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| 目 次 |
| 第1章 シルフィール |
| 第2章 ガウリイ |
| 第3章 ゼロス |
| 第4章 リナ |
| 第5章 昔なじみ |
| 第6章 ルーク |
| 第7章 レゾ |
| 第8章 アメリア |
| 第9章 ミリーナ |
| 第10章 ゼルガディス |
| 「おい、新入りだ」 ここはとある城の傭兵の詰め所である。今、二人の新しい仲間が、前々からここにいる二十人ばかりの男たちに紹介された。たちまち、部屋の雰囲気が緊張する。 入って来たのは白いマントに身を包み、白いフードを目深にかぶった人物と、その後ろに隠れるようにしている黒いマントの小柄な人物。室内の者の目が、その黒いマントの人物に注がれている。それはまだうら若い女性だった。 「ひょぉ。女連れで戦場にお出ましとは恐れ入った」 「あれかい?戦いの前の景気づけに、俺たちにも楽しませてくれるっていうのかい?」 「よお、姉ちゃん。こっち来て、酒の相手してくれや!」 「……彼女は俺同様、傭兵として雇われた身だ。酌婦じゃない」 白いフードから低いがはっきりとした言葉が響く。たちまち、室内が不穏な空気で飽和した。 「何、言ってんだよ!俺たちゃ、明日死ぬかもしれない身なんだぜ?生きているうちに楽しまなくちゃ、無駄ってもんだろうが!」 「お前さんもここがどんなところか分かってて、女を連れて来たんだろうが!命が惜しけりゃ、さっさとそこどいてな!」 剣を抜く者はいないが、何人かは柄に手をかけて二人に詰め寄る。 その時、低い呪文の詠唱がどこからか流れて来た。 即座に動いたのは、新入りの二人。白いマントの方が、呪文が聞こえて来る、城内に繋がる扉にダッシュし、黒いマントの少女がそのすぐ後に続きながら呪文を唱えている。 「火炎球(ファイアーボール)!」 光の球が、傭兵の詰め所に飛び込んで来た! 「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」 白いフードの人物が身体を張ってかばうその肩越しに、黒いマントの少女が呪文を放つ。 火炎球(ファイアーボール)が床に炸裂する寸前、氷の呪文の球に吸い寄せられるように軌道を変えて、空中で激突、すさまじい爆音と光、煙があたりを覆った。 「貴様っ!」 抜刀した白いフードの人物が扉を蹴り開けたが、そこで立ち止まる。 「ひょっほっほっほ。そっちの嬢ちゃんは、魔道士かい。なかなかいい腕をしとる」 とぼけたセリフとともに姿を現わしたのは、いつぽっくり逝ってもおかしくないと思えるほど、痩せさらばえた老人だった。 「……軍師殿!」 先ほど、新入りにすごんでいた連中のリーダー格らしい男が、床に這いつくばったまま、おびえた声で言った。室内で立っているのは、その老人と白いフードの人物、そして黒いマントの少女だけで、古参の傭兵たちは先ほどの爆発に度肝を抜かれたらしく、床に伏せたり、物陰にうずくまったりしている。 「軍師?……しかし、なんだって火炎球(ファイアーボール)なんぞ、放り込んだんだ?こんな室内で火炎球が爆発したら、全員無事では済まないぞ」 「おぬしも魔道には詳しいようじゃな。何、深い意味はない。ちょっと急ぐ用事があるので、静粛を願っただけじゃ」 「……深い意味もなく、火炎球(ファイアーボール)なんか使わないでよ……」 愚痴る少女の声には、十分過ぎる怒りが含まれていた。白い人物が、手で合図して我慢するように告げる。それを横目で見ながら、部屋の真中に進んだ老人は。 「今日、ゼルガディス・グレイワーズという名の傭兵が入ったそうじゃの?」 そう言って、傭兵たちをぐるりと見回した。男どもは互いに顔を見合わせ、中には「ゼルガディスって……あの残酷な魔剣士っていう?」などとささやきを交わしている者もいるが、誰一人、投げかけられた問いに答えようとはしなかった。 少女と顔を見合わせた白いフードの人物が、一歩、老人に歩み寄る。 