伝説のXマート

by キューピー/DIANA

 それは、あたしとガウリイがようやっとディルス王国から抜け出した後のことだった。ガウリイの魔力剣もみつかったことだし、とりあえずどこへ向かおうか、という話になったのだが……
 残念ながらガウリイはこういう相談相手にはならない。もっぱらあたしが決めた目的地にへこへこついてくるだけのことである。かくいうあたしも、さして目的は見当たらない。そこで、とにかく街道に沿って歩いて行くことになったのだが。
 その途中。
 でくわしたのである。

『伝説のコンビニ:Xマート』

 デカデカと掲げた看板の下には、こぎれいな店。普通の宿屋よりもずっと窓が大きく、中に何が並んでいるのかも一目瞭然。しかもその品物というのが、携帯食料やサバイバル・キットなど、あたしたち旅の身にとっては便利かつ貴重なものばかり。街道脇にぽつんと一軒だけこんな店があるのは不思議だが、暇つぶしにもなるだろうし、何か面白い話でも転がっているかもしれない、と、あたしは戸口をくぐったものである。
「いらっしゃいませ〜」
 ほがらかな声で帳場から挨拶がかかる。その瞬間、あたしはその場に石化した。
 帳場の向こうで前掛けをつけ、営業スマイルをふりまいている男――まあハンサムな顔立ちに黒い髪。見た目におかしなところはない……が……
「おや、リナさんにガウリイさん、おひさしぶりですねぇ」
 そう、あたしとガウリイはこいつと顔見知りだった。
 こいつ――魔族ゼロス。
 魔族の中では魔王の腹心たる高位魔族の次に位置する、めちゃくちゃ強い魔族なのだが、どことなくいい加減な性格の持ち主で、ウソは言わないがけして正直なヤツでもない。前に会った時は、異界黙示録(クレア・バイブル)の写本を見つけては焼き捨てる仕事をしていたが、商売替えでもしたのだろうか?
「あれ?リナ、こいつ……どこかで会ったと思うけど……誰だっけ」
 どて。
 ガウリイのボケに、ゼロスがお約束でこける。あたしは冷ややかにそれを見つめ、ガウリイはひたすら困っている。
「あれぇ、リナさんはこけないんですか?」
「いちいちガウリイのボケにはつきあっていられないわよ……」
「なんだ。せっかくおおげさに倒れたのに……」
 言いながらゼロスは立ち上がって帳場から出て来た。
「ガウリイ、こいつはゼロスよ、魔族の。思い出した?」
「う〜ん、確か竜を何匹も倒したって話だっけか?」
「そうよ、それだけ思い出せば大したもんだわ」
 あたしたちが会話しているすぐそばで立ち止まったゼロスが、
「ところで何をお探しですか?」
「何を、って?何のこと?」
「だから、リナさんたちはここに何かを買おうとして、入って来られたんでしょう?」
 言われてあたしは、ここがコンビニだったことを思い出した。ぐるり、と店内を見回してみる。
「別に、これ、という目的はないんだけれど……
 それより、ゼロス、あなた何だってこんなところにいるのよ?店番?」
 ゼロスは頭をかいた。
「いやぁ、実はこの店、もともとは覇王神官のグロウさんが『Gマート』という名前で始められたんですけれどね。なんでも最近、覇王様が大変だとかでお店どころじゃなくなってしまった、ということで、僕が代役で店長になり名前も『Xマート』に変えてやっているんです」
 ぎく。
 覇王神官が帳場に居なくてよかった……
 赤眼の魔王(ルビー・アイ)シャブラニグドゥの腹心の一匹、覇王(ダイナスト)グラウシェラーは、つい先日までディルス王国で人間の負の感情を食っていた。それを見破り、竜族の長老ミルガズィアさん、エルフのメンフィスの助けと、旅の仲間のルークとミリーナの協力で、なんとか撃退したのは、あたしの神滅斬(ラグナ・ブレード)とガウリイの斬妖剣(ブラスト・ソード)の威力のおかげ。
 しかし、ゼロスはディルス王国でのあたしたちと覇王のいざこざを知らないのだろうか?それとも自分の仕事に関わりのない話には関心がないのだろうか?
