コントラバスにまつわるおもしろい話、ちょっとあぶない話、ぞっとする話。etc.

皆様からの投稿もお待ちしております。

コントラバス、列車を止める!?
昔々N響室内合奏団が九州へ演奏旅行を行ったときのお話し。いよいよ帰京する折りに最寄り国鉄駅(JR)から寝台列車を利用することになりました。コントラバスのN氏は自分の乗車券+A寝台指定の他にコントラバスのためにさらにもう一枚A寝台指定を購入しましたがコントラバスのためには荷物切符を購入していたため乗車券は買いませんでした。
 
 さあいよいよコントラバスを持って寝台車に乗り込んだときにトラブル発生!列車の搭乗車掌が「乗車券を伴わない寝台指定席券ではこの様な荷物(コントラバス)に寝台を占有させることを認めることはできない」と言って寝台にコントラバスをおく事を頑として拒否。「コントラバスには正規に荷物切符を購入してあるわけだし指定もとってあるわけだから寝台に置く権利はある・・云々」「いやいやコントラバスはあくまで荷物であって荷物に寝台を占有させるわけにはいかない・・・規則に載っていない・・・・」と発車時刻を過ぎても議論は膠着したまま多数の駅職員も駆けつけてさらに混乱。ついには列車出発延期!!という事態に。
 
 駅側も自分達で決済できなくて国鉄本社に問い合わせると言ってはみたものの夜行の出発時刻はご存知夜更け、本社にその様な裁量を持つ人がいるわけもなく結局国鉄側が折れてそのまま寝台にコントラバスを寝かせて行くことになったものの列車は30分以上遅れて出発と言うことになったそうな。

ちなみに飛行機の場合コントラバスを機内に持ち込もうとすると正規にはコントラバスのために3人
分!!のチケットを購入しないといけません。その場合もちろんコントラバスにも機内食が出てくるそうですよ^^;)


コントラバス、道路へジャンプ。

大阪の某ジャズプレーヤーN氏が購入したばかりのユーノス・ロードスターで仕事に向かっておりました。コントラバスを載せようとすると幌が邪魔なのでカッコ良くオープンカーにしてコントラバスは隣に寝かせたそうな。
颯爽と車を走らせていたところ路面の状態が悪い山越えの阪奈道路で大きくバウンドしたと思った瞬間視界脇に入っていたはずのコントラバスが消え失せ、バックミラーには道路の上をゴロンゴロンと大きくバウンドしながら転がっていくコントラバスが!!もちろん彼は泣く泣く車を買い替えたとか・・・。



走る馬の毛

今から20年ほど前の話。某大学獣医学部に所属するN氏は、解剖実習で茨城県の牧場へ出かけました。
ちょうど競走馬で骨折した馬が出たため、急遽、馬一頭を解剖するとのこと。深夜までの解剖実習もやっと終わり、解剖した馬を処分する段になって、N氏は、非常につやの良い尻尾の毛を見て、「これは是非ともバス弓に張らねば!」と思い立ちました。

そこで、急いで長目の毛を刈り取って牧場の宿舎の風呂場で馬の毛をシャンプーして綺麗に洗い、実習終了後に下宿に持ち帰りました。それからN氏は徹夜で自分の改造杉藤弓に何とか解剖した競争馬の毛を張り終えました。
早速、ヤニを塗って弾いてみたところ、なんとダウンは音が出るのですが、アップが殆ど音が出ない・・・。毛には「向き」があって、片方の方向にしかひっかからないことが分かりました。その翌日、またもや朝までかかって毛の向きを半々に分けて張り直したところ、なんとか素人仕事ながらも弾ける程度の弓となりました。

現役の競馬馬でしたので、余程健康な馬だったのか、毛の一本一本が太くてつやがあり、非常にひっかかりのよい弓となって、N氏も大満足。おまけに殆ど切れません(20年後の今でも時々使用しています)。しかし、欠点がひとつ。現役の競争馬の毛を使った弓のせいか、オケで弾くと、どういう訳か、走るわ走るわ・・・(^^;)

