A DAY IN THE LIFE -020

「九六位怪談」

 

 だんだんクソ暑い気候となり,真夏の到来を感じさせる今日この頃である.夏と言えば怪談に相応しい季節であるが,今回は一つ僕が体験した怖い話をしてみよう.僕は霊感が強いわけではなく,霊体験に関しても全く未知と言ってもよいぐらいなのであるが,唯一度だけ「あれは一体なんだったんだろう?」という不可思議な体験はある.もう10年以上も昔の話になるが,あれは僕が大学6年(注:歯科大学は6年制です,念のため…)の初夏のことであった….

 前の晩にヘベレケになるまで飲んだ翌日の土曜日の正午前,「爺ちゃんが危篤だから,すぐに帰れ!」という実家からの電話で起こされた僕は,慌ただしく衣類を鞄に詰め込んでアパートを飛び出して羽田へ向かった.以前から祖父の容態が思わしくないことを聞かされていたので覚悟はしていたつもりであったが,動揺したのは言うまでもなく「俺が帰るまで待っていてくれよ.」と祈るような気持ちで京浜急行に乗ったことを憶えている.羽田空港に到着したものの,当然予約をしていなかったのでキャンセル待ちとなり,2〜3時間ほど待機した末でなんとか夕方の便をGetすることが出来た.大分空港に降りた時はもう夜で(7時過ぎぐらいか?),しかもホーバー・クラフトで大分港に着くと物凄い大雨であった.傘も所持しておらず,また一刻でも早く臼杵に帰りたいという焦りもあったので,僕はタクシーに乗り込んで「臼杵まで!」と運転手さんに告げたわけである.通常であれば,そこから大在大分港線(通称"40 m 道路")か197 号線を通って臼杵へと向かうわけであるが,土砂降りの大雨のためか,もしくは何か事故があったのか道路は大渋滞で車が一向に進まないのである.そうしている間にも,時間は無情にも過ぎていく….僕は堪らず運転手さんに「祖父が危篤なんです.何とか早く臼杵に着きたいんですが…」と哀願した.すると運転手さんは僕にとても同情してくれて,「そういうことなら,なんとかやりましょう!」と大通りを外れ,僕が知らないような裏道を機転を利かせて走り始めたのである.巧みに混んでいそうな道路を避け,何処をどのように経由したのか定かではないが,気が付くと車の行き来が殆どないような暗い山道をタクシーは走っていた.後から分かったのだが,この道は標高452 mの九六位山を越える九六位峠で,今でこそ高速の宮河内インターを出入りする車両が利用することが多くなったものの,当時は好き好んでこんなクネクネした薄気味悪い山道を行き来する人間はあまりいなかったのではないかと思う.街灯もないし民家もない…窓から見る周囲の風景は正に暗黒の闇といった感じであった.

 雨は益々激しさを増し,ワイパーを最速にしてどうにか視界が開けるほど凄い勢いであった.だが九六位峠はこのタクシー以外の車は確認出来ず,運転手さんも「これだったら,あと20 分ぐらいで臼杵に着きますよ.」と自慢気に言ってくれた.右に大きく曲がるカーブに差し掛かった時であった.車のヘッドライトに照らされたカーブの脇に,僕は一瞬ではあるが人影が見えたのである.スーッと叢の中から出て来た感じで,ヘッドライトに照らされた後は車がカーブしたので視界から消えたが,白い服を着た髪の長い女の人であったように見て取れた.ほんの短い時間であったので表情までは判別出来なかったが,比較的若い女性であったような気がする.「あれっ?」と不思議に思って「今のは幻か,それとも錯覚だったんだろうか?」と一人で考えていたら,しばらくして運転手さんが「今,見ました?」と僕に問いかけてきた.運転手さんも気が付いていたのである.「人が立っていませんでしたか?」「ええ,女の人だったようですね.」と僕.「こんなに激しい雨だというのに,何であんなところにいたんでしょうね.」「そういえば,傘もさしていなかったですね.」…なんだかドヨ〜ンとした空気が車内に漂ってくる….「この周囲に民家なんてありゃあしませんよ.歩いたらどのくらい時間が掛かるか…」「なんか変ですよね.」…二人の間に沈黙が訪れる.そして「やっぱり,あれはおかしいよ.」という話になったのだが,何故か二人の口から「幽霊」という単語は出なかった.考えているうちに背中に鳥肌が立った僕は,その単語を口にするのが恐ろしくなり,運転手さんも意図的に避けているような感じであった.二人の間に,それだけは認めたくないという気持ちが暗に沸いていたのかもしれない.

 翌日に祖父は他界した.それはそれで悲しい出来事であったが,今でも祖父の死とコンビであの九六位の不思議な一件も思い出してしまう….あれは一体なんだったんだろう?…怖かった?


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