「共に生きる」とは自立を支え合うこと。誰も、一人では生きていけない。「生きる」とは、食べる、働く、学ぶ、遊ぶ、おしゃれする、旅する・・・こと。
誰もが対等な一人の市民として暮らしていけるまちづくり。
「障害」と自立、バリアフリーのまちづくり、男女共同参画
高齢者の尊厳はどうなっているか、 高齢者虐待の種類と定義、益田市における高齢者虐待のアンケート調査、参考文献
高齢になっても、一人の人間であり、一人の市民です。
人間としての尊厳と、生活における自己決定の保障は、誰にとっても楽しく生きていくうえでの必要条件です。
高齢になると、判断する力、実行する力は落ちます。しかし、誰かの支えがあれば、多くのことが可能です。誰もが支え合って生きています。
誰もが年をとっていきます。しかし、人生を最後まで楽しくおくりたいと願っています。
どうすれば、できるでしょうか。
高齢者市民の人権擁護のネットワークを創ることがそれを実現する道だと思います。
虐待を受けていないことが基本です。社会からの、家庭での、施設での加害者側に意識されない虐待(高齢者いじめ)が、今、注目されています。
日本の高齢者虐待の特徴(文献1より)
| @老人虐待という考え方や認識が低い、また実際に老人いじめの実態があっても、それを老人虐待として認めることに抵抗がある A老人・家族ともに家庭の事情を表に出すことに対していわゆる世間体や体面にかだわる風潮が強く、虐待が潜在化する B老人自身にも権利意識が低く、諦めの気持ちが強い C利用できる社会資源の不備もあいまって、公的サービスの利用に対する抵抗感がある D実際に虐待の事実があっても、その問題について相談・保護・支援するための受け皿がない |
私たちは、高齢者虐待の実態についてアンケート調査を行いました
(益田市における調査 32人)(複数回答あり)
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2)虐待を受けている高齢者の年齢と性
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(不明1人)
性 男12人、女17人(不明3人)
3)加害者の年齢と性
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男 11人、女24人 (注)加害者複数 3件
4)虐待に対する高齢者の行動
(益田市における調査)
(複数回答あり)
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行動の原因
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5)加害者側の虐待の原因と自覚の有無
(益田市における調査)
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まとめ
1)益田市の32人の虐待について検討しました
身体的虐待10、情緒的・心理的虐待19、介護拒否15です。
2)32人のうち16人はあきらめています。
3)虐待をしている介護者35人のうち21人は虐待の自覚がありません。
4)加害の原因としては、介護が精神的に苦痛22、介護が身体的に大変10です。
過重な介護負担が虐待の原因になっています。
5)1,虐待に対する福祉・医療スタッフおよび行政の積極的な援助、2,社会サービスとしての介護の供給が虐待予防のために不可欠です。
家族介護では、介護者に過重な負担を強います。それが、高齢者虐待を引き起こしています。加害者を責めることは簡単ですが、それでは問題は解決しません。加害者にならないまでも、その何倍も、介護に疲れ切っている介護者がいます。
介護の社会化こそが、虐待されている高齢者と疲れ切った介護者を救う根本的な解決の道です。
1,「“老人虐待”の予防と支援高齢者・家族・支え手を結ぶ」
高崎絹子ほか、日本看護協会出版会、1998
2,「高齢者虐待発見・予防のために」
ピーター・デカルマほか、ミネルヴァ書房、1998
3,「老人虐待」多々良紀夫、筒井書房、1994
4,「老人虐待」ジョセフ・J・コスタ、海声社、1988
5、「老人虐待」金子善彦、星和書店、
