魔王をぶっとばせ!

 ポーの一族は森を切り拓いていた。
 生きる為に。
 仕方なく。
 ただ、切り拓くといっても、そんなに上品なものではない。ほとんどの場合、単に火を放って草木を焼き、そうして出現した地面に作物の種を埋めそれを収穫するという、所謂、焼畑だった。
 その昔は、自然との調和の内に成り立っていたその方法も、今では人口が増え過ぎた為か、調和するどころか、森を破壊し、侵蝕していた。そんな事にはもちろん、ポーの一族も気付いていたが、だが、だからといってどうする事もできない。何故なら、彼らはどうしても、生きなければならないからだ。それをしなければ、自分達は餓えて死に絶えてしまう。
 そして、そうして森を侵蝕していくのが、危険な事であるという事実にも、彼らは薄々勘付いていた。
 森の多くを失った時、川を流れる水の量は明かに増大した。森が吸収していた分の水が、そのまま川に流れるからだ。単に増水しただけならば良かったが、その為に川は氾濫した。荒れ狂い、木々の根によって保持されていた土が流れたことにより、透き通った水は泥水の濁流となり、そして、事故が起きた。たくさんの人が怪我をし、たくさんの人が死んだ。それだけではない。流れる水の量は増えたがそれは泥水であり、ポーの一族が生活に使える水は、随分と減ってしまったのだ。
 しかも、少し日照りが続けば、簡単に川は干上がってしまう。水分を保持してくれていた森が消え、雨水が直ぐに地下の奥深くに流れていってしまう為だ。
 そのような経過で、ポーの一族の生活は、更に酷いものになっていった。
 貧困の所為で、飢餓が襲う。水がない。使える生活水がない。病気が出る。死者も年々増えていった。
 そうやって、状況が酷くなれば、生活の為に、ポーの一族は更に森を切り拓くしかなかった。そうしなければ死んでしまうからだ。そして、また、森林を破壊してしまった事によっての負荷を受ける。
 悪循環であった。
 悪い事はそれだけではない。
 そういった悪循環を行っていたのはポーの一族ばかりではない。他の人間達だって、似たような事を行っていた。多くの人間達がそんな事を行えば、当然、生活の場は失われていく。すると、生活する為の場を巡っての、諍いが起きる。それは争いになる。酷い時には、殺し合いになる。
 食料や水は不足していても、武器弾薬の類は手に入れる事ができる。それらは自然とは枯渇しない。何処からか流れてくる。
 それを必要とする者達の手へ、と。
 そうして、その地域は、より一層悲惨な様相を呈してくる。
 貧困や飢餓に苦しんでいる人々が、紛争によって更に苦しむ。親を亡くした子供達が、痩せこけて、どうする事もできずに餓えてそのまま死んでしまう。助けて!と叫んでも、誰も救ってくれやしない。

 (さあ、どうする?)
 (魔王をぶっとばすかい?)

 環境問題、紛争、貧困、そういった事柄は独立してあるのではありません。それらは、互いに影響を与え合い、リンクしています。ミクロな点ではそれが見え難くても、グローバルな視点ではそれは間違いありません。そして、その中心には、もちろん、経済の問題がずっしりと重くあるのです。

 ある年のある時期に、ポーの一族に餓死者が大量に出た。
 ただ、これは何も特別に悲惨な災害がポーの一族に襲ったという訳ではない。その時は、ちょうど作物が収穫できない時期だったが、そんな事くらいなら毎年ある。どうにかして街で仕事を探せば、その一時くらいならば、なんとか乗り切れる事は乗り切れるのだ。
 その原因は、自然災害ではなかった。それを齎したのは、人間社会の事情、食料価格の上昇だった。
 その年に、食べ物の価格が一時的に上がってしまったのだ。その為に、ポーの一族は、充分な食料を手に入れる事ができなかったのである。
 Jという国で、主食である米が酷い不作に陥ってしまった。その為に、それまでは米を輸入していなかったこの国が、例外的に海外からの輸入を行った。すると、当然、米の国際流通量は減ってしまう。すると、米の国際価格が上がる。その結果として米が買えなくなれば、それは他の作物にも影響を与え、結果的に多くの食料の価格を上げてしまう事となる。
 その影響は、裕福な人間達にとっては微々たるものあったかもしれない。しかし、ポーの一族の様に貧困に苦しむ人々にとっては、致命的なものだった。
 そうして、また、悲劇が追加されてしまったのだ。
 結果的にJ国は、ポーの一族も含めての、多くの貧困に苦しむ人たちを、更に苦しめた上で殺してしまったという事になる。
 もちろん、J国の人間達には、その自覚はないだろうし、また、その影響で苦しみ殺されてしまった人間達にだって、その自覚はないだろうが。

