Solitaire's Company/stories/Don't laugh loudly/

緊急手術を受け、入院し
非常に退屈することによって
この作品を書くきっかけとなってくれた
とある女の子に捧げる

Don't laugh loudly
大きな声で笑ってはいけません


「ああ、でもほんとに驚きましたよ。あなたが入院するなんて」
「今、『あなたが』ってとこ強調しませんでした?」
「そうですか?」
 ここは病室。一人部屋で、中央のベッドには一人のきゃしゃな女の子が座っていた。大げさなまでにリボンのついた花束を抱え、一人の背が高い男の子がベッドの隣に立っている。
「とりあえず、お花です」
「あ、どうもありがとうございます。田上さんにしてはめずらしくセオリー通りですね」
「こっちはちょっとセオリー通りかどうか分からないんですけど」青年はポケットに手を入れた。
「お守りのペンダントです」
「お守り? でも普通そういうのは手術前では? 私、手術終わっちゃいましたけど」
「じゃあこれはいりませんね」
「あ、いります、いりますぅ」
「そんなに言うなら仕方ない、惜しいけどあげましょう」
「……ほんとに惜しがってます?」
「やっぱりいらないんですね」
「あああ、いります、いりますぅ」
「じゃああげます。肌身離さず寝る時も付けていていいですよ」
女の子は真っ赤になって言い返した。
「そんなコトしませんよぉだ」
「まあ、別にそこまでしろとは言いませんがね」
青年はやんわりと受け流した。
「じゃあ、私は今日は用事がありますから」
「もう帰っちゃうんですかぁ?」
「また来ますよ。では小嶋さん、お大事に」
にこやかな笑顔とともにドアが閉められた。女の子はそれを見送ってから、手の中のペンダントに視線を移す。まずそれをぎゅうっと抱きしめて、それからいそいそと嬉しそうに首につけ始めた。

 次に田上が訪れた時、小嶋はベッドから降りてテーブルの上で何か探しているところだった。
「あ、田上さん」
「や、もう起きてていいんですか」
「いえ、本当はまずいんですけど……あの、田上さん」
「なんです?」
「あのいただいたお守り……」
「どうかしましたか?」
「どこかにいってしまったんです。それで今探していたんですけど……」
「はあ、そうなんですか。まあとりあえずベッドに戻ってください。また手術の跡が開くといけない」
「え」
 背の高い田上は背の低い小嶋を軽々と抱えてベッドに戻した。小嶋は真っ赤になっている。
「また重くなりましたね」
「! そんなことありませんっっ!」
「そうですか? ともかくペンダントは私が探しますから。この部屋から出ていないんでしょう?」
「それが……」
「出たんですね。まったくあなたという人は」
「夜こっそり休憩室へテレビを見に……」
「実は他にも、あるんでしょう?」
「実は他にも、給湯室へお花の水を替えに……」
「そんなの人に任せておけばいいでしょう!」
「だって……」
「わかった、わかりましたから泣かないでください」
「泣いてませんっ! 勝手に泣いたことにしないでください!」
「いいですいいです、私が探しておきますから。あなたは寝ていらっしゃい。歩き回ってどうせ疲れてるんでしょう」
「はい……」
 田上が部屋の中を探しているうちに、小嶋はいつの間にか眠りに落ちていった。

