| この作品はゼルアメ・メーリングリストの記念本「Z&Aパラダイス」に寄稿したものを加筆修正しています。(2000年9月12日キューピー/DIANA) |
| 「ようやく見つけましたよ、ゼルガディスさん」 ゼロスが勝ち誇ったように言う。 ここはセイルーン・シティにほど近い山の中。ツタや苔が覆う崖の斜面にもたれるようにしゃがみ込むゼルガディスが居る。ゼロスはその前に跪き、金属の髪を掴んで、うなだれている頭を引き起こした。 「返事をしてください。まだ死んでいるわけではないでしょう?」 「‥‥放っておけ‥‥」 薄目さえ開かずわずかに唇を動かし、ほとんど聞き取れないほどの弱い声で、ゼルガディスが言った。 ゼロスの笑みが大きくなる。 「放っておくわけにはいきません。あのフィブリゾ様の件で僕が関わった人間のうち、今、生き残っているのはあなただけ。ほかの三人――リナさん、ガウリイさん、アメリアさんはもう逝ってしまった。せめてあなたくらい、僕につきあってください」 「無理‥‥だ ‥‥いくら岩人形(ロック・ゴーレム)と合成された身体でも‥‥三分の一が人間である以上‥‥寿命は来る ‥‥もう‥‥俺には‥‥時間がない‥‥」 身体の衰弱は緩慢だが確実にやって来た。ゼルガディスは衰えを自覚し、近いうちに歩くことはおろか、這うこともできなくなる、と悟って最後の力を振り絞りこの山に入った。岩人形と合成された合成獣(キメラ)の身体は、普通の肉体のように朽ちるとは思えない。この姿を自分が死んだ後、人目さらすのは嫌だ。 この斜面にもたれてどれだけの月日が経つのだろう?歳月と風雨が彼の服やマントを風化させ、ボロボロになった布きれの裂け目から、昔と変わらない岩肌に覆われた身体が覗く。 ゼロスはその胸に、つい、と指を這わせた。 ――反応なし 何も感じないのか、あるいは身動きできないだけなのか? 恐らく何も感じないのだろう。筋肉は意識と関係ない反射をするのに、それさえないのは、刺激を感知できていない可能性が高い。死期が近い。 (あまりノンビリはできませんね) ゼロスはゼルガディスの顎を上げさせて、目を閉じたままの顔を覗き込む。 「‥‥放っておけ、と‥‥言ったはずだ‥‥」 「そうはいきません、と言いました」 「何? ‥‥何をする?」 「あなたに永遠の命を差し上げます」 ゼロスはクスクスと笑うと、おもむろにゼルガディスの唇に口づけした。唇を重ねたまま、口の中で呪を唱える。 ゼルガディスの不安・戸惑い・怯え・怒りがゼロスに伝わり、魔族は興奮を覚えながら更に呪文を続けた―― 「あっ!?」 突然、ゼロスが胸元を抑え、ゼルガディスから飛び離れた。 「何だ?」 見れば、ゼルガディスの胸元で青い光が輝いている。それが、魔を害する力であることを、獣神官は即座に理解した。 (ゼルガディスさんには、もう魔法を使う力はないはずだし‥‥ 護符か何か? しかし、最初は何の気配もなかったのに‥‥) ゼロスは手を伸ばして、そっとゼルガディスの胸から布きれをのけた。そこには、何か丸いものを収めた小さな皮袋が、首から下がる鎖についている。青い輝きは、まるで崩霊裂(ラ・ティルト)の光のようで、その袋の中から放たれていた。 「これは困りましたね‥‥」 ゼロス自身、崩霊裂(ラ・ティルト)程度で滅びることはないが、今、彼がやろうとしているのは、ゼルガディスに不死の呪いをかけることだった。そのためには、物質世界に具現した上、目指す相手と身体を密着させて呪文を唱えなければならない。この青い輝きは触れるだけで痛く、ゼロスの呪文を邪魔するのに十分な力を持っている。 ゼロスは肩をすくめ、皮袋に繋がっている鎖に向けて右手の人差し指を突きつけた。小さな魔力弾が、鎖だけを断ち切る。皮袋はゼルガディスの腿の上にすとんと落ちた。 軽く舌打ちして、黒い魔族は手近の木から枝を折り取り、それで皮袋をつついて地面に落とした。さらに強く、弾き飛ばして厄介払いをする。 皮袋が崖下に落ちるのを確かめて、獣神官は再びゼルガディスの前に跪いた。 「‥‥やめ‥‥ろ‥‥」 か細い声で、ゼルガディスが抵抗する。ゼロスはその哀しい努力をあざ笑った。 「僕が何をしようとしているか、お分かりのようですね?」 言葉での反応はなかったが、ゼルガディスの心に恐怖が満ちるのをゼロスは感じ取った。 ――屍肉呪法(ラウグヌト・ルシャヴナ) 人間を生きながら屍肉と化し、絶え間のない苦痛と絶望を与える、魔族ならではのおぞましい呪い。これをかけられた犠牲者は、自分の身体から生まれる蛇にその身体を食い破られながらも、生き続けなければならない。自分に呪いをかけた魔族が滅びる日まで。 「心配は要りません、すぐに済みます」 ゼロスは再びゼルガディスを胸にかき抱き、唇を合わせた。 「ぐあっ!」 突然背中を襲った激痛に、ゼロスはのけぞってゼルガディスの身体を放り出す。