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"Believe"
「信じてる」をきかせて 神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか |
| 最近考えているのは「信じる」ということである。単語の意味だ。以前からうすうす気づいてはいたのだが、僕が考えている「信じる」と他の人が考えている「信じる」がどうも違っているらしい、ということが最近のソリカン研究室の研究で明らかになってきた。世間では「証拠がないから信じられない」というような、まこと信じがたい発言を聞いたりする。 なんとまあ。びっくりだ。 それじゃ、あんたはいったい何を信じるのかね。証拠がなければ何も信じないというのなら、キミ、パスカル先生よろしく「コギト・エルゴスム(我思う、ゆえに我あり)」から始めなくちゃならんだろ?(試してみるといい。やってみたから言うんだが、この方法だと自分以外のものは何ひとつとして存在を証明できない。注意しとくと、ここで言う“自分”ってのは、“自分の意識”ってことだ。自分のおでこのニキビさえ含まない) ソリカンの辞書によれば、「信じる」というのは「あえて『信じる』と言いきること」だ。疑っているにせよ、それを承知で「信じる」と言うことこそ、勇気であり信念ではなかろうか。そこには願いがある。「こうであってほしい」という願いこそが、「信じる」という言葉を生むのだ。と思う。 宗教も同様。神が存在しないかもしれないという恐れを抱きつつ、敢えて「信じる」と言うこと。神が存在してほしいと心底願うこと。それが信仰ってもんではなかろうか。「宗教が真実だから信じる」という人間、「宗教が嘘だから信じない」という人間。どちらも「信じる」ということを理解していないように思う。 信じていると言ってくれ。 {date}
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