speak−leaf

喋るのも 書くのも苦手だが、

時々 ふっと言葉の輪郭が浮かんでくる。

ありふれているけど とても大切なものとして。

ところが、いつもその意味を捉えきれず 何と言いたかったのか 分からなくなってしまう。

それでも、

断片的に浮かんでくる言葉を丁寧に集めてみたら、小さくとも一本の樹の姿になるだろうか。

 

折り返した。

そのように感じた。

 

自分の年齢を忘れていた。

自分の誕生日を 特別な日と感じなくなって何回目になるかも思い出せない。

生年月日から何歳になったのか計算して、気付いた。

父親は37歳までしか生きていなかった。

私は38歳の誕生日を迎えた。

父と一緒に暮らした期間は3年ほどだったと、母から聞いたことがある。

それも覚えていない。

言葉を得た頃、可哀想と言われても本人はまるで自覚できなかった。

何が不自由なのか、始めから無いものを 在るものと比べようが無かったからだ。

現在、子供を持った立場でその事を思うと、珍妙な心境になる。

 

俺はもう、親父より年上だぜ。子供も二人だ。まいったか。

写真の中の父親は、確かに今の自分よりも若いようだ。

2003.9.10

(2004.12.14up)


自転車で どこまで出来れば満足するか考えた。実業団のレースで全日本の出場権が得られれば良いのか、そこで完走できれば良いのか、入賞できれば満足なのか。

ただ精一杯やれば良かったのかもしれない。その精一杯が問題で、普通の人が考える練習ではとても満足出来ないわけだが。今まで、ずいぶん自転車に乗っていてわがままなだけかもしれないが 思った分の4分の1くらいしか出来なかった気がする。

何処を目指すかと言えば 「より上」としか答えられない。何処まで出来るかはやってみて初めてわかる事だ。日本一とか世界一とか、思いつきで設定できる目標ではないではないか。目標のために 全ての不安や障害を吹き飛ばすほど豪傑でもない。言っておくが、気合や根性だけで達成できる事ではないのだ。もちろん強い意志は必要だが。

運も実力のうちと言う。迷信ではない。実力が環境を導く事も大いにある。

私にはそれだけの何かが足りなかったという事だ。

2001.11.14


自分は、自分の思い通りには なかなか ならない。

2000.3.23 


「麻原」の頃は、事件を起こす人間とはそれなりの特別な要素を持っている、または特別な環境で生まれ育ったもので、一般的には自分には当てはまらないものと考えられていたように思う。

今はどうだろう。

自分自身もその事件を起こしうるとは、考えられないか。

2000.2.6


しまった。

私としたことが。

会社帰りの自転車走行。既に夜間なのでライトは必須だ。しかし、電池が切れた。途中のコンビニでわざわざ割高の電池を買って詰め替えた後のことだ。走り出すときにライトを点け忘れていた。

次の交差点の信号待ちでどこかで何か叫んでいる男の声に気が付いて、見ると、わざわざ車から降りてこっちを向いて叫んでいた。

最初はよく分からなかったが、

「おーい、電球点けろ!自転車のアンちゃんよ、電球ぐらい点けろ!おーい!」

と、言っていたようである。すごい剣幕である。

そうだった。私が悪かった。悪かったよ。

本当に、まずかったと思うよ。

非は自分にあるのだが その男の態度が大き過ぎてどうも反省意外の考えが浮かんでしまう。本来、自分には反論の余地はないのだが。

なぜ いきなり頭ごなしな態度がとれるのだろう。間違ったことをした相手なら何をしても良いと思っているのか。

今日の場合に限らず 人をいきなりバカ呼ばわり出来る人間が結構いる。

なぜ そんなことが出来るのか。

逆ギレして、非難したい気持ちになる。

でも答えは、私自身の心の中にある。

「悪かったよ、バカ」

2000.1.7


「世の中、そう云うものだ」と言う言葉が、そう云う世の中を創ってしまっている。

1999.12.15


BAR訪問記(?)  1999.10.22

白南風−しらはえ

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10時20分。

私はバーのカウンター席にいる。海辺のホテルのバーだ。

暖かみのある木製のカウンターにほのかな照明。

普通のBarのレイアウトならカウンターの向こうはバックバーがあり、ボトルが並んでいる。だが今、正面あるのは大きな窓ガラスにパノラマの形に切り取られた砂浜の風景。ライトアップされた夜の砂浜に寄せる白い波頭を眺めながら酒という演出。もうひとつのある条件さえクリア出来れば落ち着いた良いBarなのだが・・・

ホテルのBarというのはホテルの在り方に依存する。都心の高級ホテルならバーテンダーには厳しさが要求されるだろう。観光地のホテルなら来る客は団体で宴会目的の客が多い。こちらの場合でも仕事が厳しくない事はないだろうがかなり様相が異なる。バーテンダーはこのBarで誇りを持てるのだろうかと、おせっかいな詮索をしてしまう。そう思わせるような光景を今、目の当りににしている。

私から左へひとつおいた席でビールを飲んでいる人物は浴衣姿である。ビールとつまみの飲食、それに仕事の話に余念がない。右方、店の奥のボックス席では愚痴の叩き売りが始まっている。テーブルをばんばんと叩いてクダをまいているのだ。そんな中では どうも服を着てひとりでウイスキーなど飲んでいるほうが浮いているようだ。納得できない。ながれている曲もジャズ風でしっとりしている。自分の世界に入ってしまえ。そんな訳で、メモを取出しBarの様子を書き付けている。

私が柄にもなく観光地のホテルに泊まった訳は、社員旅行に参加したからである。今現在、社員旅行の最中なのだ。今時、社員旅行もないと思う。そう思いながら団体で、旗を持ったガイドさんの後をぞろぞろついていき、寺など見物して来た・・・お参りして来た。こういうのは性に合わないが参加せざるを得なかった。幹事を仰せ遣っているのである。しかも幹事総括。朝からいろんな人に挨拶し、スケジュール表を睨み、宴会が終わっても会場に居座る酔った人間に丁重にお引き取り願った。やれやれ、やっと今日の仕事が終わったぞ、なのである。それなのに飲み始めて間もなく、好ましくない事態がやってきた。