 (だけれども、)

 例えば、こういったような私達の行いによって、たくさんの人が死んでいるという事は、紛れもない事実です。
 私達の生活は、世界中に影響を与えていて、それは何も良い影響ばかりではありません。米の輸入を突然に決めるだとか、特別な何かをしていなくたって、そこに変化が確認できないだけで、恐らく、私達はその日常生活の結果として、意図的でなく、無自覚的であるにしろ、たくさんの人を死に追いやっているのです。
 こういった事実を鑑みて、私達に罪があるのかと問われれば、社会科学的立場からならば、ないと言わざるを得ないでしょう。決められたルールに従ってそれが起こってしまっているだけで、私達は何ら不正を犯してはいないのですから。
 従っているルール自体が歪んでいて、そして機能的に限界があるだけです。
 自然科学的には、私達の生活の影響で人が死んでいる、という事実が、ただ転がっているだけで、そこには、何の意味付けも存在しません。
 では、
 人文科学の領域ではどうか?
 これは、その人個人によって、罪のあるなしは変わります。罪がある、と思えば罪がある。罪がない、と思えば罪がない。
 もちろん、罪があるとまでは思わなくても、こういった事実を哀しく思い、もし解決できるのであれば、解決した方が良い、と思う方は多くいると思いますが。
 ただ、その為に、何か行動に出られるかどうかは分かりません。
 ……。
 私達の感情の機能は、直接的に接していなければ働き難いものです。単なる紙切れのデータとしてだけでそれを知っても、だから、何にも感じないのです。例え、自分が間接的には人を殺している、という事実がデータとして転がっていたって、罪悪感なんて感じません。
 そして、もし仮に、あなたという人格が、自らの感情に従ってしか行動を起こせないのであれば、幾ら、そこに、多くの人を苦しめ殺している、というデータを提示されても、何にも動けません。
 人は、優しさを感じられる対象にしか、その優しさを発揮できないのです。それが人の機能としての限界で、だから、遠く離れた彼方の地に住む人々に、その優しさが発揮される事はありません。
 だから、とっても残酷で、そして、愚かなんですね。
 この世界は。

 (さあ、どうする?)
 (魔王をぶっとばすかい?)

 もし、仮に、そういったことが起こっているのが、どうにもならない事実ならば、そこに罪悪感を感じるなど無意味でしょう。それは、不可抗力なのですから。
 仕方ありません。
 ですが、それは本当にそうなのでしょうか?
 私はそうは思いません。
 何故なら私達は、世界の、貧困に苦しむ人々に比べれば遥かに裕福な状況下にあり、だから、知識や論理的思考能力を身に付ける機会にも多く恵まれていて、つまりは、その解決手段を見付けられる立場にいるはずだからです。
 そんな事はできないと主張する方がもしいるのなら、私は質問しますが、あなたは、その為に何か努力をした事があるのでしょうか? 生活を犠牲にする事はできないにしても、少しずつ知識を集め、負担にならない程度でなら、それを行えるはずです。その主張は、その努力を充分にした後じゃなければ通してはいけないはずですよ。
 もちろん、私達が食料を輸入しなければ良いとか、そんな事を言っているのではありません。問題はそんなに単純ではないのです。私達が食料を輸入しなければしないで、それによって生活に困る人々が必ず現われてしまいますから。
 この問題の解決には、もっと根本的な部分での、経済概念の変革が必要なのです。