「魔族の神官がなんでこんな店を開いているの?」
「さあ?僕が始めたわけじゃありませんから」
「で?何を売っているの、この店は?」
「コンビニですからいろいろと揃っていますよ。ただし、どれもこれも、この店でしか手に入らないものばかりです。表の看板にあったでしょう?『伝説のコンビニ』って」
「『伝説の』ってどのへんが伝説なのよ?」
 あたしは窓際に並べられた地図を眺めながら尋ねた。
「いいえ、伝説的なコンビニ、という意味ではなく、ここでは伝説的なアイテムばかり売っている、という意味です」
「へ?」
 すっとんきょうな声を上げながら、あたしは思わずそこにあった地図を手に取った。それには『どこでも地図』の文字。
「ああ、それはその名の通り、望むところどこにでも飛んで行ける、という地図です」
「どこにでも!?」
「ええ、使い方も簡単ですよ。地面に広げてその上に立って、行きたい場所の名前か、それに関連することを言えばいいんです。例えば、『ここから一番近い食べ物屋』と言えば、そこに飛んで行けます」
「ど、どうしてそんなものが……」
 驚きあせるあたしを面白そうに見ながら、ゼロスは付け加えた。
「ただし、地図に描かれている範囲内だけ、ですけれど」
「へ?」
 再びすっとんきょうな声を出し、地図を広げてみると……せいぜい歩いて二日程度の距離しか描かれていない。この地図の端を超えてしまえば役立たず以外の何物でもない。まあ、地図の範囲内なら便利な移動道具として高く売れるかも。
 まさか、この店、こんな中途半端なシロモノしか扱っていないのだろうか?
「お〜い、ゼロス?この『知恵の缶詰』ってなんだぁ?」
 突然響いたのはガウリイののどかな声。
『え?』
 あたしとゼロスの声がハモる。そこへガウリイが大ぶりの缶詰を一個持ってやって来た。とたんにゼロスが慌てる。
「い、いけません!それは売れないんです、今は!」
 彼はガウリイの手から缶詰をひったくった。
「何よ、売り物にならないものをなんで並べておくの?」
 あたしのツッコミに、ゼロスは真剣に答える。
「これは、『勇気のカップ麺』とセットでないと売っちゃいけないんです。今、『勇気のカップ麺』を切らしているので、『知恵の缶詰』は全部引き上げたつもりだったんですが、どうやらお客さんが勝手に別のところに移していたみたいですね」
「『勇気のカップ麺』???だいたい、その『知恵の缶詰』っていったい何よ?なんでセットでなくちゃ売れないの?」
 やっぱり魔族が経営する店だけあって、まともなシロモノは置いていないらしい。しかし、裏返せば掘り出し物があるかも。
 そんなあたしの思惑などおかまいなしに、ゼロスは説明を続ける。
「『知恵の缶詰』も『勇気のカップ麺』もそのまま、ですよ。缶詰の中身は、見た目はクリームスープですけれど、これを食べれば賢者に匹敵するくらいの知恵を持つことが出来るんです。カップ麺も、食べれば黄金竜に一人で立ち向かう気力が湧くくらいに豪胆になります」
「それ、本当!?でも、なんでセットなのよ?」
「知恵を持つ、ということは、自分の力を見極める意識も持つことになります。自分の力の限界を知れば、自然と無理をしなくなり、ついには臆病にまでなり下がってしまうんです。それを補うために『勇気のカップ麺』を同時に食べるんです。あ、その逆はありませんので、カップ麺だけは単独で売ることが出来ます。でも、そのおかげでこないだセイルーンに行った時、アメリアさんに『勇気のカップ麺』、買い占められちゃったんですよ〜」
「アメリアが『勇気のカップ麺』を?」
「ええ、お城の警備兵に食べさせるんだとか……でもねぇ、これ、どっちも効果は、食べ物が人間の体内にとどまっている期間だけ、ですからね。せいぜい一日しかもたないんですよ」
 ゼロスの答えを上の空で聞きながら、あたしは一つ気にかかることがあった。
「あなた、さっき『セイルーンに行った時』と言ったわよね?どういうこと?あなた、この店の品物を行商でもしているの?」