もともと静かでない状況に追い打ちをかけるように、妙に騒がしい連中がどやどやと左方の入り口から乱入。なんと会社の幹事仲間ではないか。しかも宴会のコンパニオン同伴。こちらにやってくる。この時、振り向いて目が合ってしまったらメモは終わっていただろう。振り向かなかった。暗い海を背景に窓ガラスが鏡の役割を果たす。だが店内も暗いためはっきりとは映らない。ただ、おぼろげに様子だけが察知出来る。一行は10人。私の後を通り過ぎ、奥へと進んでゆく。それぞれ席を陣取ると、「カクテル頼もう、カクテル。どれにしよう」・・・宴会の続きの始まりだ。私には全く気付いていないのである。好ましくない事態が一転、楽しくスリリングな時間となった。ここは悪戯で、他人のふりを決め込もう。見つかったら「ふっふっふ、やっと気付きましたか」と言えばいい。

幹事らは早速 カクテル選びで盛り上がりを見せている。そして、公的資金を己の飲み代に流用しようと会計を呼びにいった。たらふく飲む心計なのか。。まあ誰もがいやがる幹事を引き受けてしまうのだから気のいい人達ではある。多少の報酬があってもバチは当たらないか。しかし、Barで宴会は勘弁して欲しい。が、更に彼らはコンパニオンに対し破廉痴行為に及んでいる。

このBarでは よくある事なのか。バーテンダーは黙々と仕事を続けている。彼らがカクテルメニューの一番目から順にひとつずつ10種類のカクテルを注文するという暴挙に出た時も ひたすら仕事をこなしていた。 早い。またたくまに10のカクテルと 、ちょっと前に注文しておいた私のシンガポールスリングを完成した。そんなに早く作ったのにライトな位置でバランスした飲み易いカクテルになっていた。薄めなのは客のニーズに合わせたのに違いない。薄いイコールまずいではない。五十前後の渋めのマスターである。私が評価するのは恐縮だが 本日の客層にはもったいない店とバーテンダーなのである。

マスターは忙しい。話しをしてみたいが手がまったく止まらない。幹事一行は会計を探している。増加する飲み代にホテルじゅう探しても見つからない会計。交代で捜索隊を繰り出している。11時50分、潮時ではないですか。そろそろ静かに飲ませてくださいな。心のつぶやきが通じたかのように一行は席を立ち また背後を通り過ぎて退散していった。勝った。何が勝ったのだか 分からないがそんな気がした。とにかく1時間30分、よくバレなかったものだ。

喧噪が去った。残っている客はほんの4名である。こころなし、マスターの表情が穏やかになった。どちらからともなく口を開いた。

「何か書きものをされてましたが、場所が暗かったですね。奥の方が明るかったんですが・・・賑やかでしたね。お酒をお出しするのが遅れたりしてすみませんでした。」

謝るのはこちらのほうである。ネタばらしをした。マスターは口に手をやり肩をすくめて見せて それを知っていれば私も楽しめましたのに、と笑った。そう、よほど教えようと思ったのだが とにかく忙しそうで余分な話は出来なかった。余分な会話こそがBarの楽しみなのだが。 それが今は少しだけ出来る。

「どうして分からなかったんでしょうね」

「暗い席でちょうど良かったんです。小話がひとつ書けました。単に、ここでの出来事ですが。」

「奥の方達は だいぶ飲まれていましたしね。ここでは35杯ほど作りましたよ」

「伝票を見せて頂けますか」

「お待ち下さい・・・ずっと会計さんを探しておられましたからね。こちらですが、大丈夫ですか」

御心配、御無用なのである。

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・ブルームーン

・シンガポールスリング

・ミルトンダフグレンリベット

・ノイリープラット+レモン

1999.10.28


このサイトを立ち上げる時に「趣味」について考えたい、または何か見解を表明したいというような主旨をInfomationにひっそりと書いた。それが去年の8月の事で 今現在までに1年と2カ月経過。その間に幾度かは「趣味」をテーマとして文章を書こうとしている。書こうとしていて ことごとく挫折している。今回も書きながら曲がりなりにも何らかの形になるかどうかと 自身を疑問に感じながらの不得意な作文である。

これまで、書いては失速を繰り返したのは何故だったのか。表現力が乏しいのか、テーマが難しいのか。まず表現力の方は 乏しいと言わなければならない。魂から湧き上がる不定型な想念の言葉への変換作業は 並の感性を持ってしてはその10分の1も成し得ない。いや、「気持ちの10分の1も伝えられない」と記して許されるのは恋文においてであったか。

さて 「テーマ・趣味」とした場合に何が私の頭に浮かんでいたのだろうか。おおよそ「生活における趣味の意義」あたりだ。書けない事もなかろう。が、なんと無意味な試みをしていたのだろう、と 今思う。不況の折り、趣味に興じるなどもってのほか。男なら仕事に生きるべし、との世間の風潮に物言いを付けたい心境だった。愚かであった。純粋に好きで入れ込んでいるものに不粋にも大義名分を付けようとしていたのだ。

つまり 何か思い入れがあってホームページ作成に及んだはずで テーマの難易度や表現力を問題にする前に 自分を見失っていたのだった。もちろん趣味を始めるきっかけは 人それぞれ、はっきりした理由があって始める場合もあるだろう。ただ私の場合に限って思い巡らせば 気が付いたら一つの手段がいつの間にか目的に置き代わっていたと言う事である。

私の趣味は自転車。自転車が趣味となったのは自転車に乗るようになってからかなり後の事だ。自転車が好きと「気付いた」のが後と言うべきか。

なぜ好きになったのか。子供の頃、競争用自転車に乗り練習している友達よりも何故か なんの変哲もない僕の自転車の方が速く走れたからかも知れない。その競争自転車の友達と走った時、「自信」のようなものを持ったのかも知れない。もう、いつ頃からどのくらい好きになっていたのか思い出せないので定かではないが。。。(「自信」についてもいずれ書こうと考えている。)

生活と趣味の関係を箇条書きすれば 幾つかのポイントが挙げられるだろうが、個人ごとに考え方の変わるであろう事柄の一般論を説いたところで無意味に思えてきた。趣味とは何かと問われたなら、好きだからやるのだ。とか、生活の一部だ。自転車通勤してるし。。とか、「私」と云う事称の一部である。と答えることにしよう。

