健康

 身体的、精神的に病気や障害があっても、人は死ぬ最期の瞬間まで社会的に健康であり続けることができる。社会的に健康であるとは、病気や障害によって、尊厳が侵されることなく、自己決定が尊重されるということである。社会的健康の維持のためには、セルフ・アドヴォカシー(権利擁護)が前提条件として必要である。

からだ、こころ、社会的な痛みと癒し

からだの痛み こころの痛み 社会的な痛み 健康な地域づくり

(1)からだの痛み
(2)こころの痛み
 病や障害があることによる悲しみ、不安。発想の転換と支える人の存在があって、癒される。
 私たちの心は、日常生活の中で傷つけられることがあります。どんな時に、心は傷つき痛むのでしょうか。心の傷は、身体に合わない生活習慣を生み出し、疾病をもたらすことも多い。また、他者への攻撃的な行動として現れることもあります。
 小児期の心の傷は、癒されることがなければ、成人期の行動に大きな影響を与えます。自分らしさが認められなければ、小児期の心は傷つきます。成人になってからも、心は傷つきます。傷つきやすいことを認め合って、癒し合うことは、とても大切です。
 人がそばにいてくれるだけで、話をじっくり聞いてくれるだけで、心の痛みはずいぶんやわらぎます。
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(3)社会的な痛み
 病や障害があるために、社会への参画、参加を拒まれることによる痛み。社会が変わることが求められる。当事者の参画、参加への自己決定が尊重される社会であれば、社会的な痛みは癒される。
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健康な地域づくり

 身体的、精神的には、痛みや機能不全があっても、生活は健康であり、社会的にも健康でありうる。社会的に健康であるということは、その人が孤独でない、ということである。家族や地域社会の中で、役割を持ち、最期まで人としての尊厳が守られる、ということである。
 身体、精神の健康は、生きていくうえで目的ではない。それは条件の一つにすぎない。
 健康な地域づくりとは、誰をも孤独にさせない地域づくりである。人は誰も、病み、老い、「障害(機能不全)」を得、そして死を迎える。病んだり、老いたり、「障害」をもった時、そのことによって、人として尊重されなくなったり、家族や地域とのつながりを断たれるということがなければ、人は最期まで社会的には健康であることができる。
 人と人との違いを尊重し、つながりを大切にする地域社会が、健康な地域社会である。
 人は誰もが不安を抱えながら生きている。その不安を癒せるような地域社会が、健康な地域社会ということができるだろう。
 健康な生活とは、その人の尊厳が守られ、その人らしく生きている、ということである。その人の自己決定が尊重された生活です。
 心がいきいき動いているのが、健康な生活の基本である。心が動かなくなると、身体の病気を引き起こしたり、治るものも治らなくなる。
 病や老いとともに生じる身体や精神の「障害(機能不全)」があっても、私たちは、心がいきいき動く健康な生活をおくることができます。それには、健康な地域づくりが大切です。
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