警 告 |
| 「ガウリイ!ガウリイ!」 「う……大丈夫……回復を……頼む」 「分かったわ!」 リナは急いで『治癒(リカバリイ)』を彼にかける。確実にガウリイの体力を消耗するが、ここで治療しなければ彼は満足に戦えない。 ここでゼルガディスがその気になれば、リナの邪魔をしてプレッシャーを与えることもできた。だが彼は、突然ガウリイに呪文を放ったアメリア姫に気を奪われたのか、あえて行動は起こさなかった。 「アメリア?……これは……?」 「…………」 強張った表情のまま、一点を見据えて彼女は答えない。 ゼルガディスは抜き身の剣を片手に下げ、足早に彼女に近づくと、やおらその頬を打った。 床に転がってしばらくもがき、ようやく身を起こした時、アメリア姫には、混乱してはいるもののいつもの表情が戻っている。 「わ……わたし……は……」 自分がしたことに怯えたのか、彼女は両手で顔を多い、うずくまってしまう。小さな嗚咽ともうめきともつかぬ音が漏れる。 「アメリアさんは、ゼルガディスさんの気持ちを共感したかっただけですよ」 未だ姿を現さぬゼロスの声だけが響く。 「どういうことだ!」 ゼルガディスが虚空に叫ぶ。 「あなたも鈍感ですね?それともわざと彼女から目を逸らしているんですか?あなたと僕が同じベッドに居るのを見た時、彼女がどれほど傷ついたことか。人間の女にさえ、あなたを奪われることが我慢ならない彼女が、よりによって、男の姿をした僕にあなたを寝取られたのですから。女性として、人間としてのプライドが傷つけられたんです」 「何……?」 リナに回復呪文をかけてもらっているガウリイが、うめいてゼルガディスを窺う。彼は硬直して、どこにいるとも知れないゼロスを凝視しているようだ。 「手ひどい裏切りをされても、国を踏みにじられても、乱暴に扱われても、シルフィールさんをあなたに殺されてさえ、アメリアさんはあなたが好きなんです。それなのにあなたは、アメリアさんには語らなかったいろいろな事情をリナさんに話した……アメリアさんがリナさんに嫉妬を覚えても当然でしょう。だから彼女に言ってあげたのです。人をねたむ気持ちはゼルガディスさんも持っている。魔族の手駒として生きるしかないあなたが、ごく当たり前の人たちに八つあたりしているのだから、アメリアさんもリナさんに、恋しい人を失う辛さを味わわせてやるといい、ってね」 アメリア姫の泣き声が大きくなった。 ゼルガディスの怒声が重なる。 「余計な真似はするな!俺は俺のやり方でやる!こんな邪魔だてはたくさんだ!」 「こっちだってもうたくさんですよ。こんな茶番は」 いつにもまして辛らつな言葉と共に、ゼロスはゼルガディスの目の前、それこそ胸をつき合わせるくらいのところに出現する。 思わずあとずさるゼルガディスに一歩踏み込み。 「前にも言ったはずですよ。もっと真剣になってもらわないと困ります、と。こんな馴れ合いの決闘ごっこで、目的が果たせるとでも思うんですか?」 「…………う」 「ガウリイさんの魔力剣ではあなたを倒せない。あなたはとっとと呪文を叩き込んで彼を戦闘不能にすればよかった。あなたがそれをしないから、アメリアさんをたきつけて呪文で攻撃させたのに、あなたはそのチャンスも放棄した。どこが真剣なんですか!」 気圧されてさらに下がるゼルガディスだが、ゼロスはあくまで詰め寄るのをやめない。冷血な侵略者だったはずのゼルガディスが、ゼロスの前ではまるで蛇に睨まれたかえるのように怯えきっている。 「僕たちが駒不足で人間のあなたを手駒に使うしかない?よくも言ってくれたものですね。あなたが選ばれたのは、ただ、あなたがリナさんたちの仲間だったからです。つまり、居ても居なくても大して違わないんですよ、僕たちにとっては。そこのところを勘違いなさっているようですね。あなたは、もう少し自分の立場というものを飲み込んでいると思っていたのですが、とんだ期待はずれですか?」 言うと同時にゼロスはゼルガディスの胸を突き飛ばす。数歩後ろにたたらを踏んで立ち止まったゼルガディスの胸に、ゼロスの錫杖が押し当てられた。 「出来の悪い道具は放棄するのに惜しくはありません。それは人間のあなたたちでも同じでしょう?」 「……ま……待て……」 「今、一度のチャンスが欲しいですか?あなたが真剣になる、というのなら、考えないでもないですけれど……」 ふわり、とゼロスの身体が宙に浮いた次の瞬間。 