1999.10.20


会社の帰りは趣味と仕事のはざまだ。

身近な自転車の認識は「実用」であるだろうか。

手軽な移動&運搬の手段である。

一方スポーツのための自転車もある。

私はスポーツ車で通勤している。

生活の道具であり趣味の道具でもある自転車。

そのどちらの目的でも利用する道路。

「遊ぶ人」「生活する人」「仕事する人」が同居しているのが道路なのだ。

ところで サイクリングで走る時、仕事で走っている自動車に遠慮するだろうか。

遠慮は多少する。でも気がひけるまでは感じない。

道路は 色々な目的の人がいるのが必然なのだ。

仕事の帰り、自転車で帰宅。仕事に力を入れていない私は人より早く帰ることにひけめを感じながらコキコキとペダルを漕ぐ。

すぐ隣を自分と同じ仕事帰りか、まだ営業中なのか、自動車が抜いてゆく。

道路は家まで10kmの道のりを繋いでくれている。

それだけじゃない。

地上を網の目のように走り総延長はいったいどれくらいになるのか。

よくここまで作ったものだ。エジプトのピラミッドの比じゃないね。

その計り知れない恩恵を自分自身も受けていながら、何故か手放しで喜べない気分になる。

ここまでする事なかったんじゃないか、やり過ぎじゃないか、と。

どうも 感謝しきれない。

そんな思いが心をよぎるのは会社の帰りだからか。

1999.9.17


何かを しても、しなくても、過ごした時間そのものが大切な場合もある。

時は元に戻らない。

1999.7.16


Bar訪問記  1999.5.2

ダン

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店の名前は「ダン」。その名前の前に「カクテルの店」と付く。富山県高岡市にある。

今までウイスキー等、ハードリカーばかり呑んでいた私だが、ネットなど始めると様々なドリンカーに出会うものだ。

大勢で楽しく飲みたい人、飲む銘柄やうんちくにこだわる人、これは自分か。そして美しいカクテルをこよなく愛する人。この日のオフ会企画もカクテル好きの彼女に幹事をしてもらった。

酒とは自然と人間が共同で作り上げた芸術品だ。その酒造りをする人間は尊敬すべき職人である。私は呑む時、目の前の酒の背景に たびたびそんなイメージを作って楽しむ。しかし、カクテルに関してはあまり関心を持てないでいた。比較的最近までは。。。 それがBarに行くようになり、「酒の職人」が目の前にいる楽しさを ある時、突然 理解したのだ。

 

オフ会は高岡セリオ前の待ち合わせから始まる。私にとっての特別の楽しみに、今日は金沢の自転車仲間が来る。その彼と 高岡市地元ネット仲間(この人は後で合流)のメンバーは4人。つまり横浜、金沢、高岡、埼玉と、いったい何の集まりか、怪しいものではないが これはネットをやらない人には理解しずらいだろう。

その怪しくない一行が高岡の商店街を抜け、裏通りに入りBarと言う怪しくない隠れ家のような所の扉の中に吸い込まれて行く。会は始まった。

まず酒が無くては話にならない。今日は私の中では「カクテル」がテーマ。最初に少しだけバー観察モードに入ろう。私が 注文したのは「ジンリッキー」。シンプルなカクテルの方が作る人の技が表れるのじゃないかと思う。それに生ライムを使うから デリケートなはずだ。

同じように見えても作る人によって ジンのアルコール感、ライムの香りと酸味、トニックウオーターの喉ごしなど、風味の立ち上がりや余韻が違う。

それもまた 楽しい。この人の味と言うわけだ。

 

今回はBarの時間をゆっくり楽しむよりも自転車の話しの方がメインだった。会が始まって早速自転車の話しをするjohnさんと私に隣のmaoさんからダンのカクテルリストの中の一つが示される。

なに、「マイヨジョーヌ」。マイヨ(ジャージ)ジョーヌ(黄色)とは、自転車レースの世界最高峰ツールドフランスで、その優勝者が手にする名誉ある黄色いチャンピオンジーャージだ。そんなカクテルがあったのか。

レシピはきっとシャルトリューズ・ジョーヌなんか使っていてバリエーションでシャルトリューズ・ヴェールを使ったマイヨヴェールなんてあるのかと安易に考えていたら それは間違いだった。黄色いカクテルではあったが・・・

カクテルにはそれぞれ物語や由来がある。その物語を思い浮かべながら飲む、またシチュエーションにあわせ、ふさわしい由来を持ったものをチョイス出来るのもカクテルの大きな楽しみだ。

さて、カクテル・マイヨジョーヌには どんな由来があるのだろう。しかしここでは分からなくて残念。どなたかご存知でしょうか?カクテルの作者がツールドフランスに感動して作ったのでしょうか。

 

時々 間をおいて大好きな自転車の話しをしながら酒を飲む。昨日オークニー島を行ったので今日はアイラ島。

同じ趣味を持ったjohnさんと会話でき、楽しい時間だった。

そして 店とカクテルの楽しさを教えてくれたmaoさんにも感謝。

maoさん注文のダンのマスターによる「ゾンビ」はレモンハートデメララ151を使い、絶妙なバランス。今日も「新しい体験」をした。

 

会を解散して 私はまた正太郎Barへ。

1999.6.2


BAR訪問記 

7:30 セブン・サーティ  1999.5.1

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高岡の街は商店街、繁華街(夜の店がある通り)が結構栄えていように見えた。しかしそれは、地元の人によると5/1が祭りだからに過ぎないという。

正太郎BARを出て街の裏通りを歩いている今、少しも寂しい雰囲気はないのだが・・・

午前1時だが 多くの店の明かりはほとんど点いている。祭りの名残の屋台の一部も 商魂たくましく開いているようだ。

裏通りの路面には 北国特有の融雪装置、つまり、温水の噴き出す穴が不規則に並んでいる。

その裏通りを正太郎さんともうひとり、一緒に呑んで話していたハンドル名Peter Sekiさんと歩く。

BARのマスターと同じ客として別の店へ飲みに行くと言うのも、なかなか面白い。もちろん 今までにそんなことは無かった。マスター本人が言うには、自分はカウンターの中よりも外で呑んでいる方が合っている との事だ。

ほんの2,3分歩くとBARセブンサーティについた。

店内はシティー感覚と言おうか、都内にありそうな感じだった。それこそ祭りの影響か、お客が多かったが カウンターの席は3つ確保できた。3人は並んで、ビールで乾杯。まったく正太郎BARの続きで会話が始まる。

高岡市の見所と言えば 古城公園だそうだ。元々この周辺に住んでいたSekiさんは子供の頃よく「探検」したが 未だに気付かず通り過ぎた部分を発見することがあるという。明日行ってみるか。あ、いや今日だった。

