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what literal man knew
天国に一番近い宝島 文学者に何が起きたのか |
| あなたが気持ちのいい無人島に降り立ったのだとしよう。ここはとても素敵な島である。風はさわやか、日差しも穏やか。あなたは伸びをして、バカンス気分を胸一杯に吸い込む。 ああ、なんて素敵な小島なんだろう。散歩に持って来いじゃないかしら。もちろんあなたは散歩する。砂浜では裸足になって、白い砂の感触を楽しむ。パームツリーによっかかって日差しを避けながら、ぼんやり海を眺める。ちょっとくらいは裸足になって、波に足をつけてみるかもしれぬ。草っぱらではごろりと寝そべって、これがまた眺めのいいこと。小高い丘の上で眺める浜辺は、小さく見えて、そう、箱庭のような……。 ここまでは、誰もが同じ道をたどる。 ところが、この小島に滞在するうち、あなたは何か奇妙な“兆し”に気付くはずだ。この島には何かがある。短い滞在ならなんとも思わず見過ごしていたはずのものが、あなたの頭に奇妙にひっかかって離れない。 さあ、あなたはもういても立ってもいられない。この島の秘密を解き明かさずにはいられないのだ。のんびりした平穏な散策の時間は過ぎ去ってしまい、ここから先は冒険と謎解きの時間である。知恵と推理を駆使し、慎重に、大胆に、謎を探して島中を巡るのだ。もしかしたら、あれは空耳だったのか? この島には秘密なんてないのかも。それでももうあなたは、あちこち掘り返してみずにはいられないだろう。「もう何も見つからない、自分には何も探し出せない!」とはっきり悟るまでは、あれこれほじくりまわしてしまうはずだ。あるいは穴は掘らないまでも、ちょいとつぶやいてみるわけだ。 これが、文学者に起きてしまったことである。 小説というのは、ただ読んでも面白いものだ。それはもちろんそうなのである。普通に筋を追いかけるだけで、面白いのだ。そうでなくちゃいかん。ただ、往々にして、そこには秘密のメッセージが隠されている。時には作者が自分でそう認める場合もある。ヒントまでくれることもある。あるいは自分の作品についてまったく語らない人もいる。 文学部というのは、トレジャーハンターのスクールである。そこには何十年となく宝を探してきたプロのトレジャーハンターたちが、今も小説の中に秘密を探っている。しかも、その探求はいくらやってもキリがないのだ。まずそもそも、島自体が無限にある。何千何万という小説が世界にはあふれかえっている。主要なものだけに限ってみても、その秘密を解き明かす試みはいつまでも終わらない。 最近村上春樹を読んでいて、文学論の要不要云々といった話題が出た。それに対する解答がこれである。我々はトレジャーハンターであり、あちこち掘り返さずにいられない。どうか、散策の邪魔だと邪険にしないで、暖かく見守ってやっていただきたい。我々は共に同じ小島を愛していることには違いないのだ。 {date}
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