インフルエンザ予防接種慎重に

 インフルエンザのシーズンが迫った。昨冬に千人を超す死者が出て大きく報道されたため、今年は早々と身構える気配が濃い。ぼくの医院にも「子どもに予防接種をしてほしい」といってくる親が増えた。聞けば、あちこちの病院で予防接種をやっているという。
 厚生省では、老人を主として全国民を対象に、大々的に予防接種を推進する施策に乗り出した。
 だが、こうした傾向には強い懸念を抱かざるをえない。というのは、インフルエンザ予防接種には、いくつも大きな疑問があるからだ。
 一は、子どもへの効果。予防接種がインフルエンザの流行を阻止できないこと、個々の子どもの罹患率もほとんど減らせないことは、前橋市医師会の調査で明らかになっている。この調査は1980年から6年間に及び、毎年7万人前後を対象にした大規模な優れたものだ。その後これを覆す調査は国際的にも現れていない。
 だからこそ当の厚生省も子どもへの接種は今後の研究課題としているのが実情なのだ。
 なのにあえて接種すれば、副作用の害のほうが心配になる。なにしろ、この予防接種が原因で死亡したり後遺症を残した人は、認定されたものだけで97年までに187人にのぼる。安全度が高いとされるタイプのワクチンになってからも、それによる脳症が散発しているのだ。
 第二は、老人への効果。これについては、国内に、判断の根拠にできる研究は一つしかない。それも対象者が無作為で選ばれた人ではないという調査上の問題をはらむ。外国の文献は数多く証拠に出されるが、日本のワクチンが成分において外国と異なる点と、老i人に対する介護や看護のレベルが内外で異なる点で、説得力を欠くといわざるをえない。
 さらに、数多い外国の文献のうち、研究方法がしっかりしたものは、ただ一つオランダの文献がみられるだけである。しかも、その研究では、どの程度症状があればインフルエンザとするかによって、効果に有意の差があったりなかったりしている。死者を考察対象から除外していることとともに、判断に苦しむところだ。
 そこで、死亡を防ぐ効果を研究した文献に当たると、予防接種をした者としなっかた者との比較の仕方に難点のあるものがほとんど。たとえば、接種しなかったのは、重度の病気を抱えているため拒否した人であったりする。これでは、死亡を防ぐ効果の証明にはなりにくい。
 さらに最近は、老人施設で積極的に接種を行っても有効性が疑わしいとする論文や、施設のスタッフへの接種を勧める論文さえ現れている。
 第三の疑問は、行政上の手続きにまつわる。厚生省は予防接種問題検討小委員会を設け、この1年ほど、インフルエンザを主に検討した。しかし、このワクチンに対する確たる評価は得られなかった。にもかかわらず、小委員会の報告には「一定の有効性は証明されている」と書かれてしまったのだ。「一定の」とは、広辞苑によれば「十分ではないが、それなりの」という意味である。こんな漠然とした報告を元に行政を進めてよいものであろうか。
 しかもインフルエンザについては、94年の予防接種法改正で、子どもに対する接種の対象疾患から外した経緯がある。とすれば、そのときを上回る検討がなされるべきなのに、なされていない。
 今度は老人が対象だから話は別という見解も出されている。だが、それなら初めての施策なので、より慎重な準備が求められるはず。特に、老人は判断力が衰えている人や重い病気を抱えている人が多い。したがって、接種を避けなければならない人かどうか確認しなければならず、同意の取り方、問診、診察など接種にあたっての技術的な基準をしっかりさせておかなければ危険だ。
 最後に、以上の諸点から、厚生省には、子どもへの接種は推奨しないこと、外国の資料のみに依拠して「有効」と断言しないこと、副作用も考慮して接種を慎重にすることを求めたい。またマスコミには、パニックをあおる昨冬のような報道は控え、予防接種の評価を公平にすることを望みたい。
(小児科医、「ワクチントーク全国」代表、東京都在住)