(野村和彦@グリーン交響楽団さんからの投稿です)



「速いパッセージは同音を刻めば十分?!」
ベルリオーズが
ヴァイオリン製作者ヴィヨームに作らせた
4mの巨大なコントラバス
オクトバス
(パリコンセールヴァトワール楽器博物館)

ドイツの某オーケストラでのベートーヴェンの交響曲第4番終楽章のリハーサルの時のこと。

その時のロシア人の指揮者は最後のコーダの始まりの部分、フォルティッシモ・テュッティの後のチェロバス・ファゴットだけで始まる例のシラシレソララシ/ドシドミソララシ〜〜〜〜〜〜という速いパッセージの出来が気に入りません。
まずチェロバスだけで一回。次はバスだけで・・と弾かせます。
・・・・でっ一言。

「バスのヒト。16分音符を同じ音だけで刻むの止めてクダサ〜〜イ。?!」

でも管弦楽法の天才・ベルリオーズはかの「幻想交響曲」のワルツの中、弦楽器が全員16分音符・ユニゾンで弾く速いパッセージで
コントラバスだけがなぜか小節の頭の音をララララララ・ミミミミミミ・ララララララ・ソソソソソソ・・・・と弾くように書いているんですよね。

でもこの場所を客席で聞いていると全体ではコントラバスまで全員がユニゾンで同じパッセージを弾いているように聞こえますね。

う〜〜んこれって・・・・・・



「見たくない奴」

これもドイツ某オケでの話。オーケストラピットで指揮者が練習前に全員に一言。
「本当にすみません。今日はいつものメガネを持ってくるのを忘れました。手元の楽譜はよく見えるけど皆さんの顔が見えません。」
バス弾きが1人ぼそっと「そのメガネ僕に下さい」・・・・ん?(爆)



いつものオケの練習が終わった時のこと。
A響のボーットビッヒ・ボケトルヒャー氏は、疲れた足どりで駐車場にいき、そこにメンバーがいたので、持っていた弓ケースを車の横に立てかけて、ちょっと話をしました。
 車に乗り込み、「さあ、帰ろう」と車を動かした瞬間「メリメリメリ!」
 車を降りると、倒れたケースにタイヤが乗り上げ、ケースは見事にグシャグシャ。
 あ〜あ!と嘆きながら、ケースを空けると、なんと弓は大丈夫。
 「ケースよ、あんたはエライ!」
 最近、ソフトケースもありますが、持つ気がしないとのこと。
(前川繁登@芦屋交響楽団さんからの投稿です)


ある演奏会でのこと。曲はチャイコの4番でピッチカートの楽章でした。
 A響のボーットビッヒ・ボケトルヒャー氏は、弓をイスとおしりの間に挟んでピッチカートを弾いていました。
 曲が進んで、ページをめくるため立ち上がった瞬間、
 その弓はバランスを失って落下し、「ガ〜ン」という大音響とともに床に激突。
 終演後、友人の客から、「なんですぐに拾ったんや、知らん顔しておけば
 誰かわからへんのに。」 なるほど。
 氏いわく、「その時はまだコドモでした」。(前川繁登@芦屋交響楽団さんからの投稿です、どちらも実話)


「泣く泣く転向?」

それはそれは昔のコントラバス弾きがまだまだ少なかった頃のお話。某国立音大にフルートで受験に来た学生H氏がおりました。
ところがその年は折悪しく当時既に慶応大で華々しく活躍していて有名だった現在日本フルート界の長老Y氏。後に指揮者に転向し名を馳せた故M氏、の二人がフルートで受験。二人の腕前が卓越していた事もあってH氏入学は適いませんでした。