城跡があり、歴史ある土地柄のこの街に粒よりの良いBARが点在するとは面白い。

「カクテル」が ただレシピ通りに酒を混ぜただけでは仕上がらないことは、自分で作ろうと挑戦してみれば分かる。

この店セブンサーティでは腕の良いバーテンダーにより 丁寧に磨かれたグラスにキリッと新鮮な命が宿る。

カクテルの寿命は短いのだ。美しいうちに終わらせてあげよう。

美味しさが大いに手伝って スイスイとあける私を正太郎さんは心配するが、妙に体調が良くて 全く大丈夫だった。

AM1:30、夜は楽しいまま終わりを迎えた。

1999.5.22


BAR訪問記

 

正太郎BAR prat1 1999.5.1

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ギネス

ハイランドパーク1977

スキャパ

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シックなデザイン、少し重たそうな扉に手を掛ける。

自宅から富山県高岡市までの道のりは高速バスだと約7時間半だ。

何を思ったか ここまで自転車で来てみた。

自転車と酒の趣味を持つ自分である。だからといって 走ってくる理由はない。

ただなんとなく そうしたい気がした。このBarには思い入れがある。簡単に到着したくなかった。

Barのマスターとは普段からネット上で話しをしている。トニーズバーの時と違い、どんな雰囲気か分からない為の緊張はあまりない。逆にある程 度気心が知れているはずの人に初めて会う不思議さが ドアに掛けた手の動きを躊躇させる。

 

今、開けるぞ・・・

煉瓦の暖かみある質感と 程よく暗い証明。お客さんは2人。カウンターの真ん中が空いている。足がそこへ向かい、椅子に座る。

やっぱり すぐに自己紹介するのは 何となくためらう。お絞りを受け取ってから、マスターに声をかけた。

「正太郎さん、reraです。」

マスターの正太郎さん(ハンドル名)は 驚きをカウンターの中に流してから迎えてくれた。気さくな人であるのは 分かっていた。そして声を掛けた時点で いつもの、でも初めての時間が流れ始めた。

挨拶を交わすと、楽しみにしていた最初の一杯にギネスを選んだ。最初はビールくらいのアルコールの重さがいい。でもしっかりした飲み応えが欲しいとなると・・・ギネスになった。最近、アイルランドも興味深く思っているし・・・ビートルズの事はよく知らないが ギネスを呑みながら ビートルズファンの正太郎さんにお話を聞いてみたかったな。

しかし、会話には流れがある。そして 正太郎さんは大変おしゃべりな人だった。くすくす。自分があまり喋らない方だから お喋りな方がバランスが取れる。

ギネスを飲みながら店内を見まわした。カウンターは直線、背後にボックス席は2組、バックバーの酒も数多く、左手にミニチュアボトル達が楽しげに寄り集っている。

カウンターには柔らかいフォーカスのスポットライトが光を注ぐ。

ホームページの仲間の話題などをつまみに酒はすすむ。

ギネスも次に注文したウイスキーも、掲示板で会話があったもの。

ウイスキーは「ハイランドパーク1977」 (シグナトリー・ヴィンテージ・モルト)

掲示板の話題は 蒸留所によっては今と昔と味が変った所があるという事。ハイランドパークを そのひとつとして話していた。

ライトの下で オールドなハイランドパークがショットグラスに注がれる。そのショットグラスの美しいこと。書き込みの印象と逆に 渋いしゃれたセンス。これはハードリカー好きの心を くすぐられます。しばらくは そのグラスと、注がれたハイランドパークに酔っていた。

時間とは貴重なものである と、感じる事はしばしばあるが むしろ何か生産的な事をしていない、こんな時に私は感じたりする。忙しく頑張るばかりがいい訳じゃないだろう。。。

生まれてから20数年のウイスキーが空いた。グラスブーケは長く、いつまでも手を振って見送ってくれた。

もう、魅力のウイスキーの世界である。

次に頼んだのは気になっていた同じオークニー島のスキャパ。これはつかみ所のない感じだった。オイリーとも違う舌に絡むロウのような感触。と思ったら 舌が麻痺していただけだった。スキャパは麦芽乾燥の工程でピートを炊かないためスコッチウイスキーの醍醐味のスモーキーフレーバーがない。代わりに かなりモルティーな酒になっている。その酒質が麻痺した味覚にそんな風に感じたのだった。それでも貴重な個性を受け止められる限り記憶に残した。

風味が充分に楽しめないのは普通なら残念な所だが 正太郎BARで飲めただけで今日は充分満足だった。・・・今日は、・・・時計が12時を回って日付が変る。

しかし、時間は 次のBar「7:30=セブン:サーティ」へつづき、マスターの正太郎さんと私は共に「お客」となったのだった。

つづく

1999.5.19


私、釣りってした事ないんです。

強いて言えば小学校低学年のとき、親に付いて漁師町に旅行に行った時のこと。

コンクリートの船着き場の桟橋で、釣り竿というより竹竿の先に糸が結んであるものを海面の方に突き出している人たちがいた。

行ってみると、糸と針付きの竹竿&エサを数百円で貸りてやる即席釣り堀りだった。(掘ってないか・・)

ちょっとやってみたくなり、親にせがんで通りかかったついで やらせてもらった。

初めての釣り体験。どんな風に魚がくっついてくるのか興味津々。時は刻々と流れる。

「あ、あの人釣った・・・」・・・しかし、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

釣れない。右のおじさんや左の同い年くらいの子は順調に釣り上げているのに、

同じ針、同じ餌を同じように付けているはずなのに、一匹もかすらない。

みんな30分ほどで適当に釣り上げて帰っていくのに、、、

納得できな〜い。

真剣になって 中腰でふんばって竹竿をぎゅうぎゅう握り締め、息を止めて魚が来るのを待った。

「フンン・・・・・・・・・・・・・・プハ〜、ハアハア・・・フン・・・・・・・・・・・・」

これじゃ釣りじゃない。

結局、通りかかったついででちょっとだけのはずが、2時間半も費やして収穫ゼロ。

こうして最初で最後(?)の釣り体験は終わったのでした。

かわいそうに思った隣の人が半分分けてくれたけど、それも悲しかったなあ。。。

きっと、

「捕まえて食べてやるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

というオーラが竿と糸を通して思い切り伝わってたんでしょうね。

 

