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Livin' on a board
板の上の人生
まな板の上で生きてます……

 僕はとても不思議な人生を生きているのだと思う。 毎日、掲示板に書くことがあって、それが尽きない。 なんて豊かな毎日を与えられているのだろう。 僕は毎日、生きている。ちゃんと。

 漢のlogosというメルマガがある。 そこに「面白き、事もない世を、面白く」というタイトルの回があった。かの高杉晋作の辞世の句だそうだ。そのメルマガの中でせっく氏は某一流コピーライターの言葉を引用している。『1日に、かならずひとつ、その日にあった楽しい事を文章として書きなさい。そうすれば文章で物を食えるようになる』と。今、高杉晋作のこの句は僕のノートパソコンのデスクトップに、付箋ソフトをつかってペタと貼ってある。座右の銘と言ってもいいくらいだ。

 そのメルマガを読んだ当時はまだ毎日ってほどは掲示板書いてなかったんじゃないかな。文章も、そんなに毎日ネタ探して書けるかなぁ、って感じがしていた。たしかまだライターじゃなくて、サラリーマン/編集者だったかなぁ。 でも今は、たいてい、毎日何かしら書くことがある。

 というか、書くべき事件は誰だって毎日アレコレあるんだけど、忘れているだけだ。夢を見て忘れてしまうのと同じだ。僕の場合は、掲示板のことが四六時中頭から離れないものだから、掲示板のネタを見つけるクセがついているのだ。街を歩いていても、電車に座ってぼんやり考えている時でも、面白い事にぶつかると「あ、これは掲示板に書けるな」って頭に残る。メモできる時はメモする。家に帰ってパソコンに向かって、さあ書くぞ、という時になると逆に今度は「今日はどんな面白い話があったっけ」と考える。メモに無くても、そこで思い出したり、思いついたりすることももちろんたくさんある。

 そうやって毎日書いていると、なんだかとても充実した人生を送っているような、キモチがしてくる。 それとも、これはだまされているのかな。どんな人でも24時間を生きているのには違いない。だから与えられた毎日は、必ず同量のはずなのだ。人より多いとか少ないとか、そんなのは無いんだけど。

 掲示板に書き込んでいる途中で書き込みが消えてしまうという不幸な事故を何度か経験し、2000年9月11日から後の書き込みは、 別のメモ帳ソフト(Mac用シェアウェア、NewNOTEPADII〜NewNOTEPADPro)にメモしてログを残している。 人生の集積が、目に見える形であるというのは、何か不思議な安心感がある。ときどき、すっごく鬱だった時期のログも見ちゃうけどさ……。

 掲示板ではいろんな人と話をすることもできる。 そしてたくさん学んだし、それもまた不思議な人生だと思う。現実には会ったこともないような人と、掲示板を通して知り合っている。 あるいは親しい友人であっても、現実世界のつきあいだけでは知り合えないような内面を、掲示板を通して知っている。

 掲示板を読んでくれるみなさまに、感謝をこめて。

(2003.04.20)

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