―――俺は考える
 忘れる程の間…

 人が悲しむのは何故か?

 俺は… 例えば、人が死んでも悲しいと感じない。
 ずっと前からそうだったのか。
 ずっと前がどの位、昔のことなのか…
 今は、意味を感じない。

 あらゆる死ということ。

 過ぎた事を思い出す。
 慕われていた人物の突然の死。
 周りの奴は泣く。
 俺は思う… 『何故泣く?』

 俺は考える…
 多分、普通は理屈ではないのだろう。
 理屈など無くても、死という事実が涙を誘うのだろう。
 重く、辛い気分にさせるのだろう。

 それは、人が生まれついて持っている”機能”なのか?
 なら、俺は…?

 少し嫌気がさす。
 誰かの死が訪れる度、嫌気がさす。
 誰かが死んだ時、俺が沈んでいるとしたら
 死に対してではなくて
 死というものに、何も感じないのは何故か?
 周りの奴らが悲しんでいるのは何故か?
 考え過ぎて嫌気がさしているからだ。

 それでも考える…
 本当は悲しくないのに振りをしているとか?
 なら、何故そんな振りをするのだろう。
 やはり、死というものに悲しみを感じるのが普通だからだろうな…
 その方がいいからだ。
 いい… とは誰が決めたのか俺はわからない。
 それも、生まれつき持っている、価値観なのか?
 少し、冷静に考える。
 精神の仕組みと感情の仕掛け。
 後天的なものは何か?

 結局、どうにもならない。
 理屈を知っても、感じられる訳ではない。
 俺が、その感情を味わえるようになる訳ではない。


 俺は考える…


 人が怒りを感じるのは何故か?


 怒り… それは俺には理由だったのか。

 あんなふうに…
 怒りは、理性でどうにかならないものなのか。
 怒りがそういうものだとしたら、俺はそんな感情を感じることは
 知る限り、多分もう無い。

 怒りに近いと思う感情…
 俺が自分自身に感じる、
 嘲り、諦め、侮辱…
 つまり、自分自身に対する負の感情。

 …自分に怒りを感じることはあるのかも知れないな。

 俺の大事なものが壊れたとする…
 『壊れた? …ああそうか。』
 そう思うだけだ。
 うっかり風が吹いてそれが不運にも壊れたとしても
 だれかが不注意でぶっ壊したとしても
 俺にとっては大差ない。
 壊れたという事実があるだけだ。

 壊れるものは… 壊したくないものは…

 ―――感じない。


 俺はここに来て、考える。


 暗い緑の隙間から
 焼け付く日が俺を射る。


 俺はここにいて、想う。


 どんなに離れても
 どんなに時を重ねても
 それは閃光のように。

 『あなたって、いるだけで人を傷つけるんだから!』
 『ごめんな。ここは、おまえじゃ足手まといにしかならないんだ。』
 『本当に、何もわかってくれないんですね…』

 そう言って、一緒にいる。
 俺が変わることの出来た一瞬。
 感じた一瞬。
 あまりにも短く、激しく…
 たとえ一瞬で燃え尽きても、焼き付いた残像が消えることはない。

 理解出来ない感覚が俺を侵食する。
 悲しさは感じない。
 快くもない。
 苛立ちも、怒りも感じられない。


 …!


 この、爪の先まで、込められるだけの力を込めて、掴んだ胸倉に血が滲む。
 今感じるこの痛みでさえ…!
 目の前を塞いだ指の、隙間から射し込む光。
 俺は息を噛みしめる。

 俺を侵しきったそれは、この身を震わせる。

 小さく、吐き出した呻きに

 木々がざわめき
 風がいなないた。







 「…あ、」

 声がして、少し怯えた気配に俺は引き戻された。
 猫のような目をして、俺を見る少女。
 辺りを見まわすと、数歩歩いて俺に近づく。

 「…今のは? 魔法、なのかな?」

 立ち止まって、本当に不思議そうな顔をする。
 「呪文は聞こえなかったし。うーん…」
 一人言のようにつぶやく。
 「なんか、魔法っぽいような気がしたんだけど。違うのかな。よくわからないけど…感情的っていうか、そんな感じがしたし…」
 まだあどけなさの残る彼女の肩を、不意に射した日が白く照らす。
 「…あ! 待ってよ。もう少しここにいてくれる?」
 言って、すぐそこに座り込む。彼女は僅かに目を細めた。
 「あたしでも、寂しい時があるの… この辺には滅多に人は来ないんだ。でも、あたしはここが大好き。とっておきの場所なの、ここはね。」
 彼女は、前に投げ出した両足の間に手をついて俺を見上げる。
 「ここに来ると元気がでるんだ。婆がいってたけど、ここには沢山、精霊がいるんだって。魔族なんか気分わるくてここには来れないって。本当かな?」