 小嶋が目を覚ますと、もう夜だった。時計を見ると、もうすぐ11時。6時間は眠っているはずなのに、まだむやみに眠い。ふと気付くと、ベッドサイドのテーブルの上にメモが置いてあった。手に取ってみると、田上の文字だ。
『一度家に帰って、21時頃にもう一度ここに侵入しました。現在22時です。引き続いて捜索中』
眠気も手伝って、一瞬理解できない。眉をひそめて考える。
(22時? って……面会時間は17時までだし……消灯は21時よね。まさか、お守りを探しに……?)
考えれば考えるほど、その結論がもっともらしく思えてくる。
(田上さんスリル好きだし……じゃあ、今もどこか病院の中にいるんだわ。そこまでしなくてもいいでしょっ! ほんとに程度ってものを考えてくれないんだから、もう!)
 眠気はすっかりさめてしまった。ベッドを降り、こっそりとドアを開いて廊下をのぞいて見る。
 幸いあたりに人影なし。
(誰かに見つかったら大変だわ。特に看護婦の中村さんなんて、とても厳しい人だから。早く田上さんを見つけて帰らせなきゃ)
そっと廊下へ出て進む。今や彼女は傷の痛みをすっかり忘れていた。
 ゆっくり給湯室の前まで進むと、そこで立ち止まり、中をうかがう。なんの気配もない。
(じゃあ、休憩室だわ……おっと、ここはかがんで見つからないように、っと……。あら、見回りさんだ。どうか見つかりませんように……)
結局彼女もスリルを楽しんでいるのであった。

 その頃、田上はほっと安堵の息をもらしていた。誰かが給湯室をのぞき込んだため、棚のかげに隠れて息を殺していたのだ。まさかそれが小嶋だろうとは、知るはずもない。
(ふぅ、行ってくれたか……よかった、見つからなくて)
 見つかったら大騒ぎである。ふと時計を見ると、もう23時になろうとしている。
(うーん、仕方ない。一回小嶋さんの病室まで戻ってあそこを探してみるか。新しいメモも残しておきたいし)
 彼は給湯室の戸口まで近づき、そっと耳を澄ます。物音はなし。すばやく左右の廊下をのぞいてみる。ああ、一瞬早くのぞいていたら、休憩室に入っていく小嶋の姿が見えたであろうに……。
 幸いあたりに人影なし。

 田上は小嶋の病室に到着した。後ろ手にすばやくドアを閉める。だが、ドアが閉まるかずかな音を、廊下を曲がった中村看護婦長が聞きとがめたのである。彼女はあたりを見回した。どうやら、あの12号室あたり……あそこは手術したばかりの小嶋さんだったはず。彼女はゆっくりと、12号室へと歩み寄る。
 そうとは知らず、田上は中に入って、そっとベッドに近づいた。彼女のかわいい寝顔を確認しようと(ありていに言えば、もう一度見たいと)思ったのだ。だが、そこには小嶋はいなかった。テーブルの上に置いておいたはずのメモが動かされているし、布団も乱れている。触ってみると、まだかすかに体温が残っていた。
(また、どこ行ったんだろうな、あの人は。まったく、病人のくせして。でも、手術の傷が入院理由なんだからけが人と言うべきだろうか。いや、しかし……)
 彼が馬鹿なことを悩んでいる間に、ドアの外へはすでに中村看護婦長が近づいていた。彼の鋭い耳がそのかすかな足音をドアごしに聞きつけ、彼は直感的に(ここに来る!)と感じ取った。とっさに部屋を見回す。隠れ場所は無いし、小嶋さんがいないのに気付かれても困るし。仕方ない。
 彼は布団をひるがえすと、そこに飛び込んで布団をかぶった。布団をやや高めにふくらませて、ドアから顔が見えないようにする。布団が落ち着くのと、ドアが開くのが同時だった。
 中村看護婦長はいかめしい顔で中をのぞきこんだ。特に以上はない。さすがの彼女も、寝ている患者を起こしてしまう可能性をおかしてまで、それ以上詮索することはしなかった。寝ているはずの小嶋を起こさぬようにそっとドアを閉め、歩み去っていく。
 田上は息を殺していたが、何も聞こえなくなってほっと息をついた。。ゆっくりベッドから出ようとして、それからふと、何かに気付いた様子だ。彼はさっと布団をかぶって、何やら始めた。

