その2


    「おい、しっかりしろ!」
    呼びかけられてガウリイが目を開けると、自分を見下ろす青大理石の像の顔が見えた。
    (あれ?普通、石像って服を着ていないんじゃ……)
    ガウリイは二、三度まばたきをした。
    対面している顔は青黒い岩の肌をしてはいるが、いぶかしげな表情から呆れ顔まで、表情を変化させるところから、生きているのは間違いない。どこかで見た顔だが、思い出せない。
    じっと彼を見下ろしていた顔が、ため息をつく。
    「……もしかして、俺の顔、忘れたのか?」
    「いや……覚えているさ。覚えているけど……名前が……」
    「ゼルガディス」
    「そうだっ!それだっ!いやぁ、久しぶりだなっ!」
    ガウリイは朗らかに飛び起きて、ゼルガディスと名乗る男の肩を叩いた。叩かれた方は憮然としている。ガウリイは名前も忘れていたはずの相手に、旧知の友に対するように親しげに尋ねた。
    「お前、どうしてこんなところにいるんだ?」
    「俺はこの先に用があって来たんだ。お前こそ、一人でどうした?
    リナに有り金巻き上げられて放り出されたか?」
    「そうだっ!そのリナが、捕まったんだ!あれ?ここ、どこだ?」
    ガウリイは目覚めてから初めて、あたりの様子を見回した。先刻、リナに肘鉄をお見舞いされた、門の脇である。
    「リナが捕まった?どういうことだ?」
    ゼルガディスは訳が分からない、という表情でガウリイに問い掛ける。答えようとしてガウリイは、説明しようにも状況がよく把握できていないことに気づき、頭を掻いた。
    「えっと……とにかく、すぐ近くだから、力を貸してくれないか?」
    「……まあ、いいだろう。俺の目的地はこの先だから」
    「この先って?」
    「《知識の泉》さ」
    「それだっ!リナはその泉に捕まったんだ!」
    「はぁ?」
    ガウリイを見つめるゼルガディスの表情には、信用できんな〜、という感情がありありと表われていた。

    「おお、ここだ、ここだ。ここで魔道士に会って泉に案内されたんだ。で、泉は……そうそう、あっちの階段を上って……」
    「ちょっと待て!リナが捕まった、と言っていたが、お前はいったい何を見たんだ?」
    「何って……泉に質問していたリナが、急に『逃げるわっ』って言って駆け出して、俺も一緒に走ったんだが、その途中で彼女が立ち止まっちまった。見たら、床の敷石から岩が蔓か何かみたいに伸びてきて、彼女の足に絡んでいたんだ。俺は引き返そうとしたんだが、その途端、吹き飛ばされた」
    「お前が見た時、リナは足を抑えられていたんだよな?それぐらいなら呪文で何とかできるだろう。彼女はもうここにいないかもしれないぞ」
    ゼルガディスは、魔道士リナの実力を知っている。リナがおいそれと捕まるはずはない、という確信があるし、仮に捕まっても脱出する術をいくつも持っているだろう、と思う。
    しかし、ガウリイは厳しい表情をして言った。
    「いや、俺には分かる。リナはまだこの奥にいる」
    ガウリイの野性の勘は、絶対の信頼がおける。この男はリナの「保護者」を自称しているから、被保護者に対する気の配りようは真似が出来ない。
    ゼルガディスは、もしかしたら、という思いにかられ、ガウリイの案内するまま、階段を上がっていった。

    どすん!