「いいえ、この店は移動しているんですよ」
「…………!」
 あたしは、まさか、と思いつつも、陳列棚越しに窓の外を眺めて見た。
 ………………
 あたりの景色は、先ほどまで歩いていた街道ではなく、一面の雲。店は宙に浮いている。
「もともとグロウさんはこの店で、品物を売ってお金を稼ぐ、というより、趣味の品物を物々交換で手に入れることが多かったんです。場所を変えることで様々な掘り出し物にも出くわしやすい、ということで適当な間隔で移動しながら、商売をしているわけです」
 のほほんとした口調でゼロスが語る。あたしとガウリは声もないが、ガウリイは単にことのなりゆきが理解できなくて何を言っていいか分からないだけ。あたしはひたすら驚きまくって声が出ないのだが、その中でもあたしの身体に流れる商売人の血は、「掘り出し物」という言葉に騒ぐ。
「物々交換……って、あたしが持っているアイテムをそちらが気に入ったら、この店の品物と交換できるってこと」
「ええ。ものによっては、店に陳列していないようなお宝と交換してもかまわないことになっています」
 これはうまくするとボロもうけのチャンス!魔族は本来アイテムの類を使わない。たぶん、覇王神官は「使う」ためでなく「所有する」ことが目的なのだ。そういう輩は、相場を無視した値付けに応じやすい。
 あたしはなるべく買い叩けそうな品を物色し始めた。
「『回復ののどアメ』……これは?」
「これをなめると『治癒(リカバリィ)』をかけたのと同等の効果が得られます。ただし、歯が溶けちゃいますけど」
「……じゃ、いらない。……この『安眠枕すやすや』って?」
「この枕からは魔族の瘴気が出ていまして、アンデッドやモンスターが近づかないのでぐっすりお休みになれます」
「……魔族の瘴気の中で眠れるものなの?」
「さあ?難しいでしょうね」
「……じゃあ、いらない。こっちの冷蔵庫の中の『氷のマッチ』って何?」
「それは絶対零度でも一発点火の便利グッズです。ただ、氷でできているので、常温で持ち運ぶと溶けてなくなってしまいますが」
「う〜ん、氷結弾(フリーズ・ブリッド)あたりで凍らせて持って行けばいいかな?」
「それじゃ、いざという時、取り出すのが大変でしょう?」
「何よ、これ、携帯用のフリーザー・バッグでもついてないの?」
「あいにくとそういう物は……」
 ほんっとに役に立たないなぁ。
「何これ?『変身パンツ』?変身パジャマなら分かるけど……」
「これは男女兼用パンツでして、これをはくと、自分がなりたいものに変身できるんです。そう言えば、ゼルガディスさんが買って行きましたよ」
「ゼルが!?」
 あたしは嫌な感じがした。これまでこの店の品でマトモだったものはない。ゼルは人間の姿に戻れることを期待して買ったのだろうが、落とし穴がなければいいが……不安な気持ちを押さえかね、あたしはゼロスに尋ねた。
「ねえ。このアイテム、変身している間、何か副作用はないの?脱いだとたんにそれまでの記憶をなくす、とか……」
「副作用……というか。性別が変わります。男は女に、女は男に」
「なんですってぇ!」
 やっぱりあった、落とし穴!
「変身している間の記憶がどうなっているか、については確認されていません。というのも、これは一度はいたら二度と脱げないからです」
「ゼロス……あなた、そのことをゼルに説明したの?」
「いいえ、別に質問されませんでしたから。彼は僕とはあまり口をききたくないみたいでしたし」
 ゼルが危ない!しかし、覇王神官がこの店を離れたのが、あたしたちが覇王グラウ・シェラーとディルスで戦った直後だとすれば、そんなに日にちは経っていない。ゼルも素直に魔族の店から買ったものを試したりしないだろう。運が良ければ間に合うかもしれない。
 あたしは地図が並ぶ棚の前に進んだ。



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