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in case of my death
死亡の際は
ちょっとブラックなネタだが、男もすなる(?)遺言をしてみむとてすなり。
ただまあマジになって財産の配分方法などを
ここに書いても仕方ない(だいいち、大した財産などない)ので、
僕の死後にちょっと気に留めてもらいたいことなど。
なに、難しいことなどありゃしない。
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『亡くなった』禁止
- 人は死に際して厳粛な気持ちになるものらしい。不幸なことに、僕はそれほどあらたまった気持ちにならないタイプだ。冷めているとはこういうのを言うのかもしれない。そこで思うのだが、自分が死んだ時に、友人が「新保くんが亡くなった」なんて言葉使いをしたら、ちょっとヤな感じである。そんな厳粛かつ他人行儀な発言はぜひ心の中にそっと秘めておいていただきたいものだ。
3代目金歯師匠にこんなネタがある。「『死んだ』という表現もいろいろございます。偉い方は『おかくれになる』。(中略)噺家は『くたばった』……一番よくない(笑)」
僕は噺家ではないが、ぜひ友人には親愛の情をこめて『新保が、くたばった』と言っていただきたい。本人の希望なんだから遠慮するこたァない。もし誰か「不謹慎な」とがめる奴がいたら「これは故人の希望ですから」と大真面目に反論してやればよい。不謹慎なのはこんな遺言を準備している僕であって、実行するのは敬意と友愛あふれる行為である。
ちなみに、「くたばれ新保!」と叫ぶのは敬意にも友愛にもあふれていないし、僕の希望でもない。止めはしないが、個人の責任の範囲内で叫ぶように。
- 葬式は和やかなムードで
- 人が泣いてんのを見るほど気まずいこともあるまい。ましてやそれが自分のせいならなおさらである。
そういう単純な理由で、葬式は和やかにやって頂ければありがたい。泣いたって悔やんだって、死んじまったものは仕方ない。悲しい時こそ笑顔が大事である。それにブラックなジョークを飛ばせるのはこんな時しかない。ジョークを言える絶好の機会を逃すなんて、いっぱしの芸人とは言えない。僕も素晴らしいジョークを期待してそこらをウロウロしている予定だ。口さえきけるのなら、起き上がってジョークを飛ばしたいところだが、それもかえって迷惑だろう。
ただまあ、自分の悲しい気持ちに浸りたいという人もいるかと思うので、そういう人の邪魔にならないように、気を付けて。泣いたって仕様が無いんだがねぇ。
- お正月早々……
- お正月のニュースで何が目を引くといって、悲劇的な死よりほかにあるまい。お正月のおめでたいニュースにはさまって、「モチをのどにつまらせて」だの「必死の捜索の結果遺体が発見されて」だのとこれほど目立つものはない。このニュースが放映された瞬間だけは世界中の人が一丸となって、「お正月早々、大変ねぇ」と叫んでいるはずである。まあ世界中は大袈裟にしても、これはすごいエネルギーである。日本人の3パーセントが「お正月早々…」と言ったとすると、およそ400万人近くが言ったことになる。一人の人間が400万回「お正月早々…」ということができるだろうか? 一生かけても400万回は言えないだろう。すごい。
そこで書いておくのだが、もし私が正月に死んだら、みんな判で押したように「お正月早々大変ですねぇ」と言っていただきたい。正月というのは3日しかないので、確率としては1パーセント弱と微々たるものだ。だがそれだけに、もし実現したら、ちょっとうれしい。
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もがみたかふみ
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