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Necessity of Studies
勉強の必要性
無邪気な質問


  先日、塾の中2の男の子が、「数学や社会や理科なんて、将来いったい何の役に立つんですか」と言い始めた。こいつがたいそう利発なガキで、まあ人生経験の浅さから生意気ではあるものの、小理屈をこねるとなかなかのものだ(成績がそれに伴えばいいのだが)
 こちらはウンとうなったきり言葉もない。はたしてそれらが人生において何の役に立つというのか。明確な答えもなしに「勉強しろ」と言うわけにはいかない。さりとて「高校を受験するから」と押し切るのは、個人的にも合点がゆかぬ。
 数学はなんとか「論理思考」というところで落ち着いた。問題は社会と理科である。なんか役に立つだろうか?

 一番ひっかかるのは、「理科も社会もろくすっぽ知らない」という僕の友人たちが、立派に人生やっているという事実である。そういう人たちを無視して「大変役に立つ」というテーゼを立てるのは、友人を裏切ることになる。実際、彼らと自分に、それほど大差あるとは思われぬ。人間にはもっと大切なことが山ほどある。
 しかしながら、僕は人類の発展の歴史に信頼を置いている。現在、義務教育で理科と社会を課すからには、それなりの必然があってのことと信じるのだ。何か役に立つはずである。
 それは何か、物事を深く理解するということに根ざしているような気がする。「一見して理解できないものにもきちんとした理屈が存在し、不合理なものなど世の中にはない」というテーゼ。「知らなければ、一生気に留めることもない何か」を知り、理解するということ。これは人間の理解にもつながっていくのではないだろうか。

 ウンウンうなって考えていたら、生徒が「そんなに悩まなくっても」と助け舟をだした。「他の先生はそんな真面目に答えたりしなかったよ」……こっちが必死で考えているというのに、こいつは……。

('99 9/30)


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