1999.3.10


スコッチウイスキーには 日本酒と同じように地酒としての楽しみがある。

むしろ その楽しみの方が強いかもしれない。

地酒としての楽しみとは、個性を楽しむと言うことだ。

その意味ではスコッチウイスキーは じつに個性的なものが多い。

特にアイラ産ウイスキーはピート臭が豊富なことで有名だ。

アイラとはスコットランド西部に浮かぶ佐渡島くらいの大きさの島。

その土壌はヒース(こけもも)が長年堆積した尾瀬の湿原のようで、泥水ではない茶色い

水が流れている。

アイラ島で宿泊するとピートの茶色い風呂に入れるとか。

ピート臭はウイスキーの原料である麦芽を乾燥させる時使う燃料にピート=泥炭を使うた

めに着く。しかし、アイラ他一部の地域では、仕込み水自体がピートの層を通ってくるた

め強烈なにおいのウイスキーが出来るのだ。

個性的といえば アイラモルトはかなりのものである。

そして通はこれを好むと言うが 私としてはそれは ちょっとまった の心境。

個性と癖は違うよな。まして、「このうまさが分からなきゃ・・・」なんて、思えない。

しかし人間は、一通りうまいものを食べると次には道を踏み外して山の中へ分け入ってで

も「変った味」が 欲しくなるらしい。

櫓山人氏はタニシを生食いしてなくなったそうだ。

「変った味」はまた、人をやみつきにさせる。

臭くて、嗅いだら後悔すると分かっていても嗅いでみたくなる匂い。それとは違うかもし

れないが極臭の中には魂を呼び覚ますようなものがある。

そこまで言っては大袈裟か?アイラモルトにもそういった魔力があるようだが・・・

お酒はバラエティー豊かであってこそ。偏らずいろいろな楽しみ方を知りましょう。

そう言いつつ、私はクサヤもうなぎの肝も・・・うわーーーー

 

1999.3.6


BAR訪問記

 

Tony’s Bar

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シンガポールスリング

グレンファークラス

ポートエレン

ラフロイグ(樽出57度)

エドラダワー

グレンロセス

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初めて行くBarではどんな注文をしようかと迷うかもしれない。多少の緊張感もやむをえない。いや、後から考えるとこの日はかなり緊張していた。

 

私の理想のBar訪問は「散歩などしていて ふと、見つけた小さなバーにふらりと入る・・・」という所だ。

しかし今回は尋ねる理由があっての訪問だった。

いつも通信機器を通じて親しくしていただいているハンドル名・正太郎さんが8年前訪ねた店で、その世界では神様的存在のマスターが今もお元気かどうか近場にいる私に会ってきて欲しいというのだ。

私はその意味の何割かは 「君も 日本のBarの草分けであるその店に 一度は行ってみるといいよ」というメッセージだな、と受け止めつつこの日を待っていた。

先入観に捕らわれないよう、あまり多くの情報を仕入れないまま入るつもりだったが 住所をメモる為に見たBarガイドも下手な誉め方はせず ただ、2000というボトルの数や老舗であることだけがシンプルに書かれている。いやが応にも頑固で厳しいマスターのイメージが膨む。

 

酒を飲む前にはしっかり腹ごしらえしておくべきだ。昔、九段下に勤めていて蒲田に寮があったので新橋あたりは何度も通り過ぎた場所だった。

今日は駅周辺をぐるりと歩いてみた。少し懐かしく感じつつ、まだ知らないTony’s Barの看板を探した。

 

Tony’s Barは、ドアを開けるとすぐカウンター。そのカウンターが左に向かってどこまでも奥に続く。奥の方でゆるく左に曲がり、最後に右にきつくカーブして止まる。カウンターに沿ってバックバーが これも奥まで続く。バックバーにカウンターが食い込んだあたりの手前にマスターのアントニーさんらしき人がいる・・・間違えようがない。

奥さんが「奥の方へどうぞ」とマスターの丁度前へ案内してくれた。何と幸運な。。。

マスターは頑固なイメージと裏腹に にこやかに迎えてくれた。

私は初めて入る店では僅かでもお互いの違和感が薄れるまで少々の時間が必要だと思っている。最初に美味しいスコッチのオードブルとして何かアルコールの軽いカクテルを と、お任せでお願いし、少しの間 店を眺めることにした。

マスターは最初の酒に シンガポールスリングを選んでくれた。美味しい。体がカウンターと椅子ににすこしづつ馴染じんでゆく。

 

時間は20時5分前。50代くらいの先客がひとり、と思ったら待ち合わせていたらしく、もうひとり入ってきて親しく話し始めた。いきなりスコットランドの城の話しで盛り上がっている。

後から来た人が座るなり、

「やあ、元気そうだね、○○雑誌の今月号はスコットランドの特集だよ。最初がエジンバラ城、凄い所に建ってるねえ。」

マスターすかさず、

「そこは火山の噴火の後。。。」

もう1人の人、

「難攻不落の・・・」

と、こんな具合で話し始める。極めてウイスキーが好きな人が集まる場所であることが直に感じ取られて 嬉しい限りだ。

 

グラスの中身が半分になった。

顔を上げてお話を聞いていると、マスターが 「ここは始めてですか」と尋ねられた。

「初めてです。Bar自体にあもまり入ったことがありませんが、うちではウイスキーが好きでよく飲んでいます。」

と答えると、カクテルのロングとショートの説明をしてくれた。グラスの長いのがロングでカクテルグラスなどの短いのがショートだと。そして、早く飲んだ方が美味しいことも。

・・・初めて聞いたことのように受け止めた。

なるほど、ペースが足りなかったらしい。シンガポールスリングの最後の方が水っぽくなってしまった。でもマスターは終始 親切丁寧な雰囲気を持って接してくれる。

先客のおふたりは雑誌のウイスキーカタログの話題に移っている。

「グレンリベット、ラガヴーリン、ハイランドパーク、グレンドロナック・・・・・グレンロセス。グレンロセスは初めて聞いたな、、、知らないのが出てきちゃったよ・・・」

私も つい一週間前まで知らなかった・・・

 

さて、いよいよウイスキーを頂きましょう。しかしまだ自分のオーダーはしない。それは もっと落ち着いてから。何を頼むかわざと考えないで来たのだ。それに最初にのむのにふさわしく、香り高いお勧めのスコッチと言ったら 何が出てくるのか興味もあった。

広大な棚にボトルが隙間なくびっしりと並んでいる。見るとボトルの奥にまたボトル、またその奥に・・・これだけの酒があって品質を維持できるのは 何故だろうと不思議になってしまう。