2000年の実施に向けて「民法の一部を改正する法律案等要綱」が99年2月16日付けで、法制審議会において決定された。この要綱の主眼は、成年後見制度の改正にある。改正の作業はすでに1995年から行われてきていたが、今回の要綱をもって国会で審議されることになった。
| 理念「自己決定の尊重と保護との調和」 1)補助類型の新設 これまで禁治産・準禁治産の対象にならなかった軽度の精神上の障害をもつ人を対象とし、代理権または同意権・取消権の範囲を柔軟に設定することができる。また、補助開始においては、本人の同意を得なければならない。失格条項の見直しも行われています。 「補助・補佐・後見」の3つの類型。 2)任意後見制度の導入 民法と独立した立法案として導入された。基本的には将来の意思能力の低下(老人性痴呆など)に備えて予め後見人を選んでおくものである。(「任意後見人契約」を公正証書によって結んでおく) 今回の法律案のもとでは、さらに家庭裁判所が任意後見監督人(後見する人を監督する)を選任することになっている。なお、成年後見人が本人の居住用不動産の処分をするには家庭裁判所の許可がいる 成年後見人の職務として、財産管理だけでなく福祉サービスなどの契約といった、身上配慮が規定された。 後見する人は今までは配偶者がなっていたが、高齢社会を考慮してこれを廃止。後見人に複数の人を選べるようにする。また、本人と利害関係のない法人も後見人になれる。 3)身上配慮の規定 成年後見人には、本人の意思を尊重し、心身の状態と生活状況に配慮する義務がある。 |
成年後見制度を、痴呆性老人が「自立生活」の道具として使うためには、「痴呆」に対する社会の偏見が是正されていることが必要条件である。
| 社会の「痴呆」に対する偏見 ・痴呆になるくらいなら死んだほうがよい。 ・痴呆になったら自分は判らなくなるからよいが、周囲の人に迷惑をかける。これには耐えられない。 |
(注)65才以上の人の100人の中で5人が痴呆になります。
| 「痴呆性老人」の望みは、普通の人間の、普通の望み ・老いて痴呆になっても、一人の普通の人間として、楽しく生活をおくりたい。しかし、痴呆のためにそれができず苦しんでいます。 ・自分が認められ、他人に役立つことを認識できるような生活がしたい。 ・自分の行動が否定されれば悲しい。それは、誰でもそうではないでしょうか?「痴呆性老人」と言われる人たちにも心はあるのです。 ・一人の人間として向き合ってほしいのです。 |
他者による「代行」だけが導入されてしまうと、かえって自己決定が制限されることになりかねない。
| 成年後見制度を受けて、厚生省は地域福祉権利擁護制度を設けました。 |
1,自立とは自己決定
| 自立って、なあに? 自分で決めて、行動する。自分の行動に責任をもつ。うまくいかなかった時、誰かのせいにしない。 自分が、すてきだと思う方向に変わっていくことに挑戦する。 自分らしく生きること。 |
自立というと、日常生活動作の自立、経済的自立がまず浮かぶのですが、自立の根本は、「精神的自立」だと思います。「障害者」に対して、自立が、求められていますが、障害のない日本人は、自立しているのでしょうか?自分でもできていないことを、他者である障害者に押しつけていないでしょうか?「誰もが一人では生きていけない存在」だから、「自立を支え合う」。こんな気持ちを大切に、自立について考えてみませんか。
(1)日本人の多くは、「自立」していない
「自立」を、自己決定と定義すると、自立できていない日本人の方が多いのではないでしょうか?先例や周りの人の言動で、自分の行動を決めていく場面が、多いように思います。自分でじっくり考えて、自分の意思をもつことは、日本では、あまり尊重されてきませんでした。それが「自己決定」できない日本人を創り出してきたように思います。
(2)「自立」は、日本人にとって「異文化」である
集団での決定は異なる意見を表明しあって決めるのではなく、根回しで決める
「おまかせ」、「温情主義(パターナリズム)」が評価される。
「自立」ということが、なかなか理解されにくい。
「思考停止」人間が求められてきた。
(3)「2つのきまり(ダブル・スタンダード)」
日本人の社会の中では、「裏と表」「公と仲間内」の2つの取り決めがある。「よそもの」にきびしく、「うちわ」に甘い。
「本音」と「たてまえ」→違うのが、あたりまえ?
