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この作品は徹頭徹尾ゼルリナです。それをご了承の上お読みください。

韓国語バージョン

目 次
第1章 シルフィール
第2章 ガウリイ
第3章 ゼロス
第4章 リナ
第5章 昔なじみ
第6章 ルーク
第7章 レゾ
第8章 アメリア
第9章 ミリーナ
第10章 ゼルガディス




悲しみの恋人たち

第8章:アメリア

 「お久しぶり、リナ!元気そうね」
 白亜の宮殿で白い巫女頭のローブに身を包んだ少女は、まるで天使のよう。
 「お久しぶり。アメリアさん」
 リナの改まった口調に、ちょっと苦笑いを見せたアメリアは、彼女を個室へ誘った。
 ここはセイルーン王国の王都、セイルーン・シティ。
 都市全体が魔を弱める六芒星の形に建設された、その中心に王宮は建っている。
 「ここなら別に改まる必要もないわ。どうぞここが王宮ということは忘れてちょうだい」
 ソファに腰を下ろしながらにこにこといかにも嬉しそうなアメリアに、リナは柔らかいソファの中でますます固くなる。
 「あの……でも……」
 「どうしたの?何か困ってるの?あ、もしかしたらお腹が空いてる、とか?」
 「そ、そーじゃなくって、あの……前に依頼されてた仕事の件で……」
 セイルーンからサルティアの神殿に派遣されたシルフィールが行方不明になり、リナとガウリが彼女の安否の調査と同時に神殿の宝物の行方についても調べるよう依頼を受けてから、既に一年余りが過ぎていた。
 結局、シルフィールは見つかったものの、そのすぐ後にゼルガディスとガウリイの決闘騒ぎがあり、ガウリイと別れたリナはセイルーンに何も報告せず、今日になってしまったのだ。リナとしては、何をどう切り出せばいいのか、悩むところである。
 が。
 「あ、シルフィールさんから連絡が来たので、その件はもう調査終了。最初の約束では、あなたが神殿から奪われた宝物を取り戻した場合、その半額を支払う、という話だったけれど、結局、宝物が見つかっていないから、報酬は支払えないわ」
 あっさりとしたアメリアの言葉に、リナは面食らう。
 「……どうして宝物が見つかっていない、って分かるの?シルフィールを見つけた後、あたし一人で見つけ出したかもしれないじゃない?」
 「もしも見つけて取り戻しているなら、わたしの顔を見るなり、見せびらかすでしょ、リナのことだから。あ、それよりも前に手紙に”宝を取り返した。報酬として約束の五割分をもらう”って書いてあるわよ」
 ずばずばと指摘するアメリアに、リナは苦笑し、素直に頭を下げた。
 「ごめんなさい。シルフィールが見つかったのに連絡もしなかったし、お宝も取り戻せない体たらくで申し訳無いわ。でも、今日はどうしてもアメリアに会ってお願いしたいことがあって来たの」
 「……ゼルガディスさんは元気ですか?」
 リナは顔色も変えずにうなずいた。
 アメリアはほっとため息をつく。
 「シルフィールさんから、あなたがゼルガディスさんと一緒に旅に出た、と聞いた時は驚いたと同時に、やっぱり、という気もしたわ。あなたたち、お似合いだもの。二人とも魔法に詳しくて、修羅場もくぐっているし……」
 「お似合い」の一言に、珍しくリナが顔を赤くした。その顔にいたずらっぽく笑い、アメリアは続ける。
 「で?わたしに頼みたいことって、やっぱりゼルガディスさんに関わることなの?」
 今度はリナも、唇を引き締め大きくうなずいた。
 「そう。……とうとう、ゼルの身体を人間に戻す方法が見つかったの!」