その中からグレンファークラスが小さなショットグラスに注がれた。柔らかい口当たりだった。シェリー樽熟成により香りも華やか。

そして、カウンターの影からマイケルジャクソンの「モルト・スコッチ・ウイスキー」が出てくる。年季の入った本の地図のページを広げ、蒸留所の位置を示してくれた。その本を借りてしばらく眺める。全部英語であまり分からなかったが、知る限り単語を追った。アイラ島の地図も載っている。

うーん、ポートエレンが気になる。飲んでみたい。

「ポートエレンはどんなウイスキーですか」

まず、ポートエレンは蒸留所としてもう閉めてしまって今は麦芽工場になっていること、既に生産していないから手に入りにくい酒であること、今から出すのは度数が60度と高いものであることを説明してショットグラスを私の前に置いた。地図で見ると隣にラガヴーリン、ラフロイグ、アードベックと言う、そうそうたるメンバーが並んでいる。ポートエレンもそれらと同じ流れで強烈だった。

 

この辺でだいぶ馴染んできた。

私もマスターからウイスキーの話しを聞きながら自分のことも話し始める。お酒がすきなのはもちろんだが 自転車が趣味である事もしっかりアピール。

マスターのトニーさんは写真と比べて太っていた。「トニーおじさん」と言う感じだ。しかし若く、元気そうで とても80には見えない。まだ20年くらい店を続けられるんじゃないかと思えてしまう。もう目の前にいるのはイメージのトニーズバーの厳格なマスターではなく、トニーさんだった。もちろん本格Barの歴史を考えれば決して穏やかならぬ時をも過ごしてきたに違いないのだが そういった事は見せない暖かみある存在として居る。

 

次の選択はまたマスターに相談した。

そしてラフロイグを選ぶ。ただし樽出し(57度)なのがミソ。

アイラ&高度数2連発でいいのかと思ったが ゆっくり飲みましょうとのこと。何本も飲んだはずのラフロイグだがまた違った感じで思いのほかスムースだった。

最近はバランスの取れたウイスキーとは何を指して言うべきなのかと考えながら飲んでいたが、やっぱりこの手のものも 好きな私だった。

隣のお客さんにも声をかけ、話題の雑誌を見させていただいた。クレジットカード会員の雑誌でたまたまその月がスコッチ特集なのだった。

「旅はロマンですよ〜」

「そうですねえ。私は自転車が趣味なのでフランスでツールドフランスを見、スコットランドの蒸留所で試飲して来たいです」と、得意の話しを持ち出す。アイラ島の話しも少しした。

先客さまは「次はドイツだ」と言い、2人で今にも空港へ出かけそうな勢いで旅行のプランを練っている。マスターも行こうよ、と持ちかけるがマスターは

「いい所が他にあっても私はイギリスがいい」と、てこでも動きそうにない。さすが〜。パチパチ

 

アイラを満喫した次は 話しの流れでエドラダワーへ。世界最小の蒸留所。たった3人でやっているのだ。コミック「レモンハート」に載っていた。(ただしレモンハートの話しは していない。)

飲んでみよう。

私がどこで知ってトニーズバーに来たのかきっと聞かれると思っていた。またはその話しを出すチャンスが必ずあると信じていた。それがこの時やってきた。マスターから聞かれたのだ。

そう、何気なくやってきた訳ではないのだ。

「実は 富山で正太郎Barと言う店をやっている人が 8年前ここを尋ね、それを聞いてきたんです。マスターが今もお元気かどうか会ってきて欲しいと・・・」

「おー、それは嬉しいね。そういうのは嬉しいィ。。。」 ニコニコ。

正太郎さん、トニーさんは本当に喜んでおられましたよ。

エドラダワーはいやな刺激が全くないお酒だった。

 

そしてあの2人の先客さん達もお帰りになって、私にとってここに来てからずっと気になっていたウイスキーを頼むことにした。・・・グレンロセス

最初先客さんが名前を挙げてくれたのは まるで用意されたようなシチュエーション。

マスターにそれを注文する理由を告げた。

「グレンロセスは先週、妻からプレゼントされたんです。ボトルが入っている筒の色がココア色でバレンタインだとか言って・・・でもまだ開けてないんです。やっぱり いい時に開けたくて。」

マスターは

「そうね。お酒は開ける時を選ぶね。」

と言って、管理ノートを広げバーテンダーに番号を指示した。私と同い年くらいのバーテンダーは台を用意し、棚の一番上を物色し始めた。

その頃には他のお客さんも入っていて その人たちの間のカウンター上に棚の手前にあったボトルがどんどん並んで行く。

4本、6本。えー、もしもし。そんなに奥にあるんでぇ? ・・・ やっと出で来たグレンロセスがマスターのもとへ。

「これは今はもう手に入らない、普通は出しません」

マスターの元へ来たボトルから小さなショットグラスへ。

「話ししてて、ああ、好きなんだなと思ったから出すんです。トニーでこれが飲めるって事は言わないでください・・・」

この人からこんな言葉をもらえるとは。

「・・・・分かりました。内緒にしておきます。」

そう、約束で 頂いたものが いつのどんなグレンロセスなのかここに書く訳には行かなのだ。

 

小さなショットグラスは、私の前に差し出される。なんだか他のお客さんの視線を感じるぞ。

「良く、あれはまだ飲んでない、これもまだと、潰しで飲む人がいるけど、そういう人には出さない。無駄だと思うから。でも本当に楽しむ人には出す。これがサービスだと思う。」

と、マスターは付け加えた。

そのグレンロセスを一口。

考えてしまう。私がどんな良い事をしたというのだろう。

正太郎さんのお誘い、妻からのプレゼント、マスターのサービス。先客さんがグレンロセスと言わなければ、私は「いつか家で飲むさ」、と思っていたかもしれない。

その全部がなければこの酒には出会えなかった。

大袈裟と思われるかもしれないが、感動するものがあった。

 

その酒は凄かった。

私は旨すぎる酒に出会った時、「凄い」と「初めての体験」を使おうと決めている。

初めての体験だった。比較するものがないんだから、表現しようがない。もう一つあった。「目が覚める」を使うんだった。

目が覚めた。ショックで麻痺しかかっていた感覚も生き返り、酔いも覚め、冴えざえとしてしまった。

しばらくは 自分の世界に入っていた。

 