(4)日本人は。「自己主張」が下手な人が多い
日本人は、「自己主張」が下手である。自己主張とは、自分の意見を押し通すことではない。自分の意見を持ち、それを表明することができ、同時に、相手の意見をきちんと聞ける、これが自己主張の前提条件である。
(5)「かごの中の安全」か、「危険はあるが、大空の自由か」
選ぶのは、自分自身だ
(6)「自立」の反対語は、「依存」
「自立」は、英訳すると、independence
欧米では、依存した生き方に対する評価は低い。「自分は、依存して生きたくない」と思っている人が多い。「障害者」の「自立」を求める声を、あたりまえとして受け止めることができる。
2,自己決定の前提条件
「自尊感情」
「今の自分が好き」、「暴力(身体、言葉、制度)からの生存者」
「おまえは、だめ 」というメッセ−ジに対して、「ノ−」を言えるようになろう
自信を持つ→ 自分は大きな存在によって生かされているということを信じる
どんな小さなことであっても、選択する経験を積み重ねる
ピア・カウンセリング
3,「障害」とは、「社会的不利」
障壁を取り除くのは、社会の仕事、障害のある市民も社会の一員
誰もが参画してつくりあげるバリアフリ−
・レッテルをはられている当事者の視点から生活を見る
4,自立生活運動、機会平等理念、ノ−マライゼ−ション
(1)自立生活運動
・自分で自分の方向を決め充実した生活を営むために、必要なサービスは自分で管理したい。これまでは、自分の生活を他人に管理されてきた。
・自分で自分の方向を決める活動的なライフスタイル
・身体の自立は、精神の自立の必要条件ではない
・施設の外で生活するためには、どのようなサービスが最も重要か?
→それは、パーソナル・アシスタンスである。
・ベンチレーター(人工呼吸器)を使っているポリオ後遺症の患者たちが、病棟を最初に去ったのはカリフォルニアとデンマークであった。
−「雇用者」としての「障害」当事者−
カリフォルニアとデンマークでは、サービスの提供の管理を最も必要とする自分たちのアシスタントの正式の「雇用者」になる選択が、「障害」当事者に与えられていた。アシスタンスへの要求が広範囲になればなるほど、当事者にとって自分自身のやり方を作り上げていくことがますます重要になってくる。
重度の「障害」当事者が、自分の家で生活できるようになったのは、アシスタントの管理権を持つようになったからである。
・自分のエネルギーをどのように使うかの選択は、自分のもの。
当事者の多くにとって、アシスタントを利用する理由は、単に、自分ですることのできない事の手助けが必要だからということではない。当事者が自分でできると思われる多くの事は、膨大な時間とエネルギーを必要とする。その時間とエネルギーを仕事や他の活動に使いたいからである。
・融通性のある当事者管理のプログラム
決定を行う際の当事者参加
ボランティアに頼るプログラムは計画すべきでない。
可能な限り中央化した資金提供、可能な限り地方分権化したサービス提供
(2)機会平等理念
すべての人々は、知的にハンディを持つ人々も含めて、正当な機会が与えられれば、自分で自分の方向を決めていく力を伸ばせる。
(3)ノ−マライゼ−ション
誰もが自分らしく生きていくのが普通の社会だ。誰かを排除しようとする社会は、普通の社会とは言えない。
(4)インテグレーション(統合)
同じ場に存在することに意味がある。「街に慣れる、街が慣れる」
(5)パ−ソナル・アシスタント・サ−ビス
最も検討を要する場は学校と職場に代表される。この二つの場所では、アシスタントの有無が、隔離された学校や作業所に行くことを余儀なくされるか、自分の才能と好みによって教育や仕事を選ぶことができるかの違いとなて出てくることが多い。
[学校]
プログラムの下では、アシスタントは生徒について学校に行き、トイレに行く手助けをしたり、昼食を食べたりノートを取ったりするのを手伝う。
[職場]
労働者へのパーソナル・アシスタントの提供。アシスタンスは実際的な介助の形を取り、具体的には自動車の乗り降りやトイレに行くときの手助け、机の上の重いものの整理、その他労働者が自分の仕事をできるような他の手助け。
[インホーム・パーソナル・アシスタンス・サービス]
「障害」当事者と高齢者のためのプログラムは一般の人が利用できるサービスと統合されており、福祉プログラムという負い目を負っていない。子どものいる家庭が、両親が一時的に病気であったり、または、子どもの世話ができなかったりする時に利用できる。
[パーソナル・アシスタント・システムの当事者管理]
必要な資金、働き手の募集(宣伝、面接、選抜、契約の作成、雇用及び解雇)やアシスタントの訓練、動機づけ、監督および予定づくり。後援する行政機関との交渉。
5,自立を支え合う、自分らしく生きることを支え合う
助ける人、助けられる人の区別がない
誰もが、助ける側であり、同時に助けられる側である
[ピア・カウンセリング(仲間相談)]
(参考)
1,「ピープル・ファースト支援者のための手引き当事者活動の支援と当事者参加・参画推進のために」
ビル・ウオーレル(河東田 博 訳編)、現代書館
2,「スウエ−デンにおける自立生活とパ−ソナル・アシスタンス当事者管理の論理」
アドルフ D.ダッカ、現代書館
3,「『ノー』をいえる子どもにCAP/子どもが暴力から自分を守るための教育プログラム」
サリー・クーパー(森田ゆり 監訳)、童話館出版
4,「95年(平成7年)版障害者白書バリアフリー社会をめざして」、総理府 編
5,「自立生活の思想と展望福祉のまちづくりと新しい地域福祉の創造をめざして」
定藤丈弘・岡本栄一・北野誠一 編、ミネルヴァ書房
6,「これからの社会福祉D現代の障害者福祉」
定藤丈弘・佐藤久夫・北野誠一 編集、有斐閣
7,「生の技法家と施設を出て暮らす障害者の社会学」
安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也、藤原書店
〜老いても、「障害」があっても笑顔で暮らせるまちづくり、
誰もが楽しく暮らせる街づくり〜
(1)現代社会とは?