がっ、彼は体が大きかったこともあって教授から「君がコントラバスを勉強するというなら入学を許可してもいいのだが・・・」との打診があり本当はフルートで入学したかったH氏も泣く泣くOKし音大入学を果たしたのです。それからというものコントラバス教授の早朝特訓とH氏の涙の猛練習が秋まで毎日続いたということ。

ちょっと違うけれども、このような話はコントラバスに限らずファゴット・ホルンなんかにもあってドイツ某オケ首席ホルンS氏も元はといえばフルート志望。フルート界の重鎮故H女史に師事するもホルンの方があっていると言われて泣く泣く転向、成功した口。セクシーバスーンとしてかつて名を馳せたファゴッティストA氏もフルート志望だったけれども同じくH女史にファゴットを薦められた人。

かのボッテシーニも1835年ミラノコンセールバトワールに入学希望したとき空席がファゴットとコントラバスにしかなくて弦楽器だからと言う理由だけでコントラバスを選んだという話。どうも楽器と性格の相性っていうのもあるし、その出会い方も色々有るんですよね。その話はまたの機会に。



ネックまとめて2本ポッキン事件!

某O音大の演奏会前の楽器搬入の時の話。
震災前の旧神戸国際会館の楽器搬入口には当時高さ制限のための横に張られた鉄製のバーなどありませんでした。その事を知っていた運転手。当然トラックはそのまま入れると思って進入したところがその直前に新たにそのバーが作られていたのです。突然すさまじい音が後ろの方でし荷台では世にも恐ろしいことが!!

荷台のスペースが狭いのでコントラバスはソフトケースのままでまとめて2本立てて積まれていたのです。メリメリという音はにょっきり立てられた2本のコントラバスのネックがまとめて折れた音だったという怖いお話。



「ダンカン・リサイタルで夢遊病を二回弾く!?」

イギリスのコントラバスソリスト、ダンカン・マクティア氏が鳥取でリサイタルをしたときのお話。
当時僕は大阪フィルで弾いておりました。彼のリサイタル当日大フィルはあいにく大阪扇町の練習場でリハーサル。その時の来日スケジュールではその日をおいては聞けなかったので大フィルの練習終了と同時に車二台連ねてセクションの仲間たちと鳥取までの190kmをオービスとパトカーに気を配りながら^^;)猛ダッシュ。

ところが残念ながらプログラム最初のボッテシーニの難曲「夢遊病の女幻想曲」を聞き逃してしまいました。僕は当時ちょうど「夢遊病」を勉強中だったので無念の涙を飲んだのでしたが、
それを大フィルのA氏が休憩時間にダンカン氏に話したらしく、なんと!アンコールでもう一度「夢遊病」を弾いてくれたのでした。
鳥取のお客さんは何がなんだかわからなかったでしょうけれどとにかく素晴らしい名演をもう一度聞けるとあって大喜び。僕はといえばもちろん二重三重の感動に浸りつつ名演に聞きほれたというお話。



「ゲーリー恐るべし」

僕がゲーリー・カーの追っかけミーハーだった頃のお話。
ゲーリーが宝塚ヴェガホールでレコーディングするというので特別に許可をもらい二日間張り付いて聴かせてもらいました。
その第一日目の朝のこと・・・。彼に「今回は何をレコーディングするんですか?」と聞いたら
"I don't know"
彼のジョークだと思っていたのですが、そこへキングのディレクターがやって来て
「今日はこれをお願いします」と曲目を書き連ねた紙切れを手渡したのです。
伴奏のハーモン・ルイスがトランクから高さ20センチ以上はあろうかという位の量の楽譜を取り出し、テーブルに積み上げて紙切れ見ながら楽譜を探し出しゲーリーにソロ譜を用意。

「有名な小品ばかりを・・・と言ってたから・・・」と小一時間のマイクテストをする間にステージでその中の難しい所をちょこちょこっと弓使い・指使いを確認してそのまま本番・音撮り開始。凡人にできる技ではありませぬ。

