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誰も食べないケーキがあったとして、
それがいかにおいしそうだったとしても、
やっぱり誰もそれを食べないのだとしたら、
いったいそのケーキが「おいしそうである」ということに
どんな意味があるだろうか。
「モテる」と「モテそう」の間には、そんな哀しくも深い溝があるのである。
時々、思い出したように「モテそうだ」と言われる。「どうして彼女を作らないの?」とも言われる。「もしかして『彼女いらない』と思ってないですか?」とまで言われた。なぜだ。なぜですか。そんなにモテそう光線を発しているのだろうか。違う、違うぜ。みんな誤解しているのだ。今こそ、あえて言おう。
「モテる人」と「モテそうな人」は進化の系統の異なる系統樹に属しているのであると!
その2つは外見の類似を持ちながら、歴史の黎明から異なっていたのであると!
その二者の間には暗く深く重く辛く険しい溝が、これでもかとばかりに横たわっているのであると!
まあ待て、少し冷静になって話し合おうじゃないか。(煙草に火をつける) つまりだ。いったい何をもって「モテそう」と言うのかってことだ。
なあおい、まあ一つ想像力というものを張り巡らしてみなよ。女性が「モテそう」と表現するその背景にあるものをな。ある女性が「もがみさん、モテそう」と言う時には、本人の持っている「自分的モテ基準」から外れたトコロで「一般的モテ基準」というものを想定し、それに照らして「モテそう/モテなさそう」を判断しているわけだ。だってそうだろ。本人の好みだったら「モテそう」って表現はしない。「自分的モテ基準」から離れているからこそ他人事のように「モテそう」なわけだ。しかし、実はこの「一般的モテ基準」ってのが相当眉唾なんだな(ゆっくりと煙を吐き出し、それを眺める)。
……まあ、そうだな。どう言ったらいいんだ。いわば「実物不在の標準」だな。甘い物好きが50人、辛い物好きが50人いたら、その100人の平均的好みは無味無臭ってことになっちまう。変なもんさ、統計だの平均なんてもんはな……(ため息と共に煙を吐く)……実際にはさ、無味のケーキなんざ、誰も食わないんだ。みんなピリッとしたヤツだの、甘いのとかさ。いろいろあるけどそういうのの方を好きなんだよな。(煙草をもみ消しながら)さ、このことはもう忘れよう。考えたってしょうがない。そうだろ?
「こういうケーキって人気ありそうだよねー」というケーキに限って、実は誰も食べる人がいない。それが「モテそう」のポジションであり「非モテ」の人生である。
ね、分かった? 「モテそう」と「モテる」は違うのよ。
20代最後のクリスマスは、もう目前です。ふっ。
(2002.11.30)
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