 (経済は、奪い合いでも競争でもありません。経済の成長とは、ちょうど、生態系の成長のようなものなのです)

 例えば、
 ポーの一族に、何かしら、生産物を生産し、供給する役割を、つまり、"職業"を与えたとします。
 もちろん、その職業は、他の人々にとって、役に立つものである事が望まれます。
 すると、そこに通貨の支払いが発生をして、新しい通貨の循環場所が誕生する事になり、ポーの一族は生活の手段を得る事ができるようになるのです。
 これが起これば、経済は成長をします。
 これには、社会体制として、ポーの一族に仕事を頼めるという状況が安定してある事が必要です。
 つまり、
 人々にとって必要な生産物の存在。
 その生産物を生産できるだけの能力が、ポーの一族にある事。
 そして、その生産物の生産を、人々がポーの一族に依頼できるという体制。
 これらが必要なのですね。そして、これらが揃いさえすれば、もう、ポーの一族が餓えて苦しむ事はなくなるのです。
 だから、これらを与えてやれば、この問題は解決する事ができるのです。
 具体的には、公共設備の充実や、技能や、その他の学習の為の教育、そして、自由に仕事が始められる体制と、資本などが必要でしょう。
 ですが、
 実は、これらがあるだけではまだ充分ではありません。もう一つ、大変に重要な事柄があるのです。
 それは、通貨の循環の為の、所得格差のある程度の是正です。
 仮定モデルを使った思考でこれは分かるのですが、その詳しい説明は割愛して、単純に述べても、労働者はイコール消費者なのだから、労働者に支払う賃金が充分でなければ、消費者から得られる通貨も減り、不景気を招く事になるのは簡単に分かる事であるはずです。
 実際に、国際社会において、所得格差の大きい社会では経済はあまり成長せず、所得格差を是正している中流階級の多い社会では成長をしている事が多い、という証拠があります。
 つまり、ポーの一族で考えるのなら、その生産物の生産によって得た収入を、ある程度は皆に平等に分配しなければならないのです。そうすれば、充分な通貨を多くの人が得る事ができ、その事によってより多くの様々な生産物が消費される現象が起こるのです。もちろん、それにより、他の人間達にも通貨が巡ります。そして、そういった作用によって、社会全体にそれは良い影響を齎すのです。
 また、通貨の循環場所が絶対に増えるのであれば、その通貨需要増加分だけの通貨を増刷しても何ら支障にはなりません。だから、実は、これは国の立場ならば、比較的簡単に行えると観て良いように思えるのです。

 (僕)

 ……。
 この方法は、今(2003年6月現在)の、日本の不景気を解消する為の原理と同じです。
 (今、日本では、アルバイトや契約社員を多く雇う企業が増え、正社員との所得格差が広がっていますが、これはだから、先に述べたような理由で社会全体に対しては、悪影響を与えるのです)
 僕が、他で散々何度も書いてきたものと同じです。だから、僕の書いてきたものを、多く読んでくれている人ならば、それを一度は読んだ事があるはずだと思います。
 僕の書いてきたものは理論であって、一度だけで通用する方法ではないのです。だから、他で幾らでも応用が可能なのですね。
 貧困で苦しむ人々を救う事だってできるだろうし、まだ、もっと……、
 例えば、環境問題を解決する事だって、できるはずなのです。
 これも、詳しい説明は割愛しますが、技術的には既に可能で、労働力が余っているのであれば、今までコストがネックとなって実現が不可能とされていた技術を、現実に活かすことが可能になってくるからです。
 そして、それが可能だ、という事は、その分野での技術革新もまた進む可能性があるという事なのです。
 家庭用生ゴミ処理機、分解可能なプラスチックなどのゴミのリサイクル技術。太陽電池、燃料電池、風力発電などのクリーンエネルギー。植林や、水の浄化装置などの、環境回復技術。
 そして、そうして発達した新しい技術を現実に活かす為に、更に労働力を投入すれば、経済を成長させる事によって環境問題を改善できるのですね。もちろんこれは、逆も真なり、です。

