No.001
新しいスタイル
〜アジアカップを通して日本代表がみせたもの〜
2000.11.05
text by RB(あーるびー)

 

 

4年に1度のアジアカップ。2000年という節目の大会で日本は見事優勝を果たした。今大会は開幕前から、2002年W杯を開催国として参加するために予選を免除された日本の、数少ない真剣勝負の場として注目を集めた。しかし、中田不在という大会前の不安はどこへやら、サウジアラビアとの開幕戦を皮切りに、レギュラーを温存したカタール戦の引き分けを挟んで、5勝1分と圧倒的な強さを見せつけた。

今大会の日本チームは、今までにない新しいスタイルを私達に見せてくれた。

まず、トップ下に起用された森島。彼は、今まで私達が描いていたトップ下というイメージを根底から覆す活躍を見せた。同じセレッソ大阪でコンビを組む西澤との、阿吽の呼吸で見せる前線への飛び出し。そして、相手ボールになった時の、後ろからのしつこいまでのチェイシング。彼の存在は、“捕まえたくても捕まえられない”選手として多いに相手チームを悩ませた。

また、今大会、新生日本の“心臓部”としての活躍を見せたのは、名波と明神に他ならない。

名波は、イタリアで1シーズン戦った成果を存分に見せてくれた。ベネチアへの移籍会見で彼が言った「自分に足りないもの」を彼は見つけてきたに違いなかった。攻守における自分の役割、時に見せる中村とのポジションチェンジ。そして何よりも、最後までボールに食らいついていく姿勢。これらが、ひとまわり大きく成長した精神と体躯によって、輝かしいばかりに表現された。今大会名波がみせた“成果”は、今もなお彼の中にあるであろう海外移籍への想いを現実にするために、大きな1歩となったことは間違いない。

そして、右のアウトサイド、決勝ではボランチも務めた明神。テレビ画面の隅で、彼が全力疾走して自陣に戻る姿を何度見たことか。右のアウトサイドでは、フラット3の弱点とも言われているサイドのスペースを埋め、そして時にサイドを駆け上がり、値千金のゴールまで決めてしまった。決勝のボランチのポジションでは、名波が前線に出ることによって生まれるスペースを、彼の正確無比なバランス感覚によってきちんと潰していた。その象徴が、決勝のサウジアラビア戦の後半。日本が攻め切れずに相手陣深くの左サイドで相手にボールを拾われ、あわやカウンターかと思われた時、名波が一番ボールに近い位置にいた。しかし、彼は自らそこでプレスをかけるべきか、一度自分のポジションに戻るべきかを悩んでいた。そこで、首を振って後ろを振り返ってみると、既に明神が左サイドに寄って、名波の本来の位置である左のボランチのポジションを埋めていた。それを確認した名波は自ら積極的にボールにプレッシャーをかけにいったのである。明神のこの“バランス感覚”にトルシエが全幅の信頼を寄せるのも頷ける。

このチームに中田が戻ってきた時、それは今大会とは全く別のチームになるであろう。しかし、「森島がみせたトップ下の形」「名波の成果」「明神のバランス感覚」は、今後の日本代表チームの大きな財産になることは疑いのないことである。

Copyright © 2001-2003 RB. All rights reserved.