お子さんの成長を咬み合わせとともに見守り、時として歯科医師、矯正歯科医として関与するという仕事を始めてから28年目となりました。その中でこれはどうやら確からしいということがいくつかわかってきたように思います。それは咬み合わせは毎日の生活で作られているということ、そして個人個人のお子さんの癖、体の使い方の偏りが、不正咬合と関係しているということです。特に歯の削れ方、いわゆる咬耗の程度や偏り方によって、不正咬合を予防し、助長しないための生活の仕方が変わる、ということです。
 人間は多かれ少なかれ歯ぎしりや食いしばりがあると言われています。その程度がひどいと、大人であれば歯周病の増悪や歯冠部(歯の頭の部分)の破折、歯頚部(歯と歯茎の境目付近の、エナメル質とセメント質といわれる部位の境目)付近の歯質の破壊
、顎関節症、頭頚部の筋肉の痛み等(いわゆる顎関節症の症状等)が出現します。
 ですから歯ぎしりや食いしばりは(いわゆるブラキシズムと呼ばれる悪習癖)は歯科の分野では大変警戒され、問題視されます。
 しかし、一方でこどもの歯ぎしりや食いしばりを、危機感を持って問題視する歯科医師はとても少数派です。某著名な大学の先生でさえ、子供の歯ぎしりや食いしばりは放っておいても大丈夫、などと言っています。
嘘です。僭越ながら、矯正や子供の顎の成長に関して、勉強不足です。
 少なくとも、改善するアプローチは少ないにせよ、問題視はしなければいけません。この辺りはもう少し自覚をもって、人を指導する立場の先生方には研究、研鑽してほしいと思います。少なくとも顎顔面の発育やあごの成長に関しては、歯ぎしりや食いしばりは大きな影響を与えています。不正咬合を病気として位置づけるならば、問題視するのが最低限の歯科医師の義務です。私はそう思います。
 そうはいうものの、こどもの歯ぎしりや食いしばりを、危機感を持って問題視する歯科医師は、もしかしたら矯正歯科医の中にも少ないかもしれません。そしてこれからも減り続けるかもしれません。いくつかの事情が存在します。
 まずは少子化の問題です。子供が少ないということは、歯科医師が子供の口の中をじっくりとたくさん見る時間が少なくなることを意味します。虫歯や大きな不正咬合(悪い咬み合わせ)を見ているだけでは、乳歯の咬耗などよほどひどくなければ気にしないでしょう。
 もう一つは歯科医師過剰問題です。歯科医師過剰は大学の診療科や歯科医院の、いわゆる患者さんの囲い込みを行いがちになりました。かみ合わせのことにかかわると、小児歯科学会やそれに関連する歯科医師で、「子供の矯正治療は咬合誘導という名前で小児歯科でやって、大人の矯正治療は矯正科でやってもらうよう、住み分けをしよう」という発想があります。少子化という大きな社会の流れの中では、小児歯科の患者さんは減る一方ということになりますので、そういった発想は、まあ無理からぬことかもしれません。一方で、矯正科ではその発想は大反対、それ以上に大迷惑と考えています。それは矯正歯科の診療収入が減るとかそういうことではなくて(実際、その考えで反対している矯正歯科医もいるでしょうが)、成長期の顎やかみ合わせの変化を観察する機会が、奪われてしまうと考えるからです。
 それは別段矯正歯科医の知識欲だけでそう考えるのではありません。矯正歯科医は最終的な患者さんの咬み合わせに責任をもつ立場にあります。矯正歯科医は、ひとたび歯を動かしたり顎にアプローチする矯正治療が始まれば、スムーズに治療が進むか、なかなか良い咬み合わせが安定しにくいか等を判断しなければいけません。そのためには成長期の口や体の変化はぜひとも欲しい資料なのです。ですから矯正歯科医療機関には通院している患者さんに限っては、定期的な成長記録、かみ合わせの記録が例外なく残っています。(それを残さない歯科医院は矯正歯科医院とは言いません)。一方で、咬合誘導と称する歯の移動を矯正治療として行う歯科医療機関では、そういった記録は例外はあるでしょうが、たいてい残っていないか、かみ合わせが治った後は廃棄されているはずです。
 こういった事情で、子供のころから子供の顎の成長変化やかみ合わせの変化を観察できる矯正歯科医がどんどん減っていく、ということになります。
 だからこそ、もしもお子さんのかみ合わせや歯並びが気になれば、小児歯科や一般歯科医にご相談されるのも結構ですが、できれば矯正歯科医の相談も受けられたほうが良いと思います。そしてもしもそれもできないというのであれば、乳歯は捨てないでとっておいたほうがいい、と思います。どこから抜けた歯なのかを記録しておいて、可能ならすべて取っておいたほうが良い、と思います。もしも将来かみ合わせが悪くなったり顎の関節が痛いということが起こった時に、少しだけでも、あるいはすごく大きな参考になるかもしれない。もしも成長が一通り終わって、矯正歯科の治療も受けずにかみ合わせや口元や顎の関節が健康に育ったならば、それはそれでおめでたいことではないですか?その時にはどうぞ存分に、乳歯の上の顎の歯を天井に投げるなり、下の顎の歯を床下に投げるなりしてください。良い歯が生えてくるかも(・・というよりもその頃はすでにめてたしめでたしになっていますね)。乳歯をもしも取っておいて、かみ合わせが悪くなった後に、「このHPをみて乳歯をとっておいた」と言って、「こんなもの意味はありません」という矯正の歯医者さんがいたら、その方は私と違う考えの先生です。信じられるかどうかはお話を聞いて判断してみてください。
 乳歯の削れ方は、子供の顎の成長を考えるうえで絶対注意すべきことだと私は考えています。私は子供のころの模型がないのならば、乳歯は取っておいたほうが良いと思います。




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