 リナとゼルガディスがレゾの研究記録を検証するには時間がかかったが、いったん研究内容を理解してしまえば、赤法師の目指した方向は分かりやすく、リナはすぐにポイントを掴んだ。
 幸いなことに、レゾが一度は小動物の合成獣(キメラ)を元通りにする実験に成功していた。彼はその成功を足がかりに、生まれつきに盲目のネズミに実験を施したが、これは成功しなかった。だから、レゾは研究を放棄したのだったが、リナとゼルガディスにとっては、たとえ一度でも合成獣を元通りにできたことが大きな希望であり可能性だった。
 「合成獣の身体を元通りにする魔法には、魔法薬や魔法の道具は必要じゃないの。ただ、本来、合体し得ないものを合体させている『不自然さ』を正す呪文と、その呪文の力を増幅するための魔法陣、そして魔法陣を発動させるだけの魔力の三つが必要なの。呪文と魔力はあたしが持っている。でも、魔法陣が無いの」
 リナは手振りも交えて説明する。
 「ええ?魔法陣って呪文に合わせて作るものでしょう?リナなら簡単に作れるのじゃないの?」
 「普通のものなら、ね。赤法師レゾがネズミを核にした合成獣で実験した時、使われた魔法陣は神殿並みの大きさだった、と記録されているわ。その割合で考えると、人間を核にした合成獣を元に戻すためには……」
 「大きな町と同じ規模の魔法陣が必要になる……」
 栗色の髪の少女と黒髪の少女は、押し黙った。リナの言いたいことは分かる、が、セイルーンを形作る魔法陣そのものを使った魔法の発動を許す権限など、アメリアには無い。
 「悪いけれど、セイルーンの魔法陣を使っていい、という正式の許可は出せないわ。神官長に取り次ぐことも無理。誰も『正式な許可』を出せる権限を持っている人など居ないわ」
 「分かってる。あたしも『正式な許可』を貰おうなんて思っていない。そんな手続きをしたら、いったい何のための魔法実験なのか報告しなければならないし、そしたらゼルがさらし者にされるわ。許可を待つのもまどろっこしいから、チャンスがあればすぐに実行するつもりよ。ただ、アメリアには事情を話しておきたかったから……
 頼みは別の件なの。ゼルのことなのよ」
 アメリアは大きな瞳でじっとリナを見詰めた。
 「ゼルにかけられた魔法を解くための魔法だから、当然、ゼルには魔法陣の真ん中に立ってもらわなければならないわ。でも、魔法陣の真ん中、と言えば、ここ、王宮にある神殿そのもの……問題は、ゼルがどうやってここに入るか、ということなのよ」
 リナ自身は前に第一王位継承者、つまりはアメリアの父親に連れられていたので王宮への出入りが出来たのだ。だが、見た目に怪しいゼルガディスを伴えば、まず身元の証明が求められる。過去に手配された経験がある彼にしてみれば、できれば身元を隠したまま、顔を晒すこともなくできるだけ目立たないように神殿に入りたいのは当然だ。
 二人の少女の間に、しばし沈黙が流れた。やがて、アメリアは満面の笑みを浮かべ、続いて少し唇を引き締めた。
 「ねえ、リナ。悪いけれど、今すぐに、というわけにはいかないのだけれど、三週間待てない?」
 「三週間?……待てなくはないけれど、なぜ?」
 「三週間後にわたしの誕生祝で大勢の市民が王宮に招待されているの。わたしが個人的な友人としてあなたとゼルガディスさんに招待状を出すわ。それさえあれば簡単に王宮に入れるし、神殿へ入ること自体は制限されていないわ」
 リナは驚いた。彼女の予定ではアメリアに町まで出て来てもらい、彼女と連れ立って王宮の神殿に入る、というつもりで、実は今日、ゼルガディスはセイルーンの近くの宿屋で待機している。ただ、アメリアと一緒だと確かに神殿には入れるだろうが、目立つ風貌の彼の存在がいっそう目立ってしまうのが難点だったのだ。
 「十八歳になるのね?おめでとう!プレゼントは何がいいかしら?」
 「ありがとう。懐かしい友達に会えるのが何よりのプレゼントよ」
 「でも……王宮の中でもゼルが顔を隠しているのは難しいわよね」
 「そのことも心配しないで。わたしにいい考えがあるわ」
 自信たっぷりのアメリアの笑顔に、リナの胸には一抹の不安がよぎった。

