No.030
ペースメーカーとガードランナー、そして高橋尚子
2001.10.13
text by RB(あーるびー)

 

 

先日行われたベルリンマラソン。シドニーオリンピック同様、期待されている中で期待以上の結果を出すという、何とも日本人らしくない、これまでの日本人像を覆すような強烈な存在感を見せつけた高橋尚子。2時間19分46秒という、米国メディアでドーピング疑惑が持ち上がってしまう程の驚異的な世界最高記録(数日後にこの記録は破られてしまったが)の影にあったものとは。

両手をいっぱいに広げての彼女のゴールシーンには、多くの人が感動を覚えたに違いない。もちろん私もその中の一人であった訳だが、あのゴールシーンよりも私の心の中に残ったものは、ペースメーカー、ガードランナーと呼ばれる人達の走る姿だった。

以前から、マラソン中継を見ている中で、ペースメーカーと呼ばれる存在は何度か耳にしたことはあったのだが、素人の目では実際に誰がペースメーカーを務めているのかというのは、なかなか判りにくかった。言うなれば、裏方的な存在だった。ところが、今回のベルリンマラソンでは、高橋尚子という選手個人に4〜5名の専属のランナーが付いて走っているのだなということが端から見てもはっきりと判り、その姿は、高橋選手よりも多くの時間、テレビ画面を通してこの日本にまで届けられていた程である。その姿に私の目が惹きつけられたのはごく当然の成り行きだったのかもしれない。

私が彼らの走る姿に魅せられたのは、ただ単に、ペースの維持や一般ランナーからの走行妨害に気を配るだけではなく、心の底から『高橋選手に世界最高記録を作って欲しい』と思っているのだなということがひしひしと伝わってきたからであろう。25km、35kmと距離を重ねる度に、自らの役割を果たし終え、高橋選手から離れていくペースメーカー、ガードランナー達。その離れ際、彼女に向かって大声で何らかの言葉を投げ掛けていく。テレビ画面ではその言葉は聞き取ることができなかったし、例え聞き取れたとしても、ドイツ語を理解しない私には何を言ったのかは窺い知ることはできなかったかもしれないが、激励の言葉だったことは間違いない。その姿に、彼らの気持ちが集約されていた。

そして、忘れてはならないのは、高橋選手に給水ボトルを渡し続けた給水係りの男性。彼女のレースに対する集中力を全く削ぐことなく、いつボトルを渡したのかというくらいに滞りなく彼女の背中を後押ししていた。

彼女を囲んで走っていたもの。そして、彼女の受け取った給水ボトルの中身。それは、ドイツ人男性という姿をした“優しさ”に尽きるのではなかっただろうか。

考えてみて欲しいのだが、他人のために35km(最後のペースメーカーが走った距離)もの距離を走ることができますか?そして、太陽の下で輝くヒロインの傍らで、いったいどれだけの人がその存在に気が付いてくれるのかすら分からないのに、その日のために日々、継続したトレーニングに励むことができますか?日本のメディアの取材に対して、ガードランナーを務めたあるドイツ人男性は、「高橋選手のガードランナーとして決まった時は、大変光栄に思った。」と語っていた。おそらく彼らにしてみれば、高橋選手のために走ったのではなく、自分自身のために走ったのだという気持ちの方が強いのかもしれない。

その雄姿は、もう裏方と呼ぶには相応しくない。高橋尚子がヒロインだとすれば、彼らは、ヒロインを優しく包み込む立派なヒーロー役として私の目には映った。

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