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one day, at a station
ある日、駅で
駅や電車で起きるさまざまなこと。


電車で会う人
 小説やマンガの中では、電車だのバスだのの決まった位置に立つ異性に恋する、というシチュエーションがひとつのパターンになっている。僕は高校の時は自転車通学だったので、そういうシチュエーションには、とんと縁がなかった。いや、恋愛自体に縁がなかったとといえばそうかもしれないが……。自転車にシチュエーションを置き換えてみると、いつも同じ時間に同じコースを通る、ということになるのだろうが、それではちと恋に落ちにくい。なにぶん、自転車を運転している最中でよそ見ができないし、それに同じ方向に走っていると相手の顔が見えない。背中を見て一目ぼれというのもなくはないだろうが、なかなか難しいことは確かだ。
 首都圏で暮らすようになって、電車通学になった。ところが大学生というやつは時間が不規則なので、あまり同じ電車に乗り合わせるということがない。ラッシュを過ぎていることが多いので、人もまばらである。それでも、たまに「あ、この人前にも見た」という人を見かけるようになった。でもまあ、恋愛に発展するような美人でもないし
(失礼)僕だって、全然美男子ではない。なかなか成立の条件は厳しい。
 よく考えてみると、地方小都市の方がそういうシチュエーションには向いているのかもしれない。首都圏のように電車の本数があまり多いと、2、3分の違いで電車が違ってしまうから、毎日同じ電車に乗るのが難しくなる。人も多いので不確定要素も増え、同じ場所に立つ可能性も減る。だから、やや地方に寄っている方が車内恋愛には向いているのかもしれない。
マナー?
 電車のマナーというのもなかなか難しい。まだはっきりした基準というものがないからだ。一応鉄道会社が引いたラインというものはマナー広告を見れば分かるが、それも時にはアヤシイという気もする。
 最近では携帯電話の使用について非常にうるさく言われるようになった。メーカーも同調しているようなので、まあ、文句のつけようがないわけだが、それにしても全面禁止の雰囲気がどうも気詰まりだ。もう少し基準をゆるめてもいいのではないかという気がする。小さな声で話すとか、急ぎでなければかけ直すとか、そういった程度で済む話ではないだろうか。「車内で何が迷惑か」というアンケートで1位は携帯電話だったというポスターを見かけたが、あれだけ「携帯電話は迷惑です」という広告を見せられれば、誰だって気になるに決まっている。
 海外のジョークには、混雑した車内でガムをくちゃくちゃ噛むのを嫌ったものがある。気にしはじめると携帯電話より遥かにうっとおしく、生理的嫌悪をもよおす。だが「ガムは車外で」とか「迷惑になっていますあなたのガム」とかいう広告は見たことがないし、あれが嫌でねぇ、という話も聞いたことがない。日本では遭遇する頻度が少ないせいだろうか? しかしやはり、広告の効果による違いも大きいような気がするのだが。
 鉄道会社と携帯電話の会社が散々「携帯電話は迷惑です!」と騒ぎたて、それを見た乗客が、「なるほど、確かに迷惑だなぁ」と気にし始める……これはどこかおかしくはないだろうか? 僕は衆愚政治とかいう言葉を思い出すのだが。
席を譲る
 「欧米では子供は立たせるもの、日本では子供に譲るもの」という話を、どこかで読んだことがある。欧米は知らないが、日本ではたしかにそうかもしれない。座りたいと駄々をこねる子供に、それをたしなめる母親。見かねた若い女性などが「どうぞ」と席を立つ。母親は「すみません。ほら、お礼を言いなさい」なんてのは、どこかで見たような、ステロタイプの風景だ。
 年寄りや体の不自由な人には席を譲るというのも推奨されている。まだ若いつもりの自分としては、年寄りに席を譲ろうというつもりはあるのだが、気恥ずかしいこともあり、疲れていることもあってなかなか実現しない。タイミングも難しい。譲られて怒る人もいるというからなかなか大変だ。
 しかし、誰かが実際に譲っているシーンを見かけるとたいへんに幸せな気分になり、まことに一日良い気分になる。大井町線という電車に座っていた時、僕の斜め向かいの席に14、5歳くらいかと思われる私服の女の子が座って、ノートに書き物をしていた。そこに、とある駅で、おばあさんがゆっくりと乗り込んできたのである。ここからが面白いのだが、おばあさんに気づくや否や、その女の子は大慌てでノートやペンを鞄にしまい始めた。はたから見ていて滑稽なほどの
(ごめんなさい)勢いで、そこには、少女の人の良さがよく現れていた。おばあさんの方もさすがにそれに気づいたと見えて、すぐ降りますから、と遠慮する。少女はなおも譲ろうとするが、結局おばあさんに説得されて、座ったままとなった。折よく僕が降りる駅だったので僕が席を立ち、おばあさんはすんなり僕がいた席におさまった。
 個人的には相手が目の前に来た時に黙って席を立つのが、遠慮もされないし、一番スマートなのかもしれない、と思っている。そこには無言の交流がある、と信じたい。


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もがみたかふみ
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