 「……で、これがアメリアの言う『いい考え』なのか?」
 アメリアから預かった二通の招待状。王家の紋章が付いた書状と細かい指示書を手にし、あきれた様子のゼルガディスに、リナは返答に窮した。
 ――この招待状により王宮でアメリア姫に拝謁する者は、何人であれ、服は白(上着だけでも可)で、顔・手など露出している部分は全て肌色以外にペインティングを施し、頭には人毛や絹以外の材質のカツラ(手作り奨励)を着用のこと――
 確かに、王宮の中が突拍子も無い顔色で、およそカツラとは思えぬ素材の髪を戴き、白い服を着た招待客ばかりになれば、ゼルガディスが素顔を晒したところで目立たないだろう。確かにその点でいいアイディアだ。
 問題は、ゼルガディスがこの計画にプライドを傷つけられないかどうか――
 「あ……あはは……やっぱり変よね。でも、セイルーンでは女性の王族十八歳の誕生日には、なぜだか昔から仮装をすることが多いんですって……やっぱりおかしな国よね、セイルーンって。ブラス・デーモンを殴り殺す平和主義者や、巫女なのに攻撃呪文連発できるお姫様が王族に居るくらいだもんね」
 リナは何とか場が暗くならないように明るく言ったが、ゼルガディスはベッドに腰を下ろして手に持った招待状と指示書を凝視している。
 彼らは今、セイルーンから徒歩で一日ほど離れた宿屋に居た。
 「……怒ってる?」
 黙りこくっている恋人に、リナはそっと声をかけた。ゼルガディスがはっとして顔を上げる。
 「いや、腹を立てているんじゃない。実際に、いい考えだと思う。……ただ、旅の中で見たアメリアと、こういう計画を実行する姫君のギャップというかな……驚いただけさ」
 「ギャップって……アメリアはアメリアよ。旅の中で見たまんま、正義オタクで攻撃呪文を使うのに躊躇が無いお転婆娘で、自分が正しいと思ったら回りの迷惑なんか、考えやしない……」
 そこでリナの言葉が途切れた。ゼルガディスがいぶかしげに見ていると、彼女はちょっとためらった様子を見せ、それからゼルガディスの隣に腰を下ろす。
 「ゼルには詳しく話したことは無かったわよね。あたしとアメリアがセイルーンで巻き込まれた事件については」
 「そうだったな……まあ、興味も無かったし」
 「平たく言えば”お家騒動”ってヤツだったの。アメリアのお父さん、現在のセイルーン第一王位継承者の命を狙って、暗殺者(アサッシン)ズーマとか魔族まで出て来たのよ」
 「ズーマ?!そう言えば、ズーマがヴェゼンディにお前さんを呼び出したのは復讐のため、だったな。そうかセイルーンの事件で……」
 実は暗殺者ズーマにはゼルガディスの方が先に遭遇していた。サイラーグでのコピー・レゾとの戦いの後、リナたちと別れて旅をしていた中、写本を巡ってゼロスと出会った事件で、敵方の殺し屋がズーマだった。そしてゼルガディスは危うく殺されかけたのだった――
 しかし、リナはそんなことは知らず、語り続ける。
 「あたしはアメリアのお父さんの護衛を頼まれていて彼女と知り合い、いろいろと状況を聞かせてもらっていたのよ。そんな時、彼女がポツンと言ったことがあるの……血の繋がった身内の言葉を、そのまま信じられないって……嫌だ、って」
 「身内の言葉を信じられない?」
 リナは深々とため息をついた。
 「その時、アメリアのお父さんを殺そうとしていたのは、アメリアの従兄弟だったのよ。でも、初めはその従兄弟の父親、アメリアから見た叔父さんが疑われていたの。
 王位とか権力とかに無縁であれば、彼女も身内で仲良くやっていけただろうに……」
 「……誰も親を選んで生まれてくることはできない」
 しばらくの沈黙の後、ぽつりと言ったのはゼルガディスだ。リナは彼の横顔に目をやった。
 「だが、生まれた環境の中でどう生きるか、努力することはできる。問題はその努力が本人にとって重荷となる時だ。アメリアは肩肘張って見えるか?そうじゃない。彼女は人生で彼女の才能を活かし、生活を楽しんでいる。
 さらに、リナ。彼女があんたの前で『嫌だ』という言葉を吐いた、ということは、それだけあんたに気を許していたのだろう。言い換えれば、それだけ気を許せる相手を見つけられた彼女は幸運なのさ」
 ゼルガディスはリナの視線に気づいたのか、彼女の目を見ながら続ける。
 「仲間を助ける、それだけでいい――そう言ったのはアメリアだ。まったく、俺には恥ずかしくって言えないセリフだが、アメリアは言える。そんな彼女でも、あんたや俺に出会っていなければ、『仲間を助ける』冒険だってできなかった。
 彼女の運命の不幸を憐れむよりも友人を得た彼女の幸運を祝福し、彼女が友人として俺たちに差し伸べている手を、恩義に感じたりせず素直に受けること。それが俺たちがアメリアにできる最大の感謝だと思う」
 こわばっていたリナの唇が緩んだ。
 「そうね……あたしたちがアメリアのために何か役に立てる時が来れば、あたしたちは友人として彼女を助ける」
 ――懐かしい友達に会えるのが何よりのプレゼントよ。
 アメリアの言葉がリナの胸に繰り返し響いた。

