Solitaire's Company/essays/Uniform/
過日、友人二人と語る機会があった。その時に、高校の制服の意味が話題にのぼった。はたして制服は如何?
僕がありがちな「制服の制限するところの個性云々」の一般論を始めんとするに、某氏いわく
「義務教育の中学校と違い、高校は嫌なら行かねばよい。学校というところは集団生活を教える場であるから、制服を着用とすることに何ら問題はなし。そも、服装ごときをもって個性云々とすることの浅はかさよ。個性とは服装のごとき浅薄なものにとどまらず」と。
至極もっともな意見というべきか。しかし、後に再考するに、若干の疑念を生ず。
そも、個性とは何ぞや?
思えらく、個性とは「独りであること」なるか。「小人閑居して群れを成す」の言あり。孤高の精神が個性に不可欠かと思う。つまり、個性は独善に似ると言うべきか。
次に、集団生活とは何ぞや?
思えらく、「異なる人間(じんかん)に上手の交際を保つ術」なるか。独善にも似た多様万別の人の中にあって、礼を保ち、信を保つ術をもって集団生活と称す。
もし、そうだとすれば、制服の用無しと言うもまた可なり。服装の異なる諸々の人に、礼を保って交わりをなすことこそ集団生活の髄と言うべきか。服を同じくする人に礼を尽くすことは易し。奇矯珍妙なる服装の人に礼を尽くすは難し。
さて、諸氏におかれましては、如何。この論、是なるや、非なるや。しかし、また別の友人に、この話をしたところ、またももっともなる意見をもらった。いわく「集団生活の定義に難あり。即ち集団生活に二種あり。一つは個々の人間(じんかん)に上手の交際を保つ術なり。一つは、広く法を守り規範を遵守する心なり。制服はその後者をもって尊ぶ」と。これまた、至極もっともな意見と言うべきか。
(急に普通の文体に戻る)感情的には、僕も「制服無用論」には今一つ共感を覚えない。
自分が制服で育ったせいかもしれぬ。人間には、自分の通過してきた環境を正当化する傾向がある(男子校・女子校・共学の関係も同様で、おおむね自分の出身校を支持する傾向にあるようだ)。だから僕も、個人的には制服、決して嫌いでない。第一、おしゃれじゃない僕にとっては楽だ。でも、だからこそおしゃれなセンスが身につかないのか。
おしゃれな子供を育てるために、制服廃止するか。イマドキなら、そういう根拠の方が親の支持が得られるのかもしれぬ。
('99 10.27)
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もがみたかふみ
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