お風呂場のゼロス

 北への旅を強行したリナたちは、雨に濡れ、泥まみれになりながら、ようやくヴィコーの町にたどり着いた。
「ああ、疲れた〜」
 リナは大あくびをして身体を横にストレッチ。するとアメリアが、右手に見える、小さいながらも綺麗に飾られた建物を指差して言った。
「リナさん、お風呂屋さんみたいですよ!今ならきっと入れます!」
「はいはい、いってらっしゃい。あたしはあっちの宿屋で部屋を確保して寝るわ。ぜ〜ったい、起きるまで起こさないでね!」
 リナはそう言って、スタスタと宿屋に向かって歩いて行ってしまった。ガウリイとアメリア、ゼルガディスはもの問いたげな顔で、互いに顔を見合わせる。
「俺は泥まみれのままじゃ眠れん」
 ゼルガディスはさっさと風呂屋へ向かう。アメリアが追った。
「私もです、ゼルガディスさん……リナさんてば、あんな格好でどうして眠れるのかしら!」
「そりゃあ、リナはモンスターみたいなもんだからさ」
「そんな言い方ないですよ!ガウリイさん!」
 ガウリイにアメリアが抗議する。だが、彼はあっさりと。
「いいや、本当さ。彼女が『疲れた』って言ってた時、まるで牙むいているみたいだったじゃないか。とにかく寝る、風呂なんかで邪魔するなってさ」

 ゼルガディスはほかの二人にかまわず、さっさと風呂屋に入り、脱衣所で服を脱ぎ始めた。
「なかなかいい風呂だな。それに俺一人のようだし……あの連中のうるささには……」
「おやおや、これはこれは」
「!」
 ふってわいたゼロスのほがらかな声に、ゼルガディスは思わず叫んで天井の梁まで飛び上がった。
「これはまた、随分と泥にまみれて……最初はゼルガディスさんだとは分かりませんでしたよ」
「貴様なぜ――」
 ゼルガディスは梁からずるずるとずり落ちながら、内心、ふつふつと日頃の遺恨が湧き上がる。
「二度とそのツラを――」
「いやぁ、ここはいいところですねぇ」
 ゼルガディスの怒りを無視して、ゼロスが風呂場を見渡す。
「僕もここでのんびりとお風呂をいただきましょうか」
「させるか!」
 ゼルガディスは自分の剣に飛びつき、ゼロスにむかって斬りかかる。切っ先が綺麗な弧を描きゼロスを斬り捨て――
「見てください!かわいいお魚の形の石鹸!」
 楽しげなゼロスの声は部屋の向こう側から聞こえた。
「貴様!動くな!」
 怒鳴り散らすゼルガディスだったが、ふいにうんざりとした様子で剣を捨て、ため息をつく。
「やめた、やめた。丸一日ほこりと泥にまみれて歩いて来たんだ。嫌なことは忘れてくつろぐに限る」
 忌々しげに吐き捨てると、彼は残りの服を脱いで湯船に身を沈めた。
 ――ヤツのことは無視して、リラックス、リラックス……
 ゼルガディスは、湯船の縁に用意されているサービスのお茶を飲み干す。
 ――なかなかいける……これで落ち着いて……
 ぶぶうううぅぅっっっっ!
 突然、彼は口にしていたお茶を、湯殿の向こうに届くほど吹き出した。
「な……な……な……!」
 恐怖に満ちた目を激しくまたたきする彼の目の前には、ゼロスがいつもの笑顔で見下ろして立っている。小さなゼルガディス模様がいっぱいついた、トランクスをはいて。
「僕もお風呂をいただこうかな〜、なんてね。ここは素敵な――」
 ゼロスに皆まで言わせず、ゼルガディスはネック・ホールドをかけて彼を湯船に引きずり込んだ。
「ぶっ殺してやる、この野郎!今、死ね!おらぁ!」
 ゼルガディスが彼の頭を御湯に沈めているため、ゼロスは湯から出た足を激しくばたつかせる。彼がはいているトランクスの模様の自分が、まるで自分をあざ笑っているようで、ゼルガディスはキレた。
 ――こんなもん、はきやがって!
 怒りに任せて、ゼルガディスはゼロスからトランクスを剥ぎ取る。途端に、ゼロスが悲鳴を上げながら、湯から浮上した。
「痴漢!変態!」
 ゼロスはゼルガディスをひっぱたき、ゼルガディスは壁まで吹っ飛んだ。しかし、頭を振って立ち直ると、彼はまたゼロスに飛びかかる。
「真っ二つに引き裂いてくれる!」
 ゼロスは悲鳴を上げ、湯殿から飛び出した。ゼルガディスも怒りで真っ赤になり、後を追う。
 タオルいっちょを巻いただけの姿で、ゼロスはラウンジに駆け込んだ。驚いてまばたきしているガウリイとアメリアを見つけ、彼女の前によよと泣き崩れる。
「彼が……彼が……」
 ゼロスが震える指で入り口を指すと、そこにはすっぽんぽんのゼルガディスがいた。
「ゼルガディスさん!何しているんですか!」
 アメリアが目を見開き、ショックのあまり叫ぶ。彼は赤くなって両手で身体を隠した。
「俺は……その……そいつを……」
「そんなんじゃありませんっ!」
 ゼロスがすすり泣いて、ゼルガディスの言葉をさえぎる。アメリアは自分のケープを彼の肩にかけてやった。
「おいおい、ゼルガディス。お前さんが変態だとは知らなかったぜ」

 ガウリイが頭を掻きながら言う。
「冗談じゃないっ!俺よりもそのペテン師の言うことを信じるのか?」
 そう言った途端、彼は二人の視線が、自分が手にしているトランクスに――紫色一色のトランクスに注がれていることに気づいた。
「こ……これは?」
 思わず彼は口ごもる。
「やっぱり……ゼルガディスさん!信じられません!」
 アメリアはゼロスを助け起こすと、出入り口に向かう。ガウリイも後に続いた。
「ゼロスさんに謝るまで、ここで頭を冷やしていてください!私たちは宿屋にいます。さあ、ゼロスさん、行きましょう」
 扉が閉まり、彼らは去った。その扉をじっと見つめていたゼルガディスは、やがて握っていた紫のトランクスに目を落とし、それを放り投げた。
「あの……生ゴミ野郎!」

 夜空に、月が明るく輝き、木々の影を風呂屋の屋根に投げかけている。その屋根の上に、神官の服をきっちりと着たゼロスがいた。くすくすと、いつもの秘密の笑いを漏らしながら。

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