Solitaire's Company/essays/the final word/

the final word
最後のひとこと
といっても、遺言じゃなくてね


 物事には、順序というものがある。
 芸術作品がそうなのだ。しかるべき手順を踏んで鑑賞しなければ、ふさわしい感動を得ることはできない。作品を誰かに紹介する時、その感動を伝えようとして必死になるあまり、この『手順』見失ってしまうことがある。
 たとえば、映画の1シーン、そう、『ポセイドン・アドベンチャー』の救出シーンだけを見たとして、いったいどんな感動が得られよう? 長く、重苦しい閉塞感を味わった後だからこそ、あのシーンの開放感がある。
 スポーツだってそうだ。マラソンの途中経過をまったく放映せず、ゴールのシーンのみを見ても、何とも思わない。途中の展開あればこそ、面白くなってくる。
 小説がそうだ。ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』の最後のあのセリフだけを書評に引用したところで、その感動は決して伝わらないのだ。それどころか、不幸にもそのセリフだけを読まされた誰かは、妙な先入観を持ってしまい、新鮮な驚きを持ってそのラストシーンを楽しむことができなくなってしまう。読みすすめるうち、いったいどのような形でそのセリフが登場するのか、どれほどの驚きを与えてくれるのか、思い巡らすようになる。そしてそのセリフにはすっかり手垢がついてしまい、結局そのラストシーンまでたどり着いた時には、愛情のないスープみたいに感動が薄れてしまっていたのだちくしょうめ!
 どこかの高校の図書委員が書いたらしいあの書評が、僕から『アルジャーノンに花束を』の感動を奪ったことを、決して忘れまい。

('98 5/12)


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もがみたかふみ
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