Solitaire's Company/stories/Star Song/

Star Song
星の唄


 星のきれいな夜だった。草原と砂地の境にある町。その町はずれにある小さな宿屋で、老人と若い楽士が話をしていた。
「星の唄、というのを知っているかね?」
「星の唄?」
ベッドに横たわった老人は、部屋の隅にある自分の袋を指さした。
「あの中に小さな赤い袋が入っているはずだ。ちと取ってくれないか」
若い楽士は、言われた通りに老人の荷物を開き、小さな朱の袋を見つけ出した。老人はその袋を受け取ると、中から小さな円盤を取り出した。
 それは手のひらより少し大きいくらいの、金属製の黒塗りの円盤だった。裏からとがったもので打ち付けたような突起が一面についている。突起は大小さまざまで、突起の先端部分だけ黒い色がはげて、銀色の地がのぞいていた。
「ここの形に見覚えがないかね」
老人は、円盤の一部、突起が三つ並んだあたりを楽士に示した。その手は弱々しく震えており、老人の体力の衰えを感じさせた。楽士はそれに気付かない振りをして、老人が言わんとすることを円盤から読み取ろうとした。
「わかった、勇者ホリ・コーンの星座ですね。北の空にいつも輝いている星だ」
「その通り。わしは、南の方からこの星の見える場所を探してきたのだよ。」
老人は円盤を楽士の手に渡すと、枕に身体を預けた。
「わしは、国では星を調べる学者だった。だがその円盤を手に入れた時、わしは旅に出ることに決めたのだ」
「この円盤のために……?」
「後でよく見てみるといい。その円盤の突起は、天の星を描いている。そして、ホリ・コーンの勇者の星座は、南にある私の国では地平の下に隠れて見えないのだよ」
老人は静かに続けた。
「裏に書かれている文字は古い文字だが、日付と時間を示している」
楽士は円盤の裏を確かめた。確かに、古い文字が円盤の端に小さく書かれている。
「日時と星の位置が分かれば、場所も分かる。北にあと三日ほども行けば、正確にその円盤と同じ星が見える場所にたどり着くはず。そして、その円盤を持ってそこに行けば『星の唄』を聞くことができるのだという」
「星の唄……」
「それがどんなものなのか、誰も知らん。だけれども、わしはそれに魅せられてしまったのだ。その唄を聴くためだけに、わしはすべてを捨てて旅してきた。だが、どうも間に合いそうにないな」
「そんな……あと少しじゃないですか」
「ありがとう。だが、この老体はここからもう一歩も進めんよ。だから、その円盤を君にあげよう」
「だって、大切なものなんでしょう? それを行きずりの楽士の私に?」
「あんたは、その行きずりの老人に親切にしてくれた。面倒な顔一つせずに、わしを介抱して医者も呼んでくれた。だから、その円盤をお礼にあげよう。墓まで持っていっても仕方がない。ただ、一つだけ、厚かましい頼みがある。もし『星の唄』を聴くことができたら、そしていつかここを通ることがあったら、それがどんなものだったのか、わしに話してくれ……たとえわしが墓の中であってもな」
老人は楽士の手を握った。老人の命はもう永くない。彼の歳では、永い永い旅の負担は厳しすぎたのだ。楽士は、老人の節くれ立った手を握り返した。そしてしばらく考えていたが、突然、例の円盤をつかんで立ち上がった。
「あなたは私が誰なのかご存知ない。だが私は自分が誰なのか知っています。私の名はトゥリ・シィ。このあたりでは多少なりとも名の知れた楽士です。この耳は、一度聴いた唄は決して忘れない。どうか、しばらく待っていてください。『星の唄』を聴いたらすぐ戻ってきて、あなたにそれをお聞かせしましょう」
 楽士は部屋を飛び出すと、隣の部屋にいた医者を呼んだ。
「あの老人の命は、何日くらいもちますか」
「さて……もって三日といったところか」
「五日、もたせてください」
「五日? それは難しいかもしれない。なにしろ、かなり衰弱しているし、歳もそれなりだしね」
「お願いです。あの老人は、たった一つの唄のためだけに、一生を賭けたのです。五日あれば、私がその夢をかなえてみせます。どうか、その夢のために、五日の間、もたせてください」
「……やってみよう」
「お願いします」
トゥリ・シィは急ぎ足で旅の支度を整えにかかった。