 その頃小嶋は休憩室にいた。田上がいない部屋で途方に暮れていたのである。
(おっかしいなぁ。給湯室にいないから絶対ここだと思ったのに。それとも、さすがにもう帰っちゃったのかなぁ)
 そう思った途端、気が抜けた。ささやかなお腹の痛みと、すさまじい眠気が同時に戻ってくる。ここまで歩くだけでも相当疲れてしまったのに気付かなかったのだ。まずい、とは思ったが、彼女は思わずソファに座り込んでしまった。6時間は寝ているはずなのだが、襲ってきた眠気は休息であり、強烈である。
(こんなところで寝てたら風邪ひいちゃう。いけない、起きなくちゃ)
風邪をひく以前に誰かに見つかってしまう、と思わないあたりが、所詮は眠い人間の思考である。まぶたが閉じる。
(風邪ひいて咳したらおなかの傷が痛いじゃないの。くしゃみなんかしたら、かなり腹筋使うんだし、もっと痛いんだろうなぁ)
もう思考に脈絡がなくなって来ている。誰かの足音が聞こえたような気がしたが、そのまま彼女は眠りに落ちていった。

「小嶋さん、お食事の時間ですよ」
彼女は若い看護婦に起こされた。時計を見る。午前8時前だ。何の気なしにベッドサイドのテーブルを見て、田上のメモがあるのに気付く。どきっとして、あわてて拾い上げる。『21時侵入』とか『現在22時』とか書いてあるのを看護婦さんに見つかったら大変だと思ったのだ。だが見てみるとそれは昨日のメモではなかった。
『今日また15時頃来ます』
とだけあった。
(そういえば、あたしあれからどうしたんだっけ。休憩室までは覚えてるんだけど)どうしてもそこから先が思い出せない。彼女は3時が待ち遠しかった。3時になると早速、田上がやって来た。
「やあお嬢さん、こんにちわ」
「ええ、昨日はどうなさってたんです?」
「どうしたもこうしたもあなた、大変だったんですよ、あなたを休憩室からここまで、誰にも見つからないように運ぶの」
「ええっ! 田上さん、先に帰ってしまってたんじゃないんですか? だってあたし給湯室も休憩室も両方見たし……」
「……前より、確実に重くなってましたね」
「……う、ウソでしょ?……ハハ……でも……やっぱり……そ、そう……でし、た?」
「実はウソです」
「! もう! ……だいたい、もし誰かに見つかったらどうするつもりだったんですか。看護婦の中村さんなんかすっごく厳しくて、すっごく怖いんですからね。まったくも……」
「ほら、お守りありましたよ」
「ええっ! あ、ほんとだ! ありがとうございます!」
「寝る時まで身に付けていてもらえて嬉しいですよ」
「ええっ、どうしてそれを知……そ、そんなことしてませんってば!」
「それと、もう少し身長を伸ばした方がいいかもしれませんね」
「どうしてですか?」
「増えた体重と釣り合いがとれますし……」
「増えてません!」
「……それに、ベッドの足の方にお守りが転がっていても気付くでしょ。私なんか足が長いから、すぐお守りに足が触れましたよ」
しばし沈黙。
「……ベ、ベッドに入ったんですかぁっ!」
「だ……だってしょうがないでしょう! 誰かが通ったんですから、他に隠れる場所なんか……」
「でもあたしのベ、ベッドに……もう! 信じらんない! いたたたたた……」
「ああ、傷が治ってないのに怒ったリするから。大丈夫ですか?」
「信じらんない! ほんとにもう!」
「まあまあ、怒ると悪化しますよ。怒らないように、とっておきの笑い話を聞かせてあげましょう。ある所に一羽のふくろうがいましてね……」
「あたしが笑うとおなか痛いの知っててやってるでしょう?」
「あれ? そうですか? そのふくろうがですね、こう言うんですよ……」
「や、やめて下さいっ! あ……はは……っ、痛たたたた……は……はは……やめてやめて」
 二人の声はいつまでも病院に響いた。ドアの外を通りがかった中村看護婦長は注意しようかと考え、結局やめておいた。恋人たちの邪魔はすまい。ひそかなロマンチストの彼女は、ほほ笑みながら立ち去るのだった。

Fin 


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