「もう一度、自分の立場がどういうものか、これを見て思い知ってもらいましょう」 そう言うゼロスの姿はゼルガディスの目前ではなく、床にへたり込んでなきじゃくっているアメリア姫の背後にあった。 彼女を背後から抱きすくめ、引きずり起こして羽交い締めにする。 「は、放して!」 返答はなく、代わりに、人間には理解できない言葉らしきものが黒い神官の口から流れる。 「やめろぉぉぉぉぉっ!」 絶叫してゼルガディスがブロード・ソートを振りかざし、ゼロスに突進する。 「ガウリイっ!斬妖剣(ブラスト・ソード)をっ!」 リナが叫ぶ。 ざんっ! 「!!」 呪文を唱えるゼロスの呪文障壁を破ったのは、傷の癒えたガウリイの魔力剣だった。そのまま薄紫に輝く刃がゼロスの肩に食い込む。 ゼロスの腕からアメリア姫の身体が離れ―― ずむっ! 「――な!」 ガウリイの眼前で、ゼルガディスのブロード・ソードがアメリア姫の胴を貫いていた。ゼルガディスは素早く腕を引いて剣を彼女の身体から引き抜く。 かくんっ。 おびただしい血を流しながら、アメリア姫は床に膝をついた。 「……あ……」 前のめりになりつつも、信じられないというようにゼルガディスの姿を目で追う。 「ふっ!」 気合とともに、合成獣の剣士は頭上高く剣をかかげた。 ――斬首。 彼が何をしようとしているのか知って、リナも青ざめる。 ガウリイが一瞬早くゼルガディスに体当たりをかまし、二人もつれあって床に転がった。ガウリイが長身を生かして相手を下に押さえ込む。 「よせっ!何をしているのか分かっているのか!」 「放せっ!俺を放せ!さもないと……」 「アメリア!」 格闘する二人を横目に、リナがアメリアに駆け寄ろうとして。 ぶわっ! 室内を魔風が荒れ狂い、三人は木っ端のごとく弄ばれて床や壁に叩きつけられる。 「……う……いったい、これは?」 うめいてリナが顔を上げると、中空でゼロスがアメリア姫を両腕に抱えているのが見えた。彼は先ほどと同じ不思議な呪文らしきものをつぶやいている。 「やめろ!やめろぉぉぉぉ!」 リナ同様、床に這いつくばったゼルガディスが叫ぶ。ガウリイはそのすぐ横で、今、身体を起こし、剣を探していた。 ずくんっ。 ゼロスに抱かれたアメリアの身体が激しく震え、肉が波打って盛り上がり、服が裂ける。 「……あ……ああ!」 ゼルガディスの叫びが悲鳴に変わる中、ゼロスはアメリア姫を抱えていた腕を大きく広げ、彼女を床に落とした。 どしゃぁ…… 床に落ちるまでに彼女の全身は異形と成り果て、青白い血の通わぬ大きな肉の塊がそこには蠢いている。いや、ひとつだけ。顔色は青ざめているものの、元の目鼻立ちのままの顔が震える肉塊に乗っている。 じゃっ。 肉の中から、同じ色の蛇のようなものが飛び出し、小さな弧を描いて同じ肉塊に落下すると、そこに食らいついて中へと潜り込む。激痛を感じるのか、肉についた顔が悲鳴を上げた。 じゃっ。 じゃっ。 じゃじゃっ。 最初の悲鳴が合図になったのか、あちらこちらから肉色の蛇が湧き出し、躍り上がってはところ構わず同じ肉塊に食いつき、むさぼり、侵入していく。 「やめろぉ!やめてくれぇ!」 床にうずくまったまま、ゼルガディスが絶叫する。彼は凄惨な光景をまともに見ることができず、両手で頭を抱えて身悶えしていた。 「リナ……これは?」 立ち上がったガウリイが問う。 「聴いたことがあるわ……二十年くらい前、ガイリア王国のディルス二世が、『北の魔王』を倒すべく、五千の精鋭を引き連れてカタ−ト山脈に進軍したのだけれど、結局、誰一人帰って来ず、ある日、玉座の上に王の顔をつけた肉の塊が乗っていた、と。魔族にしか使えない呪法――屍肉呪法(ラウグヌト・ルシャブナ)で、王は異形に変えられたのよ。でも、この呪いの恐ろしさはそれだけじゃない――」 「何だって?」 「この呪いの犠牲者は不死になるの。あんな苦痛を受けながら、どんなことをしても死なない――その呪いをかけた魔族が滅びない限り……生き続けなければならないのよ!」 「……どうして……」 二人の足元から低い声がする。ゆっくりとゼルガディスが、ブロードソードを手に下げて立ち上がった。 「どうして止めた!あそこで一思いに殺しておけば、彼女にこんな地獄を味わわせずに済んだのに!どうして止めた――ガウリイ!」 