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ready-fight!
真剣勝負のマナー
たかがゲーム、されどマナー。


 最近のゲームセンターには対戦台というものがある。
 2つのゲーム台をケーブルでつなぎ、行きずりの2人が試合できるようになっている。勝った方はコンピュータ相手にゲームを続けられるが、負けた方はそこでゲームオーバーだ。負けた方は何度でも再挑戦することができる。要するにゲームの勝ち抜き戦である。
 かつては、2人プレイと言えば「交代にゲームする」ことを意味した。差し向かいのテーブルに座り、天地逆さまの画面を見ながら相手が終わるのを待つ、インベーダーゲームなどはその典型だ。別に一人でやるのとそれほど違いがあるわけではない。その次には「2人同時プレイ」になった。同じ画面にそれぞれの担当キャラクターが登場し、主に協力しながらゲームを進めるわけである。これは大きな発明だった。プレイヤー同士の相性、コンビネーションがものを言う。「アイテムよこせ」「邪魔だ」など、ケンカの種にもなるくらい、ゲームが熱くなったものである。

 対戦台も、2人同時プレイと同じくらい大きな発明だった。しかしそれは、まずゲームセンターにとって大きな発明だった。どちらが勝っても結局ゲームセンターが儲かるシステムだ。再挑戦するたんびにゲーセンに金が落ちるわけだから、これほど素晴らしいことはない。
 プレイヤーにとっても大きな発明だったことは間違いが無い。見知らぬ他人と、街角で腕を競うその興奮。しかし、それは諸刃の刃でもある。ケンカの種ともなりうるのだ。
はからずも、その火付け役となったゲームは「ストリート・ファイター2」。当初は(稀に今でも)現実のストリート・ファイトの発端となってしまうことさえあった。
 こうした対戦台の普及に伴って、以前のゲーセンには無い新しい単語が登場した。「ゲーセンのマナー」という単語である。昔のゲーセンのマナーといったら、せいぜい「連コイン(一つのゲームを連続してプレイし、占領すること)しない」とか「プレイ中の人の横を通る時は注意」という程度だった。今では素人には理解できないルールが多々ある。「待ちプレイ(防御主体の闘い方。卑劣とされる)しない」とか「ハメ技(システム上、回避できないような攻撃方法)禁止」などである。以前はゲーセンは個人主義者の集まりだったように思う。マナーどころか、プレイヤー同士の接触自体ごくゆるやかだったのだ。しかし対戦台では個人のぶつかり合いが激しい。しかも2人同時プレイとは違い、まったく知らない相手である。そのためにマナーが重視されるようになってきている(これについてはなんかヘンな気もするのだが、詳しく語るとつまらなくなりそうなので書かない)

 さて、最近になって、気付いたことがある。格闘ゲームの遊び方が、僕はどうも人とは違うのだ。僕は格闘ゲームを上達する過程を楽しむのが好きである。攻略雑誌などはあまり読まない。「勝つこと」が目的ではなく、「勝ち方を自分で考える」のが目的である。キャラクターが持つ特徴を研究し、こんな間合いではこの技がいい、この場合にはこう対処する、というのを一つ一つ身につけて行くのを楽しんでいる。
 しかしそうやって楽しんでいる僕の前に、突如、挑戦者が登場する。相手は勝つことだけが目的だ。あらゆる攻略本を読んですべての技を見につけ、それをバシバシ使ってくる。当然こちらは負ける。個人的にはあまり感心しない。こちらが素人同然だというのは、僕のプレイを一目見れば明らかなハズだ。始めから勝敗は分かっている。そこに挑戦してくる意図がどうもつかめない。それで楽しいのだろうか。
 まあ対戦台では乱入するのは権利だから、とがめることはできない。強者が正義である。乱入されたくなかったら、対戦台でゲームしちゃいけないのだ。けどなぁ。

(2000.1.29)

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