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「リナ?休まなくて大丈夫か?」 ガウリイが先を急ぐリナに声をかける。 「休んでなんかいられないわよ!」 リナはぶっきらぼうに答える。ガウリイは歩幅を大きくして彼女を追い越し、向き直って彼女を捕まえ、立ち止まらせた。 「放して!あたしは行かなくちゃならないの!」 「だが、セイルーン・シティを出てからもう丸一日、歩き詰めだぞ!このままじゃもたない!今、ここで焦ってもどうにもならないだろう。いずれはゼロスとやりあうことになるんだから、体力も魔力も温存しなくちゃ、最初から勝負を放棄しているようなものだぞ」 「……だからって……ここで横になったとして、あたしがぐっすり眠れると思う?」 リナはまっすぐにガウリイの目を見詰めて言った。 「あたしはとても眠れない。こうして、歩き通して……疲れ果ててぶっ倒れて……そういう風にでないときっと眠れないわ……」 「……分かった」 ガウリイは彼女を捕まえていた手を離し、二人並んでまた歩き始める。 「ところで、今、目指しているカノン・シティで、本当にゼフィーリアと連絡が取れるのか?」 「大丈夫。あそこの魔道士協会にはコミュニケーション・センターがあるの。あそこからゼフィーリアの魔道士協会と通信することができるのよ」 「それじゃ連絡が取れるのは魔道士協会まで、じゃないのか?」 「そんなことじゃ、コミュニケーション・センターの名に恥じるわよ。こちらから通信したい相手をゼフィーリアの魔道士協会に伝えると、ゼフィーリアの魔道士協会のセンターからその相手……今回はあたしの家族だけど……その相手の所に通信係がレグルス盤を持って行くの。あたしの家族が声だけの交信でよければ、レグルス盤を通してセンターに声を送り、それをセンター同士の交信機能であたしに届けてくれる。もし、あたしの家族が顔を見ながらの交信を望むなら、一旦こちらからの通信を切って、あたしの家族がゼフィーリアの魔道士協会に出向き、向こうからこちらに通信してくる、という仕組みなの。しかも、これらの交信内容は原則的に秘密にできるのよ」 「へえ、便利なサービスだなぁ。で、料金はかなりするんじゃないのか?」 「まあ、安くはないけれど、バカ高かったら誰も利用しないでしょう?だいたい通話時間と交信距離によって値段は違ってくるけれど……」 説明しながらリナは、ガウリイが本当に分からなくて質問しているのか、それとも、自分に余計なことを考えさせないように、と聞きたくもないことを問い掛けているのか、いぶかった。 いずれにせよ、この会話は、ともすれば胸苦しくなる思い出を少しでも意識から遠ざけてくれる。リナにはこの他愛もないやりとりが、とても優しく思えた。後でまたガウリイが同じ質問をしても、スリッパではたくのは勘弁してやろう、と思いやれるくらいに。 カノン・シティのコミュニティ・センターに栗色の髪の少女がたどり着いたのは翌日の午後だった。息せき切って、という風情で手続きを済ませると、通信が開かれたゼフィーリアの魔道士協会の係員に通信相手の名を告げ、「声だけでいいから早く」と頼む。 それからほどなくして、ゼフィーリア側から、レグルス盤を通した声だけが送信されて来た。 「リナ?どうしたの?うまく行ってる?」 「……ねーちゃん……」 「何が……起きたの?リナ!大丈夫?」 「助けて……ガウリイが……さらわれちゃった……」 そこまで言って、リナはこらえていた涙を止めることができなくなり、テーブルに突っ伏して泣き崩れた。 「リナ!」 「ねーちゃん!……って、なんでとーちゃんまでここに居るの?!」 今日あたり姉が着く頃、と、宿屋を出てカノン・シティのはずれまで出迎えたリナの前に現れたのは、二頭の馬に乗った親子連れだった。 「いいじゃねぇか、娘の彼氏の一大事。俺にも出番作れよ」 男にしておくのはもったいないくらいに整った顔立ちの父親が軽く言う。 「だって……」 「たまには、父親の顔を立ててやんなさい、リナ」 リナの姉は、父親をそのまま女性にしたような美女で、親譲りの黒髪を肩で切り揃えている。今は、普通の旅姿だが、背中に担いだ大剣があまりに似つかわしくない。 