「……し、知らなかったんだ……」 後ずさるガウリイと詰め寄るゼルガディスの間に、リナが割り込む。 「ガウリイにヤツあたりしてどうするのよ!ゼロスを倒せば済むことじゃない!そうすれば少なくとも、彼女を苦しみから解放することはできるわ!」 ゼルガディスが立ち止まる。しかし、その瞳に燃える憎悪は激しかった。肩で荒々しい息をつきながら、まばたきも忘れた視線はガウリイから離れない。 「それでいいんですよ、ゼルガディスさん。ガウリイさんを憎みなさい。アメリアさんをここに連れて来たリナさんも憎くないですか?」 「おだまりなさい!ゼロス!」 いつのまにか、ゼルガディスの脇にゼロスが立っている。リナは怒りで血の気が引くのを感じながら一喝した。 「さんざんゼルをおもちゃにして来て!この上まだ彼を苦しめる気?いい加減にしなさいよ……」 「僕が彼をおもちゃに?そんなことはありませんよ。僕と彼はうまくやってきました」 「言葉で誤魔化したって無駄よ!さっきあなたがゼルに詰め寄った時、ゼルは抵抗もできないほど怯えていたわ。彼がどれほど闘志と不屈の精神を持っているか、あたしは知っている。そんな彼が心底怯えるなんて、並大抵なことじゃないわ。きっと、あなた、彼にひどい仕打ちをしたに違いない!」 ゼロスの口元に、いやらしい笑みが浮かぶ。 「僕たちとしては、彼がすくなくとも天寿をまっとうできる方法を教えてあげようとしただけです。ただ、彼が最初聞く耳を持たなかったので、少しおしおきはしましたけれど」 「言うことをきかないと、お前も肉の塊にしてやる、とか言って?」 ゼロスの眉がぴくりと動いた。ゼルガディスは立ち尽くしたまま、自分について語られている話を聞いているのかいないのか、判然としない。 「……どうしてそう思いました?」 「ゼルがあの呪法の呪文を知っていたからよ。彼はあなたが呪文を唱え始めた途端、それがあの呪法だとわかった。魔族しか使えず、人間の間には知られていない呪文なのに、どうして彼は知っていたのか?考えられるのは、彼が前にあの呪法が使われるのを目撃したからだわ」 「さすがです。そこに気づくとはなかなかなものですね……あれを彼に見せたのは結構きいたみたいです。その後、彼は三度も自殺したくらいでしたから」 ゼロスは硬直したままのゼルガディスの肩に肘を乗せ、横目で彼の顔を眺めながら面白そうに語る。 「三度、彼は死にました。一度は舌を噛み、一度は首を吊り、一度は魔力を込めた剣で自分の喉を突いた……けれども、そのたびに僕たちは彼を蘇らせました。傷一つない身体で。そうしてようやく彼は僕たちの言葉に耳を貸すようになったのです」 リナはゼロスの笑顔と、ゼルガディスの横顔を見比べていたが、ゼルガディスは目を見開いてガウリイを相変わらず見詰めているだけ。 「彼が僕たちの役に立つ道を選んでからは、特に僕たちの関係は親密でした。アメリアさんも見たように、彼が僕を抱くことだってあったくらいです」 リナが眉をひそめるが、言葉に詰まったのか、言い返せない。彼女に代わってガウリイがゼロスに食って掛かった。 「言いたいことを言うな!そんな方法でしかストレスを解消できないくらいにゼルを追い込んだくせに!」 ゼルガディスが息を飲むように少し顔を上げる。ゼロスは彼に並んでガウリイに向き直った。 「ほう?僕たちの関係は親密ではない、とでも?」 「世の中に、酒に溺れる人間がいる。身体に悪いと分かっていても、それ以外に苦しみを紛らわせる方法を知らないからだ。ゼルは、できれば国を潰して回るような真似をしないでどこかに逃げたかったに違いない。しかし、貴様がつきまとって逃げられないから、代わりに貴様を抱くことでウサを晴らそうとしたんだ!どうせ貴様は、そんな風にしか振舞えないゼルを笑い、彼の苦しみを食っていたんだろうが!」 ゼロスの表情が、人を食った笑顔から滅多に見られない邪悪な表情に変わる。薄目から送る視線はまるでガウリイをさげすみ、なぶるよう。 「……ゼルガディスさんはずっとアメリアさんを心の支えにして来ました。僕たちの手駒になることを承知した時でさえ、身体は魔族と合成されることを拒み、あくまでも生身のままあり続けることを選んだのもそのためでした」 「な?!」 「彼はアメリアさんが大切でした。だから、初めて王宮に乗り込んだ時も、腕を折りはしましたが命は奪わなかった――できれば、彼女が遠くに逃げ出すことを願っていたのです。