「俺がゼルガディス・グレイワーズだ」 老人はみかけによらない機敏な動きで彼に向き直る。しわくちゃの顔に埋まった小さな目がきらりと光った。 「ほうほう、おぬしか。こりゃぁまた、立派な男になったもんじゃ」 「……あんたは?」 「わしの名はスティーヴン・ザッカリー……とゆうても分からんか。『蛇男』じゃよ」 「へび……スティーヴン・ザッカリー?あのレゾの知り合いだった?」 「そうじゃよ、そうじゃよ!覚えていてくれて嬉しいのぉ!」 ザッカリー老人はちょこちょことゼルガディスに近づき、骨と皮の手を彼の肩に差し伸べた。 「あんなチビだったおぬしが、これほど大きくなるとは。わしが年を取るのも無理もないの……ところでそっちの嬢ちゃんはおぬしの連れか?」 「ああ……紹介しよう、俺と一緒にこの城に雇われたリナ=インバースだ」 「りな=いんばぁす?」 また、古参の傭兵たちが騒がしくなる。 「リナ=インバースってあの盗賊殺し(ロバーズ・キラー)?」「破壊の申し子だろ」「漆黒の魔女、というだけあって、黒っぽい服着てるな」 無責任な噂なのだが、聞こえるところで言われるのは腹が立つもの。リナのこめかみにぴくぴくと血管が浮き出した。 「リナ=インバース……というと、あの……魔王の便所のふた、の異名を持つ、とんでもない魔道士のことかの?」 ぴくり。ザッカリー老人の言葉にリナの肩が小さく動いた。 「炸裂陣(ディル・ブランド)!」 ザッカリーとそのすぐそばに居たゼルガディスまで、景気よく吹っ飛んだのはいうまでもない。 「まったく……少しは相手を見て呪文を使え」 「手加減一発岩をも砕く!これがあたしの故郷のならわしよ!だいたい可憐な乙女捕まえて、あんな失礼なことを言ったからには、それなりの報いがあるものなのっ!」 ここはザッカリー軍師の私室である。狭い城では個室を持つのはぜいたくなのだが、城を治めるロードに頼られているからこその待遇だろう。部屋の主は、ベッドでゼルガディスに治療呪文をかけてもらっている。 「ところでゼル、そのじいさんとあなた、どういう知り合い?」 「俺がまだ子供だった頃、レゾをよく訪ねて来たのさ。その頃は、特に毒蛇の被害者の治療を研究していて、毒蛇をたくさん飼っていたので『蛇男』と呼ばれていた」 「今も飼っておるよ。そこの壺にな」 老人が部屋の隅のやや大きめの壺を指差す。その隣の壁に寄りかかっていたリナは大慌てで飛びのいた。 「しかし……あんたタフだな?回復するよりも先に、死んじまうんじゃないか、と思ったが……」 ゼルガディスも驚いた通り、ザッカリー軍師はそれほど疲れた様子もない。 「おぬしはまだ小さかったから知らぬじゃろうが、レゾに会う前からわしは定期的に蛇の毒を飲むことで、自身の血を解毒剤にして来たのじゃよ。毒蛇に噛まれた者がわしの血から作った薬を飲めば、毒が中和される。この蛇の毒を飲むことが、わしの身体に人間離れした強さをもたらしたらしい。わしはそれほど延命の魔道には長じておらんが、おぬしよりも百歳は長生きしとるんじゃよ。 ところで……」 老人はゼルガディスの手を借りてベッドに身を起こしたが、その手も放さぬうちに、ゼルガディスの顔を覆っていたマスクを引き下ろす。青黒い岩の肌の顔が剥き出しになった。 「……なるほど、この容貌では『残酷な魔剣士』と呼ばれても不思議はない。まあ、わしはおぬしの過去を根掘り葉掘り聞く趣味はないが、おぬしが女連れの身でわざわざこの城に雇われた事情には興味がある」 リナとゼルガディスは、この老人が軍師をまかされている理由が、少しずつ分かって来た。見た目はよぼよぼだが、何が今一番大切なのか、きちんと判断基準を持っているし、正確に状況も把握できている。子供時代とは言えゼルガディスが人間だった頃を知っていなら、なぜ合成獣になったのか問い質すのが人情だろうが、それよりも、『残酷な魔剣士』が今、ここに居る事情の確認を優先する姿勢は、私情を抑えて責任ある仕事を優先する人柄を感じさせる。恐らくこの老人は、見た目の弱々しさを利用して相手を油断させ、相手の本音を楽々と引き出せるのだろう。 