「……はひ、わかりまひた……」 どことなく引きつった口調で答えたリナは、二人を泊まっている宿の部屋に案内した。 「で、ちょっと話をはっきりさせたいんだけれど」 宿の部屋に入って銘々に椅子やベッドに腰を下ろすと、早速、リナの姉が切り出した。 「最初の話では、エルメキアに逃亡していたセイルーンの姫君からの要請で、セイルーンの王宮を陥落させた暴漢を退治し、残された王族を救出する――そういう話で出かけたのよね、あんたとガウリイは」 「うん」 「で、セイルーンでは?」 「……セイルーンでは、その暴漢に逢ったわ。ただ、その人物は、前にも話した、異界の魔王との戦いに関わった仲間だったのよ。もちろん、アメリア姫もその戦いには参加していたから、彼のことは知っていたわ……」 「ふうん……じゃあ、あんたにしろ、姫君にしろ、その人物が国をつぶして回るなんて信じられない、ってところだったのね?で?」 「……彼は、魔族と『かりそめの不死』の契約をしていたの。だから、竜破斬(ドラグ・スレイブ)も、ガウリイの斬妖剣(ブラスト・ソード)も効かなかった。でも、問題だったのは、彼よりも、彼を動かしている魔族だった」 「その魔族に逢ったの?」 「うん……そいつは、魔王の腹心の一匹、獣王の直属の高位魔族で『獣神官(プリースト)ゼロス』と名乗ったわ」 リナの硬く握ったこぶしが震えるのを、ルナは見逃さなかった。 「そのゼロスってヤツが、あんたのかつての仲間を狂わせて動かしているっての?」 「……それだけじゃない。……ゼロスはアメリア姫に魔族の呪いをかけた上に……ガウリイまで……」 「そういや、ガウリイがさらわれた、って言ってたな、お前」 二人の父親が横から口を挟んだ。リナの頭が縦に動く。 「ゼロスは言ったわ……セイルーンで待っている、って……」 「何だと?その魔族は、お前のかつての仲間を動かしているだけじゃなく、ガウリイを人質に取ってお前も動かそうとしているのか?」 「ゼルガディスが……あ、ゼルって、そのあたしとガウリイのかつての仲間だけれど……彼が話してくれたことによると、ゼロスはあたしにある呪文を唱えさせたいの。あたしは自分でその呪文は二度と使わない、と決めているんだけれど……ヤツがガウリイをさらったのは、彼を人質に取って彼を取り戻すためには、あたしがその呪文を使うしかない状況に追い込むためなのよ。ゼルにセイルーンを襲わせたのも、アメリア姫にあたしとガウリイをセイルーンに呼び寄せさせるためだった……」 「そういえば、アメリア姫は?さっき、その魔族がアメリア姫に呪いをかけた、って言ってたわね?」 姉の質問に、リナは小さく身震いした。 言葉にするには辛過ぎる。しかし、話さなければならない。 リナは、ディルス王国の「英断王」ディルス=ルォン=ガイリアの身に起こった悲劇の伝説を語り、アメリア姫の身に起きたことを示唆した。とても、直接見たことをそのまま口に乗せることは出来なかったのだ。この話に、父親は顔をしかめ、姉の目には鋭い光が宿った。 「つまり、その魔族野郎を何とかしないと何とかならないわけだ。ガウリイも、アメリア姫も、お前のかつての仲間も。それでルナの登場ってわけか」 名前を出された姉は、口を真一文字に結び、リナを見つめている。リナも姉の顔をまっすぐに見返した。口を開いたのは妹の方。 「正直言って、竜破斬(ドラグ・スレイブ)連打したってかなう相手じゃないから……」 「なるほど、リナの竜破斬(ドラグ・スレイブ)連打されても平気な魔族には、竜破斬ぶった切る力のあるヤツでもないと歯が立たないわな……」 父親は形のいい眉をひそめ、姉娘を横目で窺った。彼女は相変わらず厳しい表情で妹を見つめている。 「分かった、リナ。わたしはセイルーンに行く。ただし……」 一瞬明るくなったリナの表情がすぐに曇る。姉から条件が出されるとは思ってもいなかったからだ。そして、姉が出した条件は、リナには承服できないものだった。 「どうして!ねーちゃん一人でなんて行かせられっこないでしょ!元はといえば、あたしが狙いなのよ、ゼロスは!ねーちゃん巻き込んで、それじゃよろしく、なんて言えるわけないじゃない!」 「魔族の狙いがあんただから、付いてこられちゃ困るのよ」 「……え?」 きょとんとするリナに説明したのは父親だった。 「だからな、リナ。こういうことだ。