山歩きの記録

丹沢主脈縦走
1998年5月9日・10日

byおじいちゃん

<参加を決めるまで>

 旧陸軍士官学校出身の私は、同期生と共に月に1回、山や旧街道を歩く会に参加している。その会で、1998年、丹沢主脈縦走の企画が持ち上がった。
 丹沢山はその山の深さで[百名山]の一つにも選ばれており、一度登ってみたいという願望は前々から持っていたが、独りでは登れないので諦めていた。さらに、私は7年前の夏、冠状動脈3本と腹部動脈狭窄部の再建手術を受け、いまも定期的に再診に通っているハンデのある体である。毎日のウォーキングでも息切れや脈拍の異常を感じないので、並の体力まで回復したであろうと思ってはいたが、平地と登山とでは比較にならない。しかも縦走の初日は、登山口から塔ノ岳頂上まで、標高差1200mの急な登りだという。前に標高差600mの仏果山や、金時山山頂下の急登はん200mでも、我々の年齢では厳しかった。1200mの登りに果たして体が耐えられるか、年齢を考えれば、最初で最後の丹沢になるだろうからぜひ参加したいが、などと考えは揺れた。
 そこで思い切って主治医に、2000m級の山に登りたいがいかがでしょう、低い山には登っていますが、とお伺いを立ててみた。暫く思い入れがあって、無理をせずユックリ登るならばマアいいでしょう、新緑が綺麗でしょうネ、と嬉しい御託宣。
 その場で参加を決意し、条件付きながら参加したいと申し込んだ。
<登山の前日まで>

 会のリーダーから、ガイドブックのコース説明や地図・コースタイムなどの資料が次々と送られてきて、縦走路の全体のイメージが拡がる中で、ガイドブックによって所要時間がかなり食い違っていることに気がついた。NHKの「百名山をめざす」の『丹沢山』には、中高年向けのコースタイムは、成年者標準タイムのほぼ3割増しとなっていた。とくに登りの所要時間では、並の中高年で1時間300m、初心者で250mとあり、大倉尾根の標高差1200mから逆算すれば、塔ノ岳まで4時間ないし5時間が必要になる。これらのことはリーダーに連絡。
 一方、コースの説明に急な登りや下りの箇所が幾つかあって、地図上にそれを転記してみたが、いま一つ起伏のイメージが掴めない。距離と標高とを同じ縮尺で立体的に表示すれば、視覚的に概略の傾斜が掴めるのではないかと考え、方眼紙の縦軸に標高、横軸に距離を1000m=20ミリの縮尺で、手製のコース断面図を試作してみた。
 登山口から下山口までの通過点を、縦走路全20km=400ミリ、最高蜂・蛭ケ岳の標高1673m=33.46ミリ、標高の表示のない地点は、地図の10m等高線をルーペで読みながら近似値を、ガイドブックにない地図上の鞍部は標高を拾い、それぞれの点を直線で結び、全体として皿を伏せたような横長のコース断面図が出来上がった。これに通過点の地名と標高とを記入して見直すと、平面図で描いていたイメージよりも、傾斜と起伏が鮮明に浮かび上がり、その出来栄えに独り悦に入ったが、この作業に要した時間は延べ5時間に及んだ。下に示した図がそれである。実際には全て手書きしたのだが、サイトに掲載する都合上、画像レタッチソフトで線をトレースし文字は活字に差し替えてある(この作業はサイト管理をしている娘がやってくれた)。





 携行品はリーダーからの資料を参考にして整えたが、宿泊予定の「みやま山荘」では、水と翌日の弁当の提供がないので、2日分の水(2リットル=2kg)と翌日の弁当を携行せよとの連絡があり、その分だけザックの重量がふえると心配になった。試しにザックを持って体重計に乗ると65kg強を示す。もっと重いのではないかと、再度計ってみたが変わりはない。この重さは一番太っていたときの体重よりも軽いと分かってグッと気分が楽になった。
 早寝して十分睡眠をとり、明日の登りに備えねばと床に入ったが、遠足を控えた小学生のように気分が昂揚して熟睡は出来なかった。
<第一日:5月9日:小雨>