彼は自分の境遇を呪い、自分自身をも呪っています。だから、肉欲を感じた時も、アメリアさんに手を出すことは出来なかった――彼女を汚すことはしたくなかったのです」 「……それを知っていて、アメリアを彼の目の前であんな姿にしたっていうの?!」 たまらずリナが叫んだ。 「ショック療法ってあるでしょう?彼には目的があります。それを見失った状態からできる限り早く立ち直らせるために少しショックを与えるのは、効率的なやり方だと思いませんか」 「いけしゃあしゃあと……」 「アメリアさんをセイルーンの国境まで追放したのは、彼女に逃げるチャンスを与えるためだったはずです。少なくともゼルガディスさんにしてみれば。それなのに、リナさん、あなたたちは彼女をここへ連れて来て、彼女を呪わしい運命から救う最後のチャンスを奪ったのです。ね、ゼルガディスさん。あなたがが彼らを恨んでも当然でしょう?」 ゼロスがゼルガディスの耳にささやきかけた。 「!」 ゼルガディスの瞳に憎悪が冷たく光り、彼は一歩前に出る。 ――が。 そこで大きく前後に身体を揺らしたかと思うと、彼は仰向けにどうと倒れてしまった。 リナ、ガウリイ、ゼロスの三人がしばし呆然と彼を見下ろす。 「おやおや……どうやら憎しみと理性の板ばさみになって現実逃避してしまったようですね」 ぽたり…… リナの目から涙がこぼれる。 「ゼロス……そこを動くんじゃないわよ……」 「そう言われて動かない人っていないと思いますけど……」 「うるさいっ!仮にも獣神官でしょ!人間相手に逃げたりするんじゃないわよ!」 言い放って増幅術の呪文を唱え出す。リナの言葉に呪縛されたのか、ゼロスはいつもの笑みを浮かべているものの、その場を立ち去ることも、彼女に反撃する素振りも見せなかった。 「神滅斬(ラグナ・ブレード)!」 具現した漆黒の刃を振りかぶり、リナはゼロスに渾身の一撃を与える。まっぷたつになった黒い神官の身体は、床に倒れるよりも前に塵となり、溶ける様に消えた。 「……これは?」 「…………」 ガウリイの問いかける声に答えないまま、リナはゼロスが居たはずの場所を睨みつけている。 「人間の前から逃げるとは、大した根性ね!ゼロス!」 「おや、バレましたか?」 おどけた調子の声が届く。 「当たり前でしょ!あなたが滅びたのならあたしたちを閉じ込めた結界は解け、アメリアも……解放されるはずなのに、そのどっちも起きていない。フィブリゾがやったみたいに、精神体の一部をおとりにして逃げたんでしょう!」 「そうですよ。ついで教えて差し上げますと、あなたたちの前から逃げることは、僕にとって当然のことなんです」 「何ですって?」 「僕は上から命令されているんですよ。リナさんとガウリイさんとは戦うな、とね。僕には逃げる正当な理由があるわけですから、あなたがいくら僕を弱虫呼ばわりしたとしても、ダメージにはなりません。というわけで、僕はこの辺で一旦引き下がらせてもらいます」 彼の声が消えると同時に、リナたちは、セイルーンの王宮の玉座の間に居た。景色は何も変わっていないが、そこが結界の中ではないことは感覚で分かる。 「……リ……リナさん……」 か細い声で、肉の塊が呼ぶ。リナとガウリイはそちらに目を移したが、すぐに目を伏せてしまった。直視するには辛過ぎる。 「……ゼルガディス……さんを……今のうちに……」 ハッとしてリナは床に倒れたままのゼルガディスを見詰めた。アメリア姫は、ゼロスが去った今、ゼルガディスを『かりそめの不死』から解放するチャンスだ、と言っているのだ。 「――分かったわ。アメリア……」 再び、闇の刃を召喚する呪を唱える。 (ゼル。あんたはどうしようもない馬鹿よ。だけど、アメリアは、あんな苦しみの中でさえ、あなたを気遣わずにはいられないほど、あなたを好きなのよ。彼女に免じて、あたしが終わらせてあげる――) 「神(ラグナ)……」 しかし、彼女の『力ある言葉』が終わるより早く、ゼルガディスの身体がまるで水に沈むように床に飲み込まれた。 もしやと期待を込めて床の敷石に斬りつけたものの、ざっくりと化粧石が割れただけ。 ……………… 重苦しい静けさがその場を押し包む。その静寂(しじま)を破ってリナが叫ぶ。 「ゼロスぅぅぅぅぅぅっ!」 |
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