これで今日は終わりにしよう。最後にお礼を・・・

どんな言葉も安っぽい。ただ、本当に美味しかったです、とだけ言った。

「楽しんでもらえたようで・・・富山の方にもよろしくお伝えください。」

マスターは、新しいコースター三枚と名詞を差し出し、見送ってくれた。

「Tony’s Bar since1952  松下 安東仁」

 

私はあまりBARへ行ったことがない。13年間で両手で数えるほどだ。でもその時々なのも 返っていいのかもしれない。

 

1999.2.22


ダイオキシンのくぬぎ山はわたしが住んでいる所から4kmの所にある。

結構、至近距離です。しかも 子供を育てている。母乳だった。

ダイオキシン騒ぎが加熱しているようで、何か言わなきゃいけない気がしてきます。

どんな立場で 言うべきでしょうか。自分が直面している問題を訴えるのがいいのか、それが一番素直な事のようにも思うけど、個人的立場の主張に留まっては話にならない。

所沢産野菜のダイオキシン濃度を巡り、持ち上がった問題は様々な展開を見せた。JA所沢の姿勢、報道のありかた、行政のごみ処分場対策、農家の被害、誰もが守ものがあって必死だ。

 

くぬぎ山のごみ焼却施設の煙突からは煙が立ち昇り、農家のひとがもくもくと畑の手入れをしている。

うちの近所のスーパーには群馬産と書いた値札が並ぶ。その群馬産野菜を買う金を稼ぎに私は会社へ通う。

会社ではフロンガスを使った製品を製造している。その売上に何かの形で貢献しなければ会社員が務まらない。

ヒルクライム=自転車で峠を登るのは、遠く空の下に沈む街と次第に開ける視界が魅力なのだが・・・

いつも行っている顔振峠頂上からは街の空にかかる赤黒い不純物の層がはっきり見える。

たまに風が強く吹いた後や、雨上りには75km先の新宿の高層ビルまで見える事がある。

「ああ、今日は空気がきれいだな。」

でもあの赤黒い汚染物質は海へ移動したかどこかへしみ込んだだけ。その全部が他でもない自分の姿なんだ。

 

「もののけ姫」を見た。人間の村が製鉄をなりわいとしている設定がさすがである。その人間と森の神との戦い。

製鉄が現代文明のはじまりだという見方がある。鉄がなければ農耕において「効率化」を求めるのは至難だった。武器にもなる。農作物が余分に手に入れば貯蓄により、貧富の差が発生する。そして製鉄は原料となる砂鉄を溶かすため大量の燃料を必要とする。燃料は当然木材である。日本の湿潤な風土は森を育てる力がたくましく、禿山にするほうがむしろ困難と言われた。しかしそのため盛んになった製鉄業がついに山を丸坊頭にし、人をも文字通り金と権力の盲者にした。(by 街道をゆく/司馬遼太郎氏)

「となりのトトロ」のトトロの森は東京多摩地区から所沢に広がる狭山丘陵がモデルだ。

宮崎駿氏は所沢に住んでいるのだ。

「魔女の宅急便」のモデル・・・ではないと思うが近所のある手作りパン屋さんで見かけという複数の証言がある。いや、これは余談だが、あの人はこの騒ぎをどんな風に見るだろう。

そのパン屋にいってみるか。しかしどこへ行くにも鉄で出来た乗り物でってことになる。

自転車だって量が少なくて済むだけでやっぱり鉄その他を使っている。人間として生活する限りはどうしても環境破壊してしまうのか・・・

私としてはまず ごみを減らすこと考えましょう。


スコットランドを代表するウイスキーの産地、スペイサイド地区はバランスのとれた飲みやすいウイスキーを産出する。どれも飲みやすいので個性としてもうひとつプラスαが欲しくなる。このプラスαをどう現すかが 考えてみると簡単ではないのだ。

 

酒の香りの表現は難しい。まず 香りの種類が沢山あってそれに当てはめる言葉が非常に多様。穀物、樽香、ピート香、熟成香、ナッツ、蜂蜜・・・

どれも ウイスキーの性格を把握するのに重要な言葉達。

そしてウイスキーのブレンダーはひとつのブレンデットウイスキーから40種類もの原酒を嗅ぎ分けるという。 ひとつひとつの原酒さえ複雑な香味が混ざりあっているのに凄過ぎてどのくらい凄いのか分からない。私には決してまねのできない世界だ。そんな味の分からない者がおいしいウイスキーをと、時間とお金をかけて探しまわることにどんな価値があるのだろう。

しかしながら テイスター達が使っている代表的な言葉は評価のものさしであって、あまり 聞き慣れてしまうと味気ない印象さえ受ける。

 

少し脱線するが 香水の調合士はかなり若いうちから訓練を重ねる。香りの印象を自分独自の言葉でノートに書き連ね、記憶していく。そして言葉によって香りの記憶を蘇がえらせ 他の香りと区別し、感覚を磨く。言葉が匂いを嗅ぎ分ける鍵となっている。 そして幼い時に嗅いだ匂いの記憶が重要になるという。その時の体験とともに思い出せる言葉をノートに綴る。

香水の調合士にとってそのノートは命のように大切なもの。 誰にも造れない自分だけの香り。

 

万人に通用する表現は必要だけど、ウイスキーにあっても自分の表現を持っていてもいいような気がする。いや、持ちたいと思う。ウイスキーは造れないけど それが自分のプラスαであり、そのウイスキーが本当のお気に入りになると思う。

だからそういう酒に出会いたい気持ちもありながら簡単に見つかって欲しくないのだ。

ウイスキーの風味の数はラベルの数に遙かに勝る。これからどんな風に酒と出会っていくのだろう。

 

あるバーのマスターの言葉。

スコットランドへ行くといい。味が分かるようになるのではない。手をかけて、手をかけて造る職人とウイスキーとを見て、考え方がかわるのだ。

’99.1.18


会社と家では別々の時間が流れている。それぞれ生活の意味が違う。

金稼ぎと育児とは 夫婦共同作業で二人三脚のように見られているが、何か違っていると感じる。会社員は、しかるべき業務を立派に遂行することで会社(社会)に貢献し、家庭生活の収入を得る。それが働く者の存在価値であり社会に対しても家庭に対しても まずその役割を果たすべし。それが一人前の社会人 と言う訳だ。 会社の論理。

生活の大半を会社で過ごすなら、生きるすべは会社環境に学ぶ。 仕事場に自分の存在の根拠を置くことになる。するとちょうど社会の論理に当てはまり、ひとつの輪が完成する。

私には その輪の動きが頭のない生き物に見える。

’99.1.6


諸説あるウイスキー発祥の地のひとつ アイルランドの子供たちのクリスマスプレゼントは玄関の前にニンジンを置いておくと もらえるそうです。朝起きると枕元にプレゼントがあり、雪の上にはトナカイの足跡が。

アイルランドのお父さんはプレゼントを置くと同時にトナカイの足跡も付けるんでしょうか。

なんか、サンタクロースが実はお父さんと分かっても いいような気がします。

私は 一年前の今日 御聖誕した娘に初めてのプレゼントを買いました。

とりあえず 自転車でさんざん危ない走りをしているのに今まで生きていられたことに感謝のお祈りをして・・・ メリーク・リスマス

今日だけクリスチャン?

