Solitaire's Company/essays/tabaco/
今日、ちと気にかかる情景にいきあたった。往来で、タバコを吸いながら歩いていたスーツ姿の男が、歩道の真ん中で急に立ち止まり、ふいにかがみ込んだのである。何かと思って見ると、手に持ったタバコを、歩道のマンホールの穴に丁寧に落とし、それからまた歩き出したのだった。
それを見ていて思い出したのは、予備校時代の教師の話で、「祓いの思想」というやつだった。人間、目の届かないところにいくと、それは「無害」で「責任の範疇外」と考えるらしい(その教師の話によれば、それは日本人に特に強く見られる傾向なのだそうだ)。
タバコをマンホールに落としたからといって、タバコの火が消えるわけではない。下にガスが通っている可能性だってないわけではない(の、だろう、多分)。猛毒であるニコチンがマンホールのフタの穴を通すことで浄化され、無害となるはずもない(と、思う)。
それでも、きっとあのスーツ姿の男の中では、ポイ捨てにするよりは、ずっと良心の呵責が少なかったのだろう。彼にとって重要だったのは「良心の仮借をやわらげる」ことであって、「良心に従う」ことではなかったわけだ。
人生、呵責が減ったから、それでいいってもんでもないらしい。
('98 5/8)
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もがみたかふみ
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