 ―――。
 TVのニュース番組が、新しい技術開発の成功を全国に伝える。
 まずは太陽。それからアングルは急回転し、青い空と、一面の黒いタイルの上に立っている女性リポーターが、画面の中に映し出される。女性リポーターはそれからニコニコと笑いながら、驚きの表情でこう告げる。
 「はい、全国の皆さん。なんと、こちら○○技術開発社が、この度、今までよりも遥かに効率の良い太陽電池の開発に成功しました。こちらは、○○技術開発の根津さんです」
 紹介をされた技術者は、ややはにかみながら、「どーも」と言う。
 「では、早速、その太陽電池が従来のものよりも、どういった点で優れているのかを説明してもらいましょう」
 「はい」
 女性リポーターがそう言うと、やはり少し照れているようだったが、それでも落ち着いた口調で、その技術者は語り始めた。
 「この太陽電池が拘ったのは、"熱"の封じ込めですね。太陽電池というものは黒い色をしていて、太陽光線を吸収し易くしてあるのですが、その吸収した中で、電気エネルギーとして利用できるものは極わずかで、他は熱エネルギーに化けて逃げてしまっていたのです。つまり、その部分で無駄ができていたのですね。その逃げていた熱エネルギーをでき得る限り閉じ込めて、電気エネルギーとして利用してやろう、というのが、この今回開発に成功した新しい太陽電池の発想なのです」
 それを聞くと、女性リポーターはやや演出過剰で驚きを表現し、こう言う。
 「ちょっと難しい説明でしたが、何となくは分かったのではないでしょうか? 凄いですねー。今までの太陽電池では、全国の各家庭に設置しても、全電力の20%ほどしか賄えないと言われていたものが、この太陽電池を使用すれば、もしかしたら、30%!いえ、50%すら可能になるかもしれないのです。
 そうですよね? 根津さん?」
 地味な反応で、それに返す技術者。
 「はい。可能性だけならば、それくらいはあるはずです」
 それに続けて、リポーターは告げる。
 「で、その太陽電池が何処にあるのかと言うとですね、なんと、実は、さっきからこの私達が立っていたこの地面。一面の黒タイルが、全てそうだったのです!」
 画面は地面に向けられ、それからまた女性リポーターを映し出す。
 「先ほどの説明で、太陽電池が熱エネルギーを閉じ込めるとありましたが、だから、この黒タイルのある場所は、空気中に熱エネルギーが伝わってこない為、他の場所よりも少し涼しいのです」
 技術者が再び口を開く。
 「具体的には、ガラスと太陽電池の間に真空の空間を存在させ、伝導による熱移動を防ぎ、熱を閉じ込めました。それ以外にも色々とあるのですが、それは企業秘密という事で…」
 そこで画面は切り替わった。

 ―――。
 経済概念の変革で、齎される効果は、恐らく、こういったものばかりではありません。
 "経済"以外の部分にだって、その効果はあるはずなのです。
 例えば、紛争問題。
 貧困が原因となって起こっていた紛争は、経済が成長する事によって、当然なくなるはずです。
 また、この経済概念は、社会システムが奪い合いではなく、創造の上で成り立っている事を示してもいます。そして、システムを形作る概念は、そのまま人間社会の形成にも影響を与えます(社会システムによって、その国家がどれくらい変わってしまうのか、それは歴史が証明していますね)。
 奪取する方略から、創造する方略へ。
 つまり、人間社会の方略の転換を、この概念の変革は起こす事ができるはずなのです。
 もちろん、全ての奪取する方略の要素が消える訳ではないでしょうが、まるで生態系の中の動物のように、その要素は、全体の一部分でしかなくなるのです。
 そして、その事が、紛争の軽減に結び付くだろう事は、想像に難しくありません。

