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来年2000年で20世紀も終わりである。「20世紀を振り返る」という企画をあちこちで見かけるようになった。
しかしながら現代史は苦手だし。あまのじゃくな僕としては、何かもうちょっと違うネタはないかと考えていた。
ふと気付いたのだが、来年は特別だ。20世紀だけでなく、2千年紀の終わりである。そこで、今世紀ならぬ、今千年紀を振りかえってみようかと思う。西暦1001年から、2000年まで。歴史は苦手だが、嫌いではない。教科書と首っ引きならなんとかなるだろう……。(註:これがアップされるよりも早く、すでに“ミレニアム”が流行語となっていた。たいへん凡庸なテーマを選んだことを恥じる)
日本史は歴史の中でも特に苦手だ。高校に入って一度もさわっていない。資料を紐解いてみると、平安中期の藤原道長が966〜1027で、ちょうど1千年紀の切れ目だ。その子頼道は992〜1074で、8歳くらい(おそらく数え年で10)の時に1000年を迎えている。もちろん当時の日本では西暦なんぞ知るはずもないから、何か特別なことがあったはずはない。清少納言や紫式部あたりもおよそこの時期。国文学の初期である。
あとは端折るが、鎌倉時代となって武士が強くなり、室町時代、安土桃山、江戸と続いて明治になっていく。この間、中国以外との交流はあまりない。
これ以前の西暦元年〜1000年というのは日本の黎明期だった。『魏志倭人伝』の記述がおよそ2世紀あたり、いわゆるヤマタイ王国の記述だ。それから大和王朝を経て奈良・平安に至る。日本の原初がその千年紀だとすれば、この千年紀は、日本という国が、日本らしく成長してきた時期だと言っていいかと思う。
ヨーロッパの西暦1000年はどんな時代だったかと言うと、ゲルマン民族の大移動が落ち着き、現在のイギリス・フランスなど主要な国がほぼ確立した頃にあたるらしい。それから、ルネッサンス、大航海時代、絶対主義、市民革命、帝国主義……と続いていく。ヨーロッパがどんどんパワーをつけ、世界に広がって行く様子が目に見えるようだ。
中国の西暦1000年は唐が滅んでしまって北宋、なんともパッとしない時期だ。この後の中国は、モンゴルの襲来を受けたり、ヨーロッパに侵攻されたり、日本に占領されたりとろくなことがない。ちょっとかわいそうな千年紀だ。
(イスラム世界あたりの1000年は、ブワイフ朝だとか、カラ=ハン朝だとかマイナーどころが並んでいて、地図とくびっぴきでないと分かりにくい。アフリカもまだ小さい国が山ほどあったらしい。この辺りの地域はよく分からないなぁ。)
世界全体の傾向からすると、少しずつ世界規模の視野というものが養われてきた千年紀ではなかろうか。以前は自分の国のことでせいいっぱいだった。それが通信や交通の整備によって、どんどん世界的な考えが広まってきている。今日では、誰もが地球の行く末を心配しているかのようだ。石油を使えば資源の枯渇が頭に浮かぶ。戦争といえば、地球破滅のシナリオかとなる。割り箸を捨てるのにさえ、地球に気を使う。こんな時代は今までに無かった。良いことか悪いことかはえ知らず、まさにグローバルな意識が我々を支配している。
1000年前の人間がいくら想像をめぐらしてみても、今日のような世界を想像することはできなかっただろう。次の千年紀がどうなるか、誰が想像しえようか。 西暦3000年は、今の我々には創造もつかないような時代に違いない。宇宙か、それとも? 人類は何をなし得ているだろうか。
西暦3000年の人間が「この千年紀を振りかえって」というタイトルでエッセイを書くなら、そこには何が載っているのだろうか?(1999.12.13)
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