
| 12月22日 |
フクロウ 私の探梟記 |
福本和夫 |
(財)法政大学出版局 |
読後満足度:B |
フクロウに関する読書のプライオリティーを (NO.130) から上げて読破した。著者のフクロウに対する
愛着はすさまじい。フクロウの出てくる古来からの本や詩文の記述の収集や、フクロウの描かれている図
版など、日本のものから外国のものまで・・・。この本の後半をしめる。さすがのフクロウ好きの者でも
その読破には、若干の辛抱を必要とする。
フクロウとミミズクの違いを耳羽の有無で分類していたが、厳密には違うらしい。フクロウでも「縞フ
クロウ」は耳羽を持ち、名称としてミミズクに分類されている「青葉ヅク」にはないという。もっとも、
耳羽は本当の耳でなく、本当の耳は眼の少し後にあって羽毛におおわれ、他の鳥よりも大きく聴覚も特別
に発達しているとのことである。
フクロウは常に木の上に止まっている鳥であるから「梟」と書き、ミミズクは、顔が兎に似た鳥で木の
上に居るので、「木兎」という漢字があてられていると紹介されている。ミミズクの顔が兎に似ているか
どうかは、個人差があろう。さらには、フクロウは猫の顔に似ているとの記述もあるが、一般的な説がど
うか知りえない。
東洋では、「智恵」を象徴する鳥と解釈されているが、ヨーロッパのキリスト文化圏では「凶鳥」とい
うイメージが強いなど、興味ある指摘が続く。
著者は、共産党員として14年間、釧路の監獄に収監されていた経験も持つ。本書の前に「唯物論者の
見たフクロウ」という著書もある。1894年、鳥取県に生まれ、1983年に死去されていると巻末にある。
著者の集めたフクロウに関するもろもろの継承が絶えないことを期待したい。(380)