その4


    それからしばらくして。
    一人機嫌のいいリナと、それを仕様が無いという目で見るガウリイと、一人疲れた様子のゼルガディスの三人は、もと来た街道を逆方向にたどっていた。
    ゼルにキックをお見舞いした後、リナは、《知識の泉》の作者の魔道士が蓄えていたアイテムの数々をゼルガディスに探し出させ、迷惑料としてかなりの品をふんだくっていたのだ。
    「あのなぁ、リナ。迷惑料をふんだくるのもいいが、逆にこっちが泉を壊した慰謝料を請求されるんじゃないか?」
    ガウリイが、大して心配無さそうに問い掛ける。
    「悪党に人権はないっ!」
    きっぱり答えるリナ。ガウリイは苦笑したが、ゼルガディスは無言のまま。
    元気の無い彼に、リナは背中越しに声をかけた。
    「ねえ、ゼル?あたし考えたんだけれど」
    「何を?」
    「何であなたが泉の本体にトドメをさしたのかな、ってね」
    うつむき加減だったゼルガディスが顔を上げ、前を行くリナの後ろ頭を見つめた。
    「あなたがここに来たのは、《知識の泉》に、その身体をもとの人間に戻す方法を求めるのが目的だって言うのは分かっているわ。でも、あの泉には、そんな知識が蓄積されている可能性は低い。だからといって、求めた知識が得られなかった腹いせってのはないでしょうし……」
    リナは歩きながら、話し相手を振り返った。その瞳はからかっているわけでも、すまなさそうなわけでもない。
    「あの泉は、自分からああいう使命を持たせてくれ、と頼んだわけじゃないわね。自分がやっていることが悪いことかどうかを考える機能も持たされなかった。すべては作者の都合の良いように作られて、その結果の責任だけを負わされている……あなたはそれに自分を重ねたんじゃないか、って思うわ」
    リナに見つめられ、ゼルガディスは彼女から目をそらした。
    彼が肯定も否定もしないので、リナは前を向いてまた続ける。
    「そう思えば、あなたが本体に同情して、目も耳もきかない世界に取り残されるくらいなら、一思いに楽にしてやろう、って考えたのも分かるんだけど」
    リナはそこで言葉を切り、しばらく黙り込んだ。彼女を見つめる二人の男の視界に、先刻くぐってきた石造りの門が見えて来た。
    「なんだか、あなたらしくないと思うのよね。なんて言ったらいいのかな。あたしの知っているあなただったら、相手が自分と同じ境遇だ、と思ったら、手助けを考えこそすれ、殺して楽にしてやろう、なんて考えないと思うんだけど。違うかしら?」
    「俺もそうだと思うぞ。さっきのゼルはゼルらしくなかったな」
    ゼルガディスの少し前を歩いていたガウリイも、リナに同意する。その言葉には確信のようなものがこもっていて、彼女に媚びていないのは明白だった。
    リナはさらに言葉を重ねる。
    「むしろ、今、あなたを落ち込ませている悩みみたいなものが関係しているんじゃないの?あ、別に悩み事相談を受けるつもりはないの。ただ、ちょっとした好奇心なんだけど。教えてもらえたら助かるな、って思うの」
    門の手前で、ゼルガディスは立ち止まる。先に門をくぐっていたリナとガウリイは、そこで止まって彼を振り返った。
    「……泉にトドメを差したのは、リナの言うとおり、泉の境遇に俺自身を重ねたからさ。ただ、楽にしてやろう、なんてお優しいものじゃない」
    ゼルガディスは自分の足元を見下ろしながら、低い声で言った。
    「俺は、『力を与えよう』といううまい言葉に乗って、変身させられた。断わることも出来たのに。もし、俺があんたたちよりも先にここにたどり着いていたら、きっと泉に人間に戻る方法を質問して、結果として端末にされた可能性は高い。『全ての知識を与える』という甘い言葉に騙されて、身を滅ぼす結果になったはずだ。一度で懲りたのに、まだ俺は何か他の力に頼っている自分を思い知らされた」
    彼はそこで顔を上げ、リナを見つめる。
    「あの泉の本体も、外から与えられる知識を飲み込み、外から投げられる質問に答えるだけ。自分で何かを考え出すとか、自分の存在を意味付けすることはない。自分以外のものに依存し切ったアイツが、情けない自分の姿に思えて我慢がならなかった。だから、目の前から消してしまいたかった」
    リナとガウリイは顔を見合わせた。リナが一歩、ゼルガディスに歩み寄る。
    「誰もあなたを、あの泉と同じだとは思わないわよ。あなたは自分の意志で人間に戻る方法を探しているし、それがあなた自身で編み出すことが不可能なら、他の人や存在にその方法を求めることを、誰も批判できるわけないじゃない」
    「他人が何と思うか、じゃない。俺は甘い言葉に騙されたことが身に染みていない自分が情けないだけだ」
    リナは口を開きかけてやめた。少し口の端を歪めて、何か言葉を噛み締めているようだ。やがて彼女は微笑んだ。
    「分かったわ。あたしが知りたかったのは、あなたが泉を倒した理由だけ。あなたがあなたなりの考え方でそうしたのなら、何も言うことはないわ」
    そう明るい口調で言うと、リナは目の前の門を振り仰ぎ、頂に記された文を見上げる。
    「結局、この文は泉を作った魔道士の自負というか、自己満足だったのね」