09:00集合。5人の仲間で丹沢に挑戦する。
09:50出発。登山口の標高は290m。折から神奈川ゆめ国体登山競技のリハーサルが間もなくスタートするという。S30年の神奈川国体で登山競技が採用され、丹沢山がその会場となって以来、登山者が急増したために、道は凹状にえぐられて雨水の流れる道にもなっている。丹沢の土質は雨後は滑りやすいので要注意とガイドブックにあった。その泥んこ道を、何十人ものリハーサル参加者が、Tシャツ短パン姿で駆け上がって行く。その度に道をゆずるので、只さえ遅いペースが遅くなる。幸い雨はやんだが雲は厚い。
10:20観音茶屋(430m)着。雑事場(ぞうじば)平への道は二またに分かれ、晴れていれば展望を楽しめる筈の西側の道を行くが、厚い雲で展望は全くきかない。
10:55雑事場平(611m)
11:30一本松跡(680m)。領斜は次第に急になる。
12:00駒止茶屋(905m)に到着。標高差1200mのほぼ半分を登ったことになる。心配していた胸部圧迫感が全くないのでホッとする。ここで軽食をとる。
12:15駒止茶屋出発。
12:40堀山の家(960m)。ここを過ぎると急登の連続で、休み休みの登りになる。
13:20標高点(1128m)を通過。
14:00長い階段を登りつめて、やっと花立山荘(1300m)着。バカ尾根急登の難路は漸く峠を越えた感じ。ここで昼食休憩となる。ガスが次第に濃くなってくるので、山荘をバックにみんなで記念写真をとった。
14:25花立山荘出発
15:30ガスで視界が薄れるなか、急坂を登りつめて塔ノ岳(1491m)に着く。ここに至るまで、金冷ノ頭(1370m)付近のヤセ尾根で予期せぬハプニングがあり、文字通りヒヤリとしたがこれは書かぬが花。
 山頂下の鞍部(1390m)からの緩やかな登りは、ブナの自然林や笹原を抜ける気持ちのいい尾根道で、ガスに霞む樹影は東山画伯の絵のように陰影が深い。
16:00日高(1461m)を通過。
16:30竜ガ馬場(1504m)。このあたりから霧雨が隆り始めたが、傘をさすほどでもない。
17:00無事丹沢山頂(1567m)みやま山荘に到着した。標高差1200mを約7時間、休憩を除き5時間40分で踏破。ついにやった、と叫びたいほど達成感と疲労感が快い。
 みやま山荘には電気がなく、ランプの灯でいかにも山小屋らしい風情。収容人員40人と聞いたが、ほぼ満員と見た。
18:00夕食はカレーライス。ビールは350ml缶600円。ささやかに無事登頂を祝う。
20:30消灯。小屋の主の差配で一組の布団に2人で寝ることになり、着の身着のまま横になったが、枕がないのでズボンを脱いで丸めて枕替りにした。隣りと触れ合うので、なかなか寝つかれなかったが、いつしか第一日目の夜は更けていった。

一日目の行程

<第二日:5月10日:晴>

04:00起床。
05:00展望台からうす暗がりの中、富士山を遠望する。思ったより雪は少ない。南アルプスは雪だけが白く、山容はさだかではない。
05:30朝食、まぜご飯にみそ汁、一番に並んで早くすませる。
06:30「みやま山荘」発。鹿が2頭すぐ目の前を何気なく通る。
 『釣瓶落とし』を下りきると、強風危険の細い尾根、笹の下生え道を丹沢山より50m高い不動ノ峰へ。休憩舎の横に不動尊像。
07:40不動ノ峰から新緑に映えるブナ樹林を25分抜け、棚沢に到着。ここから眺める丹沢山1567m、蛭ケ岳1673m。鬼ケ岩(ふり返ると鬼のツノに見える)、富士をめぐる山々、西丹沢は絶景。
 鎖を伝って岩場を降りる。正面は蛭ケ岳。鞍部で東西の景観を楽しむ。
08:45最高峰蛭ケ岳(1673m)到着。南西の展望は格段。
 樹林帯では土留めの丸太階段の土が流れて箱となって歩きにくい。標高差300mを急降下。1.2km歩き地蔵平ヘ。あとは展望のない樹林。ゆるい下りを辿ると雲が切れ陽の光が、つれて温度も上がる。姫次(1433m)は東海道自然歩道の最高点、案内板によればこの地が富士の見納め。
 昼食は焼山でと目標設定、黍殻山は山頂への道をとらず東側を巻いてゆるい下り。
12:40焼山に到着。
 白樺林を過ぎると長い灌木の斜面、ジグザグの急坂、丸太の下り階段がどこまでも続く。標高差700m4kmを一気に休みなく下る道で逃げようがない。人里近いと感じた数分後、焼山登山口の林道に降り着く。
15:25焼山登山口から舗装道路を1.3km歩いてバス停到着。踏破の感慨にひたる。
 1619発のバスを待つ。
17:40バスで橋本駅前着

二日目の行程−1





不動ノ峰から望む山々
手前:臼ヶ岳
後の尖峰:同角の頭
遠方:富士山


早戸川乗越から望む丹沢山


不動ノ峰から蛭ヶ岳へ向かうブナの樹林帯

二日目の行程−2




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