていたに違いない。
 (……残念だが、俺の腕だけではヤツには勝てん……)
 「火炎球(ファイアー・ボール)!」
 横合いから呪文が放たれる。まったく予想していなかったから、よけることはできない。
 ――だがどんな呪文も俺には役立たずだ。
 どぉぉぉぉんっ
 「な……に?」
 もうもうたる爆煙の中、ゼルガディスは立ち尽くす。
 呪文の犠牲になったのはガウリイだった。
 「ガウリイ!」
 思わず叫ぶゼルガディスの目に、薄れた黒煙の中、身体のあちこちから血を流した金髪の剣士がゆっくりと膝を付くのが見える。
 「ガウリイっ!大丈夫?!」
 リナが慌てて彼に駆け寄った。ゼルガディスは呪文が放たれた方向をみやって。
 「……アメリア?……なぜ?」
 問うゼルガディスの視線の先に、狂気じみた光を目に宿したアメリア姫がいた。




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