    「うん?どういうことだ?」
    ガウリイが尋ねる。解き明かしても彼に理解出来るとは思えないが、リナは独り言のように言葉を紡いだ。
    「我を通る者は偉大な知識に至る――確かに、この門をくぐれば、知識を蓄積した泉にたどり着いたわ。
    我を通る者は無窮の真実に至る――泉の作者は、知識を蓄積すれば真実にたどり着ける、と信じていたから、泉イコール無窮の真実だったのね。
    我を通る者は博学の民のもとに至る――博学の民、とは泉に知識を提供した人たちのこと。泉は多くの人々の知識でできている、という意味だわ」
    「完璧な叡智、とか、知の象徴ってのはどういう意味に解すればいい?」
    門をくぐったゼルガディスが問う。
    「それはね、作者を指すのよ。彼は自分が叡智からの啓示を受け、それに従って《知識の泉》を作ったのだと信じていた。自分のためではなく、叡智という抽象的な存在からの指示だとね。自分の行動に何か崇高な意味を持たせたかったのでしょうよ」
    「最後の、一切の自我を捨てよ、っていうのは?」
    説明を求めたのは、またもゼルガディスだ。
    「《知識の泉》が端末の知識を吸収するために、感情や意志を抑える、って言ったでしょう?完璧な知識を得たいと思うなら、自我を捨て、感情や自分なりの意志を捨てて曇りの無い目で確かめろ、ということよ」
    リナの説明を聞きながら、門を見上げていたゼルガディスがくすっと笑う。
    「何がおかしいの?」
    「確かに、ああしよう、こうしたい、といった、意志があると、目が曇るかもな。何も考えていないガウリイは、誰にも教えられないのに、あんたが入っていた石柱を直感だけで見つけ、あんたを救い出した。この中で一番、叡智に近いのはガウリイかも知れない」
    リナが呆れ顔でゼルガディスを見つめる。ガウリイは頭を掻いた。
    「いや〜、そんなこと言われると照れるなぁ」
    「だぁっ!ゼル、あなた、何あほらしいこと言ってるのよ!ガウリイが叡智から一番かけ離れていることは、あなたも知っているでしょうが!
    それにガウリイ、あんたは喜ぶんじゃないっ!たいたい、あの石柱を斬った時、『これが一番リナっぽいと思った』なんて言っていたけど。どこがあたしっぽいのか、聞かせてもらいたいわね」
    わめくリナに、ゼルガディスは悪い予感がして一歩退いたが、ガウリイは、指で鼻の頭を掻きながら答える。
    「そう言われても……本当に、とっさにそう思っただけで……ただ」
    「ただ?」
    ガウリイが具体的に答えるとは思わなかったのか、リナが目を丸くする。
    「ただ、あの中であれが一番低くて細かったからじゃないかな?」
    「何ですってぇ!」
    悲鳴に近い大声とともに、リナのパンチがガウリイの腹に炸裂する。うずくまる彼めがけて呪文を唱えかけて。
    リナの呪文の詠唱が止まる。彼女はガウリイに背を向けると言った。
    「ま、今回はあなたがゼルを連れてきてくれたおかげで助かったんだし、あたしが閉じ込められた石柱を叩き壊したり、あたしを本体と繋いでいた魔力の糸を斬ったもの、み〜んなあなただったから……これくらいで勘弁するわ」
    照れたような口調のリナに、ゼルガディスはまた、くすりと笑う。
    ガウリイとリナが、同時にゼルガディスを見つめた。
    彼等に向き合うその表情は、先ほどまでの何かわだかまりのある落ち込んだものではなかった。彼は右手を軽く挙げた。
    「それじゃ。俺はこれで」
    「何よ、まだ道は一本よ。一緒に行きましょうよ」
    「じゃれあってるカップルと一緒にか?遠慮するよ」
    ゼルガディスはそう言って、一人で歩き始める。リナとガウリイは慌てて後を追った。
    「ちょっと!何を気を回しているのよ。あたしたちはそんなんじゃないわ」
    「しかし、この前の別れ際、あんたたちは光の剣に代わる魔法剣を探すために一緒に旅をする、と言っていた。その魔法剣が手に入っているのに、まだくっついて回っているのは、そういうことじゃないのか?」
    「そういうことって、どういうことよっ!」
    「そういうことっていやあ、一つしかあるまい。なあ、ガウリイ?」
    「え?ああ、そうだけど」
    いきなり話を振られて、ガウリイはとっさに返事をする。彼は「そういうこと」の意味するところを、自分たちに当てはめたケースとして答えたつもりはない。ただ、会話の中に出て来た「そういうこと」が男女の恋仲を意味する、という点で肯定しただけなのだが。
    「ほら見ろ、ガウリイは認めているじゃないか」
    ゼルガディスは別の意味に理解している。
    「だあぁっ!ガウリイ、あんたは口をきくなっ!話がややこしくなるだけじゃない!」
    抗議するリナの大声と、それをからかうゼルガディスの声、ガウリイの情けない言い訳が入り交じり、街道が通る谷間全体に響き渡る。先ほどまで命懸けの戦いを繰り広げていた連中とは思えない、のどかな旅の風景だった。

【おわり】




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