    泉のある空間の入り口に突進したガウリイが、弾き返されて尻餅をつく。
    「いてててて……な、なんだぁ?」
    入り口の向こうには暗い空間が広がっているのが見える。間に扉などは見えないのに、ガウリイは弾き返された。ゼルガディスは入り口の前に立ち、ゆっくりと手を差し出した。その手が壁に突き当たったように止まる。
    「結界か……」
    「結界?魔法の壁か……。それでリナは出てこられない……ってのはないよな?」
    ガウリイがゼルガディスに並びかける。
    「そうだな。リナならこんな結界、簡単に破れるはずだ。事態は深刻だな」
    ゼルガディスは言いながら、ブロード・ソードを抜く。
    「ゼル?結界って剣で斬れるのか?」
    「普通の剣じゃ斬れんよ。俺はこの剣に自分の魔力を乗せ……」
    ゼルガディスの言葉が終わらぬうちに、ガウリイはロング・ソードを抜き、結界に斬りつける。たちまち、結界は消え去った。
    「その剣……魔力剣だったのか?」
    「ああ、そうらしい。よくわからないが」
    ガウリイはさっさと広い空間に入っていく。ゼルガディスは後を追い、歩きながらライティングを頭上にいくつも浮かべた。その光に、泉と脇の台と、台座の上の水晶球が照らし出された。
    「あれが泉か……」
    ゼルガディスは一人、泉に近づくと、手袋を外して水をすくい、口に含んで吐き出す。ガウリイはリナが最後に足を止められた辺りにを探ろうとするが、同じようなオブジェがいくつも並んでいて、位置がよく分からなかった。
    「許しもなく、泉に近づくのは何者か!」
    トウテツの声が響く。二人が辺りを見回すと、入り口に魔道士の姿が見えた。
    「お前は先刻の……何をしに戻って来た?」
    ガウリイの姿を見とがめた魔道士が詰問する。
    「リナをどこへやった!」
    ガウリイが凄まじい剣幕で怒鳴り返す。ゼルガディスが割って入った。
    「待て!俺は《知識の泉》に質問することがあって来たんだ。争う前に、俺の質問を許してもらえないか?」
    初めてトウテツはゼルガディスに気づいた。彼を見つめる目が大きく見開かれ、口もぽかんと丸くなっている。
    「お前は何者だ?」
    顔を覆う肌は青黒い色の岩だし、ライティングの光に輝く銀髪は金属の糸の集まり。こんな姿を見れば驚くのは普通だろう。だが、見られた方は嫌な思いを禁じ得ない。好奇心むき出しの視線を苦々しく思いながら、ゼルガディスは平静を装って答えた。
    「俺は……ゼルガディスという者だ。人間に岩人形ロック・ゴーレム邪妖精ブロウ・デーモンが合成された合成獣キメラだ」
    「キメラか……話には聞いたが、見るのは初めてだ」
    トウテツは一つ息をつくと、ガウリイを無視して水晶球が置かれた台に上がり、再び呪文を唱えて、泉が光り輝いた。
    「質問はこの水晶球に向けてする。ここに立つがいい」
    「ゼル!気をつけろ!」
    「心配するな」
    ゼルガディスは、台に上がる階段に足をかけ、振り返った。
    「ガウリイ?リナはどんな質問をした?」
    「え……どんなって……」
    「質問の内容じゃない。何かについて教えろ、という質問だったか?それとも、自分の意見が正しいか、という質問だったか?」
    「そういえば、二つとも『教えて』って質問だったな」
    「二つ?……そうか……」
    ゼルガディスはそれ以上ガウリイに確かめず、水晶球の前に立った。しかし、すぐに質問はせず、魔道士トウテツに問い掛ける。
    「《知識の泉》は問われた質問には必ず答える、と聞いているが?」
    「そうだ。答えられる限りの質問には答えるようになっている」