「……それは、どういう意味だろう?」 先手を取られた格好のゼルガディスは、ゆっくりと相手の出方を窺う。 「おぬしも知っての通り、この城の主、ロード・オリヴァは今、隣の領地を治めるロード・マゼランの軍と戦闘状態にある。理由はほんのささいな境界争いじゃが、双方、引くに引けないところまで来ておる。この城も、相手に言わせれば相手の領地である谷に建っている、ということになるしの。つまりは一触即発のこんな城に、なんでまた大切な女の子を連れて来た?ああ、否定せんでいい。おぬしらの関係は一目見ればわかる」 一瞬、恥ずかしそうに視線を見合わせたリナとゼルガディスだったが、ゼルガディスは老人に向き直っていった。 「どうしてそんなことが知りたい?」 「能力の高い者は強力な武器にもなるが、時には自分を傷つけかねんのでな。わしの推理では、おぬしは報償金に釣られたのではない。戦場でしか生きられないというのとも違う。だとしたら、おぬしがわざわざここまで足を運んだのには、この城、あるいはロードに特別な用がある、と見ておる。どうじゃな?」 ザッカリー軍師が暗に暗殺を意味していることを感じ取り、ゼルガディスが一度、リナを振り返ると、彼女はただ肩をすくめるだけだった。彼はこれを、隠し立てする必要はない、という合図に受け取った。 「……確かに。実は俺たちは、ある神殿から奪われた宝物の行方を追っている。その一部を、どうやらここのロードが裏ルートで手に入れた、という情報を掴んだので、確認するために来た」 「どうしてその宝物をおぬしが探している?」 老人の声は穏やかで、果たして彼の話を信用しているのか疑っているのか、判然としない。 「……その中に、合成獣(キメラ)について書かれた魔道書が含まれているはずだ。それに、リナはセイルーンから、宝物を発見すれば報酬として一部を貰い受ける契約になっている」 「なるほど……」 ザッカリー軍師はベッドを出ると、小さな机に向かい、なにやら文書をしたため出した。立ち上がってリナとまた顔を見合わせ、ゼルガディスは老人の背中に声をかける。 「俺の話を信用するのか?」 「今の話は筋が通っておるし、最初おぬしを見た時から、暗殺の線は薄い、と思っておったよ」 さらり、と言う。リナは天井を仰いだ。この老人、なかなかしたたかである。 「根拠を聞かせてもらえるかな?」 「女連れで乗り込んで来る男の暗殺者などおらんよ。女同士ならあり得るが、傭兵に志願はするまい。そこのお嬢ちゃんが暗殺者でおぬしがボディーガード、というのも無きにしもあらず、じゃが、リナ=インバースは暗殺者になるには有名過ぎるて」 ゼルの問いかけにすらすらと答えながらも、老人が筆を進める手は止まらない。 「何を書いているんだ?」 「女の子を、傭兵だからというだけで荒くれどもと同じ部屋に寝泊りさせるわけにはいくまい?わしのこの部屋を使う許可証じゃよ。そこのベッドを使ってくれ」 書き終えた書類に署名をし、それをザッカリー軍師はリナに手渡した。 「じゃあ、あなたはどこで寝るわけ?」 「そりゃぁ、自分のベッドじゃて」 老人が指差したのは、先ほど、リナに使え、と言った同じベッドだった。 「……なっ!」 「女の子を床に寝かせるわけにもいかん。かと言って、この老体、床で眠るにはちときついでな。わしもお嬢ちゃんも小柄じゃから、一つのベッドでもなんとか眠れるじゃろ。ああ、心配せんでいい。変な真似はせんから。わしはもっと胸の大きいのが好みでな」 「リナ!ここで竜破斬(ドラグ・スレイブ)はやめろ!」 再び青筋立てて呪文を唱え出すリナを、ゼルガディスは必死に止める。 「ひょっほっほ。気の短いお嬢ちゃんじゃな。ええのか?この部屋の床で眠ると壺から這い出した蛇に噛まれるかもしれんぞ。ベッドには蛇どもが上れないように脚に細工をしてある」 「!」 「ゼルガディスは見たところ、蛇に噛まれても毒に冒される心配はなさそうじゃから、心配なら彼もこの部屋で休むがいい。お嬢ちゃんの身の安全を考えての提案じゃが?」 リナは黙り込んだ。 