もしもルナとお前が一緒にその魔族のところに行ったとしてだ、その魔族がガウリイを盾にして『すぐに呪文を唱えないと、ガウリイの命はない』と言われたら、お前、ルナとその魔族が決着をつけてからにしろ、と突っぱねられるか?ガウリイが相手の手にある以上、お前は動きが取れない。それではルナにとってお前は足手まといでしかないんだよ」 「…………」 「わたしが一人でゼロスのところへ行ったしても、それでガウリイを殺すような真似はしないでしょうよ。大切な人質なんだから……それより、そのゼロスってヤツと、あんたのかつての仲間、ゼルガ……ややこしい名前ね、そいつの特徴とか教えて頂戴」 リナはざっと説明した。ただし、ゼロスは魔族なので、簡単に姿を変えることができる。 「まあ、でも、そのゼルガディスの方がそんなに目立つ格好なら、そいつの近くにいるその魔族もすぐに分かるでしょうよ」 言いながらルナはもう席から立ち上がっている。リナも椅子から立ち上がった。 「ねーちゃん、ごめん……」 「ガウリイ連れて帰って来てから、礼はたんまり言ってもらうわよ。父さん、くれぐれもこの子が早まった真似しないように、首根っこ抑えておいてよ」 そう言い置いて、ルナはカノン・シティを後にした。 ルナにとってセイルーンの王宮を訪れるのは初めてのことだった。しかし、街に一歩入れば、壮麗な建物はどこからでも目立ち、すぐにたどり着いた。 問題は、この広大な王宮のどこに目指す魔族が居るのか。 これもルナには、比較的簡単な問題だった。魔族らしい「匂い」のする方へ行けばいいのである。赤の竜神(フレア・ドラゴン)の力の一部を持った彼女には、その気配は何となく分かる。 彼女は人気の無い通廊や事務室棟を抜け、過たずに玉座の間の扉の前に到着した。背中の大刀を抜き、傾いた扉に斬りつける。 ぐわらがらっん…… 大きな音が寒々とした広い空間にこだまする。 一番魔族の「匂い」がきついはずの場所に踏み込んで、ルナは立ち止まった。 部屋と呼ぶにはあまりに大きなその空間の一番奥、破壊され尽くした玉座があった場所にわずかに残った階(きざはし)に、一つの影がある。魔族の気配はしない。 よく見れば、それは白いマントに身を包んだ人間であるように見えた。ただ、頭をかかえた両膝に埋めているので顔は見えない。 魔剣士ゼルガディスか? 大刀を引っさげたまま、うずくまる人物に歩み寄る。その人物は眠っているのか、微動だにしない。 「ちょっと、あんた!」 声を張り上げて呼ぶと、ようやくその人物は顔を上げた。 「……あなた、誰?」 「そういうあんたこそ、誰だ?」 返って来た言葉は、底無しの倦怠感に満ちている。ルナはしばらく絶句した。 リナの話では、魔族とつるんでいるゼルガディスは合成獣(キメラ)だということだった。髪は銀色の金属の糸、肌は青黒い岩でできている、と。 しかし、今、ルナの目の前に居る男は紛れも無く人間である。髪は艶やかな黒に近い茶色。肌は青白いが本人の生気のなさに比べれば、瑞々しい輝きを持っている。 「わたしは、ここで一人の合成獣(キメラ)に会うはずだ、と言われて来たんだけれど……」 「……言われた?それを伝えたのはリナ=インバースか?」 「じゃあ、あなた、やっぱりゼルガディス?」 ルナはかまをかけたのである。自分の名を明かさず、相手の名と素性を確かめるために。どうやら、彼の身に何かの奇跡でも起きて、人間の身体に戻ったらしい。だが、今はそんなことよりもほかに用事がある。 「ここには、あなたのほかに魔族とセイルーンの姫君と、ガウリイが居るはずだけど?彼らはどこ?」 「ガウリイが?ゼロスはガウリイを捕まえて来たのか?」 男は立ち上がりもせずに応じた。 「あなた、そんなことも知らないの?」 「……知らん。ヤツは結界を作ってアメリアを幽閉している。たぶん、ガウリイも同じ所にいるだろう……あんたはガウリイを連れ戻しに来たのか、リナに頼まれて?」 「そうじゃないわ。わたしの目的はその魔族を倒すことよ」 「ゼロスを……倒す?……また、大きく出たものだな……」 ゼルガディスはまるでひとごとのように、皮肉っぽい笑みを浮かべた。ルナは初めて、彼の顔立ちがとても美しいことに気づいた。 しばらく相手の顔をにらみつけて、彼女はいきなりゼルガディスのマントの襟を掴み、引きずり起こす。 