「新しい歴史教科書をつくる会」問題


教科書問題駐日大使を一時帰国韓国日本に不快感(中国新聞2001年4月10日)
 韓国政府は9日、日本の「新しい歴史教科書をつくる会」主導で執筆された中学用歴史教科書が検定を通過したことに関し「日本の事情を聴取、今後の対応を協議するため」として、崔相龍・駐日大使を一時帰国させることを決め、10日にソウルに戻るよう指示した。日本政府への不快感の表明とみられる。
(解説)..「新しい歴史教科書をつくる会」主導で執筆した中学用歴史教科書の検定合格が発表されると韓国マスコミは強く反発、抑えた反応を示した韓国政府は野党などから「日本寄り」「生ぬるい」と批判された。....市民団体が抗議を繰り広げる中、早期の対応を迫られた現実がある。...

 韓国民衆はなぜ反発するのか?韓国政府は、なぜ日本政府に不快感を表明するのか?考えてみましょう。
参考に、「新しい歴史教科書をつくる会」の主張を、「国民の歴史」(西尾幹二、産経新聞社)から引用します。


(資料)

1,「国民の歴史」西尾幹二、産経新聞社

2,歴史認識違いを認めて自由に意見交換を 鈴木邦男(新右翼団体「一水会」顧問・評論家)
3,戦争の歴史を生々しく証言


資料1,

国民の歴史

新しい歴史教科書をつくる会

(1)一文明圏としての日本列島 

 ..古代の帝国の崩壊と交代のプロセスの後に、歴史が没落していくように見えたまさのそのとき、新しい呼吸を始め、生命を打ち出した地域があった。..ひとつは日本であり、また中国専制国家体制に押しつぶされるまでの朝鮮半島であり、そしてゲルマン民族の動きであった...。...紀元6世紀から10世紀にかけての地球上の胎動...。(p11)とりわけゲルマン民族とわが古代日本は、のちに近代社会を生み出していく地球上の大きな原動力となっており...(p12)

(2)日本は異質で独自な国家

 東アジアで独自な道を選んだのは日本だけであって...。907年の唐の滅亡後は、もはや大陸からは決定的な影響を受けることなく、異質で、独自な国家形成を進めて今日に至っている。(p17)

..日本文化は東洋と西洋との2大文化が対立するその中の東洋文化の一翼ではない。西洋、東洋を問わず、両方ひっくるめたユーラシア大陸の文化全体と日本の文化とがあい対しているのである。(p39)日本はユーラシア大陸に対峙した独立の一文明である。(p126)

 ..「文明」すなわち「西洋化」において日本がすでにいちだんと他のアジア諸国を凌いでいることを、維新からわずか30年未満の時点で直観し、行動で示したがった事実は、日本の「近代化」が維新よりはるか前に始まっており、ユーラシア大陸との別系統の文明に属していたがゆえであるという本書の主題をあらためて裏づけている。(p529)

  日本という国号が誕生してからまだ2千年はたっていないが、この列島の文明はユーラシア諸王朝の交代劇を尻目に、ひたすら上昇しつづけてきた。(p40)

ヨーロッパ文明と日本文明の異質性(p29)

中国文明と日本文明の異質性(p31)

(3)日本史

 日本史は大きくみて三つに区切られる..縄文・弥生の1万年と、古代日本(室町まで)と、近代日本(織田信長以降)の三つである。(p29)

 日本は17−18世紀、ようやくヨーロッパが「有力文明」の体現者としてふるまい始めたほぼ同時期に、世界的レベルでの先端をゆく「有力文明」の一つに達していたのは明らかではないだろうか。そう考えなければ明治からのわずかな期間での日本の成長は説明できない。(p352)

 西洋史では、大航海時代を「近代」の始まりとする。(p374)

(4)中国と韓国

 ..無力であったにもかかわらず、日本に理由無き優越感を示し、扱いにくい、面倒で手に負えない存在..(p509)

(5)日韓問題をどう考えるか

 私は悪いことをしたと日本人がまず考えるべきではないし、朝鮮の人と対話するときにも、頭から当時の国際情勢を理解することを求め、国際社会の条理にかかわる歴史理解に道徳は介入できないことを説得すべきだろう。悪いことをした、しかし部分的に日本はいいこともしたというような姑息な言い方はやめよう。われわれはなにも悪いことはしていない。(p720)

 いま求められる日本人の決断

 大切なことは日本人が自分の人の良さと自分の甘さをよく知るべきで、それが国際的にはなんら有効性を持たない、むしろ相手や周りの国に被害をもたらすものだということを知らなくてはならない。(p724)

 イギリス人の、自分の悪をもどこ吹く風と受け流す飄々とした語り口を身につけることである。アメリカ人の、自己を主張するべきときなんのためらいも、けれんみもなく胸を張って自己中心の世界像を描き出す物怖じしない態度を学ぶことである。(p727)

(6)日本の天皇制度

 ..日本の天皇制度が具体的な政治権限からある程度距離を持つという性格、ないしは祭祀的役割を最初の形態においてすでに有していたことは、やがて始まる日本史の権力と権威の分立体制を先取りしていたと解し、むしろ積極性をそこにみる。..日本型「政経分離」の知恵..(p196)