 広大な草原と、それ以上に広大な砂地の中、トゥリ・シィは馬を駆った。老人は三日の道行きだと言った。馬を急がせれば、二日に縮めることは不可能ではない。しかし、漠然と北に三日では、それが何で、どこにあるにせよ、見つけだすことができるかどうか、はなはだあやしかった。しかも、老人の命に五日の保証があるわけではない。そう考えれば、いくら急いでも間に合うかどうか。彼は二日の間、一度も馬を下りなかったし、馬を休ませるために止まるほかはまったく休まずに進んだ。そしてそれでも、何一つこの円盤と関わりがありそうなものは見つからなかった。憔悴しきって、楽士は馬を止め、砂が吹きつけない岩陰を見つけると、少しだけ休みを取ろうと浅い眠りに落ちていった。

 夢を見た。その夢の中でも夜だった。トゥリ・シィは空を飛んでいた。羽ばたいていた。彼は鳥だった。空の上から、つながれたトゥリ・シィの馬が見えた。その岩陰に、トゥリ・シィ自身が眠っているはずだ。遥かな高みからそれを確認すると、今度は空の星に目を転じた。そこには見たことのない星空が広がっていた。
 鳥の目には、あらゆる星座が見えるのだ。これこそ、神々が渡り鳥に与えた不思議な能力のひとつにほかならなかった。天竜の星座は、その鱗のひとつひとつまではっきりと見える。『釣られた』精霊コキントは自分の歯の間の針を取りだすのに必死だ。北の方角には、ホリ・コーンの聖なる剣シュサバスが、北を示してきらめいているのが分かる。すべての星は地上から見る二倍も輝き、あらゆる星座は生き生きと眼前に迫った。
 その時、低い声が天から聞こえた。「さあ、北を見るがいい。いと小さき渡り鳥よ。小高い丘を二つ越えた先に、石造りの建物が見える。あれだ。あれがお前の目指す場所だ。あそこにそれを持っていけばよい」
彼は低い声の主を確かめようとした。誰がいったい私を導いているのか?
 岩陰で、トゥリ・シィは目を覚ました。目が覚めた今でも、あの石造りの建物がどこにあるのかはっきり分かる。これは夢のお告げだろうか、それとも? 彼は手の中に重みを感じ、目をやった。それは、あの黒い円盤だった。昨日は確かに荷物の中に入れてあった。手に持ったまま眠ったりはしなかったはずだ。
 トゥリ・シィはすぐさま馬に乗ると、小高い丘を二つ越えた。そして、そこにあの石造りの建物を見た。


 近づくにつれ、それが神殿の用をなしているのだということが分かり始めた。しかし神殿だとしても、ずいぶんうち捨てられている。神官はいないだろうと思われた。
 神殿の正面に立つと、いよいよ人の気配のなさが濃厚になった。建物はあちこち欠け、崩れている。しんと静まりかえった入り口に立って、それでも声を出して呼びかけた。
「どなたかいらっしゃいますか」
「大きな声を出さなくても聞こえている」
トゥリ・シィは、びっくりして声の方を見た。フードをかぶった若い男が、柱の影に立っている。男の服装はマントの下に隠れていたが、まるで軍人のようで、腰には剣らしきものをさしているのがかいま見えた。トゥリ・シィの脳裏にちらりと野盗という言葉が浮かんだが、しかしこんな朽ち果てた場所では、野盗も商売になるまいと思われた。それに男の洗練された物腰が、神官ではないにせよ、それなりの身分を連想させた。
「こちらの神殿の神官どのですか?」
トゥリ・シィの声音に不審の色をかぎとって、男は端麗な眉をぴくりと上げた。
「なるほど、警戒するのも分からなくはない。たしかに、私は神官ではないが……しかしここにいるのは私一人だし、この神殿は間違いなく、正当に私のものだ。そして『星の唄』を奏でることができるのも、私だけ。さあ、その円盤を渡してもらえないか」
トゥリ・シィは抗いがたいものを感じて、荷を解くと、彼に円盤を渡した。それに、男に対して、以前に会ったことがあるような、奇妙な既視感を覚えたせいもあった。
「すぐ『星の唄』を聞きたいのですが」
「もちろんだ。さあ、ついて来なさい」
男の案内で、トゥリ・シィは神殿に入った。