確かに、傭兵の詰め所で寝泊りするのは危険が大きい。かといって、この老人と同室、というのは監視されているも同然…… 結局、リナが老人の提案を飲んだのは、彼女とゼルガディスが軍師のコネがあることをおおっぴらにすることで、ロードやその側近に探りを入れやすくなる、と計算したからである。 しかし、三日後、彼女の計算は見事に狂うことになる。 リナとゼルガディスが傭兵に雇われて三日目のこと。突然、城が建っている谷間に、ゆるい地鳴りが響いてきた。 「敵襲か!?」 「違うわ!これは……!」 ちょうど城門の櫓(やぐら)に上がっていたリナは、翔封界(レイ・ウィング)で櫓(やぐら)を離れ、様子を見に行く。 城からやや離れたところで、谷をふさぐように土砂やら岩が積み上がっていた。自然現象ではない。何者かが、地精道(ベフィス・ブリング)を使って谷の両側の斜面に亀裂を入れ、崩したのに違いない。 リナが旋回して城へ戻ろうとした時、さらに大きな地鳴りがし、積み上がった土砂よりやや城に近い斜面から大量の水が噴き出して来た。土砂の混じった奔流は、城を囲む三方の斜面と、先ほどできたばかりのダムに囲まれたくぼ地を瞬く間に覆い尽くす。 リナが城の上に戻った時、城壁と城の建物の間の広場に居て逃げ遅れた者たちが、泥水の中で浮き沈みしており、ゼルガディスが浮遊(レビテーション)を操って少しずつ救助しているところだった。リナは機動性の高い飛行の術で、城から何本ものロープを溺れている者に渡し、ゼルガディスとの連携でほとんどの被災者を救うことができた。 死者は二人で済んだものの、多くの人間が負傷した上、城の下の階は浸水し、食糧や武器の被害が甚大だった。リナが風の結界をまとって水中に潜り、備蓄食糧をいくらか持ち出してはみたが、泥水をかぶっていて使い物にならない。無事だったのは、ロードの居室のある最上部と、その下の、ザッカリー軍師の部屋がある階だけなのだ。 負傷者は最上階の広間を即席の救護室にして収容され、無傷の傭兵達はその下の階の会議室に召集された。召集されなくとも、パニック寸前の男たちはロードや軍師に詰め寄りかねない状況で、部屋の空気はぴりぴりとしている。 傭兵達のまとめ役、ディクソンが興奮した声を抑え気味に、言った。 「いったい、これからどうするんだ!食糧と武器をやられちまったら俺たちに勝ち目はない。今から投降しても処刑されるのは目に見えている。篭城すれば飢え死にだ!」 「確かに、我々は窮地に立たされたように見える。じゃがな、これは千載一遇のチャンスかもしれんぞ」 「うるせえ!おいぼれは引っ込んでろ!」 落ち着いて応対するザッカリー軍師に、傭兵達から罵声が飛んだが、老人は動ぜず。 「相手もそう思っておるじゃろ。そこに隙が生まれる……ゼルガディス」 呼びかけられてゼルガディスは一歩前に出た。 「おぬしは『残酷な魔剣士』と呼ばれておるそうじゃが、ここはその二つ名に期待させてもらいたい。ええかの?」 「何を俺に望む?」 「水の中を通って敵陣に侵入し、敵将の首を取ってきてくれんか」 あまりにさらりと言うので、その場の全員が意味を理解するのにしばらく時間がかかった。そして皆、ゼルガディスの返答に注目して黙り込む。 静けさの中、ゼルガディスが普段と変わらない声で言った。 「……暗殺は危険が大きい。それなりの代価は必要だ。用意はあるのか?」 「あるとも」 「何だ?」 「ここで言うのはちとまずいて」 「では、俺も今、ここで返答することはできない」 その会話は、まるでごく普通の取引の相談よりも、もっと緊張感の欠けた世間話程度の軽い雰囲気しかない。しかしリナは、両者が智恵を絞って心理戦を展開していることを感じていた。 「そりゃあ、まあ、無理もないがの。じゃが、こう考えてみてはどうじゃ。おぬしもここのロードに雇われた身。契約上、敵と戦うことは義務じゃ」 「戦うことは、な。暗殺は範疇ではない」 「まあ、その話は置いておいて、じゃ、今は軍勢を繰り出して戦うのは不可能。となれば決死隊を募って突破口を開く必要がある。それに志願した、と思ってくれんか。