    「それを聞いて安心した」
    トウテツがいぶかしげな表情をするのに皮肉っぽい笑いを送り、ゼルガディスは最初の質問をする。
    「《知識の泉》よ。お前は人の手で作られた。俺の言葉は正しいか?」
    「ソノ言葉ワ正シイ。《知識ノ泉》ワ人ノ手デ作ラレタ」
    「《知識の泉》の水は生物を培養する《命の水》だ。これは《知識の泉》の底に居るものを養うためのものだ。俺の言葉は正しいか?」
    「ソノ言葉ワ正シイ。《命ノ水》ワ、《知識ノ泉》ノ本体ヲ生キ永ラエサセルタメノモノデアル」
    ゼルガディスは水晶球から一歩身を引き、ガウリイに呼びかける。
    「ガウリイ!水の底を見てみろ!何が見える?」
    「え?……おい、ゼル。リナのことはどうなってるんだ?」
    「ものには順序があるんだ!」
    言われてしぶしぶ水の底を見透かしたガウリイは、しばらくじっとしていたが、突然驚いたようにゼルガディスを見上げた。
    「なんだか……でっかい人間の脳が沈んでいるみたいだぞ!」
    その言葉をヒントに、ゼルガディスは新しい質問を投げる。
    「《知識の泉》の本体は人工の脳髄である。俺の言葉は正しいか?」
    「ソノ言葉ワ正シイ。《知識ノ泉》ノ本体ワ無限ノ知識ヲ蓄積スルタメノ、人工ノ脳髄デアル」
    泉の答えに、ゼルガディスはひっかかった。
    「《知識の泉》の目的は知識を蓄積することなのか?質問に答えることではなくて」
    「《知識ノ泉》ノ目的ワ、無限ニ知識ヲ蓄積シ続ケルコトデアル。答エヲ与エルコトデワナイ。質問ニ答エルノワ機能ノ一ツニ過ギナイ」
    ゼルガディスは息を飲んだ。泉の答えは、リナが捕まえられた理由が実に単純だった可能性を示している。彼はトウテツを振り返った。
    トウテツは警戒する視線を送っているが、今のところ敵意を見せていない。しばらく質問を続けることにし、彼はガウリイを見やった。
    ガウリイはそんなゼルガディスの様子をいらいらと見守っている。なかなかリナのことがわからないので、焦っているのだろう。しかし、おいそれとそんな質問を飛ばして、トウテツに邪魔をされたら台無しである。
    ゼルガディスはトウテツに見えないところで、ガウリイに指で、後ろの魔道士に注意しろ、と合図する。ガウリイがうなずくのを見てまた質問に戻った。
    「《知識の泉》が答えられない質問が与えられた時、その質問者は新しい知識を持っているとみなされる。俺の言葉は正しいか?」
    「ソノ言葉ワ正シイ。《知識ノ泉》ニ蓄積サレタ知識ニナイ質問ヲ出シタ質問者ワ、新シイ知識ヲ持ッテイル者トミナサレル。《知識ノ泉》ワ知識ヲ蓄積シナケレバナラナイカラ、ソノ知識ヲ得ナケレバナラナイ」
    「《知識の泉》は、新しい知識を得るために、知識をもたらした者を拘束する。俺の言葉は正しいか?」
    「ソノ言葉ワ正シイ。《知識ノ泉》ワ新シイ知識ヲモタラシタ者ヲ拘束シ、ソノ者ヲ知識ノ端末トスル」
    初めて聞く「知識の端末」という言葉の意味を、ゼルガディスはしばし考えあぐねた。
    「知識の端末とは何か?」
    「知識ノ端末ワ、本体ト別ノ知識ノ保管庫デアル。本体ト繋ガリヲ保チ、質問サレタ時及ビ本体ガ求メル時、知識ヲ提供スル。一度提供サレタ知識ワ本体ニ蓄積サレルノデ、ヤガテ端末ワ新タニ提供スベキ知識ヲ持タナクナル。ソノ時、端末ワ切リ離サレル」
    「知識の端末が知識を提供するのは端末の意志か?それとも本体が強制するのか?」
    「知識ノ端末ニ意志ワナイ。本体ト繋ガッタ時点デ端末ノ意識ヲ本体ガ支配シ、感情・意志ナド知識ノ提供ニ邪魔ニナルモノヲ抑エルカラダ。ソノ後ワ、本体ノ要求ニ応ジテ知識ヲ提供スルカラ、本体ニヨル強制ト言エル」