 男がトゥリ・シィを連れていったのは、神殿の中ほどにある塔の屋上だった。夜空は晴れて、星が美しくきらめいていた。塔は高く、ほぼ地平の端まで見渡すことができる。屋上の中央には祭壇らしきものがあり、男とトゥリ・シィはそれに近づいた。
「ほら、ここにくぼみがあるだろう。この円盤は、本来ここにはめ込まれているべきものなのだ」
男は祭壇の中央を指さした。そこにはたしかに円盤と同じ大きさのくぼみがあった。
「さて、『星の唄』を聞く準備はいいかね?」
この曲を聞き漏らさず老人に届けるという約束を思い出し、トゥリ・シィは深く息を吸って精神を整えた。トゥリ・シィの準備が出来たのを見てとると、男は円盤をくぼみにはめ込み、後ろに下がって腕組みをして待った。
 ゆっくりと、円盤が回り始めた。そして、それに合わせて澄んだ音が鳴り響いた。
これは……自鳴琴?
円盤の突起が、小さな金属の板をはじいて鳴り響く仕掛けだ。以前、行商人が持っているのを見たことがあった。そしてこれは行商人のものより、美しい音色で、そして美しい旋律だった。
 トゥリ・シィはその響きを楽しんだ。それは甘く、軽やかな曲だった。ところが、円盤が一回転してしまっても曲はまだ終わらず、それどころか、新しい響きがそれに加わった。トゥリ・シィはそれがどこから聞こえるのかと辺りを見渡し……そして目まいするほどの驚愕を味わった。
 天の星が円盤と一緒に回転を始めている。
 星のひとつひとつが、音を受け持っていた。大きな星も、小さな星もすべてが美しい音を立てた。円盤はゆっくりと何周も何周も回転し、それにつれて星も回った。その音色は幾千の星がからんで複雑をきわめ、美しく優しい旋律を刻んだ。そして、一回転ごとに、星はその光を増し、いよいよ美しく輝いた。
 低い声がトゥリ・シィに語りかけた。それは腕組みして傍らに立つ男の声だった。そして夢の中で彼に道を示した声でもあった。
「トゥリ・シィよ、私はこうして星を磨くのだ。この円盤がなければ星を磨くことができず、星はくすぶって光を弱めてしまう。そうすると空を行くものたちは道しるべを見失ってしまうのだ。渡り鳥や風の精霊たちは、星を目当てに旅をする。何よりも、人の魂がこの世を去って『永遠の都』を目指す時、星の光無しにはたどり着くことができないのだよ。お前がこの円盤を持ってきてくれたおかげで、彼らは迷うことなく『永遠の都』にたどり着くだろう。お前には礼を言わなければならないね」
トゥリ・シィは叫んだ。
「誰です、あなたはいったい誰なのですか?」
「お前はよく私を知っているはずではないか。この剣も、お前がよく街の広場で歌ってくれていたものだ」
トゥリ・シィは男のマントの下にちらりとだけ見えた剣を思い出した。そして今になって、その名前が分かった。
「あれは……シュサバスだ! 勇者ホリ・コーンの剣、『闇の払い』シュサバス!」
男は微笑むと、星の輝く夜空に消えた。
 次にトゥリ・シィが目を覚ました時には、辺りは静けさを取り戻していた。円盤は祭壇から外されていたが、それは彼が持ち去ったのだろう。次に星を磨く時のために。だが、夢ではないことははっきりしていた。天の星が今まで見たこともないほど明るくきらめき、ここで起きたことを証明していたからだ。そして何にもまして、トゥリ・シィの頭の中には、あの『星の唄』がくっきりと残っていた。


 二日の後、トゥリ・シィは町外れの小さな墓地にいた。そこには、あの老人の墓があった。トゥリ・シィが町に駆け戻った時には、老人の葬儀も既に終わった後だったのだ。
 医者が話してくれた、老人の最期の言葉がトゥリ・シィには気にかかる。窓辺から、今までにないほど美しく輝く星を見ながら、老人は細い息の下からただ一言「聞こえる」と言って息を引き取ったのだそうだ。それはトゥリ・シィがちょうど神殿にいた時刻と重なっている。トゥリ・シィが聞いた『星の唄』は、老人の魂にも届いたのだろうか? もしかしたら、トゥリ・シィは間に合ったのかもしれない。
 トゥリ・シィは静かに老人の墓の前に立つと、演奏を始めた。美しく澄み切ったその音色は、死者の魂を『永遠の都』へと導く『星の唄』だった。 

Fin


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もがみたかふみ
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