「何があって呆けているのか知らないけれど、わたしはこれからゼロスを倒す。そして姫君とガウリイを解放するわ。あんたが魔族の手駒にされていることは知っている。でも、少しでもかつての仲間を思う気持ちがあるのなら、邪魔はしないで!」 ゼルガディスの瞳に、意志の光が戻る。同時に青ざめていた頬に血の気が戻り、彼の端正な顔にまばゆさを添えた。 「……そう言えば、リナは郷里の姉をひどく恐れていたな……とても敵わない女性(ひと)だと……そんな人間ならゼロスにも太刀打ちできるかもしれないな」 ルナは手を放し、彼に背を向けて何も無い空間に張りのある声で呼びかける。 「いるんでしょう、獣神官(プリースト)ゼロス!あんたをぶち倒しに来てやったわよ!出ていらっしゃい!それができないなら、人間相手にこそこそと隠れているしかできない能無しってこと?」 じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじ…… ルナの声が終わるや否や、耳障りな音ともに、がらんとした空間の真ん中にまぶしいばかりの光の球が現れ、そのすぐ前に黒々としたシルエットが浮かぶ。 「……ゼロス」 ゼルガディスのつぶやきが聞こえ、ルナは大刀を構えながら、スィーフィードの力である「気」をその武器に込めた。 「……それは!あなたはまさか、伝説の赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)!」 ゼロスの驚きの声がシルエットから流れてくる。あのうるさい音もまだ響いているところをみると、どうやら光球そのものが放っている音らしい。その音に重なってゼロスの声が響く。 「しかし、いかにスィーフィードの力を持っていようとも、所詮は人間。僕たちに敵うなどと思わないことです」 「気をつけろ。あれは影だ。本体じゃない」 ルナの後ろからゼルガディスが声をかける。ルナはうなずいていっそうの「気」をみなぎらせる。まるで彼女の全身が「気」で包まれているかのようだ。 突然、魔の気配が彼女の後ろに出現する。 そちらを振り返ってルナは、ゼルガディスの胸元で光を放つ宝石と、素早く振り下げられる右手を見た。 「影縛り(シャドウ・スナップ)!」 ゼロスの背負う光は、ルナの影を長く床に映していた。ゼルガディスはほとんど自分の足元に魔力を込めた短剣を投げるだけで、彼女の動きを呪縛できたのである。 「くっ!」 ルナは本来、手にした物に自分の「気」を送り込んで戦うことを得意とする反面、「気」だけで精神世界面(アストラル・サイド)に干渉し、呪文を打ち破ることは滅多にしたことがない。精神を集中して「気」を精神世界面に送り込み、影を縫い止めている呪文の力を打ち消すのには、わずかながら時間がかかる。 彼女が自分の影をゼルガディスの短剣から解放するのと、ゼルガディスが両手に持ったナイフをまとめて彼女に投げつけたのはほとんど同時だった。 かきん!きぃぃぃん!かんっ! 飛んで来たナイフの狙いは絶妙で、下手に動いて避けるよりはその場で叩き落した方がいい、と判断し、実行したルナだったが。 「つっ!」 ナイフに気を取られた隙に、右腕に二本、腿に一本、細長い針が刺さっている。ゼルガディスはナイフと一緒に針を投げていたのだ。 痛みにひるんでいる隙にとどめを刺そうと、ゼルガディスが抜刀して飛び込んでくる。 「このっ!」 ルナは左腕一本で大刀を振りかざす。すでに「気」が込められ、敵を倒すには十分な間合いだったが。 どんっ! 突然、ゼルガディスの身体が横に弾き飛ばされた。床に転がり、落とした剣に伸ばした彼の手を、一本の足が踏みつける。 「お前が……ゼロス?」 ルナは歯で右腕に刺さった針を抜き、動かしやすくなった右手で腿に刺さった針を引き抜いた。その間も、左手の大刀を、ゼルガディスを抑え込んでいるゼロスに向かって構え、隙を見せない。 ゼロスはルナを無視して、床に這いつくばっているゼルガディスに言った。 「まったく、無鉄砲にもほどがありますよ。ゼルガディスさん。相手は赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)。あなたを不死身にしている契約も、彼女の攻撃にどこまで耐えられるか分かりません。