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person of love, person of hate
好き嫌い
万物を愛せよ


 僕はだいたいの人間とはうまい顔して付き合っているが、内心は好き嫌いがちゃんとある。そこが、「いいひと?」でも触れたように、偽善者と呼ばれる所以のひとつだ。

 苦手なタイプと好きなタイプの類型を考えていて、ひとつの基準となると思ったのは「好き嫌いの少ない人と、好き嫌いの多い人」という分類である。言い方を変えれば、好きなものが多いタイプと嫌いなものが多いタイプ。
 たとえば、「好きタイプ」という人種がいる。ゲームが好きだ。小説が好きだ。雑誌が好きで、音楽が好きで、プロレスが好きで、食べ歩きが好きで、ショッピングが好きで、長話が好きだ。そういう人は、話していて楽しい。僕とまったく違う好みであっても、本人が好きな話題なら、その人の話は割と面白い
(「完全なる会話人」に書いた内容とも若干重なっているが、矛盾はしていないハズだ……自分の好きなことを、分かりやすく面白く話せる人が望ましい)
 しかし、世の中にはまったく異なるタイプもいる。彼らは、文学が嫌いだ。英語が嫌いである。スポーツが嫌いで、ファッションが嫌いで、流行が嫌いで、芸術が嫌いで、カラオケが嫌いである。こういうのを「嫌いタイプ」と呼ぼう。彼らとちゃんと会話するのは難しい。テレビの話題をフると「僕、テレビ苦手なんだよね」と言う。じゃ、マンガの話題でも……「マンガ、見ないから。おたくっぽいじゃん」じゃ、じゃ、こないだ映画見たんだけど……「映画見るの、めんどくさくってさ」 
じゃいったい何の話題ならいいんだよっ(キレぎみ)。
 もちろん誰だって好きなものと嫌いなものがある。ただそれが多いか少ないかだけだ。僕もテレビはあんまり見ない。映画もあんまし見てない。スポーツもやらない。ただ、他の人がそういった話題をする時はだいたい興味深く聞いているつもりだ。それは「嫌いタイプ」なりの心遣いというものである。

 「嫌いタイプ」は人間についても好みがうるさい。「あの人は嫌い」「この人はダメ」……そうやって、いつしか自分が嫌われることになるのに気がつかない場合が多い。
 彼らはささいなことで偏見を持ち、それを嫌うことによって、人生の楽しみの多くを通りすぎてしまう。人生は、好きなものを数えた方が楽しく過ごせるようになっているのに。彼らは、すごく損をしているような気がする。

(2000.6.8)

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