古事記

「古事記」と島根県(出雲、石見、隠岐)

出雲健の征伐
 さてそうして、都へお帰りになる途中、山や川や海峡などにいる神々をみな帰順させ穏やかにさせて、都に上る道をたどられましたが、道順で出雲の国にお入りになりました。そこでその国の出雲健を征伐しようとお思いになり、その地に着くとすぐ友だちの関係を結ばれました。そしてひそかにいちひの木でもって見せかけだけの刀を作ってそれを腰におつけになり、健と一緒に斐伊川で水あびをなさいました。そこで倭健の命は、出雲健より先に川から上がられ、出雲健がはずして置いてあった刀をご自身の身にお着けになって
『太刀を交換しよう。』
 とおっしゃいました。それで後から上がった出雲健は、倭健の命のにせの太刀を身につけました。さてそこで倭健の命は注文をつけて、
『さあ、太刀で果たし合いをしよう。』
 とおっしゃり、それぞれの太刀を抜こうとしましたが、出雲健はにせの刀なので抜くことができません。そこをすかさず倭健の命は刀を抜いて出雲健をうち殺してしまいました。その時に御歌に、
 やつめさす 出雲健が はける太刀 葛さは巻き さ身なしに あはれ
 とあります。そして、このように打ち平らげられて、都にお帰りになり、天皇にご報告をなさいました。 」(参考文献1,p132〜3)

(参考)
1,「古事記物語」太田善麿、教養文庫、1971