No.012
ラグビーから学ぶべきもの
2001.01.17
text by RB(あーるびー)

 

 

久しぶりにラグビーの試合をテレビ観戦した。全国大学ラグビー選手権大会決勝法政大vs.関東学院大。試合内容や結果についてはここで触れることはしないが、常々、ラグビーを見て感じることがある。それは、レフェリー(主審)が常に選手と「対話」をしながらゲームをコントロールしているということに対する新鮮さである。

ラグビーでは、下されたジャッジに対して選手がレフェリーに詰め寄るということが全くと言っていい程ない。少なくとも私は見たことがない。これは、ラグビーという、スピードが求められるスポーツの性質上、ジャッジに対する抗議などをしている時間などないということもあるのだろうが、私は、前述の「対話」によるところが多分にあると思われる。

「ノックオン!」「8番オフサイド!」と、ファールがあればその都度、誰がどんな反則であったのかをきちんと選手達に知らせる。さらに、ラグビーのレフェリーは、反則の防止を促す声までもを発していることに驚かされる。「オフサイド気を付けて!」「まだだよ、まだ!」と。そして、ラグビーの主審は胸元にピンマイクを付けていることが通常であるため、これらの声は選手ばかりでなく、テレビを見ている側もその一言一言をすべて聞き取ることができ、納得させられる。選手、審判、そして観客までもが「信頼」という言葉で結びついている気がするのだ。

翻って、サッカーはどうだろうか。ラグビーとは対極に位置する程に、レフェリーへの抗議は日常的なものになってしまっている。暴言を吐くことは当たり前、時には手を出す選手まで現れてしまう始末である。サッカーでは、反則があった場合でも、どんな反則であったのかを選手に対して伝えることがほとんどない。ハンドなどの一部の反則に対しては、レフェリーがジェスチャーでそれと知らせることはあるが、それもはっきりとした言葉で選手に伝えることはまずない。まして、反則の防止を促すことなどは皆無である。サッカーの場合、選手と審判の間には、信頼どころか不信感、さらには敵意すら感じさせる試合が存在する。今年の元旦に行われた天皇杯決勝の試合後、清水の監督、選手から漏れた言葉がその象徴である。

どんなスポーツにも審判というものは存在する。ゲームを行う際には公平なジャッジは必要不可欠であり、それは常に第三者的な視点から行われるべきである。そして、自らが下した裁定に対しては、どんな状況でも万人が納得できるような説明を行うことができなければならない。

ラグビーとサッカー。一概に比較することは難しいことであるが、他競技から学ぶべきことは少なくないはずだ。

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