まだあなたには仕事が残っているんですから、勝手な真似はしないでください」 「……アメリアを……」 「はい?」 「あいつは、アメリアを解放する、と言った。俺からアメリアを奪うつもりなんだ」 「……なるほど。だからそれを阻止するために、彼女を攻撃した、というわけですか」 「何?どういうこと?そのゼルガディスは何を言っているの?」 ルナは訳がわからない。ゼロスは初めてルナにまともに向き直り、肩をすくめて見せた。 「ゼルガディスさん、どうしてこの女性(ひと)がアメリアさんを解放してはいけないんですか?」 「アメリアは……闇を撒く者(ダーク・スター)との決戦の時、俺に言ったんだ……『一緒にセイルーンに来てください』と。……だが、俺は断った。人間の身体に戻る方法を探す方が大切だったから。……今、俺は人間の身体に戻り、アメリアは俺と同じ永遠を生きることができる。これからは俺たちは一緒にセイルーンに居る……それなのに……」 「アメリアさんが永遠の生から解放されたら、一緒に居ることができない、というわけですね。……とまあ、そういう理屈だそうです」 最後の言葉をルナに投げかけたゼロスの足に、ゼルガディスがすがりつく。 「いけなかったのか?俺がしたことはいけないことなのか?」 その姿に、ルナはこの男が正気を失っているのに初めて気づいた。ゼロスはゼルガディスの髪を優しくなでていたわるように言う。 「いいえ。いけないことではありませんよ。まあ、いきなり乱入されて驚きましたが、結果的にあなたは僕に有利な状況を作ってくれました」 「じゃあ、良かったんだな。俺を誉めてくれるのか?」 ゼロスは笑みを大きくすると、 「ああ、分かりました。ご褒美が欲しいのですね。ええ、いいですよ」 言って、手にした錫杖でトンと軽く床を打つ。 そのとたん、彼らが居る広間の真ん中に、生白い肉の塊が現れた。 「……アメリア!」 ゼルガディスはエサに駆け寄る犬のように床を走り、肉塊にたどりつき、まるで恋人の身体を愛撫するように抱き締めた。 「ゼルガ……ディスさん」 白い塊の頂点に貼りついた顔が、弱い声を上げる。ゼルガディスはその顔に頬ずりし、唇を重ねた。 「ゼルガディス……さん……わたしを……死なせて」 「どうして……アメリア。俺にはできない……一緒に生きよう。このセイルーンで」 「お願い……おねが……い……」 「やめろ!」 ルナが叫ぶ。 「もうやめろ!いいや、わたしがやめさせてやる!その方が早い!」 彼女はゼロスに大刀を構えてみせる。ゼロスも今度は錫杖を身構える。 「残念ながら、あなたは僕に勝つことは出来ません」 「やってみなければ分かるまい!」 「いいえ。あなたが万全の体調なら勝機を掴めたかもしれません。しかし、あなたは今、全力を出すことが出来ない」 「針のケガなど!」 「ええ、キズの痛みには耐えられるでしょう。しかし、あれがただの針だとでも思っているのですか?」 「……何?」 ルナは嫌な感じがして、腿を見下ろす。血がにじむズボンの下の傷が熱く感じられた。 「あれは、元々、ゼルガディスさんがガウリイさんと戦うために用意していた武器でしてね、今日の朝まで、ネズミの腐りかけた死体に刺してあったんです。死体から出る毒がたっぷりと染み付いていたわけで、そろそろ効いてくる頃です」 ルナの表情が厳しくなる。が、同時に、彼女が構えた大刀の切っ先がわずかにブレ始めた。ゼロスが邪悪な気をみなぎらせる。 「そして、あなたが万全の体調でないとしても赤の竜神(フレア・ドラゴン)の力を持っている以上、僕は全力であなたと戦います。お覚悟を」 短期決戦しかない、とルナはありったけの「気」を使って、ゼロスに斬りかかる。彼の錫杖がルナの大刀を受けとめた瞬間。 「死ねぇぇぇぇっ!」 純魔族が使う道具はその魔族の一部。だから、大刀と錫杖の接点に「気」を集中させ、そこからゼロスの本体に攻撃を加える。 一瞬、物質世界に具現しているゼロスの姿が揺らぎ―― 再び確固たる形状を取ると、その手にした錫杖の赤い球に邪悪な輝きが宿る。 球からビームが放射されるのと、ルナがゼロスの錫杖を突き放すのは同時。動きを確保した大刀でビームを薙ぐ。 その間に、ゼロスは宙に浮いていた。彼はルナを見下ろさず、むしろ、頭上を見上げている。 