No.013
負の符号を付けないために
2001.01.31
text by RB(あーるびー)

 

 

野球において、「相手ピッチャーに打たれたチームは勝てない。」とは、よく言われることであるが、これをサッカーに置き換えた場合、「PKを外したチームは勝てない。」とでも言えばいいのだろうか。

昨年行われたヨーロッパ選手権(EURO2000)。優勝候補No.1としてこの大会に臨んだオランダは、準決勝の対イタリア戦で2本のPKを外した。しかし、それでもなお、オランダの圧倒的な攻撃力と極端に守備的な布陣をひくイタリアのために、表面的には流れはオランダが握っているように見えた。そして、カテナチオを信じる一部のイタリアファンを除く多くの人々は、このまま行けばいつかはオランダが点を取り、決勝に進出するであろうと思っていたに違いない。果たして結果は、PK合戦にまで持ち込んだイタリアが決勝に進んだ。イタリアの思惑通りに事が進んだのだった。

どんなスポーツにおいても「流れ」というものは必ず存在する。そして、私たちの耳にも頻繁に飛び込んでくる言葉でもある。この「流れ」という、具体的な言葉では何とも表現し難いものは、何がきっかけで変わってしまうか分からない。一本のパスミスだったり、一瞬の集中力の欠如だったり、そんな些細とも思えるようなことで、先程まで自らの手元にがっちりと抱え込み、そして、それを手放してしまうことなど考えもしなかったにも関わらず、スルリと手元をすり抜け、相手の元へと逃げていってしまう。そして、一度失った「流れ」というのは、なかなか取り戻すことは難しい。

サッカーにおいて、相手選手のファールによって得たPKを外してしまうこと。それは、取れるはずの1点を失ったことはもちろんであるが、それよりも、相手チームに「流れ」が傾いてしまうというところにその怖さがある。あの試合、一見するとオランダに大きく傾いていると思われていたそれは、完全にイタリアの手の中にあったのだ。今考えると、前半に得たPKをF.デブールが外した時点で、イタリアの決勝進出は決まっていたのかもしれない。なぜなら、あのPK失敗でオランダは、勝負において重要な「流れ」を相手に渡してしまったばかりか、ホスト国にのみ与えられるアドバンテージに、自ら“−”の符号を付けてしまったわけであるから。

2002年には、EURO2000でのオランダと同様、開催国として大舞台を迎える日本。ホームという強い追い風を最大限に生かして、試合の「流れ」を握ることができるのか。それとも、上述のオランダのように、一つの小さなミス(PK失敗は決して小さなミスとは言い難いが)から、地の利というアドバンテージを負の方向へ働かせてしまうのか。その鍵は、選手たちのメンタリティの強さにある。

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