 『あなたは、僕達、魔族に近いとは思いませんか?』

 「それにね、ここには妖精がいるっていうの。信じられる?あたしだって子供だましだと思ってるけど…」

 『わたし、それでもゼルガディスさんを信じているから…』

 「そういうのって、なんかいいと思わない?」

 『やっぱり、すごいよな、ゼルは。』

 「ねえ、聞いてる?」

 『あなたがどんなでも、あたしはゼルが好き。』

 「…? どうしたの?」

 『おいで、ゼルガディス。』

 「…?!」


 彼女は立ち上がって俺をのぞきこんでいた。
 全ての感情が入り混じったかのような表情。
 眩しさに目が眩む。
 …!
 はだけた白い布が地に落ちる。
 伸ばしていた手をゆっくりと彼女は引いた。
 自分の指を見つめて、首をすこし傾げると、上目遣いに俺を見る。
 また、自分の指を見て、俺を見る。
 それから、うつむきながら静かに歩き出す。
 俺の前に立って、彼女は振り返って俺を見つめる。

 「…それでね、あんまりお決まりで笑っちゃうんだけど、ここでその妖精に合えたら願いを一つ、かなえてもらえるとか… で、昔からここにはよく来ていたんだ。」

 「…」

 「小さい時は、すんごい魔法を使えるようにしてもらおう、って思ってた…。魔法使いに魔法使いにしてもらうなんて、子供の時、みんな考えるでしょ?」

 『力が欲しいですか? ゼルガディス…』

 「…そうだな。」
 「!! あ、、、 う… 」
 …?
 「はぁぁ、びっくりした… どうしよう… も、どうなってもいいや…」
 「…使えるようになるさ。」
 「え?」
 「その、 …すんごい魔法、とやらもな。見た所、相当見込みはあるようだし…」
 「…本当?」

 「…俺が、 …」
 俺の方に向き直る彼女。忙しく変わるその表情に、何か、たとえようのないものを感じる。
 「教えてくれるんだ、魔法。」
 「…」
 「すごいや… あたし、…そう、”妖精”に魔法を教えてもらえるんだ! しかも、すんごいやつ。」
 「それは… 違う…」
 「え、すんごいのじゃないの?」
 「…いや、そうではなくて、…”妖精”なんとか、の部分が…」
 口を尖らせていた彼女は突然、もう耐えられない、という風に笑い出した。
 「ぷ、もう、…そんなこと、その突っ込み、最高。でも、”妖精”がそんなこと突っ込んだらだめだと思うんだけどな。」
 「…」

 両手を前に組んで、子悪魔のような笑顔でささやく。
 「あたしの、願いを一つ、叶えて、下さい。」

 『私は… あなたが欲しかった。』
 『あなたに死なれては僕が、困りますから。』
 『一緒に行こう、な。』
 『あなたがいないと始まらないのよ。』
 『また、来てくれますよね。』

 「…ああ、いいだろう。…おまえは、今、魔族と契約する…」
 「……」
 「…冗談だ。」
 「もう、ちょっと信じちゃった。そういうオチの話ってよくあるし。あたし、あなたが魔族って言ったら信じてしまうな。それで、契約もしてしまうと思う。」
 「正直だな。」
 「まあね。それに、そういう話に出てくる魔族って、大抵、とっても美しいのが相場でしょ。」

 「……俺は、そんなものじゃない。」

 彼女は、言葉を遮るかのように、俺に目を向ける。
 「あたし、毎日、ここに来るから。魔法、教えてね?」
 「…ここに、おまえが来れば、俺はここにいる。」
 「?」
 「”妖精”はそういうものだろう?」
 「…! 約束、だよ?」
 彼女は俺に手を差し出した。昔、似た様な事があったのを思い出す…

 「約束しよう… ここの、精霊に誓って…」







 気紛れ… にしては…
 冗談など、どのぐらいの間、忘れていたのか。
 とんだ気紛れだ… 全くだ。

 ”なら、何故そんな振りをするのだろう。”
 それは…
 ”その方がいいからだ。”
 俺が、そう、思うから。

 それでいい。それだけでいい。
 少し、戯れてみようか…

 明日から…

 ”明日”なんて意味もずっと忘れていたが。

 ―――今は、感じる。





 このページのデザインもレタリングもb^3さんです。いつも素敵なお話をありがとう!
 英語版(翻訳:キューピー/DIANA)こちら(8月9日)



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