その時の録音は邦盤では「夢の後に」というタイトルで出ていましたねえ。



スイスロマンド管弦楽団のバス弾きD氏から聞いたお話。
彼が友達の家から帰るときガレージで立ち話をしてしまいその友達の車の上に弓のケースを忘れたんだそうな。
次の日になってようやくその事に気づき友達の家に行きガレージに行ってみると・・・やれやれ車の上にちょこんと弓のケースがのっていたので一安心。ところがその話を友達にすると
「えっ!オレはきのうあれから買い物やら何やらでジュネーブ中ぐるぐる走り回っていたんだぜ〜。」
「えっ〜〜〜@ー@」



S響首席オットー・ヌケトルンデ氏。大阪市内の某サロンでリサイタルの当日、会場に着いてさあ弾こうとするとエンドピンのネジが壊れていて締めるも緩めるもできなくなってしまっておりました。
幸い楽器屋が近かったので来てもらったのですがエンドピンを台座ごとそっくり替えないとダメなことが判明。でも本番直前に弦も駒も緒止めも外してエンドピン付け替えるなんてコンディションが変わるとどうしようもないとそのまま弾くことに。
コンクリートブロックを2つ積んでビロードの布を掛け、ずり落ちないように直立不動で無事弾き終えましたとさ。     
(でも見た目はなかなか良かったそうな・・・)



「エンドピンは役に立つ?」

日本オクテットの宝塚公演リハーサルの時のこと。
その時のチェリストは山崎伸子女史。コントラバスはケルン放送響首席の河原泰則氏。山崎さんのエンドピンが滑ってばかりして彼女困っておりました。河原さんが名器ベルゴンツィを手に「どれ。ちょっとどいてて」と名器を10センチばかり持ち上げたと思ったら床めがけてドスンと落としグ〜リグリ。「はいこれでOKだよ」と彼女と交代。
名器のエンドピン・ドリルと化す・・・でした。



「嗚呼!バス弾きは!」

G響のI氏、卒業後フリーの時代、仕事が来ないのは電話を持っていないからだと自分のコントラバスを売ってアパートに電話を引く。その話が有名になり益々仕事が来なくなった。(;ー;)

S響のヌケトルンデ氏はドイツへ留学するのに資金が足らずやはりコントラバスを売って渡独。最初の3カ月間楽器が全くさらえなかった。(おいおい何しに行ったんだ!)

名器を手に入れる為に自宅を売りに出したヴァイオリニストもいるというのに・・・・・



N響の元首席O氏(ありゃ!そのままだ)留学直前「向こうで良い楽器を買うんだ!」とそれまで使っていたベニヤコンバスをみんなの見ている前で川に浮かべて流してしまった。



大阪の某大学オケの演奏会を手伝いに行ったときのこと。
演奏会本番、そこの古いヘフナーで、”運命”を弾いておりました。ところが、第1楽章ジャジャジャジャーンのEsのロングトーンからもう音程が全く合わず????1番括弧に来たそのとき、テールピースの緒止めのワイヤーがプッツン!駒は雛壇からカランコロンと転げ落ち、テールピースはボディにバッサバッサと当たってる。暴れるテールピースを手に持ち楽器を抱えて舞台袖に引っ込み、その日の仕事はそれでおしまい。私の”運命”はわずか1ページで終了、でもオケは関係なくリピートしておりました。
(横浜市 ・山本 昌樹さんからの投稿)


[19世紀中頃フランスの楽器製作者J.B.ヴィヨームが4mの巨大なコントラバス「オクトバス」を製作したとき新聞に出た風刺漫画]