(参考)「国民の道徳」p113

 明治以降、天皇制は形式としてはむしろ整備されたのだといえる。明治以前では、皇室と仏教のつながりが大変に強かった。それに対して明治以降は、人為的にせよナショナル・アイデンテイテイを確認する必要に迫られたために、神道という古来の宗教にまつわる儀式にあてがうことになった。廃仏毀釈などは、国民の信仰にまで政府が介入するという意味で、認め難いやり方ではあったが、国家の儀式という点では、国家神道は納得できるものだといってさしつかえない。天皇・皇室の存在がいわば歴史的に整備されたということである。

(7)古代史について

 稲作の普及は人の移動ではなかった(P79)

 魏志倭人伝は歴史資料に値しない(p150)

すべての歴史は神話である(p118) 

「古事記」や「日本書紀」のばかばかしいつきり話にみえる神話は歴史でない、と戦後簡単に決めつけられたことがはたして正しいのだろうか、と問うているのである。(p119)神話はわれわれの時代から少しも遠ざかっていない。むしろわれわれの時代の歴史意識が神話的形式に近づいているのではないかと思えることがしばしばある。..神話は優れて歴史叙述の、問題であり、優れて歴史解釈の問題である。(p124)

(参考)

1,「国民の歴史」西尾幹二/新しい歴史教科書をつくる会、産経新聞社、

2,「国民の道徳」西部 邁/新しい歴史教科書をつくる会、産経新聞社


資料2,
歴史認識 違いを認めて自由に意見交換を
             鈴木邦男(新右翼団体「一水会」顧問・評論家)
 「新しい歴史教科書をつくる会」が主導して編集した歴史教科書が文部科学省の検定を通り、国内外で論議の的になっている。「これまでの歴史教科書は自虐史観に立っている。日本の歴史に誇りを持てるような教科書を」というのが「つくる会」のねらいだという。
 今までは左翼全盛だった。そこに一石を投じたという意味で「つくる会」の活動を評価する。ただ、私はかねて歴史認識をめぐる保守系文化人の主張に危うさを感じてきた。「日の丸、君が代に反対するのは反日分子だ」「南京大虐殺があったと認めるの反日だ」などと彼らは言い立てる。それは、自分たちは一点の誤りもない正義であり、自分たちと異なる意見は百%間違った悪だとして、相手の存在を抹殺する言い方だ。そこには異なる意見に対する「寛容の精神」がない。偏狭なナショナリズムであり排他主義だ。
 彼らは「日本はアジアに対して悪いことはしていない。植民地では善政をしき、西欧からの独立を助けた」ともいう。実はかって私もそう思っていた。しかし、今は違う。植民地支配の当事者や日本兵がすべて善良だったとは思えない。個人的に「いい人」でも集団になると暴走する。その怖さを私は右翼運動の中で知り、考えを変えた。
 元来、日本人は隣国の人々に対してもっと謙虚だった。昔から朝鮮や中国の人々に謙虚に学んで日本文化を形成してきた。ところが、日清、日露戦争に勝ったことで傲慢になった。日本人が誇るべきは、もともと持っていた謙虚さであって、傲慢さではない。
 私は今、日本ジャーナリスト専門学校で「現代史」の授業を持っている。70年代の三島事件、極左グループによる「よど号」ハイジャック事件、浅間山荘事件などの歴史を教えていて、自分では「立てこもり史観」と言っているが、歴史の見方はたくさんある。天皇や戦争について同じ価値観を持たせようとすること自体が間違っている。だから、昔の皇国史観の教科書をそのまま復刊するのもいいし、「反日史観」の教科書もあっていい。いろいろな史観を提示して生徒に考えさせる。混乱もあるかもしれないが、その方がいまの「暗記もの」としての歴史教育よりずっといい。
 ナショナリズムが戦争の淵源だという人々がいる。一理ある。しかし、今すぐ国家をなくせない。ならば問題は、狭いナショナリズムや排他主義に陥らないように、「開かれたナショナリズム」をどうつくっていくかだ。それには、自由に、冷静に意見を戦わせるための「言論の土俵」が必要だ。自分たち以外は百%間違いだと言い募るのではなく、意見の違いを認めて、タブーをなくして話し合うことだ。よりよい歴史教育はそこからしか始まらない。(朝日新聞 2001年4月14日、私の視点、ウィークエンドより)


戦争の歴史を生々しく証言
 「熱心に聞いてもらえてうれしかった」。先月下旬、浜田市の県立大の授業で、戦争体験を語った同市相生町、中国帰還者連絡会山陰支部副支部長の鹿田正夫さん(82)。2年生16人が耳を傾けた。
 授業では旧日本軍が中国で行い、自らも参加した三光作戦を説明。中国人を殺害した時の様子も生々しく証言した。「日本はいまだ戦争責任を認めていない。負の遺産を清算しないままの日本は21世紀のアジアで受け入れられない」と警鐘を鳴らす。
 小中学校でも語り部活動を続けている。
 「呼ばれれば、どこへでも行く。私の歩んだ誤った道を繰り返してほしくないから」(中国新聞、2001年6月3日)