 「アメリア様、お時間です」
 「はい」
 王族の正装をしたアメリアは控え室を出、通路で祖父である国王エルドラン王と合流し、手を取り合って広場に面する大バルコニーへと歩を進めた。頂いたティアラが陽光に輝き、結った黒髪とのコントラストが豪華さを引き立てる。
 広場を埋め尽くした民衆が、万雷の拍手と喝采で出迎えた。
 アメリア王女十八歳の誕生祝賀は、姉姫であるグレイシア王女が十七歳で旅に出て祝賀行事が内輪で行われたため、国全体としては久しぶりの盛大なお祭りだった。
 いやが上にも熱狂する広場の群集は、全員が白い衣裳に趣向凝らしたカツラで着飾っている。そのまま町を歩くとちょっと恥ずかしいかもしれないが、この場に居る者は皆同じように奇抜な格好なので、むしろ不思議な一体感でさらに興奮が高まっているようだ。
 ぱぁん、ぱぱん。
 昼日中でも目立つように着色された花火が彩りを添える。アメリアが嬉しそうに満面の笑顔で人々に手を振った時。
 白い衣裳の人々の足元の地面で、王宮の外から内側に向かって白い光が走った。祝いの余興か誰かのイタズラか。誰もがきょとんとしていると、今度は王宮の中心、神殿の方向から同心円を描いて白い光が駆け抜ける。
 広場の周りやバルコニーの近くに居た警備兵たちが一瞬緊張したが、アメリアが「ありがとう!」と大きな声で叫んで、本当に嬉しそうに両手を振ったため、人々は「祝賀の一興だったのか」とこれまた喜んでいっせいに「アメリア王女万歳」を叫んだ。
 アメリアには分かっていたのだ。
 それが、セイルーンを形作る巨大な六芒星の魔法陣を使った魔法であったことを。そして、ゼルガディスが――かつて命がけの戦いを一緒に戦った仲間が、悲願だった人間の身体を取り戻したことを。
 (ゼルガディスさん、聞こえますか?この人々の声が、わたしにはあなたへの祝福に聞こえます。おめでとう!そしてありがとう!)
 興奮と感動のさなか、アメリアは大きく手を振り続けていた。

 「ゼル!ゼル!大丈夫?」
 神殿に祭られたスィーフィードの像の足元でうつ伏せに倒れたゼルガディスに、リナはすがりついて名を呼んでいた。
 彼女が呪文を唱え魔法が発動した時、白い光が神殿の中に集まって来た。リナの目の前で、ゼルガディスはその光に飲み込まれ、遠い叫び声だけが聞こえた。その間もずっと、彼女は恋人の名を呼んでいた。
 「ゼル!お願い!目を覚まして!」
 仰向けにさせ、膝に乗せた頭を抱き締めていると、その手を力強い手が握って来た。
 「リナ……どうなった?」
 ばちん!
 突然、リナがゼルガディスの額を平手で叩く。驚いた彼が目を開くと、リナはまた彼の頭を胸に抱き締めた。
 「どうなった……なんて!成功するに決まっているでしょ!あたしが呪文に失敗するわけ、ないじゃないの!」
 言葉と同時に熱い滴がゼルガディスの頬に落ちた。リナの手を握る彼の手が震える。ゼルガディスはその手を、彼女の手を取ったまま顔の前に持って来て、それまでの岩の肌とは違う、元通りの柔らかな皮膚に包まれているのを確かめた。
 「リナ!」
 「……ゼル」
 もう二人は語る言葉を持たなかった。ゼルガディスはリナの瞳に見入り、リナは初めて見るゼルガディスの柔らかい面立ちに魅了され、時間(とき)の経つのを忘れた。
 互いに固く抱き締め合い、唇を重ねて情熱的なキスを交わす。ゼルガディスの長年の望みがかなった喜びと感動を、二人だけで分かち合っていた。
 二人がようやくあたりの状況を知る余裕ができた時、真っ先に気づいたのが凄まじい歓声だった。それは広場で人々がアメリア王女に送っていたものだったが、至福の二人には自分たちに起きた奇蹟に近い出来事への祝福のように聞こえた。

