「研修制度」の適正化を
劉 勝徳 (岡山県華僑総会会長) (2000年5月13日中国新聞「中国論壇」より)
深夜、電話が鳴る。留学生からだ。「会長、研修生がひどい状態です!川崎医大に行ってください。指が2本切断されました。」1998年1月のことだった。年輩の労働者が重たい電動ノコギリだ作業しているのを見かねて、研修生の一人が変わって作業をしていた時に切断してしまった。同じ病院にはその5か月前、両足切断でも一人の研修生が入院していた。帰宅途中に社長の親族が居眠り運転していた車に同乗、事故に遭遇した。私は岡山県下に在住する中国人同胞の権益を擁護する立場にある。彼らの支援を通して外国人研修制度の実態が見えてきた。
研修制度は91年に法務、外務、通産、労働、建設の5省共同で国際研修協力機構(JITCO)を発足させ、日本の優れた技術を海外に移転する国際貢献事業として誕生した。けがをした二人は祖国・ 陽で応募、約200人の中から選ばれた26人で来日。県内の事業所に分割就労したのである。
商工会や受け入れ企業の合同歓迎会では、企業の責任者から「働きぶりによってはボーナス支給もある」との発言があった。1年目の研修生は労働者ではないとの位置づけでボーナスなど支給されないことは理解していたにもかかわらず、甘い期待を持たされた。
この制度では生活・技術面の指導員を置くようになっているが、大手企業以外はその余裕もないのが実状である。受け入れ企業の多くは近所のおじさんおばさんたちがアルバイトで支えている零細企業がほとんどだ。当然、一企業では受け入れ資格さえないところを、商工会が地域全体の従業員数を基に研修生の研修生の数を算定している問題点もある。
事故を知った広島入管は岡山出張所に調査を指示。その結果、「カリキュラム通りの研修が見受けられrない。資格変更は許可できない」とのことだった。彼は研修1年目が終了した時、会社側から「君たちはよく頑張った。試験にも合格したから実習生として採用する」と約束されていたのである。それが反古にされたわけだ。
研修生は「入国以来、会社の言うことを守り、頑張った。私たちの何が悪くて許可できないのか」と訴えたが、日本側は「けがの青年と付き添い一人以外は全員帰国させる」との方針を示した。研修生は全員帰国を望んでいない。日本側が保障した3年間の雇用期間を守るよう求めた。それぞれに、出国時には親類縁者から借金をしてきている。働けないと、その借金だけが残る結果になる。
帰国の折、一人の研修生が岡山空港でゲートから走って私の足元にすがりながら「帰らない。何も解決していない」と訴えた。空港ロビーは騒然となった。商工会や企業側は研修生を何とか出国させようと力ずくで引っ張る。私は、駆けつけた警察官にまず保護をし、彼の言い分を聞くように求めた。
毎年、アジア各国から5万人もの青年が研修生として来日している。現在の入国管理法では単純労働者の就業は認められていないが、少子化と不況の中、若手労働力不足に悩む中小企業の要求にこたえ、研修制度を農業、漁業、園芸やホテル、介護などの分野に拡大しようとの動きもある。
これ以上不幸な若者を出さないためにも、私は提案したい。派遣先の中国側は、日本での仕事内容、生活環境を確認し、本人に理解させるとともに、賃金など金の流れを透明にすることである。受け入れ先の日本側には研修内容を正しく伝える義務がある。甘い言葉で過度の期待を持たせてはならない。さらに第三者によるチェック機関の設置も必要だろう。人権の保護という観点からも早急な対策を切望したい。
日本の高い技術を学んだ若者たちを、健康な体で家族の元に帰してあげたい。それが私の願いであり、この制度の目的そのものにもかなうはずである。
(筆者略歴)
1946年出雲市生まれ。島根県出雲商業高校卒。鳥取、島根両県の華僑総会事務局長を長年担当。81年岡山県華僑総会設立事務局長。95年から会長。華僑青年交流委員会委員長。