受容・支持、「肺ガン」体験、自然な支え合い、「存在」力、余生(与生)を生きる、参考文献
医療者の仕事は、なにか、と思う。「痛みのケアと予防」、「受け止め・支え・つなぐ」ことかな、と思う。
痛みには、体・心・社会・霊的な痛みがある。(ターミナルケアより)
| 受け止める | accept、受容。あるがままに受け止める。 |
| 支える | sopport。エンパワメントすること。当事者の持っている力を引き出すこと。いたずらに不安をあおったり、専門家への依存を誘導しないことが求められていると思う。 苦しいときに支えがあれば、生きる力は湧いてくる。 医療者として無力な状況になっても人間存在としては無力ではない。そばにいるだけで、十分に相手の支えになっている。 |
| つなぐ | 病める当事者と、周囲をつなぐ。多くの市民の連携がなければ、一人の人の生命・生活を支えることはできない。臨床医は、問題の発生時点に立ち会うことが多い。痛みのケアとともに、当事者を中心としたネットワーク形成に、一人の人間として、一人の市民として関与することがたいせつだと思う。 セカンドオピニョンも「つなぎ」の一つです。 |
| 「傾聴」は受容であり、支持である、と思う。「傾聴」とは、「相手を評価せず、あるがままに受け止めること」、ではないでしょうか? |
「肺ガン」体験
誰も、一人では、生きていけない。生きている現実を、よく見れば、私という命は多くの命によって、支えられている。それに感謝しながら、生と死を支え合って生きていけたら、楽しいだろうなと思う。
筆者自身、33才の時、職場検診で肺に異常影あり、気管支ファイバースコープによる検査の結果、細胞診で肺ガンと診断されたことがある。それまで、自分の努力で生きてきたように思っていたが、とんだ思い上がりだと、その時思った。配偶者や子ども、先輩、同僚、患者さんへの感謝の心、遠く離れた世界の人々への感謝の心、また、職場に復帰してからは仕事のできる喜び、誰かの役にたてることの喜びを感じた。それまでも、「明日あると思うな、我が命」と自分に言い聞かせながら、ターミナルケアに臨んでいた。「肺ガン」体験以降、「生き甲斐」さがしではなく、「生かされている意味」を問うようになった。短い人生だからこそ、「今、ここで」を大切に、ゆっくり生きようと思うようになった。自分のこととして、具体的に死を見つめる時間を33才の時に与えていただいた。よい経験であった。
死をみつめることは、暗いことではないと思う。よりよく生きることだ思う。心から、そう思っている。「余生(与生)をいかに生きるか?」そう自分に問う。
「存在」力
ターミナルケアを通して学んだこと。それは、医師として無力になっても、人間としてすることはある、ということだった。「そばにいるだけで相手の力になる」。存在そのものが、相手の支えになっているということに気づいた。これは、自分の努力とは無関係だ。それは、きっと、自分という存在が大きな力で生かされているからだと思うようになった。その大きな力が、自分を通して相手の支えになるのだろう。何かの役に立つ、誰かの役に立つということを超えて、存在していること自体に大きな意味があるのだと気づかされた。
看護者に「そばにいるだけ」の時間もつくってくださいというと、「何もしないのは苦痛です」と言われた。「何の役にも立てない」、その無力感が、ターミナルの人から人を遠ざける。「そばにいるだけで、すごい力になっているんですよ」、そう看護者に伝えさせていただく。
(参考文献)
・「死ぬ瞬間死にゆく人々との対話」E・キュブラー・ロス、読売新聞社、1971
・「今日という日は贈りもの」ナンシー・ウッド、講談社、1997
・「今日は死ぬにはもってこいの日」ナンシー・ウッド、めるくまーる、1995