何をするつもりか、とルナが訝るその上で、ゼロスが錫杖を掲げ魔力球を上に向かって放ち始めた。 いくつもいくつも光球が、セイルーンの宮殿の中でもひときわ高く広い天井に炸裂する。瓦礫が雨あられと床の上に降り注ぐ中、ルナは身を隠す場所を求めて、玉座があった場所へ走る。だが、たどり着くより早く大きな梁が落ちかかって来る。 「はっ!」 気合とともに大刀を一閃。 真っ二つになった石の塊の向こうから、赤い球のついた錫杖が突き出されるのが目に入った瞬間、ルナの胸に魔力球が衝突していた。 身に着けた鎧にもスィーフィードの「気」をまとっているため、魔力球そのものによるダメージはないが、爆風で後ろに吹き飛ばされるのは免れない。 なんとか床に叩きつけられる衝撃を和らげようと、身体を丸め、それでも大刀を放さずに床の上を何回か回転して。 立ち上がろうとした時、既に鉛のように重くなった身体に愕然とする。激しく動いたことで、毒がすっかり全身に回ってしまっていた。 「……くっ!」 もがくように立ち上がったルナに、へし折られた石柱が倒れ込んでくる。剣で応じていたのでは間に合わない。ルナは剣を支えたままの両手で石柱を受けとめ、渾身の力で投げ飛ばす。 その間にも、天井で爆発が繰り返し瓦礫が降って来る。それらを全て避けられるほどの力と素早さは、既にルナから奪われていた。 頭に大きな化粧石の角が当たって床に倒れこむと、後は無慈悲な石の雨に打たれるだけ。 天井に大きな穴があいた代償に、瓦礫が埋め尽くした床を見下ろし、ゼロスはゆっくりと降下する。 アメリア姫とそれに寄り添うゼルガディスの周りには、綺麗な円でくりぬかれた様に瓦礫がない。恐らく、ゼルガディスが風の結界を張ったのだろう。狂っているとはいえ、正気だった頃に使っていた呪文は使いこなせる。人間に戻って失った魔力は、ゼロスの魔力で補っている。これは、ゼロスが自分の意思で力を貸すのではなく、ゼルガディスが胸に留めているブローチの呪符の機能で、彼が呪文を唱えるたび、必要な魔力が引き出されるしかけだ。本来はゼルガディスの魔力を増幅するために作られた道具(アイテム)だが、今は、彼が魔法を使うために不可欠な物である。 ゼルガディスたちの真上で静止したゼロスは、半ば瓦礫に埋もれた敵を観察した。まだ息はある。 「ゼルガディスさん、彼女にとどめを刺しませんか?」 風の結界の中にいる彼には普通の声では聞こえない。彼の意識に直接呼びかけた。 結界を解き、ゼルガディスが立ち上がる。剣の柄に手をかけるのを見て。 「剣ではなく、呪文でとどめを刺してください。彼女に接触すれば、彼女の『気』をくらう危険があります」 「俺は……剣で戦う相手には、なるべく剣で戦いたい……」 「ダメです。呪文で倒してください」 にこやかな笑顔ながら、あらがうことを許さぬ雰囲気がにじんでいる。逆らえば、アメリアが再び結界に幽閉される、という懲罰を認識したのか、ゼルガディスは呪文を唱え始めた。唱えているのは『爆風弾(ブラム・ガッシュ)』。凝縮した「風」を一本の矢の形にして解き放ち、命中した地点で炸裂させる呪文である。炸裂した途端、矢は細かいカマイタチとなり、着弾点の周囲を生き物だろうが地面だろうが樹木だろうが、関係無しに切り刻む。 まだ意識のあるルナは、必死に「気」を高めて身を守る。 最初の攻撃はルナのまとった「気」に阻まれ、彼女に傷一つ負わせることは出来なかった。二弾目も同じ。三弾目も失敗した。それでもゼルガディスは、まるで呪文の練習でもしているように、律儀に同じ呪文を繰り返している。 ねじれた思考回路は、まったく同じことの繰り返しに焦りも疲れも覚えず、淡々と実行することに何の抵抗も感じないらしい。 四回目の攻撃を防いだ時、それまで張り詰めていたルナの精神が、毒の影響でわずかにゆるんだ。 ぱしん。 背中に感じた衝撃から全身に激痛が広がるまで、彼女は自分が相手の呪文に直撃されたことに気づかなかった。 ……リナ……ごめん…… それきり、赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)が発揮していた「気」はかき消え、後には細かい肉片が血の海の中に転がっていた。 |
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