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隠密ライフ 誰も彼のことなんて気にもとめない |
| 要するに、こういうことだ。悪いことは、目立つ。マズイものは、目立つ。ヤなものは、目立つ。邪魔なものは、目立つ。目障りなモノは目立つし、その上、目障りだ。 「目立つのが悪いことだ」と言ってるわけではない。目立つのには、いいモノも悪いモノもあるんだけど、でも悪くて目立っちゃイカン。そういうことである。 たとえば、丸い玉があるとしよう。文字通り完璧というやつである。これは目立つ。いい目立ち方である。ところがその玉にでっかい傷でもあってみたまへ。これは目立つ。イカン目立ち方である。してみると、傷というのは実に目立つ。誰だってそこを指さして「ほら、ここに傷があるだろう」と指摘することができる。ところが、傷一つない完璧というヤツは、うっかりしていると傷が無いことを見過ごしがちである。「ああ、丸いな」と思うだけで、よくよく見ない。見る目のある人が子細に調べてみて始めて「おお、これは傷一つない。完璧だ」と価値を認めるわけである。宝石のフローレス(傷なし)だって、ルーペできちんと確認して始めて分かる。 芸術というものは、時としてこれに似ている。欠点があれば誰だってかんに障る。たとえば、美しいピアノ曲というものは、実に心地よく、耳に入ってくる。どっこい、そこにミスタッチだの不協和音だのが混ざると、途端に耳障りになってくる。文章も同じで、エッセイのなかに突然「でげすだよ」なんて耳障りの悪い語尾が出てくれば、誰だって分かるでげすだよ。しかし、美しい文章というヤツは耳に心地よく、その価値というのは意外と分かりにくい。 時として誰にも気づかれずに優しい人がいる。人を困らせたり、傷つけたりしないように、そっとそっと暮らしている人である。注意深く、優しく、誰にもぶつからないように生きている。誰もその人に気づかない。誰もその妙技に気づかない。誰も。 (2002.06.16)
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