 広場でのアメリア王女のお披露目が終わると、今度はさらに限定された招待客を集めての舞踏会が大広間で催された。アメリアはリナとゼルガディスに、この舞踏会への参加を求める招待状を出していたので、会場で二人の姿を探したのだが、さすがに全員白い衣裳だし、色とりどりのカツラと化粧なのでなかなか見つからない。
 ふと、壁際に懐かしい銀色の輝きを見たような気がして、アメリアはそちらに目をやった。人垣の向こうに、一際背の高い男が立っている。彼の顔色は青黒く髪は金属の輝きを持っていたが、それが他の人々と同じカツラと化粧であることはすぐに判った。
 その若者はアメリアが自分を見つめているのに気づくと、にっこりと笑顔を見せる。
 ゼルガディスだった。
 「ゼルガディスさん、お久しぶりです」
 アメリアが彼に近づくと、彼も人垣を分けて歩み寄ってきてくれた。そのすぐ後に、緑色の毛糸のカツラをつけ、緑色の絵の具で化粧をしたリナが居た。
 「リナさん、よく来てくれました」
 「こちらこそ、ご招待いただき光栄です」
 慇懃無礼に礼をするゼルガディスに、リナとアメリアは苦笑を交わしたが、王室主催の舞踏会では親しげに会話するわけにもいかない、という彼の気持ちは判っていた。
 アメリアは満面の笑みでゼルガディスに手を差し出す。
 意味を取りあぐねて、ゼルガディスはアメリアの手とリナの顔を交互に見やった。
 「リナさん、ちょっとゼルガディスさんを貸してください。それぐらいいいでしょう?」
 今夜は一般市民もアメリア王女に踊りを申し込んで良いことになっていたので、ゼルガディスは差し出された手を取り、踊りの輪に加わった。軽やかで楽しげな調べがいっそう華やかに奏でられ、大広間には踊る男女が溢れた。
 「今回のことでは、本当に世話になった。ありがとう」
 「わたしは何もしていません。ちょっとお手伝いにはなったかもしれませんけれど……でも……」
 ちょっと口ごもって、やがてアメリアはゼルガディスの耳元に顔を寄せて言った。
 「少し二人だけでお話できません?控えの間で」
 ゼルガディスはあからさまに驚いた表情を見せる。
 「それはちょっと……父上も居るところで、どこの風来坊か判らない男と二人きりで話をする、っていうのは無理な話だ」
 「大丈夫です。今日はわたしのわがままが通る日ですから。それに、控えの間と大広間の間の扉を開けっぱなしにしておけば、立ち聞きされる心配もないですし」
 屈託の無いアメリアに、ゼルガディスは頭の中で、彼女のわがままが通らない日などあるのだろうか?、とさえ思った。
 チラリと壁際に立っている恋人に目をやったが、彼女はテーブルに用意されたお菓子を物色している。
 「少しだけなら。今日は王女様と踊れるチャンスを心待ちにしている男がたくさん居るだろうから、独り占めしたら恨まれる」
 結局、アメリアに恩義を感じているゼルガディスは彼女の頼みを聞き入れるしかなかった。