おぬしやリナ=インバースは空中を飛んで渡ることもできようから、この城を見捨てて脱出することもできよう。じゃが、傭兵に応募した以上、城のために戦う、という矜持(きょうじ)は持っておろう?もちろん、暗殺はお断り、というこだわりもあるかもしれん。じゃから、わしはそれを曲げてもらうために、おぬしに特別な代価を支払う。金ではない」 「金ではない」の一言に、ゼルガディスは目を見開いた。老人が続ける。 「つまり、ほかの者には何の役にも立たないが、おぬしには非常に貴重なモノ、じゃよ」 その場の誰もが、リナに注目する。ザッカリー老人の言葉は、暗に彼女の身の安全と引き換え、というように取れるからだ。しかし、当のリナも選択を求められたゼルガディスも、老人がほかのことを意味していることを感じていた。 「……いいだろう、期待できそうだ」 「では、引き受けてくれるか?」 「ああ。敵将を見間違えないように、特徴を教えてもらいたい」 「……あの……勝手に話が進んでいるようだが……」 口を挟んだのはロード・オリヴァ。 「これは申し訳ない。しかし、ほかにいい手がありませんので」 「いや、作戦に文句があるのではないが……その男、信用できるのか?」 人選に異議あり、というとこである。しかし、ザッカリー軍師はこともなげに。 「ロードへの忠誠を信用できる者など、この状況では一人もおりませんよ」 「…………」 沈む船に乗る者はいない。居城を水浸しにされたロードを、命がけで守ろうなどというのは子飼いの家臣しかいないが、そういう連中は戦いには不向きだった。 「しかし、ゼルガディスは、まずその能力が信用できます。彼なら魔道にも剣にも秀でております上に、状況判断や決断力・実行力もあります。そして自分が引き受けた仕事は忠実にこなす責任感も備えております。彼は先ほどの条件で引き受けると申しました。よって、彼はこの仕事を果たすことは間違いありません」 「それに、仕事の間、リナはここに置いていく。それで信用してもらおう」 言ったのはゼルガディス。居並ぶ傭兵達は互いに顔を見合わせた。ゼルガディスの申し出は、自ら人質を差し出したも同然なのだ。二人の関係は誰もが感づいていた。 「わ、分かった。信用しよう。だた、私がその男に支払う報償については、前もってはっきりとさせておきたい」 「ロードがお支払いになる必要はございません。彼に仕事を依頼するのは小官でございますゆえ、小官が依頼料を支払います」 「……それで……よいのか?」 ロード・オリヴァは心配げに軍師と異形の傭兵を交互に眺めた。二人とも、同時に首を縦に振る。 「しかし、敵将を倒したところで、この水を何とかせねば城から出ることもできぬ。どうやって脱出する?」 当面の作戦が決まった途端、ロードは城の先行きが不安になったらしい。 「そうですのお。氷の術を用いて脱出用の船を作る、もしくは橋を架ける、という案がございますが、少々細工をせねば敵に見つかる可能性がございます」 「分かった、そのあたりについてはザッカリーに任せよう。……しかし、この城と敵将一人の命だけを引き換えにしたのでは、こちらのマイナスばかりが大きい。なんとかロード・マゼランにも目にもの見せてくれることはできないだろうか?」 「この谷の先は、ロード・マゼランの領地に繋がっているはずだったな?」 ゼルガディスが言った。 「ならばダムを壊せば、溜まった水は鉄砲水となって領地を襲うだろう」 ロード・オリヴァはポンと手を打って彼の案を採用した。その方法と時期などについては、またもザッカリー軍師が任されることになり、会議は散会した。 ゼルガディスとリナは、そのままザッカリー軍師の個室に入った。老人はまだロードといろいろと話し合うことがあって戻っていない。 「ゼル。今度の仕事、引き受けなくても良かったんじゃないの?」 切り出したのはリナ。 「確かに、相手の作戦を逆に利用して相手の領地を水浸しにすれば、それでおあいこ、という風にも考えられるだろう。しかし、あの場では、ザッカリーは敵将の暗殺を主張しない限り、味方の傭兵を抑えられない、と判断したのさ。