    「感情や意志が知識の提供の邪魔になるのか?」
    「ナル。アル知識ガ端末ノ嫌ナ記憶ト結ビツイテイル場合、端末ノ感情ガ残ッテイルト知識ノ提供ヲ拒ム可能性ワ高イ。感情ヲ残シタママダト、端末ワ短時間デ精神ニ異常ヲ来シ、機能シナクナルコトガ多イノダ」
    ゼルガディスは素早く水晶球から離れた。振り返りざまに。
    「影縛りシャドウ・スナップ!」
    トウテツの足元の影にナイフを投げ、精神世界面アストラルサイドから動きを封じる。ガウリイもすぐにトウテツに飛び掛かり当て身をくらわせる。二人がかりで縛り上げたトウテツを床に転がし、ガウリイが尋ねた。
    「ゼル?なんでいきなりこいつを縛るんだ?」
    「これから肝心な質問をするんだが、こいつに邪魔されたくないんでね」
    「肝心な質問?」
    「リナがどうなったのか、だ。ただし」
    ガウリイの目の前に指を突きつける。
    「ストレートに聞く事はできない。下手な真似をして彼女の身に危険が及ぶ事もあり得る。いいか、焦らず俺の指示を待て」
    「……わかった」
    再び、ゼルガディスは水晶球に立ち向かう。
    「最も最近に、知識の端末となった者について、経緯を述べよ」
    これで、リナが捕まった理由、そして彼女の所在が分かるだろう。
    「最モ最近ニ知識ノ端末トナッタ者ワ、ろーど・おぶ・ないとめあニ関スル質問ヲシタ。《知識ノ泉》ニワろーど・おぶ・ないとめあノ名前ワ蓄積サレテイナイ。質問者ワ少ナクトモろーど・おぶ・ないとめあノ名前ヲ知ッタ経験ガアルノデ、ドコデドノヨウナ形デ知リ得タノカ、トイウ知識ヲ持ッテイル。ユエニ質問者ワ知識ノ端末トナルコトニナッタ」
    女神像がそこで言葉を切ったので、ゼルガディスは重ねて言葉を投げる。
    「その質問者を端末とした具体的な方法を述べよ」
    「《知識ノ泉》ニ蓄積サレタ知識ノ中カラ、他人ヲ呪縛スル呪文ヲ選ビ、ソレヲ発動サセルト同時ニ、床ノ敷石ニ石人形ごーれむヲ作ル呪文ヲカケ、拘束シタノデアル」
    ゼルガディスはガウリイを見やったが、金髪の傭兵は泉の言葉を聞いていなかった、いや、理解出来なかったらしく、困った表情をしている。
    ゼルガディスは少し考えて、また質問をした。
    「呪文の発動には魔力が必要だ。《知識の泉》が呪文を発動させるのに使った魔力は本体のものか?」
    「《知識ノ泉》ノ本体ワ魔力ヲ持ッテイナイ」
    「では、知識の端末の魔力を利用しているのか?」
    「ソウダ。《知識ノ泉》ワ呪文ヲ発動サセルタメニ、端末ノ魔力ヲ使ウ」
    「言い換えれば《知識の泉》は、端末となった人間が発動できた呪文は、すべて発動させることができる。俺の言葉は正しいか?」
    「ソノ言葉ワ正シイ。《知識ノ泉》ワ、各端末カラ得タ呪文ヲ全端末ノ魔力ヲ使ッテ発動サセルコトガデキル」
    これを聞いて、ゼルガディスは一歩あとずさる。
    「ガウリイ……まずいぞ」
    「え?まずいって?」
    「《知識の泉》は捕まえた人間が使っていた魔法は全部使えるんだ。つまりリナが使えた呪文は思いのままに使うことができる」
    「なんだって?それじゃ!」
    ガウリイも事の重大さに青ざめる。リナの攻撃呪文はハンパではない。《知識の泉》がそれを使えるということは……
    「心配しなくていいわよ。《知識の泉》は攻撃の判断がまずできないから」
    突然、女神像の口調が変わった。それに、今のは質問に答えるのではなく、ガウリイとゼルガディスの会話に口を挟んだのだ。二人は顔を見合わせた。



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