 ―――。
 新しい太陽電池が、家の屋根に設置されている光景を見ながら、子供は父親に向ってこう尋ねた。
 「ねぇ、お父さん。この黒い板が、太陽の光からエネルギーを生み出してくれるのでしょう?」
 父親は、それに直ぐに応える。
 「ああ、そうさ。太陽のエネルギーを吸収して、生活に必要なエネルギーに変えてくれるんだよ。冷蔵庫とか、部屋の明かりだとかね」
 「ふーん」
 それを聞くと、子供はしばし考え込む。そして、
 「それってまるで、植物みたいだよね。光を受けて、力を得る」
 そう言った。
 父親はそれを聞いて、少し驚いたような感心したような表情を見せる。それから、それに対してこう述べた。
 「うん。その通りかもしれないな。人間社会は植物になったんだ。奪い合いに固執する事をやめ、創造する行いを主にするようになったんだよ」
 ――それは、単にエネルギーの事柄ばかりではなく、社会の成り立ち全体にも言える事だ。
 経済の成長。
 新しい通貨の循環場所を作る為には、所得格差を抑えなければならない、という事実。
 消費者を創造する為には、"利益の分け合い"が必要。
 「ふーん。それならさ、この太陽電池は葉っぱみたいなもんなんだね。僕らの家の」
 「そうだな。社会全体の、というには、生産する電力が少な過ぎるものな。でも、もしかしたら、これから先、社会全体の葉っぱだって作られるかもしれないぞ」
 ………。

 (葉っぱ)

 ポーの一族は砂漠に来ていた。
 新しい生活を始める為だ。
 それは彼らにとって一大決心だった。
 通貨の循環場所を増やす、という発想によって行われた経済成長は、ポーの一族の住んでいた社会にも良い影響をもたらしていた。開発が進行すれば、その為に起こるだろうと予想されていた一時的な環境問題も、先進国の失敗に習い、また、技術協力を得、最小限に抑える事に成功していた。
 もちろん、貧困が解消した事によっての紛争もなくなっていたし、お互いに交流を持つことが、お互いの利益になるという事実を学習した為に、それ以外が原因での紛争も少なくなっていた(これは、ほとんど全世界で起こっていた現象だった)。
 だから、ポーの一族が、自らの土地を離れなければいけない理由など、何処にもなかったのだ。だが、それでも、ポーの一族はそれを行った。
 この試みを呼びかけられたのは、ポーの一族ばかりではなかった。様々な人間達に声はかかっていた。しかし、最終的にポーの一族のみが、それに応じたのであった。砂漠で生活をする事がとても辛いというのは、誰にでも簡単に予想できるだろうから、それは当然の結果だった。
 ポーの一族が、砂漠で生活する事に決めたその理由は簡単だ。
 自分達が、全世界に貢献をしたいと思っていたからだ。
 否、本来はそんなに殊勝な理由ではなかったのかもしれない。悔しかったのだ、彼らは。単に。
 様々な面で、先進国の協力を得、それで何とかポーの一族は貧困から抜け出せたようなものなのだ。それは、決して自力であるとは言い難かった。酷い貧困に陥ったそもそもの原因の一端が、先進諸国にあるのだとしても、それでも、やはり彼らは自分達が情けなかった。だから、先進諸国に対して、その"借り"を返しておきたかったのだ。
 こうして、実験的試みを、自らが買って出る事によって。
 ポーの一族が頼まれた仕事とは、砂漠においての、太陽電池による電力発電の管理だった。
 熱効率を重要視する太陽電池が開発されてからというもの、人々はある構想を思い描いていたのだ。砂漠に、太陽電池による発電所を設置し、他の人が暮らす地域への電力供給に役立てよう、という。
 一年を通して雨が降る事はほとんどなく、高温で、しかも強い陽射しが常に降注いでいる砂漠は、太陽電池を用いた発電には適していると考えられたからだ。
 近場には、直接電線を引いて電力供給を、遠くの地域には、発達した蓄電技術によって電力を貯め、運搬によってそれを行う。
 それが可能なのかどうか、どれくらいの量の電力が得られるのか、実際に行えばどんな問題が生じるのか、また、自然環境に対する影響も、ポーの一族による実験によって確かめられる予定だった。
 砂漠に熱効率に優れている太陽電池を広大な面積に設置する。それは、つまりは、熱をその地域から奪う事でもあり、天候に影響を与えてしまうだろう事は当然、予測すべきことなのだ。砂漠という地帯の、地球全体での役割がまだ未知という事も考慮され、実験で確かめながら、慎重にそれを行った方が良いと判断されたのである。
 広大な面積に設置をされた太陽電池。ポーの一族の住む場所は、その中で極わずかだった。