造船所につくられた巨大バス・楽譜を見ながら弦を押さえる男・そのうち弦が切れて大騒動



某音大E教授はソロを弾く演奏会場へ行くのに荷物が多くなるのを嫌って燕尾にコート、コンバスはカバーなしで山手線に乗り込む。どうやら車中でさらったらしい。

師曰く
「君!左指の叩きは遠くまで音を届かせるためには絶対いいよ。それを使うと遠くの人までこっちを見るからね。」
「@ー@」



K響のM氏、開幕時に緞帳の下端にコンバスの渦巻きが引っかかってしまう。客は幕にぶら下がるコンバスを必死で追う哀れなバス弾きをまず見る羽目に。



昔々のオケの黎明期のお話。もう亡くなられたT 響のマネージャー、実は昔コンバス弾きだった。
演奏会本番に弓を忘れヴァイオリンのスペアの弓を借りて演奏。力演のあまり弓を折ってしまいましたとさ。

S響首席オットー・ヌケトルンデ氏もシューベルト「鱒」の練習に楽器は持っていったものの弓を忘れた。
チェリストのスペア弓を借り無事練習終了、弓は折らなかった。(自慢になるか!そんなもの)



OフィルF氏。花台(演奏台)にエンドピンが食い込み力任せに抜いたらピンは台に残り、楽器が轟音と共にバラバラになった。

さるスイスの劇場で弾いていたバス弾き。楽器が重いからといつも駅から家までネックの所を持って引きずって帰る。もちろんズックのカバーはズタズタ。楽器はおしりのカーブが一部分直線に。(;ー;)



[ネックぽっきん]

OフィルH氏、ヨーロッパからの帰国時の話。
飛行機搭乗の時カバーだけの楽器を手荷物で預けさされる。本人は無事帰国、手荷物受け取りコーナーで待っていると向こうから係員がわざわざコンバスを抱えて持ってきてくれた。
係員曰く
「こんなんでいいんですか?」・・・・・

見るとネックから先がカバーと共にブランブラン。(ぎゃ〜〜!)



[ネックぽっきん・その2]

別のバス弾きがやはり飛行機到着の後、手荷物受け取りの所で待っていたときの話。トランクがぐるぐる回るあのベルトコンベアーの真ん中、トランクが次々出てくる吐き出し口。あろう事かあそこからコントラバスがにょっきり現れた。もちろん大きすぎて引っかかり目の前でネックがぽっきんと折れたとさ。(ああ恐!!)



日曜の昼下がり、エンドピンの所につける運搬のための車輪をつけて歩道をすいすい押して歩いてたら、”ボクッ”って鈍い音!ママチャリのおばちゃんがコンバスにぶつかって来ましてん。
「そんなでっかいモンで歩道歩かんとってぇ〜なあ。」と捨てぜりふを決めてさっさと行ってしまいよったそうな。
あ〜〜あ。残ったのは凹んだ哀れなコントラバス。
(大阪、椿原栄弘 さんのお話)


S響首席オットー・ヌケトルンデ氏またまた登場。

室内楽本番、拍手に迎えられコンバスと共におもむろにステージに登場するも楽譜を楽屋に忘れて来たことに気づき楽器をステージに置いて楽屋へ疾走。

あいにく楽屋は二階下、円形鉄階段を轟音と共に往復。
しかし息切れもせず第一楽章ラルゴのたっぷりとしたメロディーを優雅に弾ききったそうな。
(自慢になるか!そんなもの)


「一日十五日」

小生が昔々バッハに傾倒していたときのお話。
バッハの管弦楽組曲第2番終曲”バディネリ”の部分だけを十数種類の録音でそのチェロ・バスの音を仔細に比較検討しておりました。
その中で群を抜いてしっかりした音質なのに軽やか、クリアでリズミックな音に聞こえるバスを弾く人がおりましたが調べてみるとなんと身近な人だったので録音の時の話を直接聞きました。

「あの時は松ヤニ忘れてヴァイオリンのを借り、一日十五日(ついたちじゅうごんち)(音を全部弾かず音を抜いて飛ばし飛ばし弾くこと)で弾いていたんだ・・・。」
「@ー@」
・・・・・バスはちゃんと弾かない方が綺麗に聞こえるという本当に悲しいお話。



