ピルグリム・ファーザーズ(1620)


 ピルグリムと呼ばれる英国の清教徒の一行は、オランダのライデン市に11年間滞在した後、1620年にメイフラワー号で出航し、今日のボストンの近くに到着した。続いて、ライデン教会を指導したユグノー教徒がプリマスに着いた。さらに、1624年にユグノー教徒の55家族が大西洋を渡って現在のマンハッタンに着いた。
 なお、フランスのカルヴァン主義者やユグノー教徒、また英国の清教徒たちが、北米に出航する前に礼拝を行っていた「聖母マリア教会」の壁は、今もライデン市の「古い市場」にあるという。

 1620年にこの地に降り立った清教徒たちがどうなったか・・・。最初の冬は、それは悲惨だったらしい。入植者の半分ぐらいが死亡したといわれている。
 というのも、イギリスから持ってきた穀物の種子が、この地の気候に合わなかったため、冬を越すのに十分な収穫を得ることができなかった。そして、ニューイングランドの厳しすぎる気候のためだったという。

 翌年、この清教徒たちは意外な出会いをする。それは、地元のアメリカインディアンとの出会いであった。インディアンは、穀物の種子を清教徒たちに渡し、清教徒たちはその種子を育てた。その年の秋には穀物を大量に収穫でき、無事に冬を越すことができたのである

 この穀物を大量に収穫できた秋に、インディアンを招いて七面鳥を料理して祭りが行なわれた。これが、アメリカの感謝祭(Thanksgiving Day、11月下旬)の起源となったといわれる。
 また、このインディアンの酋長の名前が「マサソイト」で、これがマサチューセッツ州の名前の起源になったといわれる。

 このインディアンと清教徒の一番最初の感謝祭から40年間は、友好的な状態が続いた。その後、西への開拓の時代が幕開けし、アメリカインディアン不遇の時代が始まるのである。