 「リナからだいたいの話は聞きました。結局、異界黙示録(クレアバイブル)ではなく、赤法師レゾさんの資料が鍵になったそうですね」
 「ああ、そうだ。その資料に行きついたのは赤法師の知り合いの人物に出会ったおかげだった」
 控えの間と言っても、普通の家なら大きな居間に匹敵する大きさがある。アメリアとゼルガディスはその部屋の中ほどにある長椅子とソファにそれぞれ腰を下ろしていた。
 「だが、異界黙示録を探して来たことは無駄じゃなかった。リナたちにも会えたし、赤法師の知り合いに会えたのも、異界黙示録の探索の途中だったから」
 「わたしたちも会えましたしね」
 「そうさ。アメリアに出会えていなかったら、今日のこのチャンスは訪れていなかった。本当にありがとう」
 「……どうしてリナと……」
 アメリアの口調に変わりは無いが、明らかにそれまでとは話題の方向が違う。ゼルガディスは不意をくらって少し目を細めながらアメリアを見つめた。
 「どうしてリナをガウリイさんから奪ってまで、一緒に旅しているんですか?だって、わたしの印象ではゼルガディスさん、あなたは合成獣の間は恋人を作る気は無い、って態度でした」
 「ちょっと待った。俺はリナをガウリイの旦那から奪ったつもりはない。彼女が彼と別れて俺について来たい、と言ったから……」
 「でも、わたしの知っているゼルガディスさんなら、そういうリナを拒絶していたはずです」
 「……アメリア?何が言いたいんだ?」
 ゼルガディスは、アメリアがどこか冷静さを欠いているのを感じてその原因を探ろうとした。
 アメリアはまるでゼルガディス相手に論戦を戦わしているように、きっと頭を上げたまま。
 「ゼルガディスさんは、自分が人間の身体を取り戻すためにリナが必要だったから、彼女をそばに置いていた。違いますか?」
 「違う!」
 即座に叫んでから、ゼルガディスは慌てて大広間に向かって開いている扉に目をやった。何人か、こちらの様子を見ている客が居たが、話の内容が聞かれるには距離がある。
 彼は無理やり気持ちを落ち着けた。
 「俺たちが一緒に旅を始めた時、俺にはまだ人間の身体に戻る手がかりさえ無かった。彼女の魔力が必要になる、と判ったのは後のことだ」
 「じゃあ、どうして人間に戻れる保証も無い状態で、リナと付き合うようになったんですか?宗旨変えしたわけは?」
 畳みかけるアメリアに、ゼルガディスは複雑だった。
 せっかく自分が人間の身体を取り戻したことを、共に喜んでくれると思っていたのに、なぜ自分とリナが付き合っているのがおかしい、と言われなければならないのか?一方で、どこか切羽詰った雰囲気のアメリアの態度も心配だ。
 「ふざけるな」と言い放って席を立つことはたやすい。だが、この時のアメリアには捨てて置けないような、危うげな感じがした。
 「……たぶん、俺は疲れていたんだ。救いが欲しかった」
 ゼルガディスは低い声で言った。あの森の中で、魔族ゼロスによって下級魔族と合成された運命に深く絶望していた時のことが思い起こされる。
 「その時、手を差し伸べたのが別の人でも、その手を取ったと思います?」
 「別の人?……いや、たぶんリナだったから俺は差し出された手を取ったのだと思う」
 「なぜです?なぜ別の人ではダメだったと言えるんです?」
 ゼルガディスは腹立たしかった。もしも自分が誰の手でも取っていたのなら、リナは落ち込んだゼルガディスの気持ちを利用して――つけ込んで――口説いたことになる。彼女を悪く言うことは断じて許せない。
 そう考えた時、自分がずっと前からリナに惹かれていたことに気づいた。
 「リナは俺に、困難に立ち向かってけして諦めないことを教えてくれた。口で言うのじゃなく、態度で、な。俺とリナの間にはそういう思い出がある。
 だが、他の女性……たとえばシルフィールとの間にある思い出は、困難に直面している彼女を助けたことと、なすすべ無く逃げ出したこと。それからアメリア、あんたとは一緒に冥王フィブリゾと戦ったが、行き詰まって結局は魔族の思惑に躍らされただけ……
 俺がリナの手を取った時、俺は疲れ果て救いが欲しかった。リナとの思い出は俺に諦めない気持ちを持たせたし、昔から惹かれていた彼女がそばに居たい、と言ってくれたことで俺は救われた。だから――リナじゃないとダメなんだ」
 ふっとアメリアが柔らかい笑みを見せた。それは美しい微笑だったが悲しげでもあった。
 「分かりました。……結局、わたしではダメだった、ということですね」
 「…………!」
 ゼルガディスは絶句した。アメリアがどこまで本気なのか、自分が彼女にそんな気を起こさせる振る舞いをしたことがあったか、様々な疑問が次々に湧いてきて、何を言葉にしていいのか途方に暮れる。
 困っているゼルガディスを見て、むしろアメリアはいつもの快活な笑顔を浮かべる。
 「あ、そんなに深刻に受取らないでください。ただ、あなたが合成獣のまま恋人を作るように態度を変えていたなら、わたしにもチャンスがあったのかなぁ、って軽〜く考えただけですから」
 「あ、そう?」
 拍子抜けしたように、そして安心したように、ため息混じりの声を漏らしたゼルガディスにもう一度笑いかけ、アメリアは手を差し出した。
 「もう一曲踊ってください」
 「仰せのままに。姫君」
 ゼルガディスも笑顔で彼女の手を取った。
 たぶん、この時二人は互いに理解していた。アメリアがゼルガディスに対して持っていた淡い感情を。アメリアはその感情を胸にしまい、ゼルガディスはそれをわざと気づかないフリをした。これから友達として長く付き合っていくために。



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