| 誰もが、遅かれ、早かれ、「老人かつ/又は『障害』者かつ/又は末期ガン患者」となる社会 |
(2)そういう社会は、どうあった方が、誰にとっても、より心地よいか?
| QOL(Quolity of Life)生活の質、生命の質、人生の質 |
<QOLを高める環境>
・自己決定
誰にとっても「自分の人生の主人公は、自分」
<QOLを損なう環境>
・孤立
| WHO憲章前文における健康の定義改正案 (現行) 健康とは、完全な肉体的、精神的および社会的福祉の状態であり、単に疾病および病弱の存在しないことではない(官報掲載訳) (改正案) 健康とは、完全な肉体的、精神的、スピリチュアル及び社会的福祉の動的な状態であり、単に疾病及び病弱の存在しないことではない。 |
3)老い、障害を、我が身に引き寄せて考えてみる
〜「生老病死」と「バリアフリー」〜
| 1)交通事故にあって、頸髄を損傷して、四肢麻痺になったら、生活はどう変わるだろうか?風景は、どう変わるだろうか?その時、私は、何を支えに生きぬけるだろうか? 2)老いて、もの忘れがひどくなり、体が不自由になった時、生活はどう変わるだろうか?風景は、どう変わるだろうか?その時、私は、何を支えに生きぬけるだろうか? 3)がんをかかえながら生きるとき、生活は、風景は、どう変わるだろう?そのとき、何を支えに、生き抜いていくか? |
この3つの状況は、誰もが、なりうる状況である。誰もが笑顔で暮らせるまちづくりは、どんな状況になっても、自分が笑顔で暮らせるまちづくり。
近代は、老病死を日常生活から、覆い隠してきた。高齢者、「障害者」は、離れた場所に隔離されてきた。高齢化社会を向かえて、「老い、障害と共に生きる」ことが、誰にも求められている。
中高年の自殺も多い。「若くて健康で能力のある人間しか必要としない」社会は、「不健康な社会」では、ないでしょうか?
生きているということは、「あたりまえ」のことではない。とても不思議なことです。意味のない人生などない。「存在」していることに、大きな意味がある。
4)「孤立」について
誰にとっても「孤立」はつらい。「孤立」は、笑顔を奪い、人の生きる力を奪う。老い、障害は、「孤立」を、もたらしがちである。自分でそうすることもあるが、環境が、「孤立」に追い込んでいくことの方が、はるかに多いように思う。
| 如何なるが 苦しきものと 問ふならば 人をへだつる 心とこたへよ (良寛) |
老い、がんをかかえて生きるとき、「孤立」は、寝たきりと病の増悪をもたらす。「おかわいそうに、お気の毒に」という憐れみと同情が、「孤立感」をもたらす。
命のつながりに包まれて生きるとき、人は、萎えかけた生命力を、とりもどす。
人がいきていく上で、まず必要なのは、命のつながりを実感できることである。
老いや病や事故によって、人は、「障害者」となる。その時、「孤立」を強いられるとしたら、状況に対処する力が湧いてくるだろうか?
1)高齢者、「障害者」を取り巻くバリア
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2)ノーマライゼーションの考え方
〜誰もが、普通に暮らせるまちづくり〜
食を楽しむこと、移動すること、芸術を楽しむこと、学ぶこと、働くこと、社会の役に立ちたいと思うこと、恋をすること。
そんな普通のことが、誰にも保障されたまちをつくっていきたい。
「障害者だから...」「障害者のくせに...」「高齢者だから...」「高齢者のくせに」こんな理由で、ごく普通の生活をあきらめなければならなかったり、あきらめさせるようなことのないまちをつくっていきたい。
3)どうすればバリアは解消できるか?