ベルリン奏法が売りの某オーケストラの本番。
弓をたくさん使ってバッサバッサとかっこよくフォルティッシモを弾いていたときのこと。
エキサイトしすぎたN氏の弓が勢い余って弦と弦の間に挟まり一瞬とれなくなってしまった。ところがそこはちょうど全オーケストラが突然鳴りやみ、チェロとバスだけで最弱奏で弾き始めるベートーヴェンの交響曲第4番終楽章最後の部分。凍り付いた彼に気づいたバス仲間たちは弾くのが大変な場所にも関わらず笑いをこらえるのに必死だったとか・・・・。



「カルメン嘘八百」
Oフィルの演奏会、アンコールの時のお話。
楽譜を用意しようとあわてたS氏、うっかり取り落としてしまった。ところが運悪く楽譜はステージ床のせりの隙間にすっと入って奈落の底へヒ〜ラヒラ。
指揮者は「アンコールはタイミングが命」と振り始めてしまいおかげで隣のH氏共々カルメン「闘牛士」を嘘八百弾く羽目になってしまったとか。


[ペトラッキとのデュオ演奏]


またまたヌケトルンデ氏。その頃彼は座面の心棒を横からネジで留めて高さを調節するバス椅子に座っておりました。

ところは大阪ザ・シンフォニーホール、演奏会も佳境には入ったところで突然ドッス〜〜ンという音と共にこの椅子が幼稚園の椅子状態になり、ヌケトルンデ氏からくもコンバスを支えるもヴァイオリンの方から見ると突然コンバスの後ろに隠れてしまったように見えたとか。


「楽器ぺっしゃんこ」

H響のT氏、リハーサル前にステージ袖に楽器を置いていた。舞台では音楽会用にステージ・反響板を組んでいるところ。あああっ〜〜〜〜。彼の楽器の上に舞台の上に吊ってあった大きな大きな重い反響板がズ〜〜ンと降りてきて楽器は見る間にぺっしゃんこ。誰も舞台上をチェックしていなかったという恐ろしい話。



「楽器ぺっしゃんこ・その二」

T 響のマネージャーが室内楽本番の後ワゴン車から楽器を下ろしておりました。もう1人の手伝いの「坊や」がそれを次々と練習場に運び込んでいて全て運び終わったと思ったマネージャー、車を勢いよくバックさせた途端!!!

「メリメリ!!バリ〜〜ン!」う〜〜〜ん(@ー@)

[続く・・・]

「楽屋裏話海外編」

★こういうページはやはり大阪弁でないと気分が出ないと思われる方はこのページのURL(アドレス)http://www003.upp.so-net.ne.jp/ultrabassissimo/contents/gossip.html を一旦コピーしてから下の「OSAKANIZER」のアドレスに飛んでみて下さい?このページがもっとおもしろくなりますよ。 その先今度はそこから僕の他のページ、例えば「僕のコントラバス奏法」に飛んでみて下さい.(^^)!
"OSAKANIZER"

この部屋にぴったりのおもしろい話・恐い話・ちょっとあぶない話等
私宛にお寄せ下さい。お待ちしています。
奥田 一夫
ultrabas@fa2.so-net.ne.jp
Century Orchestraハ Osaka


プロフィール/コントラバスの部屋/教則本/僕の弾いているコントラバス達/泉の森フェスティバル/ギャラリー/ワンランクアップ丸秘特訓法/アンサンブルクヴェレ/ 大阪センチュリー交響楽団/僕のコントラバス奏法/パーツ研究/コントラバスあぶない楽屋裏話/コンサートホール/博物館/MIDIの部屋/記念リサイタル/BBS電子掲示板コントラバス弾きの広場/BBS「コントラバス演奏会情報」/FAMILY/魔運転バイクの部屋/LINKS