 ソーラー・ビレッジ in 砂漠

 毎日、その管理を行うのは、やはり辛い作業だったが、それでも、行く前に予想していたよりは、その暮らしは遥かに楽なものだった。
 欲しい商品もネットなどを通して手に入れる事ができる。賃金も充分な量が支払われる。
 生活に困る事はなかったし、それなりに優遇もされた。
 砂で汚れた表面を毎日綺麗に磨き、点検や修理も行う。
 この仕事は、人間社会全体の、動力源の一部を担う可能性を秘めているのだ。
 そう思う事が彼らの誇りになっていた。
 彼らの社会は、まだまだ、これから発展をして行くのだ。
 もちろん、この世界の全ても、それは同様である。

 ………。

 (でも、)

 今のままでは、これは単なる夢想です。
 現実では、まだ、多くの人々が苦しんでいます。苦しむ必要なんかないはずなのに、それでもまだ苦しんでいます。
 ポーの一族は、確かに僕の空想の産物ですが、似たような立場の人々は、世界にまだまだ多くいるのですから。

 (さあ、どうする?)
 (魔王をぶっとばすかい?)

 もし仮に、この世界全体に、労働力が足らないのであれば、環境問題を改善する事によって経済を成長させるなどといった方法は不可能です。ですが、先進国で労働力が余っている現実、そして、技術発達が進んでいない発展途上国において、生産効率の向上がこれから期待できるだろう現実を鑑みれば、これから先に、まだまだ労働力が余るだろうことは簡単に予想ができます。
 つまり、この方法は、これから先、長期間に渡って用いる事ができそうなのです。
 ですが、
 如何に、理論的に考えて可能であろうが、その理論と方法を人々が拒絶していては、実現など不可能です。
 だから、これは、今は単なる夢想なのです。
 ある小説家と漫画家が、それぞれ別の場所で、同じ様な事を言っていました。

 "私達が、自分達の未来を希望的に思い描けないのは、想像力が枯渇しているからだ"

 ………。
 夢想は、現実に影響を与えます。
 それが、理論的事実を内包した夢想であるのならば、尚更です。

 ………。

 僕は、種を埋めているようなイメージで、こういったものを書き、そして、人に見せています。
 この"夢想"を現実にする為の種。
 その種の中心には、もちろん、理論という名の胚があります。この種が育てば、僕の抱いた夢想が現実になる。
 この種を埋めている場所は、他の何処でもない、あなた自身の心の中です。
 そして、あなた自身は気付いていないかもしれないけれど、その種は既に芽吹いているのです。
 僕の文章を読んだ瞬間から、実は芽吹いているのです。
 ですが、その芽にはまだ光が当たっていません。だから、その芽は白く弱々しく、今にも枯れてしまいそうなのです。そして、それに光を当てるのを拒んでいるのは、あなたの中にある"魔"なのです。
 現実の、様々な問題、様々な悲劇を解決できる可能性を知りつつ、その為に何も動くことをしない、動くことをさせない、そういったあなたの中の人間の性質の全て。
 "魔"です。
 この"魔"は人間であれば誰の中にもあります。もちろん、僕の中にだってあります。そして、この皆の中にある"魔"は、皆が集まれば結託をして、集団となり、そうして、大きく巨大な"魔王"となるのです。
 この"魔王"の為に、解決できる悲劇でさえも解決できません。
 世界は鈍感で愚かで、そして残酷なままです。
 その歪みは、直せるはずなのに…

 さあ、どうする?
 魔王をぶっとばすかい?

 僕はこれからも種を埋めつづけます。そして、あなた自身がそれに光を当てる事のできるのを祈っています。あなた自身にしかそれはできませんから。

 嫌われ者になる覚悟で、
 僕は、この世界を否定しつづけます。

 魔王を、
 魔王をぶっとばせ!

 (終り)

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