’9812.24


皆さん 自転車で走っている時、つい独り言が出てたりしませんか?

 

クルマは個室であるという。乗車中、人の性格を変えるともいう。

性格については人にもよろうが そこは確かにプライベートな空間となり得る。

個室であって さらに自分の意志で動かせるのだから気が大きくもなって、

「世の中、どいつもこいつも・・・」なんて述べ始めたりする。

 

クルマが個室であることは よく言われているが、さて 自転車でもこれと同じ事

が起こる。

自転車は回りが壁で囲まれている訳でもないし、顔も丸見え。何かしゃべればすぐ 周り

の人に聞こえそうなものだ。これほど無防備な乗り物はないのだが。。

問題はスピードにある。

歩きでは元のスピードが遅いから駅から家へ帰る時など、前後の人との距離がなか

なか開かない。そこで ぶつぶつと独り言など喋っていると危ない人になってしまうが、

ひとりの時に独り言を言うのは なにも変じゃない。

自転車では互いのスピード差によって周囲との接触が断たれる。

人とすれ違うのも ほんの短い時間だから自転車に乗っている時はひとりでいるの

と同じになる。基本的には1人で乗るものだし、並走もしない。

自転車の人が ぶつぶつと独り言をしていても周囲が不信に感じる前に通りすぎて

しまうし、ある程度のスピードで走っていれば話かけられる事もない。

風を切る音で耳が鈍ってもいる。

ついでに その風のせいで 少々顔が歪んでしまったとしても、不自然はない。(オイオイ)

一旦走り出してしまえば振り向いてバイバイとやるのも難しい。

歩きとも車とも異質の、ファジーなスピードがサイクリストを孤独の世界へ誘うのさ。 (-。-)y-~~ フー

ともかく自転車で走っている時 そこには日常とは違った空間が展開し、心理的になにか解放される気がするのだ。私が自転車が好きな訳のひとつである。

・・・変な奴?

’98.12.22


二級、一級、特級というのはひと昔前の酒の格付けである。格付けといっても、酒の美味しさをあらわしたのもではなく、酒税に関係するアルコール度数による分類なのだ。

そのころ少しばかりサケの本を読んで 少しばかり知っていた私は、特級だからとありがたがっている人を見ると心の中で「チッチッ、分かってないナ〜」とやっていた。また それを自慢されたりすると、もう「真実を言ったら怒るかもしれないし、皆の前で立場無くすのも かわいそうだから うなずいといてやるか」などと、自分の優位に浸る。

ボトルに貼ってある[ウイスキー特級]の不粋なラベルもはがしていた。

ビールにしても「私は***を飲んでいる」「いやあ***なんてだめだよ俺は###でなきゃだめだ」となどという会話を聞くと「全部 日本の大手メーカーの銘柄じゃん。それもいいけど世の中にはいろんなタイプのビールがあるんだから もっと話題が広がらないかな〜。」と また心の中でつぶやくのである。

銘柄にこだわるというのは人との差別化をしたい欲求の現れであろう。それとも自己実現のひとつの手軽な方法というべきか。

そして それを端から眺めいてる私も 同じように他人と違う方向に向いていることで やはり 自分はひと味違うんだぞ、と思いたいのかも知れない。

 

今は*級酒は貴重品となっている。

そういう格付けをしていた時代のものであることに意味があって、今売っている 〜〜12年よりも[ウイスキー特級]のラベルがついた〜〜12年の方が美味しいというのだ。理由については諸説あって、12年前と12年+十数年前ではウイスキーの製法に少々違いがあること。もうひとつはボトル詰めされたあと長い間保管しておくだけでも水の分子同士がこなれて まろやかになる。などといわれている。

いずれにしろ、[ウイスキー特級]ラベルをはがさなきゃよかった などと考える自分はやはりミーハーのひとりなのだろうか。

そんな風に考えていると、自分の全てが疑わしく思えてしまう。

けど、多分 人に認めさせたいと思うのも、ただ物事を追求したいと思うのも、両方が本当なんだ。

’98.12.20


家族サービスという言葉がある。

サービスとはなんだ。

週末を家族で過ごすのが ひとつの仕事のように聞こえる。今まで耳にした会話では しなくて済めばその方がいいというニュアンスも感じる。

家族に対して喜びをもって接する時には当てはまらない。

’98.12.16


 普通、食べ物や飲み物の風味がよい時の表現は「おいしい」 とか 「旨い」だ。ところが その範疇を超える存在がある。酒である。よく、「うまい酒」とは言うが・・・

 10年ほど前、いいお酒を一度だけでいいから飲んでみようと思い立った。

ならば半端はよくない と、思い切って当時4万円した あるウイスキーを買って友達と飲んだ。

2人の口から漏れた言葉は「すごい」。 「すごくおいしい」じゃなくて「すごい」だ。「おいしい」と言う言葉が思い浮かばない。味の表現なのに なぜ「すごい」になる! と2人して言う。

酔ってる場合じゃない。目がマジになって、もう一口。・・・言葉が無くなる。・・・30秒後、やっと出るのはやっぱり「すげ〜」。

ちっとも説明になってない。

こうして出会った ウイスキーと私。

今ではこんなページまで作っている。

(マジって言うのも古いなあ。その頃はやったんだけど。。。)

 

 今ネット上で探してみると、結構「すごい」がある。 きっと、ショックを受けるほどの旨さ という事だろう。初体験ならなおさらだ。

あまりの旨さに言葉を失う。それが最高のほめ言葉だって どっかに書いてあったなあ。

’98.12.12