ディクソンは『投降しても処刑される』と言ったが、傭兵たちはロード・オリヴァを殺して、自分の命乞いをすることを考えないとも限らない。あの場の興奮を収めるためには、誰かの死を示唆しなければならなかったのさ。それに、ザッカリーの交換条件にも興味がある」 「なんだと思う?魔道書の行方、かしら?」 「そんなところだろうな……ところで、もう苦情はないのか?」 「苦情?」 「……あんたを、仕事の間、ここに置いて行く、と言ったことだ」 「あ、そんなこと、気にしない、気にしない」 リナはパタパタと片手を振った。 「どーせ、殺し屋しているところを見られたくない、とか思ったんでしょ?」 「……図星だ。それと……俺の中の魔族は、この戦場に渦巻く『負の感情』を食って少しずつ強くなって来ている。俺は……たぶん、殺しの瞬間、何の感情も持たないだろうが、魔族は相手の恐怖と絶望を食い漁るだろうな」 リナはゼルガディスの目をまっすぐに見詰めた。 「あなた、その魔族の喜びが自分のものになるのを恐れている……違う?」 「ああ……怖い」 リナの口元に笑みが浮かぶ。 「大丈夫よ。怖いうちは、あなたは魔族に支配されていない」 その言葉に、ゼルガディスは目を見開いて彼女を凝視する。 彼女の茶色の瞳は生気に満ちて、常に前を見据える強さがある。だが、リナには、精神的に強い者にありがちな、一人よがりに強さを他者に押しつける無頓着さがない。他人が自分ほど強くなれないことを知っていて、心配りを見せてくれる。それは同情心や保護者意識ではなく、ごく自然な優しさ。リナのそうした強さとともにある優しさが、ゼルガディスをひきつけて止まない。彼は彼女のために、内面から強くなりたかった。 ゼルガディスは一歩リナに近づき、彼女を抱き締めた。 「そばに居てくれ。そうすれば、俺はいつも前向きでいられる」 「あなたの方こそ、あたしから逃げないでね」 彼女独特の言いまわしに、ゼルガディスは微笑み、その額に軽くキスをした。と、同時に、通路を進んでくる足音に耳をそばだて、そっと彼女から離れる。 やって来たのは部屋の主、ザッカリー。彼は敵将の人相書きと、谷の下流に広がるロード・マゼランの領地の地図を持って来ていた。 「まずは敵将の暗殺じゃ。それがうまく行ったら、敵はしばらく浮き足立つじゃろう。その隙に、城の者を脱出させる。城が空(から)になったところでダムを壊し、ロード・マゼランの土地を水浸しにする。これが手順じゃ」 「一つ質問」 リナが尋ねた。 「今、城を囲んでいる水だけれど、これ、どこから来ているのかしら?あたしが見た時、いきなり斜面から噴き出してきたのだけれど?」 「ああ、この谷の斜面の反対側にちょうど湖があるでの。恐らく、土砂崩れを起こしたのと同じように、土木工事の技術を使って水の通り道を作ったのじゃろう」 「魔道士が関係しているのだろうか?」 「恐らく、な。じゃが、まあ、戦闘向きのヤツではあるまいて」 「そうとは言えないわ。トンネルを掘る呪文くらい、あたしだって知っているもの」 リナが言うと、ザッカリーは人差し指を、ちっちっち、と振ってみせる。 「お嬢ちゃんは特別じゃて。普通、攻撃呪文を得意とする者は攻撃呪文ばかりを修得し、土木関係の呪文をマスターする者は攻撃呪文を身につけようとはせん。そんなことをするのはよっぽどの魔法オタクじゃ」 ぴくり、とリナの口元が引きつるが、ゼルガディスが目で抑えるように合図しているので、あえて暴れたりはしなかった。しかし、リナはこの老人の言葉に引っかかることが多い。 「自覚しておらんかったのなら、改めた方がええぞ。攻撃呪文と土木の呪文、その両方を同時に身につけることができるとすれば、それはまさに天才で、そういう者はそうゴロゴロしてはおらんよ」 「誉められているんだか、けなされているんだか、分からないんだけど……」 「今は、あんたのことより、作戦の話だと思うが……」 ゼルガディスがうんざりした口調で言って、ようやく話は本題に入った。 