1,物理的な障壁
交通バリアフリー法
2,制度的な障壁
欠格条項の見直し
3,文化・情報面での障壁
4,意識上の障壁(心のバリア)
4)どんなまちづくりが必要?
・「自立・共生」のまちづくり
「個人の自立を基本として『多様性と連帯の社会』をつくる」
(98年度厚生白書p6)
分離教育から統合教育への世界の流れ
個別性の重視と個別教育ニーズへの配慮
アメリカの「個別障害者基本法」に学ぶ
助け合い・支え合い・分かち合いのペア学習・斑学習(生徒同士が教え合う)
個別教育プログラム
・学ぶこと、働くこと、生活することを支え合う社会へ
ピアカウンセリング
「安心と自信」の拠点づくり
・アサーショントレーニング
・「障害者」に対する偏見、いじめ、暴力のない社会
1)個別障害者教育法(アメリカ)(1975年制定、1997年改正)
今日、全障害生徒の約95%が、地域の公立学校に通学し、そのうちの半数は年間の授業日数のうち少なくとも80%を障害のない児童、生徒たちと共に教育を受けている。
個別障害者教育法のもとで支援されている教職員研修、技術的指導員、研究調査なしでは実現不可能なことであった。
普通教育を含めた学校教育全体の改革、障害観・人間観の転換、社会全体の改革への志向が迫られている。
2)自立生活運動
3)当事者参画
5)障害当事者、高齢当事者の行動に学ぶ
ピープルファースト
ピアカウンセリング
グループホーム
6)今、私たちにできること
〜一人でも、できることはある〜
小さな力、小さな行動。でも、その積み重ねを信じたい。
(参考)
1,「車いすでアジア」山之内俊夫、小学館、2000
2,「新版愛、深き淵より」星野富弘、立風書房、2000
3,「冥冥なる人間ある重度障害者のエクリチュール」可山優零、川島書店、1992
4,「上の空頸髄損傷の体と心」藤川 景、三五館、1993
5,「頸髄損傷自立を支えるケア・システム」松井和子、医学書院、1996
6,「中高年の自殺を防ぐ本」高橋祥友、法研、2000
7,「八十歳、わが日々を生きる」
フロリダ・スコット・マクスウエル、草思社、2000
8,「八十路から眺めれば」マルコム・カムリー、草思社、1999
9,「老いを生きる意味」浜田 晋、岩波書店、1990
10,「老年期生き生きとしたかかわりあい」E・H・エリクソンほか、みすず書房、1990
11,「自立生活の思想と展望福祉のまちづくりと新しい地域福祉の創造をめざして」定藤丈広・岡本栄一・北野誠一、ミネルヴァ書房、1993
12,「プロブレムQ&Aバリアフリー入門誰もが暮らしやすい街をつくる」もりすぐる、緑風出版、1999
13,「1995年障害者白書バリアフリー社会をめざして」総理府
14,「世界の統合教育と日本の現状」季刊福祉労働86号、現代書館、2000
15,「私たち遅れているの?知的障害者はつくられる」カリフォルニア・ピ−プルファースト、現代書館、1998
16,「FOR BEGINNERS障害者」後藤安彦、貝原宏、現代書館、1995
17,「それでも人生にイエスと言う」V・E・フランクル、春秋社、1993
18,「『ささえあい』の人間学」森岡正博編著、法蔵館、1994
「一職人であること、一生活者であること」を楽しむ人生。そういう人生があってもよいと思う。そういう人生を支えあう<人のつながり>があってもよいと思う。自立・協働の地域づくり、言葉にすればそうなるだろうか?
<ゆっくり、やわらかく生きる>、そういう生き方があってもよいと思う。<ゆっくり、やわらかく生きる>、そういう生き方しかできない不器用な人もいて、それもいいんだと思う。
自他肯定・自他尊重、そういう生き方があってもよいと思う。そんな、やわらかな生き方があってもよいと思う。ひとり籠もることによって、大きなものとつながる、そういう生き方があってもよいと思う。
(参考)
1、「熊谷守一画文集ひとりたのしむ」求龍堂、1998