地面を転がって自分に攻撃しているものから逃れようとして、ゼロスは相手が背中にぴったりとついて来るのを知った。 「ちっ!」 瞬時に精神世界面(アストラル・サイド)を通過して、居場所を変える。ようやく、襲撃者の正体を見極め、ゼロスは驚愕した。 地面にうつ伏せに横たわるゼルガディスの真上に、青い小さな宝珠――護符が浮かんでいる。その中に、セイルーンを象徴する六芒星が刻印されているのが見えた。 「アメリアさんの‥‥アミュレット?」 刹那、その護符が弾丸のようにゼロスめがけて宙を飛んだ。魔族は、空間を移動してそれをかわす。するとまた、青い宝石は軌道を変えて突進する。 百五十年以上も前にこの世を去った恋人の形見が、ゼルガディスを守っているのか? ゼロスはこの小さなモノからの飛び道具を警戒したが、どうやらこの護符は接触していないと攻撃できないらしく、ただやみくもに突っ込んで来るだけ。それを見極めてゼロスは錫杖を構え、そこについた赤い宝珠に魔力を集中する。 「アメリアさん。ゼルガディスさんは僕がもらいます」 ゼロスの錫杖の宝珠から放射された魔力が、ビームとなって青い護符を貫いた。護符の表面に細かいヒビが走り、六芒星も消え失せる。やがてそれはふらふらと宙を漂い、ぽとりとゼルガディスの背中に落ちた。 「‥‥ふん」 ゼロスは錫杖の石突で護符を払いのけ、ゼルガディスの横に膝を突いて彼を仰向けに抱き起こした。 しかし。 ――間に合わなかった ゼルガディスはもう息絶えていた。死者に不死の呪いをかけても無駄なこと。 蘇生させて屍肉呪法(ラウグヌト・ルシャヴナ)をかける、ということも可能だし、事実、ゼロスは一人の少女を死から蘇生させたことがある。だが、ゼルガディスの合成獣(キメラ)の身体が、同じ方法で蘇生できるかどうかはゼロスには分からなかったし、わざわざそこまでする気が失せていた。 「残念です、本当に」 そう口に出して言って、ゼロスはもう一度、ゼルガディスに口づけし、そっと彼の身体を地面に横たえた。 そのまま立ち去ろうとして、先ほど地面に落とした護符につまずき、立ち止まる。その黒ずんだ球をしばし見下ろし、ゼロスは身をかがめてそれを拾い上げると、ゼルガディスのところに戻った。 彼の胸にその護符を置き、置いた手を離さず魔力を込める。まず護符が砕け散り、さらにその下の胸の岩肌に細かい亀裂が生じる。みるみるうちに、合成獣(キメラ)の身体は細かい塵となって、護符の破片と交じり合った。 「彼の死体を見たのは僕一人‥‥ そういうことにしておきましょうね」 誰に聞かせるのでもなく、そうつぶやいてゼロスは立ち上がり、地面に積もる黒い塵に背を向けた。二、三歩歩きかけて。 ――ありがとう。 呼びかけられた気がして振り返ると、ゼルガディスとアメリアが手を取り合い、彼に微笑みかけていた。 「魔族に礼など言うものではありませんよ。僕はただ、ゼルガディスさんの死に顔を独占したかっただけです」 笑顔で言うから、からかっているのかまじめなのか分からない。 目の前に居るのが幽霊なのか、それとも自分の妄想が生んだ幻なのか、ゼロスは気にしなかった。ただ眼前に繰り広げられる風景を興味深く眺めるだけ。 ――やっほ〜、久しぶり! リナがいる。 ――また会えたな。懐かしいなぁ。 ガウリイもいる。 ――みんなでずっとゼルガディスさんを待っていたんですよ。 アメリアがゼルガディスを二人のところに連れて行く。 ――おいおい、もっと早く来ればよかったのか? ゼルガディスが言うと、みんなで楽しそうに笑う。 ――あはは、そういう意味じゃないわよ。 ――積もる話もあるだろう? こっちへ来て話そうぜ。 ――ゼルガディスさん、こっちですよ! ――ああ‥‥ 待っていてくれて、嬉しいよ‥‥ 彼らの姿も声も、風景に溶けるように消えていく。 「さようなら、皆さん」 ゼロスは別れを告げながら、言い知れぬ寂寥感に捕われていた。 ゼルガディスに永遠の命を授けて、自分は何を欲していたのか。その理由が少しはっきりしたような気がして、彼は苦笑を禁じ得ない。魔族である自分が、これほど人間にこだわっているとは。 ゼロスは少し気分が悪くなるが、しかし、彼らがけして忘れ得ぬ者たちだったことは間違いない。 (奇妙ですね‥‥ 僕はこれまであの人たちとまともに戦ったことはなかった。今日、あのアメリアさんの形見に放ったのが、僕が彼らに放った最初で最後の攻撃だった‥‥) ゼロスはもう一度、ゼルガディスとアメリアの姿が消えたあたりを振り返る。 (最初で最後の戦い‥‥ 僕は確かに、アメリアさんの攻撃をかわし、相手を倒した。けれども、なんだか勝ち逃げされた気分です) 黒い神官姿の魔族がマントを翻すと、風が巻き起こり、地面に残った塵を吹き払っていく。最後の塵の後を追うように、ゼロスも風と共に永遠にその場を立ち去った。 |
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