夜が深まり、水に使っていない階にはザッカリー軍師の手で明かり(ライティング)の光が点される。 「行って来る」 ゼルガディスは静かに言って、下の階へと降りて行く。リナとディクソンがついていったが、水浸しの階段でゼルガディスは風の結界をまとい、そのまま水中へと姿を消した。 「あたしたちが一緒に逃げると思った?」 リナが暗い水面を見つめながら言うと、ディクソンはバツの悪い表情を作ったが、何も言わなかった。 「ゼルは一度引き受ける、と言ったら、絶対にやり遂げる……そのせいで貧乏くじを引いてばかりいるんだけれどね。さあ、行きましょうか」 「行くって、どこへ?」 「城の屋上よ。ゼルが敵陣に乗り込んで暗殺に成功したら、彼はきっとその場で騒ぎを起こすわ。敵の注意を引きつけるために。その間に、あたしたちは脱出するのよ。その準備を今からしておくの」 「そういや、軍師が板切れ繋いで、人一人乗れるかどうか、って小さなイカダをできるだけ作れ、とか言っていたが……あれを脱出に使うのか?」 「イカダじゃないわよ。それを更に繋いで橋を作るの」 「橋って……浮橋かよ!そんなの大人数で渡れるわけないだろ!」 「まあ、見ていなさいって」 リナの自信たっぷりの態度に、ディクソンは半ば呆れ半ば感心しながら、屋上へと上がって行った。 夜明けが近まり、少しずつ空が明るくなって来る頃。 谷の斜面でこちらの城の様子を見張っていたロード・マゼランの斥候たちに、動きがあった。隊列も組まず大慌てで斜面をよじ登り、やがて山の向こう側、自分たちの陣地の方へと姿を消す。その様子を見張りから聞いたザッカリー軍師は、リナに言った。 「どうやらゼルガディスは首尾よくやったようじゃ。お嬢ちゃん、橋をかける準備をしてくれんか」 リナはニ本のロープの端を握ると、翔封界(レイウィング)で岸まで飛ぶ。ロープには何枚もの板が繋がっていて、岸の木にロープを固定すると、城から斜面まで即席の浮橋が出来上がった。しかし、これだけでは安定が悪い。 「氷の矢(フリーズ・アロー)!」 「氷の矢(フリーズ・アロー)!」 「もひとつ氷の矢(フリーズ・アロー)!」 今度は岸から城に戻りながら氷の呪文を連打し、浮橋の両側の水面を板ごと凍りつかせる。これで浮橋はしっかりと水の上に据え付けられた。 「凍っているのは板の両端だけだから、真ん中を通れば滑ることもないわ。さあ、急いで!」 ディクソンを先頭に傭兵の一団がまず先に渡り、続いてロード・オリヴァとザッカリー軍師が護衛とともに端を渡りかけた時。 「油だ!」 岸にたどり着いていた連中が騒ぎ出し、続いて、城を挟んで反対側の岸のほとりから、水面の上を炎が走った。 ロード・マゼランの斥候たちは、陣地での急を聞き撤退したものの、その騒ぎが陽動である可能性を考えていたのだろう。たった一人だけ、見張りを残していたのだ。そしてロード・オリヴァに動きがあった場合、水面に油を流し、火を放つことで皆殺しを狙っていた。 油は前もって撒かれていたものか、城の近くまであっという間に炎が迫り、城を回り込んで浮橋にも迫りつつある。 「走って!」 リナは叫び、少しでも炎を浮橋から遠ざけようと風魔砲裂弾(ボム・ディ・ウィン)を放つが、城にまだ残っている全員が退避するまで持ちこたえられそうにはない。広範囲にブリザードを起こす呪文でも使えば、橋の上に居るロードやザッカリー軍師が動けなくなる。 「どうすれば……」 リナのつぶやき答えるように、突然、水面に変化が起きた。 ずずずずずずぅぅぅぅっ! 浮橋を挟んで、水面が二枚の壁のようにせり上がり、炎がそれ以上近づくのを阻む。 「ゼル!」 上空に、ゼルガディスが両手を水面に差し出した格好で浮かんでいた。浮遊(レビテーション)の応用だろうか?それにしてもすさまじい魔力を使っているに違いない。きっと、彼と同化させられた魔族の力を利用しているのだろうが…… 「さあ、今のうちに!」 呆然とする兵士たちを促し、リナは無事に城を脱出した。 |
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